第百七十二話:システム・デリートと王妃の決起
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百七十二話:システム・デリートと王妃の決起
本文
王都『調和の座ハーモニー・スローン』の上空を覆っていた不気味なノイズは、カインとの通信が途切れた直後、臨界点を超えた。
ヒカルは、通信機を置いた手で、胸の奥――「絆の共感者」の核となる部分に、焼け付くような痛みを感じていた。
(カインとの相互利用……毒を飲み込む覚悟は決めた。だが、この胸騒ぎはなんだ? カインの謀略ではない。もっと根源的な、世界そのものが軋むような……)
「ヒカル様! 空を見てください!」
リリアの鋭い声に、ヒカルは顔を上げた。
執務室の窓の外、王都の空が、ありえない色に変色していた。青でも黒でもない、視覚信号が欠落したような「無色」の亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。
『警告。警告。対象:個体名ヒカル・クレイヴ。管理外のイレギュラーと認定』
空からではなく、脳髄に直接響くような無機質な声。それは、感情も抑揚もない、ただの「システム音声」だった。
「なんだ、この声は……!?」
ヒカルが立ち上がろうとした瞬間、彼の身体が、足元から光の粒子となって分解され始めた。痛みはない。ただ、自分の存在が「世界という記述」から消しゴムで消されていくような、絶対的な喪失感だけがあった。
「契約者あなた!」
影から飛び出したヴァルキリアが、ヒカルの腕を掴もうとする。だが、彼女の手はヒカルの身体をすり抜けた。
「触れ……ない!? 物理的な実体がないというのか!?」
「ヒカル様!」
ルーナが光の調律を試みるが、ヒカルの魂の波長そのものが、この世界から急速に消失しつつあった。
『削除プロセスを開始。バグの根源を隔離領域へ転送デリートします』
「くっ……! 神か! これが、お前たちのやり方か!」
ヒカルは、消えゆく意識の中で、必死に妻たちとリリア、そして子供たちの顔を目に焼き付けようとした。
「みんな! 俺は……必ず戻る! だから……!」
「ヒカルーーッ!!」
レヴィアの絶叫が響き渡る中、ヒカルの姿は完全に光の粒子となって霧散し、王都の空に吸い込まれるように消滅した。
後に残されたのは、主を失った玉座と、凍りついたような静寂だけだった。
◇◆◇◆◇
「王の魔力反応……消失しました」
後方司令部で、シエルが震える声で告げた。
その事実は、瞬く間に全軍へと伝播した。ヒカル王、六龍盟約軍の核であり、全ての絆の中心である男が、神によって「消された」のだ。
「嘘だろ……父上が?」
ライオスが、校庭で呆然と空を見上げる。
「論理的に……説明がつきません。生命反応がゼロではなく、『存在しない』ことになっています」
シズクがガタガタと計算機を落とす。
王不在の絶望は、即座に物理的な危機へと直結した。
テラが展開していた王都の防御結界が、主からの魔力供給を断たれ、激しく明滅し始めたのだ。
「いけない! 結界が維持できません! このままでは、空の亀裂から天竜族が雪崩れ込んできます!」
ガイアが叫ぶ。兵士たちの間には、動揺がパニックとなって広がりつつあった。
「終わりだ……王がいなければ、十分な連携ができない……」
「つまり王妃様たちのユニゾンも使えない……」
「やはり、神には勝てないのか……」
絶望が王都を覆い尽くそうとした、その時。
王城のバルコニーに、爆炎が巻き上がった。
「泣いている暇があったら、顔を上げなさいッ!!!」
その声は、絶望を焼き払うほどに熱く、激しかった。
炎の中から現れたのは、紅蓮の激情竜姫レヴィア。彼女は、夫を失った悲しみを、すべて「怒り」と「使命感」という燃料に変え、全身から規格外の炎を噴き上げていた。
「夫は死んでいない! あの人が『必ず戻る』と言ったのよ! なら、妻である我らがすべきことは、泣くことじゃない!」
レヴィアは、空の亀裂を睨みつけ、王都の全兵士に向けて咆哮した。
「夫が帰る場所を死守するのが、妻の務めよ! 全軍、戦闘態勢! 神が王を奪ったのなら、我らは王の代わりにこの国を護り抜き、神を後悔させてやるのよ!!」
その激情は、BPI(戦闘能力値)の理論限界を超え、消えかけていた防御結界に無理やり炎のエネルギーを充填した。
「うおおおおッ! レヴィア様につづけ!」
「王は戻ってくる! それまで持ちこたえるんだ!」
「そうだ! そうだ!!」
レヴィアの「理屈抜きの熱量」が、崩壊寸前の士気を強引に繋ぎ止めた瞬間だった。
レヴィアの檄が飛ぶ中、他の王妃たちもまた、悲しみをそれぞれの「役割」へと昇華させて動き出した。
「レヴィアの言う通りです。感情的な動揺は、敵の思う壺です」
蒼玉の理性竜姫アクアは、溢れそうになる涙を眼鏡の奥に隠し、冷徹な指揮官の顔に戻った。
「シエル、全軍の指揮系統を再構築します。王不在の穴は、私の論理と貴女の戦術で埋めます。カインの残したデータも、使えるものは全て使いなさい!」
「御意、アクア様。……王の帰還まで、この戦線、一ミリも下げさせません」
「ええ、頼むわ。そう簡単にあの人が死ぬわけないもの。『隔離領域へ転送デリート」、つまり殺されたわけではないわ……」
磐石の守護龍テラは、大地に膝をつき、祈るように両手を広げた。
「主よ……。貴方が愛しているこの国、この民。わらわの命を削ってでも、留守中、守り抜いてみせます」
彼女の母性的な魔力が大地に染み渡り、揺らいでいた物理的な防壁を、以前よりも強固に再構築していく。
そして、その母たちの背中を、次世代の子供たちが呆然と見つめていた。
「母上……」
ライオスは、震える自分の手を見た。父はいなくなった。絶対的な庇護者はもういない。 だが、母レヴィアは泣かずに戦っている。叔母であるアクアも気丈に指揮を執っている。
(父上がいないなら……僕が、母上たちを守らなきゃいけないんだ!)
ライオスは、恐怖をねじ伏せるように剣を握りしめた。
「シズク、ソイル! 行くぞ! 僕たちは子供じゃない! 『竜の子』だ!」
「……ええ。論理的に計算しても、私たちが前線に出るのが戦力維持の最適解です」
シズクが涙を拭い、杖を構える。 「私も……みんなを守る!」 ソイルが大地を踏みしめる。
子供たちの覚悟が、新たな光となって戦場に加わった。
◇◆◇◆◇
一方、王都の地下司令室では、新しく六天将に任命された二人の元メイドが、静かに、しかし鬼気迫る形相で任務に当たっていた。
「ソルニア殿、情報防衛の状況は?」
新・土の六天将テラナが、王都の防壁維持術式を編み上げながら問う。
新・光の六天将ソルニアは、アウラから継承した膨大なデータと格闘しながら答えた。
「ギリギリです。神の干渉波が、王都の通信網を遮断しようとしています。ですが……師(アウラ)の残したプロテクトコードと、カインの残した論理パズルを組み合わせれば、なんとか凌げます」
ソルニアの指先は、光の速さで術式を構築していく。彼女の瞳には、かつてのアウラのような無機質さはなく、王と国を護るという熱い意志が宿っていた。
「王が戻られた時、国が滅んでいては、、、元・王室メイド隊としての顔が立ちませんから」
「ええ。お掃除のしがいがあるように、瓦礫一つ残させませんわ」
二人のメイドの覚悟が、王都の内側を鉄壁の要塞へと変えていく。
ヒカル王の消失という最大の絶望は、逆説的に、残された者たちの結束をかつてないほど強固なものへと変貌させていた。
「来るぞ! 第一波だ!」
空の亀裂から、無数の天竜族が降下を開始する。
王不在の防衛戦。神殺しのための、長く苦しい戦いが幕を開けた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。