第百八十七話:虚無の深淵と神の絶望的介入
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百八十七話:虚無の深淵と神の絶望的介入
本文
最奥の玉座の間と思われたその場所は、壁も床も天井もない、ただの「無」だった。
色も、音も、温度さえもない。俺たちが踏みしめているのは、概念としての「座標」だけだ。
その中心に、最後の敵が浮いていた。
セラフィム・ヴァルキリア。
俺が愛し、背中を預けた闇の竜姫ヴァルキリアと同じ姿を持ちながら、決定的に異なる存在。
彼女の瞳には、ヴァルキリアのような孤高の輝きも、隠された情熱もない。あるのは、すべてを飲み込むブラックホールのような「虚無」だけだった。
「……ヒカル。あれは、闇ではないわ」
隣で剣を構える本物のヴァルキリアが、戦慄を含んだ声で呟く。彼女の黒翼が、本能的な拒絶反応でざわめいていた。
「闇とは、光の不在ではない。存在としての闇だ。だが奴は違う。あれは……存在そのものの否定(エラー)。そこに『ある』こと自体が許されない、システムのゴミ箱よ」
「ゴミ箱、か。いい表現だな……。なら、俺たちが綺麗に掃除してやるだけだ!」
俺は震える手を剣の柄に食い込ませ、吼えた。
ここまで来るのに、どれだけの犠牲を払ったか。どれだけの想いを繋いできたか。
子供たちの未来を、こんな虚ろな人形に奪わせるわけにはいかない。
「総員、配置につけ! これが最後のユニゾンだ! 俺たちの愛の全てを、叩きつけるぞ!」
「了解です、あなた!」
「任せて、ヒカル!」
「主よ、我らの想いを一つに!」
背後から、愛しい妻たちの力強い声が響く。
振り返れば、そこには頼もしいパートナーたちが円陣を組み、俺を見つめていた。
レヴィア、アクア、テラ、セフィラ、ルーナ、そしてヴァルキリア。
だが、それだけではない。
彼女たちの足元や隣に、小さな影たちが懸命に立っていた。
「パパ、負けないで!」
「お父様、私達もいます!」
「パパ! いっけぇー!」
ノア、シズク、ソイル、リベル、アルテミス……。
本来なら安全な場所にいるべき愛娘たちが、この最終決戦の場、虚無の最前線にまで並び立っている。
彼女たちの小さな体から溢れ出るのは、恐怖ではない。父親である俺を信じ抜く、純粋無垢で強大なマナの輝きだ。
今、この虚無の空間で俺の背中を支えているのは、俺が愛し、俺を愛してくれた「家族」だけだ。
狙うは一点。あの虚無の胸郭にあるコアだ。
「いくぞ……! システムだろうが神だろうが、この熱量までは計算できていないはずだ!」
俺は指揮棒(タクト)代わりの剣を振り上げる。
その瞬間、世界が音色に変わった。
俺の心臓が、共感能力(エンパス)を通じて彼女たちの感情を「旋律」として捉える。
レヴィアの激情は、腹の底を震わせるドラムの鼓動。
アクアの献身は、澄み渡るバイオリンの調べ。
テラの慈愛は、大地を包み込むチェロの重低音。
セフィラの自由は、天を駆けるフルートの音色。
ルーナの調和は、全体を包む荘厳なパイプオルガン。
ヴァルキリアの信頼は、鋭く美しいピアノの旋律。
そこに、すぐ側で声を張り上げる娘たちの未来への希望が、軽やかなベルの音となって重なり合う。
重厚なる母の愛と、輝ける娘の希望。
異なる十二の音が、俺という指揮者の下で一つになり、理論上の限界を超えた「家族の交響詩(ファミリー・シンフォニー)」へと昇華される。
「――【聖なる夜明けセイクリッド・ドーン】ッ!!」
俺の号令と共に、世界を塗り替えるほどの極光が放たれた。
それは単なる破壊の光ではない。生命の誕生、愛の歓喜、生きる意志そのものをエネルギー変換した、存在肯定の奔流だ。
物理法則すらねじ曲げる愛の波動が、一直線にセラフィム・ヴァルキリアへと突き刺さる――
――はずだった。
「……え?」
誰かの、間の抜けた声が響いた。
光は、届いていた。直撃していた。
だが、何も起こらなかった。
爆発も、浄化も、衝撃波さえもない。
あろうことか、俺たちが放った渾身の愛の光は、セラフィム・ヴァルキリアの体に触れた瞬間、音もなく「消滅」していたのだ。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「吸収された……? いいえ、違う! データが……消えた!?」
後方で解析を担当していたソルニアの悲鳴のような報告が届く。
セラフィム・ヴァルキリアは、無傷だった。表情一つ変えず、ただそこに「無い」ものとして浮いている。
彼女がゆっくりと右手を掲げた。
その掌に、小さな黒い球体が生まれる。
吸い込まれるような恐怖。あれは、攻撃魔法じゃない。もっと根源的な……。
『警告。警告。管理領域への不正アクセスを確認。脅威レベル、測定不能』
突如、空間全体に無機質なシステム音声が響き渡る。
セラフィム・ヴァルキリアの後方の空間が、ガラスのようにひび割れ、砕け散った。
そこから現れたのは、巨大な「眼」だった。
感情のない、幾何学模様だけで構成された光の眼球。
――神(システム)。
この箱庭世界を管理し、リセットを繰り返してきた元凶。
『……管理個体『ヒカル』およびその眷属による、規定値を超えたエネルギー干渉を確認。これ以上の放置は、世界の存続に支障をきたす』
声ではない。脳に直接情報を流し込まれるような感覚。
神の眼が瞬くと、周囲の虚無から光の粒子が巻き上がる。
現れた影に、俺たちは息を呑んだ。
「嘘……でしょ……?」
レヴィアが絶句する。
現れたのは、5体の影。
燃え盛る大剣を持つ、セラフィム・レヴィア。
絶対零度の氷衣を纏う、セラフィム・アクア。
……テラ、セフィラ、ルーナ。
俺たちが死闘の末に撃破し、消滅させたはずの「天使」たちが、傷一つない完全な状態で再構築されていた。
「再生……したというのか。一瞬で……!」
ゼファーが呻く。
それだけではない。再生されたセラフィムたちは、以前よりも濃密な神気を纏っている。
学習したのだ。俺たちの戦術を。愛のユニゾンを。
その上で、それを凌駕する出力設定で再出力(リポップ)された。
6体のセラフィムが、俺たちを取り囲むように展開する。
全方位、死角なし。
こちらの最大火力は無効化され、敵は無限に再生し、強化される。
これが、神と戦うということか。
ゲームの盤面そのものを支配する管理者(ゲームマスター)に、駒(プレイヤー)が挑む無謀さを、俺は骨の髄まで理解させられた。
『対象『ヒカル』。貴個体は、当システムの論理的整合性を著しく阻害するバグの発生源(ソース)であると認定する』
神の眼が、俺一人を捉えた。
殺気ではない。ただの「処理」としての視線。
『よって、物理的排除ではなく、根源的削除(デリート)を実行する』
瞬間。
世界から色が消えた。
痛みはなかった。
ただ、寒気がした。
上空から降り注いだ無色の光線が、俺の体を貫通していた。
いや、貫通ではない。光が当たった場所から、俺という存在が「透け」始めているのだ。
「ヒカルッ!!」
「あなた!」
「父上!」
妻たちの悲鳴が遠く聞こえる。
足の感覚がない。見下ろすと、足先が背景に溶け込んでいた。
指先が霞む。剣を取り落とす。カラン、と乾いた音が虚無に響くが、その音さえもすぐに消えた。
「させるかぁぁぁッ!!」
レヴィアが、炎を噴き上げて突っ込んでくる。
だが、セラフィム・レヴィアが立ち塞がり、その炎を冷徹に弾き飛ばす。
アクアが、テラが、必死に俺のもとへ駆け寄ろうとするが、それぞれの対となるセラフィムに阻まれる。
「いや……だ……ヒカル、消えないで……!」
ヴァルキリアが、闇の転移で無理やり俺の目の前に現れた。
彼女の手が、透け始めた俺の頬に触れる。
だが、その感触さえも希薄だった。
「ヴァル……キリア……」
「ダメよ、命令して! 私に生きろと! 戦えと! あなたが消えたら、私は……私たちは……!」
いつも冷静な彼女が、子供のように顔を歪めて泣いている。
俺は彼女の涙を拭おうと手を伸ばしたが、俺の手は彼女の頬をすり抜けてしまった。
(ああ……そうか。俺は、死ぬんじゃない。なかったことになるんだ)
恐怖よりも先に、深い喪失感が襲ってきた。
俺が消えれば、みんなの記憶からも俺は消えるのだろうか。
子供たちは、父親の顔を忘れてしまうのだろうか。
愛した記憶も、戦った日々も、全てシステムのエラーとして修正される。
『対象の存在データ、50%消失。削除プロセス、順調』
神の無慈悲な宣告。
視界が白く濁っていく。音も、光も、愛しい人たちの顔も、遠ざかっていく。
意識のコードが断ち切られる感覚。
これが、終わりか。
ごめん、みんな。約束、守れなかった。
俺の意識が完全にホワイトアウトしようとした、その時。
『――はん。相変わらず詰めが甘いな、お人好しの愚王が』
脳内の深淵、誰にも触れられないはずの記憶の底から、聞き覚えのある不敵な嘲笑が響いた。
皮肉げで、傲慢で、けれどどこか楽しげな声。
『……カイン……?』
消えゆく意識の中で、俺はその名を呼んだ。
『システムごときに見くびられたものだ。貴様の愛だの絆だのは反吐が出るほど非効率だが――それを否定していいのは、この天才カイン様だけだ』
瞬間、神の眼にバチバチと赤黒いノイズが走った。
絶対的な管理者の瞳が、初めて「困惑」に揺らいだように見えた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。