第8話:はみ出した欲望と、隠蔽工作
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
地味子に擬態して童貞紳士を狙ったら、彼の理性が鉄壁すぎてご飯(精気)が食べられません! ~誘惑したい初心者サキュバス vs 守りたい最強の紳士~ - 第8話:はみ出した欲望と、隠蔽工作
本文
私が慌てて正座に戻ったのとほぼ同時に、キッチンからケンジさんが戻ってきた。
お盆には湯気の立つマグカップが二つ。
「ごめんね、インスタントだけど」
「あ、いえ! ありがとうございます……!」
私は平静を装ってカップを受け取った。
心臓はまだバクバクしている。
危なかった。もう少しで「家宅捜索」がバレるところだった。
私は証拠隠滅――つまり、さっきの本をちゃんと元の位置に押し込んだ……はずだ。
しかし。
カップをローテーブルに置いたケンジさんの動きが、ピタリと止まった。
彼の視線が、本棚の一点に釘付けになっている。
(……え?)
私もつられて視線を向ける。
そこには――さっき私が無理やり突っ込んだせいで、背表紙がほんの数センチだけ飛び出している『眼鏡の奥の淫らな素顔』の姿があった。
(し、しまったぁぁぁ!! 戻しきれてない!!)
血の気が引く。
勝手に人の部屋を漁ったことがバレたら、軽蔑される! 嫌われる!
私は弁解の言葉を探して口を開きかけた。
「あ、あのっ、それは……!」
「――っ!!」
だが、ケンジさんの反応は意外なものだった。
彼は顔を真っ赤にして、バッと私の前に立ちふさがったのだ。
まるで、その本を私の視界から隠すように。
「ご、ごめん! ちょっとエアコンの設定見てくる!」
彼は裏返った声で叫ぶと、不自然すぎる動きで本棚にスライディングした。
そして、私の死角になるように背中を丸め、高速の手つきで飛び出した本を奥へと押し込んだ。
(……あれ?)
彼の背中から、脂汗のような焦りが伝わってくる。
(……もしかして、私が触ったことに気づいてない?)
その通りだった。
ケンジの脳内は、別の種類のパニックで埋め尽くされていたのだ。
(やっべえええええ!! 昨日! 昨日の夜、リリさんを想いながら『使った』後、ちゃんと戻してなかったか!? 背表紙が見えてたぞ!?)
ケンジは冷や汗ダラダラだった。
リリに会えない夜、彼女の面影を求めて買い漁った「地味子・眼鏡・三つ編み」系のアダルト作品。
よりによって、昨晩お世話になったその一冊が、本人を目の前にして鎮座しているなど。
これは「僕は君をおかずにしています」と公言しているようなものだ。
(見られてないよな!? 地味で純粋なリリさんが、あんなタイトルの本を見たら……卒倒してしまう!)
ケンジは震える手で本を隠蔽し、何食わぬ顔(引きつっている)で振り返った。
「あー、うん。エアコン、大丈夫だった。……ごめんね、散らかってて」
「い、いえ……大丈夫です……」
リリは、きょとんとして彼を見つめていた。
そして、彼女の中で一つの「確信」が生まれた。
(……隠した。私に見られないように、必死で隠したわね)
リリの解釈はこうだ。
『彼は、自分が「地味子いじめ」というマニアックな性癖を持っていることを、私に隠そうとしている』。
『昨晩もそれを見ていたから、出しっぱなしだったと思い込んでいるんだわ』
リリは心の中でニヤリと笑った。
好都合だ。
彼は自分の欲望を「恥ずかしいもの」として隠している。
ならば、私がその蓋を開けてあげればいい。
(安心して、ケンジさん。私、そういうの(演技)、得意だから)
リリはマグカップを両手で包み込み、上目遣いで彼を見つめた。
そして、あの本の中にあったシチュエーション――「恥ずかしがりながらも、誘う」演技を開始する。
「ケンジさん……。あの、部屋……暑くないですか?」
リリはわざとらしく、パーカーの首元をパタパタと手で扇いだ。
その隙間から、白い鎖骨がチラリと覗く。
「えっ? あ、そ、そうかな?」
「はい……私、ちょっと……汗かいちゃったかも……」
彼女は潤んだ瞳で、意味深に頬を赤らめる。
さあ、思い出して。昨日見た本の中の女の子を。
目の前にいる「本物」は、準備万端ですよ?
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