第13話 香水を欲しがる悪役令嬢に「マルチ商法の仕組み」を教えたら、喜んで友人を売り飛ばし始めた
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あらすじ
【悲報】魔法世界の住人、俺の「現代組織論」と「洗脳技術」になすすべなく堕ちていく。~インチキ宗教を立ち上げたら、知識が最強すぎて世界征服してしまった件~ - 第13話 香水を欲しがる悪役令嬢に「マルチ商法の仕組み」を教えたら、喜んで友人を売り飛ばし始めた
本文
建国記念舞踏会から一夜明けた、ローゼンバーグ公爵邸。 その玄関ホールは、戦場のような様相を呈していた。
「手紙です! また追加で百通届きました!」 「こっちは贈り物です! 伯爵家から『どうしてもアリア嬢にお会いしたい』と!」
使用人たちが悲鳴を上げながら走り回っている。 原因は明白だ。昨夜、アリアが会場でばら撒いた「初恋の香水」だ。 あの強烈な**《プルースト効果(記憶のフラッシュバック)》**を食らった貴族たちが、禁断症状を起こした中毒者のように、香りを求めて殺到しているのだ。
私はその喧騒を、階段の踊り場から冷めた目で見下ろしていた。
(……チョロい。チョロすぎるぞ、貴族社会)
需要は爆発した。 普通の商人なら、ここで増産して売りさばき、一時的な大金を稼ぐだろう。 だが、それは三流のやり方だ。 ブームはいつか去る。私が欲しいのは、ブームではなく「支配構造(システム)」だ。
「――出しなさいよ! 泥棒猫はどこ!?」
その時、玄関の方からヒステリックな金切り声が響いた。 人混みを掻き分けて入ってきたのは、燃えるような赤髪の侯爵令嬢――ベアトリスだ。 昨夜、アリアを「臭い」と罵倒し、直後に香水を嗅いで「お兄様ぁ……」と幼児退行していた彼女である。
彼女は血走った目で、執事に掴みかかっていた。
「あの香水を譲りなさいと言っているのよ! 金なら払うわ! 金貨百枚でも二百枚でも!」
必死だ。プライドも何もあったものじゃない。 完全に「沼」にハマっている。
私はニヤリと笑い、身なりを整えてから階段を降りていった。
「おや、これはベアトリス様。ようこそお越しくださいました」
◇
応接間に通されたベアトリスは、貧乏ゆすりをしながら苛立っていた。 私はアリアには同席させず、あくまで「公爵家の代理人(従者)」として対峙した。
「単刀直入に言うわ、従者風情が。あの香水を売ってちょうだい。私専用に、樽ごとね」
ベアトリスが扇子でテーブルを叩く。 私は困ったように眉を下げた。
「大変申し訳ございませんが、あちらはアリア様が調合された『聖なる奇跡』。生産数が極めて少なく、一般の方への販売はお断りしております」
「なんですって!? 私が一般人だと言うの!?」 「いえいえ。ですが、公爵家としても『選ばれた方』にしかお譲りできないのです」
**《希少性の原理》**で焦らしを入れる。 彼女の欲望が限界まで膨れ上がったタイミングを見計らい、私は声を潜めた。
「……ですが、ベアトリス様ほど高貴な方であれば、あるいは」 「な、なによ? もったいぶらないで言いなさい!」
私は彼女の前に、一枚の羊皮紙を広げた。 そこに書かれているのは、美しいピラミッド型の図形。
「ベアトリス様。貴女に単に香水を売ることはできません。……ですが、貴女が我々の**『ビジネスパートナー』**になっていただけるなら、話は別です」
「パートナー?」 「ええ。貴女を、この香水の独占販売権を持つ**『ゴールド会員(ディストリビューター)』**に認定しようという提案です」
ベアトリスが怪訝な顔をする。 無理もない。この世界にまだ存在しない悪魔のシステム、**《マルチ商法(連鎖販売取引)》**の勧誘なのだから。
私は流暢に説明を始めた。
「仕組みは簡単です。まず、ベアトリス様には、この香水を『卸値(定価の半額)』で、まとめて買い取っていただきます」 「……買い取る? 私が?」 「はい。例えば、五百本ほど」
ベアトリスが息を呑む。 五百本。定価で売れば城が建つ額だが、卸値でも莫大な投資だ。
「そして、その五百本をどうするかは、ベアトリス様の自由です。ご自身で使われるも良し。……ですが、貴女のご友人である下級貴族の方々に、『定価』でお譲りして差し上げるのはいかがでしょう?」
私は悪魔の囁きを吹き込む。
「彼女たちは喉から手が出るほど香水を欲しがっている。しかし、買えるのは『選ばれた会員』である貴女だけ。……彼女たちは、貴女に頭を下げて、定価で買い求めるでしょう」
ベアトリスの瞳がギラリと光った。 彼女の脳内で計算が走る。 半額で仕入れ、定価で売る。利益率は脅威の50%。 五百本売り切れば、投資額が倍になって返ってくる。
「さらに、ここからが重要です」
私はピラミッド図の下層を指差した。
「もし、貴女のご友人が『私もこの商売をしたい』と言い出した場合。貴女は彼女を**『シルバー会員』**として推薦できます」 「推薦?」 「はい。すると、彼女が売り上げた利益の10%が、紹介料として永久に貴女の懐に入り続けるのです」
《権利収入》。 働かずに金が入る。 貴族という人種が最も好む言葉だ。
「つまり……私が頂点に立って、下の子たちに売らせれば、私は何もしなくても……?」 「その通りです。貴女は社交界における『香水の女王』として君臨し、富と名声、そして周囲からの羨望を独占できるのです」
ベアトリスが震え出した。 恐怖ではない。歓喜にだ。 彼女の強欲さと支配欲が、理性を完全に凌駕した瞬間だ。
だが、ここに罠がある。 **《在庫リスク》と《サンクコスト効果(埋没費用)》**だ。
最初に大量の在庫(借金)を抱えさせることで、彼女は「元を取らなければならない」という強烈なプレッシャーに晒される。 するとどうなるか? 彼女はプライドをかなぐり捨てて、必死になって友人・知人を勧誘し、香水を売りつける「セールスマン」に変貌するのだ。 自分自身が被害者であることに気づかないまま、新たな加害者となる。
「……やるわ」
ベアトリスが顔を上げた。 その目は、獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「その契約、乗ったわ! 五百本……いいえ、千本用意なさい! 私の派閥の人間全員に売りつけてやるわ!」 「賢明なご判断です、ベアトリス様」
私はうやうやしく契約書を差し出した。 彼女は中身もろくに読まず、震える手でサインをする。
これで、彼女は我々の「養分」となった。 そして同時に、最強の「広告塔」兼「集金マシーン」が誕生した。
◇
数十分後。 ベアトリスは、馬車に入りきらないほどの香水の木箱を積み込み、意気揚々と帰っていった。 その足取りは軽い。 これから始まる「輝かしい未来(ネズミ講)」を夢見ているのだろう。
「……ルシアン。あんなことして、いいの?」
柱の陰から見ていたアリアが、心配そうに聞いてくる。
「何がだ?」 「だって、あんなに大量の香水……もし売れ残ったら、ベアトリス様は破産しちゃうよ?」 「売れ残らないさ。彼女のプライドにかけてもな」
私は窓の外を見ながら答えた。
「彼女は今日から、必死になって友人を勧誘するだろう。『これはあなたのためなの』『幸せのお裾分けよ』なんて綺麗事を並べてな」
貴族社会とは、元々「誰が誰より上か」を競い合うマウント合戦の場だ。 「私からしか買えない」という優越感は、何よりの麻薬になる。
「これで我々は、営業に走り回る必要がなくなった」
私はベアトリスが置いていった、金貨の手付金が入った袋をジャラリと鳴らした。
「勝手に彼女が広めてくれる。勝手に集金してくれる。我々はこの屋敷で紅茶を飲んでいるだけで、ピラミッドの頂点から金を吸い上げられるんだ」
アリアは少し青ざめながらも、感心したようにため息をついた。
「ルシアンって……本当に悪魔ね」 「人聞きが悪い。これは『輝きの共有(シェアリング)』だよ」
私はニヤリと笑った。
ベアトリスの馬車が、王都の貴族街へと消えていく。 それはまるで、疫病を運ぶネズミのようだった。 欲望という名の感染症は、瞬く間に社交界を蝕み、我々の懐を潤すだろう。
さて、資金(軍資金)は十分に集まりそうだ。 次はいよいよ、この金を使って、国の心臓部――王室へと手を伸ばすとしようか。
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