第14話 帰ってきた先輩たち。そして「偏差値」という名の新たな道場破り

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

あらすじ

『かっこいい女子が好きって言ったよね? ~失恋した私がガチ空手で全国制覇して、幼馴染を後悔させるまで~』 - 第14話 帰ってきた先輩たち。そして「偏差値」という名の新たな道場破り

本文

放課後の道場は、いつもとは違う異様な空気に包まれていた。  サンドバッグの代わりに長机が並べられ、パイプ椅子にはジャージ姿の部員たちが座っている。

「――よって、これより『空手部・赤点回避のための緊急強化勉強会』を開始する」

 ホワイトボードの前に立つ冴島先輩が、竹刀をピシッと鳴らした。  道着ではなくメガネ&制服姿。その知的な威圧感は、組手の時よりも増している気がする。

「えー、マジ勉? アタシ、拳で語り合うほうが得意なんだけど~」

 私の斜め後ろで、気だるげな声が上がった。  そこに座っているのは、今日久しぶりに部活に復帰した「幻の2年生」の一人、海堂(かいどう) 伊吹(いぶき)先輩だ。  金髪のメッシュが入ったポニーテール。スカートは短め。  見た目は完全にイマドキのギャルだが、実は組手で相手をダンプカーのように轢き潰す「パワーファイター」らしい。  例の「焼肉食中毒事件」の首謀者でもある。

「黙れ伊吹。お前は前回の期末で赤点を4つ取っただろう。今回は許さん」 「うっ……だってぇ、数式見ると蕁麻疹出る体質なんだもん」 「なら出る前に解け。気合だ」 「オ、オス……」

 見た目は強気な伊吹先輩が、冴島先輩の前では借りてきた猫のようだ。  その横で、優雅に紅茶(ペットボトル)を飲んでいる二人の先輩がいた。  同じく2年生の一色(いっしき) 雫(しずく)先輩と、二宮(にのみや) 蓮(れん)先輩だ。

「伊吹はバカねぇ。赤点取らなきゃ、こうして優雅に読書ができるのに」  雫先輩は黒髪ボブのクールビューティー。手には難しそうな新書を持っている。 「全くだ。補習で稽古時間を削られるのは迷惑だ。私たちの足だけは引っ張るなよ」  蓮先輩はベリーショートの眼鏡女子。理路整然とした口調が少し怖い。

 この二人は、伊吹先輩とは真逆の「超・秀才」らしい。  どうやらウチの空手部は、「偏差値の格差社会」が激しいようだ。

 ***

「よし、一年生。まずはお前らの実力を見せろ」

 冴島先輩の号令で、私たちは数学のプリントに取り掛かった。  カチカチカチ……とシャーペンの音だけが響く。

 十分後。

「……ほう」

 私のプリントを覗き込んだ冴島先輩が、眉をひそめた。

「一ノ瀬。国語と英語はほぼ満点だな。現国に至っては学年上位レベルだ」 「えへへ、文系科目は得意なんです。言葉のニュアンスとか、感覚で分かるっていうか」 「だが」

 先輩が、プリントの下半分を竹刀で指す。

「数学が壊滅的だ。『因数分解せよ』という問いに対し、『解散!』と書いてあるのはどういうギャグだ?」 「えっと……数字たちが仲良くカッコの中にいるのが可哀想で、自由にさせてあげようかと……」 「貴様は数字の保護者か。やり直し」

 バサッ、と突き返される。  うぅ、やっぱり数学は無理だ。数字を見ると脳が拒絶反応を起こす。  ついでに言うと、歴史の年号も覚えられない。「1192年」とか言われても、「昔!」としか思えないのだ。

「ううぅ……x(エックス)とかy(ワイ)とか、何者なんですかぁ……」

 隣では、文ちゃんが涙目で円の方程式と格闘していた。  彼女は私以上に数学が苦手らしい。

「文ちゃん、大丈夫? ここ、こうやって考えると分かりやすいよ」

 そんな私たちに救いの手を差し伸べたのは、意外な人物だった。

「え……エリカちゃん?」

 スポーツ万能・サバサバ系のエリカが、サラサラと美しい数式をノートに書いている。

「ここは放物線だから、イメージとしてはボールを投げた時の軌道ね。頂点がここで、着地がここ」 「えっ、すごい分かりやすい! エリカちゃん、数学得意なの!?」 「うん。ていうか、勉強全般わりと好き」

 エリカはシャーペンを回しながらニッと笑った。

「空手も物理じゃん? 作用反作用とか、重心とか。理屈が分かると面白いんだよねー」 「……見かけによらない」 「意外な伏兵がいたな」

 2年生の秀才コンビ、雫先輩と蓮先輩も感心している。  なんと、エリカは「動けるし頭もいい」というハイスペック女子だったのだ。天は二物を与えすぎではないか(二回目)。

 ***

 それからの一時間は、女子会ならぬ地獄の勉強会となった。

「伊吹! そこで寝るな! 正拳突き100回!」 「えぇ!? 勉強中に!?」 「眠気を飛ばすためだ。やれ!」 「オ、オスッ! xの二乗ォォォッ! プラスッ! 2xyィィィッ!!」

 伊吹先輩が数式を叫びながら空突きをする。カオスだ。  私は、秀才の雫先輩に捕まっていた。

「一ノ瀬さん、社会は暗記じゃないわ。流れ(ストーリー)よ」 「す、ストーリー?」 「そう。誰が誰を裏切って、どうやって天下を取ったか。昼ドラみたいにドロドロした人間関係だと思えば、一発で覚えられるわ」 「なるほど……!」 「例えばこの将軍は、奥さんの尻に敷かれていたせいで政策を変えたの。どう? 覚えやすいでしょ?」 「めっちゃ覚えやすいです!」

 一方、数学アレルギーの文ちゃんは、エリカと蓮先輩に挟まれて集中治療を受けている。   「ひぃぃ……数字が、数字が襲ってきますぅ……」 「大丈夫、怖くないよ。ただの記号だから」 「小日向、泣くな。涙でノートが滲んで読めん。……ここまでは合っているぞ。自信を持て」 「うぅ、蓮先輩、意外と優しい……」

 道場は、普段の稽古とは違う種類の熱気に包まれていた。  大山先生が差し入れの「頭脳パン(あんこ入り)」を持って現れた頃には、私たちは全員、灰のように燃え尽きていた。

「……終わった」

 私は机に突っ伏した。  因数分解。二次関数。そして鎌倉幕府の成立。  脳みその普段使わない部分が筋肉痛を起こしている気がする。

「よく耐えたな、お前たち」

 冴島先輩が、メガネの位置を直しながら言った。

「空手の試合は数分で終わるが、勉強は積み重ねだ。この『我慢』は、必ず組手での粘りに繋がる」 「……はい」 「まあ、伊吹は赤点回避できるか怪しいがな」 「縁起でもないこと言わないでくださいよ玲奈センパァァイ!」

 伊吹先輩の悲痛な叫びに、ドッと笑いが起きた。  女だらけの空手部。やかましいけれど、なんだかんだで温かい。

 帰り道。  夜風が、知恵熱を出した頭に心地よかった。

「ねえ凛。なんかさ、こういうのも良くない?」  エリカが伸びをしながら言う。 「みんなで一つの敵(テスト)に向かって戦う感じ。青春って感じで」 「……そうだね。敵が『数学』じゃなければ最高だったけど」

 私は苦笑いしながら、夜空を見上げた。  今日は拳を一回も握らなかった。  でも、2年生の先輩たちの意外な一面も見れたし、エリカの頼もしさも知れた。

(チーム、か)

 個人競技だと思っていた空手が、少しだけ団体戦のように思えてきた。    ……待ってろよ、中間テスト。  私の(主に文系科目の)底力、見せてやる。  そして赤点を回避して、堂々とまた稽古をするんだ。

 私はカバンの中の重たい教科書を抱き直し、力強く家路についた。

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角煮カイザー小屋

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