聖徳太子2.0 第一章
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あらすじ
父・聖太、母・徳子。名前を組み合わせたら「聖徳太子」!名前を理由にいじられ続けた徳太は、祖父特製のAI傾聴システムで本物の聖徳太子を目指す。千人の声を聞き、学校を変える痛快学園コメディ。技術と心で紡ぐ、現代の傾聴物語。
本文
聖徳太子2.0 第一章
「次、森川徳太くん!」
全ての始まりは、小学三年生の国語の授業だった。
「自分の名前の由来を調べてこよう」というテーマで宿題が出された翌日、担任の佐々木先生に指名され、徳太は教壇の前に立った。
クラスメイト三十人の視線が一気に徳太に集まる。
緊張しながら、俺は話し始めた。
「僕の名前は、お父さんとお母さんの名前から一文字ずつ取ってつけられました。お父さんの名前は聖太、お母さんの名前は徳子です」
そう言いながら、俺は『聖太』『徳子』と黒板に書いた。
最前列の田中ハルトの目が輝いた。
「聖徳太子じゃん!!!」
教室が一瞬、静まり返った。
次の瞬間――爆笑の渦に包まれた。
「マジだ! 聖徳太子www」
「すっげぇwww」
「聖太と徳子で聖徳太子www」
「こら!みんな!静かにしなさい!!!」
注意する担任の佐々木先生も、笑いを堪えた表情である。
徳太は顔を真っ赤にしながら、席に戻った。
そして、その日から徳太の学校生活は変わった。
「おはよう、聖徳太子!」
「聖徳太子〜、十人の話聞いてくれよ〜」
「耳でかいから、できるっしょ?」
聖徳太子とは、推古天皇の補佐役(摂政)として、天皇中心の政治のしくみを整え、日本最初の憲法と言われる「十七条憲法」や「冠位十二階」などを作った歴史上の偉人である。「十人の話を同時に聞き分けることができた」という超人的エピソードも有名だ。
そんな人物の名前で呼ばれるのは、誇らしいような、恥ずかしいような、何とも言えない気持ちを抱えながら、徳太は小学校時代を過ごしていた。
◆
小学校時代は笑って流せていた徳太も、中学生になる頃には笑えなくなっていた。
中学一年の体育祭。
「聖徳太子、十人分の荷物運べるだろ?」
中学二年の文化祭。
「聖徳太子、十人の意見まとめてよ」
中学三年の修学旅行。
「聖徳太子、十人分の布団敷けるよな?」
何をするにも「聖徳太子」と呼ばれ、「十人分」のことを一度に行うよう言われ、それはもはや「イジメ」と呼べる領域に達していた。
徳太には十人分の声を聞き分けることなど出来ない。もちろん、十人分の荷物を持ったり、同時に布団を敷くなんてこともである。
「できない」と言えば「聖徳太子の癖にできねーんだ。お前、何ができるん?」と目立った特技のない徳太のことを馬鹿にする。
「お前らがやってみろよ」と言い返せば、「あははっ!聖徳太子怒っちゃった!」と笑われた。
◆
中学卒業を間近に控えたある日、徳太は祖父の家を訪ねた。
「じいちゃん、俺、親の名前を恨むよ……」
リビングのソファに座り込み、徳太は愚痴をこぼした。
「聖徳太子、聖徳太子って言われて、いじめられるんだ」
「ふむ」
祖父は穏やかに笑った。
「嫌なら、本物の聖徳太子になればいい」
「は?」
「十人の声を同時に聞き分けられる人間になれば、誰も馬鹿にできんだろう?」
祖父は目を輝かせながら言う。
「いや、そんなの無理でしょ……」
「無理じゃないぞ。徳太、一ヶ月時間をくれ。じいちゃんが何とかしてやる!」
一ヶ月後、徳太は祖父の自宅に呼ばれた。
祖父の家に行くと、小さな木箱を手渡された。
「じいちゃんからの高校入学祝いじゃ! 皆には秘密じゃぞ!」
木箱を開けると、補聴器のような小さな装置が入っていた。
「これは……?」
「最新のAI傾聴システム。会社の連中と開発したものだ。まだ試作品段階だけどな!」
祖父は説明した。
「もちろんまだ一般には流通していないし、今後流通するかどうかもわからない」
祖父はそう言って、徳太のスマホとAI傾聴システムを連携させた。
「耳につけておくだけで、周囲の音声を拾い、AIが解析して文字化する。しかも、同時に複数の会話を聞き分けることもできるよう、、徳太専用に改造もしてある」
「マジで……?」
「これで、お前も本物の聖徳太子だ! はっはっは!」
「いや、装置に頼ってる時点で本物じゃないでしょ!」
「まあ、細かいことは気にするな!」
祖父はニヤリと笑った。
「徳太。どうせなら、『聖徳太子』という名前を武器にしてやれ。いじられるだけの存在から、本当にすごい奴になってやるんだ」
◆
そして徳太は高校に入学した。入学式の日、徳太は耳元に小さな装置をつけて、新しい一歩を踏み出した。
先生や友達には「補聴器です」と説明した。まさかAI搭載の傾聴システムです。いわゆる盗聴器です」とは言えるわけがない。
五月入ったある日の昼休み、学食前に人だかりができていた。
「また売り切れかよ!」
「マジかよ、今日こそ買えると思ったのに!」
不満の声が飛び交っていた。
問題の商品は「限定十食・黄金唐揚げ定食」。
カリッカリの衣に秘伝のタレ、ご飯大盛り無料というプレミアム定食だ。
徳太は人混みの端で、耳元の装置を軽く触った。スマホの画面に、周囲の音声が文字化されて流れ込んでくる。
『なんでないんだよ』
『絶対裏で何かある』
『三ヶ月間、一度も買えてない』
『俺の青春を返せ!』
十人、二十人――同時に発せられる怨嗟の声を、AIは瞬時に拾い上げる。
そして、徳太の視線が、食堂の奥のテーブルに向かった。
ラグビー部のジャージを着た三人組が、唐揚げをほおばりながら何か話し合っている。
『……明日も三人分、いつもの時間で頼む』
『了解っす。厨房のおばちゃんには部活の差し入れって言ってあるんで』
『最高だな。この唐揚げ、マジでうまい』
『毎日これ食えるとか、天国かよ』
徳太の目が光った。ビンゴだ。
彼は静かに歩み寄り――いや、ちょっと考えた。普通に指摘するのは面白くない。せっかくなら、聖徳太子になりきらなくては。
「ふむ!」
徳太は三人の前で立ち止まり、耳に手を当てて天井を見上げた。
「そこの三名、学食規定第三条を知っているかな?」
ラグビー部員たちが唐揀げを口に入れたまま振り返る。
「あ? 何だよお前」
「『限定メニューの事前予約および転売目的の購入を禁ずる』――」
徳太は淡々と続けた。
「それから君たち、明日の予約分も既に話がついているそうだね。『部活の差し入れ』という名目で」
「な、なんで……」
「『毎日これ食えるとか、天国かよ』――その天国は、他の生徒の地獄の上に成り立っているのだよ」
三人の顔が蒼白になる。
「なんなんだ、お前は!」
「君たちの『小声の密談』が聞こえてしまっただけだ」
「いや、小声っつっても、俺らこんな離れた場所の声が聞こえるわけ……」
「聖徳太子は十人の声を同時に聞き分けたそうだが」
「は???」
「俺の父は『聖太』、母『徳子』 つまり、この俺は『聖徳太子』だ!」
「意味わかんねえよ!」
「わかる必要はない。さて、どうする? 君たちの会話は既にこのスマホの中にログが残されている。これを生徒指導に提出するか、それとも――」
「ま、待ってください!」
三人が土下座した。
「すみませんでした! もう二度としません! 反省してます!」
「よろしい。では今日から、正々堂々と食券を買うように」
徳太は満足げに頷き、踵を返した。
その一部始終を、食堂の入り口で目撃していた巨漢がいた。柔道部の獅子丸豪、体重百二十キロ。黒帯と純粋な瞳を持つ男だ。
彼の目には、涙が浮かんでいた。
「た、太子……!」
翌日の昼休み、徳太が教室で弁当を広げていると、廊下から地響きのような足音が聞こえてきた。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
「!?」
クラスメイトたちが一斉に廊下を見る。
そして次の瞬間、教室のドアが吹き飛んだ。
「太子! 太子はどこだ!」
獅子丸豪が、柔道着姿で乱入してきた。その手には、黄金唐揚げ定食のパッケージが大事そうに抱えられている。
「うわっ、獅子丸じゃん!?」
「いきなり何ですか!」
騒然とする教室。獅子丸は徳太を見つけると、一直線に突進してきた。
「太子ーーーーッ!」
「ちょ、待って、やめて、突進しないで!」
徳太が手を上げて制止する。獅子丸は徳太の前でピタリと止まり――膝をついた。
「俺、感動したっす!」
「だから、太子じゃなくて徳太……」
「俺は黄金唐揚げ定食を夢見続けてきたんです! 毎日、食堂の前で売り切れの札を見るたびに、『今日こそは』と誓い続けて! でも一度も、一度も買えなくて!」
獅子丸の目から大粒の涙が流れる。
「それが、太子のおかげで……昨日、ついに……ついに……!」
彼は唐揚げ定食の包みを天に掲げた。
「買えたんです! あの、黄金の唐揚げを! カリッカリの衣に、じゅわっと溢れる肉汁! 秘伝のタレが絡んだご飯の、あの至福の味を!」
「それはよかったけど……」
「俺、決めました!」
獅子丸は立ち上がり、右手を天に突き上げた。
「太子の第一の弟子として、一生ついていきます!!!」
「えっ?」
「これより俺は『十人の弟子』の筆頭! 獅子丸豪、太子にお仕えします!」
「ちょっと待って、俺、弟子とか取った覚えない」
「細かいことは気にしないでください!」
「気にするわ!」
徳太がツッコんだ瞬間、クラスメイトたちがざわめき始めた。
「太子って何?」
「あいつ、何かやったの?」
「ていうか、十人の弟子って……」
徳太は頭を抱えた。この展開、完全に予想外だ。
それから一週間、獅子丸は本当に徳太の後をついて回っていた。
朝、登校すると昇降口で待っている。
「おはようございます、太子!」
「だから太子じゃ……」
昼休み、食堂に行くと後ろをついてくる。
「太子、今日のメニューは何になさいますか?」
「別に決めなくても……」
放課後、帰ろうとすると門の前で正座している。
「本日の御用は、全て終わりましたか太子!」
「正座しなくていいから!」
極めつけは、三日目の朝だった。
徳太が教室に入ると、黒板に大きく書かれていた。
『我が太子、徳太様』
『十人の声を聞き分ける現代の聖人』
『困った時は太子に相談しよう!』
描かれているイラストは、何故か冠をかぶった徳太だ。
「誰だよこれ描いたの!」
クラス中が爆笑している。そして廊下から、
「太子ーーー! 今日の御託宣は何ですかーーー!」
獅子丸の声が響いた。
徳太は、自分の高校生活が確実におかしな方向に向かっていることを悟った。
◆
ある日の全校集会。体育館に千人近い生徒が集まり、校長先生の長い長い話が始まった。
「……そして諸君らには、より一層の規律と、学びへの姿勢と、礼儀と、節度と……」
開始五分で、生徒たちの集中力は完全に切れていた。
徳太の周囲でも、小声での私語が始まる。
『マジだるい』
『いつまで続くんだよ』
『お腹空いた』
『今日の昼、何食べる?』
『俺カレー』
『カレーいいな』
徳太のAIが拾う声は、既に校長の話とは無関係になっている。しかし校長は気づいていない。むしろ、ますますヒートアップしてきた。
「諸君らは将来の日本を背負って立つ人材であり、その自覚を持って……」
『早く終わってくれ』
『トイレ行きたい』
『眠い』
『この後の授業って何だっけ?』
『数学』
『うわ、最悪』
AIの画面には、リアルタイムで不満度のグラフも表示されている。
現在の満足度:八パーセント。危険水域だ。
そのとき、最前列の生徒指導・山中教諭が立ち上がった。
「校長! もっと厳しくしてもらえませんか? 最近の生徒たちは、全くなっていません!」
山中教諭の怒号が体育館に響く。四十代後半、筋肉質の体に眼鏡をかけた厳格な教師だ。
「私が学生時代は、もっと規律正しく……」
しかし、徳太の耳には別の声が聞こえていた。
『山中先生、また武勇伝始まったよ』
『あの人、学生時代いじめられてたって噂』
『だから生徒に厳しいんじゃね?』
『コンプレックスの裏返しって言うか』
『可哀想ではあるけど……』
『でも俺らに八つ当たりされても困るよな』
徳太はスマホの画面を見た。AIが分析した結果が表示されている。
【全体の不満度】九十二%
【話が長い】六十七%
【内容が退屈】七十四%
【山中教諭への不信感】五十八%
【トイレに行きたい】三十一%
【お腹が空いた】四十四%
徳太は思った。これ、誰かが言わないとマズい。
でも、誰が?
その時、獅子丸が囁いた。
「太子……俺、限界っす」
「わかってる」
「太子なら、何とかできるんじゃ……」
「いや、でも……」
「御託宣を! 太子の御託宣を!」
「御託宣って言うな!」
徳太は深呼吸をして、手を挙げた。
「あの、いいでしょうか」
千人の視線が一斉に徳太に集まる。山中教諭が怒鳴った。
「君は何だ! 集会中に……」
「生徒の意見を、まとめさせていただきたいんです」
会場がざわめく。校長が眉をひそめた。
「君は……一年の……えーと……」
「森川徳太です」
徳太は続けた。
「えっと、今この体育館にいる全員の声を、解析させて頂きました」
「全員? 何を言って……」
徳太は耳に触れた。
「僕には聴力が少し特殊なんです。周囲の小声も全部聞きとれるんです」
「はあ?」
田中教諭が詰め寄る。
「で、何が言いたい」
「えーと、現在の生徒の満足度は八パーセント。不満度は九十二パーセントです」
「何だと!?」
「主な不満は、『話が長い』が六十七パーセント、『内容が退屈』が七十四パーセント、『トイレに行きたい』が三十一パーセント――」
「ちょっと待て!」
校長が慌てて手を上げた。
「君、それは本当なのか?」
「はい。あと、『お腹が空いた』が四十四パーセントです。そろそろ昼休みなので」
体育館が爆笑に包まれた。
山中教諭は顔を真っ赤にして、
「そ、そんなデタラメを……」
「デタラメじゃないです。聖徳太子は十人の声を同時に聞き分けたそうですが――」
徳太はにっこり笑った。
「俺は千人までいけます。令和の聖徳太子なので」
「はあ!!!???」
「父・聖太、母・徳子、俺・徳太。生まれながらの聖徳太子です」
「意味がわからん!!」
山中教諭が混乱している。その隙に、徳太は続けた。
「それで、生徒の皆さんが一番求めているのは『対話』です。一方的に話を聞かされるのではなく、自分たちの意見も聞いてほしい。それだけじゃないでしょうか」
この徳太の意見に、全体が静まった。
そして、静寂の後、どこからともなく拍手が起きた。
最初は小さな拍手だったが、すぐに体育館全体に広がった。
校長は困惑した顔で立っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうか。諸君らは、話を聞いてほしかったのだな」
「はい」
「わかった。では今日の集会はここまでにして、来週、生徒総会を開こう。そこで、君たちの意見を聞かせてほしい」
体育館が歓声に包まれた。
獅子丸が立ち上がって叫ぶ。
「さすが太子! 太子万歳!」
「やめろ獅子丸!」
「太子ーーーー! 太子ーーーー!」
何故か体育館中で「太子コール」が始まった。
徳太は顔を覆った。これは、完全に予想外の展開だった。
◆
その夜、徳太は部屋で悶々としていた。
「『太子コール』って何だよ……恥ずかしいな……」
ベッドに転がり、枕で顔を覆う。スマホには獅子丸からのラインが大量に届いていた。
『太子! 今日は最高でした!』
『太子の勇姿、一生忘れません!』
『明日から正式に側近として仕えます!』
『柔道着で登校してもいいですか!?』
「ダメに決まってるだろ!」
そう徳太が返信しようとしたとき、ドアがノックされた。
「太子、いますか!」
獅子丸の声だ。
「なんでウチに来てるんだよ!?」
ドアを開けると、獅子丸の後ろに見知らぬ二人が立っていた。一人は清楚な雰囲気の女子、もう一人は眼鏡をかけた理知的な男子だ。
「こんばんは、徳太君。生徒会長の安西心陽よ」
「副会長の芦田悠斗だ。獅子丸君に案内してもらった」
「ちょっと待って、獅子丸、なんで俺の家知ってるの?」
「太子の情報は全て把握してます!」
「ストーカーじゃん!」
心陽がクスクス笑った。
「面白い子ね。――それで本題なんだけど、徳太君、生徒会に入らない?」
「え……?」
「単刀直入に聞くわ。その補聴器、本当はAIデバイスなんでしょ?」
徳太の動きが止まった。
「千人の声を聞き分けてパーセンテージまで算出するなんて、人間には不可能。それに、本当にそんな能力があるなら、こんな高校にいないはずよ」
「……の通りです」
ここまで見抜かれては、認めるしかない。
そして――呆然と二人のやり取りを見つめている獅子丸の瞳に、光るものが浮かんでいた。
「太子……?」
「ごめんな、獅子丸……」
「太子ーーーーーッ!!!」
獅子丸が勢いよく徳太に抱きついた――いや、「抱きつく」という生易しいものではなかった。
百二十キロの巨体が、まるで必殺の締め技のように徳太の身体を包み込む。いや、包み込むというより、完全に圧縮している。
「うぐっ……うわぁぁぁぁ!!」
徳太の悲鳴が部屋に響く。
「肋骨が、肋骨がぁぁぁ! 獅子丸、力、力ーーー!」
「太子! 俺、感動したっす!」
獅子丸の腕がさらに強く締まる。柔道の絞め技よりも強烈だ。これはもう、抱擁ではない。ハグという名の殺人未遂である。
「太子は、そんな大事な秘密を……たった一人で抱えていたんっすね!」
「う、うん……そう……だけど……」
「誰にも言えないまま……ずっと、ずっと独りで……!」
獅子丸の声が震えている。その瞳からは、また大粒の涙が流れ落ちている。
「そして今日、俺たちに……その秘密を、打ち明けてくれたんっすね!」
「ま、待って……獅子丸……息が……」
「太子ーーーーッ! もう大丈夫です! これからは俺たちが、太子の秘密を守ります!」
ギュウウウウウ――
「ぐはっ!」
徳太の目が白黒し始めた。
「ちょ、獅子丸君! 徳太君が窒息してる!」
「やばい、本気で死ぬぞ!」
心陽と悠斗が慌てて声を上げる。
「あ、すみません!」
ようやく気づいた獅子丸が手を離すと、徳太は床に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫? 徳太君」
心陽が心配そうに覗き込む。徳太が息を整えていると、彼女は穏やかに笑った。
「それにしても、全校集会での意見、素晴らしかったわ」
「え……?」
「『生徒一人ひとりの声を、ちゃんと聞いてほしい』って。あれ、とても大切な指摘だと思う」
悠斗が眼鏡を押し上げた。
「あの意見、AIが分析して提案したものか? それとも徳太君自身の考えか?」
「えっと……俺の、考えです」
徳太は正直に答えた。心陽と悠斗が顔を見合わせる。
「やっぱりね」
心陽が嬉しそうに笑った。
「AIでも改善案を出すことはできる。でも、あの意見には――『生徒一人ひとりの声を、ちゃんと聞いてほしい』っていう言葉には、実感がこもっているように聞こえたの」
「そう」
悠斗が続けた。
「『声を聞いてもらえない辛さ』を知っている人間――つまり君自身から出てきた言葉だと思ったんだ」
「だから」
心陽が徳太を見つめた。
「君の『耳』だけじゃない。君の『考察力』と『実感』も必要なんだ。生徒会には、徳太君が必要だと判断した」
「……」
徳太は戸惑いながらも、二人の真剣な眼差しに圧倒されていた。
「ところで」
悠斗が話題を変えた。
「君の補聴器、どこのメーカー? 調べても該当する製品が見つからないんだが」
「えっと……」
「まあいいさ」
悠斗は手を振った。
「重要なのは、君の聴力――いや、正確には君のシステムがとてつもなく優れているということだ。生徒の本音を知る手段として、これ以上のものはない」
「でも、勝手に会話を拾うのって……」
「そうね」
心陽が頷いた。
「だから、使い方を工夫したい。倫理的に問題ない範囲で、生徒の声を拾って、学校を良くしていく」
「それ、できるんですか?」
「できるかどうかは、やってみないとわからない」
心陽は微笑んだ。
「でも、やる価値はあると思うの。どう?」
徳太は考えた。確かに、一人でやるより、組織的にやった方がいい。
「……わかりました。協力します」
「やった!」
獅子丸が飛び上がった。
「これで俺も正式に生徒会のメンバーに!」
「いや、君はまだ……」
「太子の第一の弟子は、生徒会入りが確定事項です!」
「誰が決めたの!?」
「俺が今決めました!」
「決まってないから!」
こうして徳太は、生徒会の特別顧問という立場になった。
獅子丸も、何故か『太子付き特別補佐官』という謎の肩書きで正式メンバーになった。
誰も反対できなかった。彼の押しの強さが、凄すぎたのだ。
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