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安楽椅子婦警 幸田詩琳

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/1/16 📚 シリーズ: 婦人警官 幸田詩琳 📝 11,239文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

憧れの婦人警官に採用された、幸田詩琳。  しかし、世の中思った通りには進まない。県警に入ったはずが、なんで自衛隊で研修するの!?    気がついた時には、自衛官のアイドルに? 詩琳さんの明日はどっちだっ?

本文

 安楽椅子探偵……現場に赴かず、持ち込まれる情報のみから全てを詳つまびらかにしていくスタイルの探偵さんである。つまり……

「だから、こっち狙わないでって言ってるでしょーっ!」

 闇夜に紛れて忍び寄る対人ドローンに向け、ショットガンをズドン、ズドン、ズドン。

 3発目がドローンの抱える爆弾に当たったのか、空中に大きな花火が広がった。

 すかさず次弾を装填しながら次のドローンの行く先へと狙いを定めた。

 幸田詩琳巡査、四十九歳。多分国内最高齢の巡査だと思われる。

 なんでこんなことになっているのか……

 十八歳で県警へと進んだ詩琳さん。何がどうしてそうなったのか、自衛隊での研修を繰り返し、気がついた時には公安から内閣調査室への道を歩まされて来ていた。

 それも、いつもなぜか荒事ばかり。今回だって中東の紛争地帯に邦人保護のためと称して、フル装備で高高度降下低高度開傘HALO降下。高度45,000ftで飛行機から飛び降りさせられるという、虐めにも近いような任務についていた。

「とりあえずカスピ海まで抜けて、そこからトルクメニスタンへと向かう予定です。ただ、カスピ海をどうやって越えるか、まだ決めてないんですよね。今から覚悟決めといてくださいね」

 邦人保護としか聞いてなかったが、またいつもの『逃げられなくなった諜報員を拾ってくる』お仕事。

 先ほどまでいたこの国の首都からカスピ海まで、陸路道なりでおよそ300km。かっぱらったこのオンボロトラックだと、このまま夜通し走っても朝までにたどり着けるかどうか。

「と言っても、毎回毎回ヘリコプターが手に入るわけも無いですしねぇ……困りました」

 いつものへにゃっとした困り顔が可愛いです。相変わらず年齢不詳の可愛さですが、やってることがちょっと……ね。

『文句があるなら聞きますよ? とりあえず地の文、表にでろや』

 いや、出ないし……そんなキャラと喧嘩する地の文とか子供っぽいことしないし。

『いいから表でろーっ!』

 いいからお仕事しなさい。地の文と遊んでないで。

 救出されつつある要救助者の心を置き去りにして、トラックは山岳街道を北上していく。

「何とか今の群れは振り切ったかな? 次の群れに見つかる前に、どれだけ距離稼げるか……」

 途中で徴発した古いメルセデスのトラックだが、度重なるドローンの攻撃によりかなり傷んできている。というか、何で走ってるの? レベルである。

「さっすがベンツは丈夫ですねー。わたしも帰ったらベンツ欲しいかも」

 詩琳は乗用車のベンツを一括で買えるぐらいの貯金は持っている。なんせ諸手当が半端ない上に、使っている暇が皆無だから。

「あー、また斥候に見つかりました。もっとも、革命防衛軍がほぼ機能してないっぽいですし、何とかなるか……あ、いいこと思いつきましたっ!」

 何か嫌なことを思いついたらしい。

「軍が機能してないなら、軍の基地襲えばいいんですよねっ!」

 詩琳は次の分岐を出ると、ハンドルを西に向けた。

 ファス空軍基地。空軍と名はついているが、ほぼ国内向けの対地攻撃基地である。

 彼らが相手取るのは正規軍、民衆、そして他国のスパイと、体制を揺るがそうとするものたちだ。

 当然、今詩琳たちを追いかけているのも、彼ら革命防衛軍である。

 しかし、現在この国は混乱の真っ只中。

 アメリカ空軍のC-17輸送機から小娘が飛び降りたのにも気がつかないぐらいには、荒れている。

 小娘? あ、まぁ、小娘でいいよね。詩琳んだし。

「まさか、逃げ惑うスパイが基地に突っ込んでくるとは思うまいて……うふふふふふ」

 ガタピシと軋みながら、メルセデスがひた走る。赤い砂埃にまみれたアスファルトを切りつけながら、深夜の砂漠から市街地へと入り込んだ。

 次の交差点を右折し、古いファミレスの前を通り過ぎたあたりで基地前通りに抜けるはずだ。

「だいたい、おかしいと思ったんですよ。なんで日本国政府のお仕事なのに、米軍機から飛ばされるんですか……」

 そう、今回の仕事は最初から何かがおかしかった。

 作戦指示で行かされたのは横田基地。ここからいきなり米空軍のF-15Eストライクイーグルの後席に突っ込まれ、南シナ海とインド洋で空中給油を受けながらカタールにあるアル・ウデイド空軍基地まで運ばれた。

 そこまで来るのに発令からわずか八時間。そんなに急いでいるのなら、この付近にいる他のエージェントに任せればいいのだ。

 たとえば、これがあと六時間早く現地入りできれば、ミッション難易度は遥かに少なく済んだであろう。

「しかも、わざわざHALOヘイローまでさせて……わたしは33,000ftまでしか飛び降りた事ないって言ってるのに、45,000ftから突き落とされるし!」

 45,000ft、高度13,500m。エベレストよりも5,000mも高い場所だ。気圧は地上の15%しかない。気温は-50℃、生身の人間が飛び出したら、一瞬で意識を失う。

 そのため、マスクと酸素瓶ボンベを抱えて飛び降りる羽目になった。

 プンスカプンっと音がしそうなぐらいに膨れ上がっていたが、横眼で襲撃して来たドローンを捉え、一瞬で戦闘モードに切り替わる。

「させないっ!」

 ハンドルから手を離し、真横から突っ込んできたドローンに向けてショットガンを突き出し、発砲した。

 ローターに被弾したドローンが、火花を散らしながら墜落する。

「あー、ここで発砲しちゃったら奇襲は無理ですね。強襲になりますから、覚悟をもう一段あげてくださいよ?」

 なんか助手席で震えている要救助者に声をかけ、最後の交差点を左折した。

 目の前には基地ゲート。当然歩哨もいればゲートバーも閉まっているが……

 崩壊寸前とは言っても流石のメルセデス。ゲートバーを弾き飛ばし、即座に射撃して来たカラシニコフの弾も壊れた荷室が阻んでくれた。

「でまぁ、おかしいわけですよっ! 何でわたしがここに飛ばされたのかっ! わたしである必要、ないですよねっ?」

 背後からの銃撃に加え、警報によってあちらこちらから飛び出して来た兵隊からも弾が飛んできた。

「こーゆーのは、高そうな兵器の近くに行けば撃たれないんですよっ!」

 おばあちゃんの知恵袋みたいなことを言いつつ、ヘリパッドへと飛び込んでいく。

「ほらいた、Mi-24ハインドっ! でも、すぐ飛べそうなのはいないですねぇ……」

 だだっ広いヘリパッドに点在している攻撃ヘリ。しかし飛行準備を済ませているような機体は見当たらない。

 タービンエンジンを積んだ、いわゆる『ジェットヘリ』は最短手順で飛行準備を進めても、飛び立てるまでには軽く十分程度はかかってしまう。

「で、わたしは考えたわけですよ。わたしじゃなきゃダメな条件とやらをっ!」

 ぴちゅんっ!

 後方から突き抜けて来た弾丸が、詩琳の髪の毛を掠めてルームミラーをもぎ取って飛んでいった。

 フロントガラスなんて、とうの昔になくなっている。今更一発二発が掠めたところでどうということはない。

「この辺りにいる内調職員は、ほぼ隊あがりです。草の方々は民間の方やただの協力者です。となると、今この国にいる日本の警察官はわたしだけなんですよね……っと、見つけたっ! 飛べる子っ!」

 広大なヘリパッドの先の方に、灯りをつけて離陸準備っぽいことをしている一群が見えた。ゆっくりとローターが回り始めているのが確認できる。まだ、機首のキャノピーが横開きに開いたままなので、機銃手ガンナーは乗ってなさそうだ。

「あの子もらって帰りますけどね、わたしのこの灰色の脳細胞の推理どおりならば……素直に乗ってくださいよ?」

 詩琳は一つ手前のヘリコプターに向かい、わざわざトラックの荷台を引っ掛けた。

 ソ連製のMi-24型攻撃ヘリは、とても巨大である。西側の代表選手AH-1Sヒュイコブラの三倍もの重量のため、引っかかったトラックの荷台が割れ延ばされ、巨大な刃物のような形で振り回された。

「おらおらどいたどいたー、体千切れちゃいますよー」

 やたらオラつく婦人警官が、飛行準備をしているヘリコプターへと擦り寄る。

「って、Mi-28ハヴォック? あ、購入前の試験機を逃がそうとしてたの?」

 まだこの国が持っていないはずの機材である。ついでに言えば、詩琳も飛ばしたことがない機種だ。

「貴重な機材なら、人質ホステージとして使えますねっ」

 ナイフのような荷台を地上作業車に叩きつけ、窓の外に向かってショットガンをぶっ放す。

 地上整備員とパイロットらしき人影は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 後方からの銃撃も、この新型ヘリを背にした途端に止まってくれた。

「はいっ、トラック降りたら前席に乗ってくださいっ、ほらハリーハリーっ!」

 要救助者をトラックから引き摺り下ろすと、そのままヘリコプターの前席へと押し込みキャノピードアをロックする。

 そのままタラップを上り、後席に潜り込むとすぐさまコレクティブスロットルを握りしめ、引き上げた。

「うひゃうっ! って、なにこのパワーっ! ふーりーまーわーさーれーるー」

 乗ったことのないヘリコプターを、初見でいきなり飛ばせる訳がない。

 しかも、このMi-28は詩琳が普段飛ばしているOH-1ニンジャの四倍、OH-6オスカーの十倍近い重さのある、化け物攻撃ヘリなのだ。

「えーい、このこのっ! いうこと聞かないと、落としますよっ!」

 いや、それは落とすんじゃなくて、落ちるって言うんじゃないかな?

「細かいことを気にしてたら婦警さんなんてできませんよっ! さ、Here we go!」

 詩琳は何とかコントロールを取り返すと、フットレバーを蹴飛ばし操縦桿サイクリックを倒し込んだ。

「よしっと……あとはアルボルズ山脈を谷沿いに飛んできゃ着くでしょっ」

 慣れないヘリコプターで匍匐飛行とか、なに考えてんだこいつ……って、基本的に匍匐飛行の訓練しかしてなかったわ、この婦警は。

「えーと、どこまで話しましたっけ……そうそう、警察官である理由ですよねっ! 基本的に普通の警察官は、日本国外での警察権はありません。と言うわけで、ごく普通の婦人警官たるわたしは、ここにいる限り警察権の行使は……っと、ちょっと待ってね。谷伝いに山越えするから……ああんもう、いちいち難しいヘリコプターっ!」

 アルボルズ山脈は、中東地域最高峰であるダマーヴァンド山を抱える巨大な山脈だ。湿潤地帯であるカスピ海の風を遮断し、中東に砂漠地帯を出現させた天然の要害である。

 その谷は深く尾根は高く、隠れるには向いている。しかし、超えるとなると標高が高すぎるせいで、ヘリコプターの機動には制限が出てくる。対地効果グランドエフェクトが及ばない場所ではホバリングすら不可能になる。

 当然、急な進路変更もできない。オペレーション・タイトロープは、ゲームのように簡単ではないのだ。

「パワーはあるけど、その分ローター反トルクも大きいから……テールローターの効きも悪いー」

 空気が薄い分、少しでもパワーを稼ぎたい。そうすると巨大なローターが機体を逆回転させる力は増えていく。

 それを抑えるためのテールローターにもっと仕事をさせたいのだが、空気が薄過ぎてそれも難しい。

「この谷底沿いに飛んでりゃ見つからない……と良いな……。それでですね、警察権がない状態での邦人保護と、領海に戻ってからの警察権の行使を両立できる人材は多くはないですよね」

 詩琳以外にもいないわけではないが、日本国内からすぐに動かせる人材は、確かにかなり少ないと思われる。

「あー、この先壁がありそうですねぇ。迂回路……よしっと。話戻しますけど、今回あなたを連れて帰ってからの行動は、作戦指示書には書いてなかったんですよね。敵を騙すためにはまず味方からって言うじゃないですか。なので、わたしもすっかり騙されていたわけですよ。内調のあの参事官にっ!」

 早め早めに方向を決めていかないと詰む。高度が高過ぎて、高度を上げていくのも時間がかかる。旋回もゆったりとしか出来ず、減速したら即座に高度を失う。かなりギリギリな状況を、初めて飛ばす機体で飛んでいくんだから、やはりこの人が一番のファンタジー。

「と言うわけで、あなたには黙秘権があります。供述したくないことは話さなくて結構です。あなたの供述は裁判であなたに不利な証言として扱われることがあります。あなたには弁護士を呼ぶ権利があります。経済的に弁護士をつけられない場合は国選弁護人をつけてもらう権利があります」

 いやいやいやいやいや、ここ国外だからっ!まだ敵地……じゃなかった、作戦地域だからっ! 逮捕とかしちゃダメ!

 というか、まず逃げようよ。まだまだ危なすぎるシーンの最中なのっ!

「よっと……ヨシ、緑が見えたっ! カスピ海まではもうすぐですよ。カスピ海出てからどうするか、これから考えますけどね」

 まだ考えてなかったのかよっ!

「ああ、高度下げられるって嬉しいですねぇ。どんどん舵の効きが良くなってきてますよ。しかも周りの山に緑が増えて、これで樹冠に隠れて逃げられますねっ」

 そんな高木ないからっ! ベトナムじゃないんだよ? って、どこの歴戦の勇者だよっ! あなたただの婦人警官だって言い張ってませんでしたっけ?

 山脈の北側に抜けてしまうと、あっという間にカスピ海である。前方に大きな湿原帯が広がっているのが伺える。

「見てくださいっ、ここ、ラムサールの湿原ですよっ! ラムサール条約のあのラムサールですよっ!」

 カスピ海南岸に拡がる大湿原。そしてその向こうに浮かぶは……

「モウジ級っ! 逃げますっ!」

 フリゲート艦! カスピ海は内海ではあるが、この国も軍艦を持っている。ただし、そこに浮いているフリゲート艦は、今詩琳たちが追いかけっこをしている革命防衛軍ではなく正規軍の艦艇だ。おそらく直接突っかかっていかなければ、撃たれることはないだろう。

 革命防衛軍の艦艇は小型の高速艇などが中心な上に、対空装備はあまり無いと聞いている。航空機が出張ってくる前にとにかく逃げる。

 逃げる先はトルクメニスタン。もっとも、こちらは永世中立国であり、特定の国の諜報活動に手を貸してくれたりするわけがない。割と親日的な国ではあるが、ここでもバレれば即捕まる。

「ただ、協力者が皆無でも無いんですよねぇ。アメリカの支援物資輸送機に紛れ込みますからね。ヘリ降りてからも協力してくださいよ? 犯人さん」

 なんの犯人なんだかはわからないが、とりあえず犯人扱いしていくスタイルらしい。

「ミサイル艇っ! 振り回しますよっ!」

 本当なら火炎弾フレアか電波欺瞞紙チャフをばら撒きたいところだが、初めて乗る機種のそんなスイッチの場所なんてわかるわけがない。正直レーダーロックされたら終わりぐらいの状況だ。

「来たっ!」

 ミサイル艇から白い煙が上がった。ミサイルが発射された印だ。この距離なら、数秒後には海の藻屑に……

「だからいつも言ってるでしょっ! 当たらせないっ!」

 水面スレスレを飛んでいたMi-28が突如高度を落とし、後ろ脚からお腹までを水に掠らせた。

 急激に前方に向けて傾きながら急停止するヘリコプター。

 ローターが水面を叩きそうになるも、強烈なダウンウォッシュで水面が下がり、かつグランドエフェクトでローターが弾かれ姿勢が戻った。

 ターゲットの急な減速に対応できなかった対空ミサイルが、ヘリコプターの遥か前方を通り抜けていく。

「おしっ! 逃げますっ!」

 再び水面上まで高度を上げ、速度を上げていく。

 トルクメニスタンの領海まではあとわずかである。

 トルクメニスタンにも哨戒能力はある。また、これだけ派手な動きをしているこちらの国の状況がわかっていない訳もない。従ってここからまた隠密行動をしなければならないのだが……

「名刑事しおりんは決めましたよ。今回は推理一本で活躍する安楽椅子婦警さんなんです」

 いや、安楽椅子探偵の定義とは?

「まず、座ってないとダメですよね。だから極力座ったまま行きましょう。今の所、飛び降りた時以外は大体座ってますし」

 作戦指示書では、あるポイントに近づいたらスターリンク経由で連絡を入れることになっている。かといって、不慣れなヘリコプターを飛ばしている最中に電話なんてできるわけがない。

 トルクメニスタンの陸地に入ると、誰もいなそうな場所を探す。

 砂漠のど真ん中に近いため、場所を選ばなければ自分の巻き上げた砂を吸い込んで墜落することも考えられる。地盤がしっかりしつつ、砂が少なそうで人がいない場所。普通の国なら難しそうな条件だ。

 しかし、アジアでも特に人口密度の低い国だけあって、そもそも人がいる地域の方が少なそうだ。ちょっと飛んだら誰も人のいない岩盤帯を見つけられた。

『こちらポエム、こちらポエム。ヘッドクオーターどうぞっ♪』

 いや、しおりんのコードネームってポエムなんっ? 名前から推察されそうなコードネームとか、スパイ的にどうなん? それ?

『ポエム、現在位置と移動手段を申告せよ』

『こちらポエム。現在地はA点から北へ160km、B点から西に420km。ヘリコプターをチャーターしてあります」

 位置は事前に決められた二地点からの方位距離で示される。その二地点が知られない限り露呈することはない。

『その地点から北に22km、西に2kmの場所に、南北方向に伸びる道路がある。救出機をその地点に40分後に下ろす。時間を合わせて待機せよ』

『こちらポエム了解。通信終わり』

「さぁ、救出場所も決まりましたからねー。二十分ぐらい休憩したら飛びますよ。あ、今のうちにお手洗い済ませてくださいね」

 要救助者に指示を出し、自分もこっそり機体の影で済ませておく。このぐらい出来ないと婦警なんてやってられないんです。日本でやったら軽犯罪法違反だけど。

 なんとなくビクビクしているように見える要救助者を促し、再びヘリコプターに搭乗。ゆっくりアイドルさせていたローターが、再び勢いよく回り始めた。

 さぁ、あとは救出ポイントに向けて一直線。

 と言っても高度を取ったら良いことなんて一つもない。自分が巻き上げた砂漠の砂の影響を受けづらいギリギリの高度で会合地点へと向かった。

 指定されたポイントについたものの、このあたり一体はすべて砂に覆われている。これは、降りたが最後、二度と飛べないのを覚悟しなければならなそうだ。

「それじゃ、覚悟して降りますからね? 砂で何も見えなくなりますけど、今のうちに道路の方向とか頭に入れといてくださいね」

 減速しながら高度をさらに下げる。今まで引いてきていた砂けむりが、ヘリコプターを追い越して何も見えなくなった。

「うっわ、あっという間に真っ暗です……エンジンもいきなり変な音立て始めてるし……もう止めちゃいますね」

 地面に降りたら即座にエンジンを止めた。クラッチを切られたローターはまだ慣性のまま回っているが巨大な騒音は消え、巻き上げられた砂が機体やキャノピーに当たる音が聞こえてくる。

「外に出てきたらマスク渡すんで、息とめて出てきてください」

 マスクと言っても、本格的な防塵マスクではない。普通のサージカルマスクに毛が生えた程度のものだ。まぁ、何も対策しないよりはマシだと思うことにして、マスクをつけて機外へと出る。

 回転を落としつつあるローターは、もう砂塵を巻き上げてはいない。しかし舞い上がった砂塵が収まるわけではない。

 詩琳は外部タラップを降りながら前席のロックを開放し、キャノピードアを開け放つ。

「はい、このマスクを付けてついてきてくださいね。良いですか? 離れると見失うかもしれませんからね」

 伝えることを伝え、そのまま下に降りる。

 飛び降りた先がふかふかの砂だったりすると、それだけで死亡事故につながるため、慎重に地面に降り立った。

「あー、砂でよく見えませんけど、この音はC-130ハーキュリーズですねぇ。そこの道路に降りるつもりなのかなぁ」

 聞き慣れた四発ターボプロップエンジンのアプローチ音が近づいてくる。

「おそらく、わたしたちが巻き上げた砂塵を目安に降りてきてますよねぇ。道のそばに行きましょうか」

 歩きづらい砂地を数十メートル歩くと、砂塵を抜けて視界が広がった。

 広大な砂漠と、延々とつづく直線道路と、そこをこちらに向かってくる輸送機。それを追いかける砂塵。

「また砂の中になりそうです。飛行機止まったら直ぐに乗り込みますからね。準備してくださいね」

 言っている間に、砂塵と共に輸送機が到着した。

 この状況ならば機体後部のカーゴランプを開けてくれていることだろう。そちらに向かって走る。

「ヘイッ! ヘイユー! ユアしおりん?」

 アメリカ空軍の士官らしき人物に声をかけられた。

「yah!That’s right.But why do you call me that?」

 いきなり『しおりん』とか呼ばれるのはホワイ?

「あー、俺たちゃ嘉手納から飛んできてるんでな。キャンプ・フォスターの海兵隊とは飲み友達だぜ」

 なんのことはない、知り合いの知り合いだった。

「バヨネット一本でフォースリーコン壊滅させた女子高生だろ。知ってるぜ!」

 どこで何がどう間違って伝わった!?

 あん時ゃもう四十を超えていたはずだし……

 あ、バヨネット一本で特殊部隊を壊滅させたところは否定しないんだ……

 そんなこんなで上り板ランプを駆け上がり、上で待機する兵隊さんにランプを上げてもらう指示を出す。

 ドアが上がり始めた瞬間にはエンジン音が跳ね上がり、機体が動き始めた。

「ヘィしおりん! とりあえずそこのベンチに体縛りつけてくれ! 上に上がったら移動できると思うが、しばらくは荒っぽく飛ぶぞ!」

「ありがとう、ベンチ使わせてもらいますっ」

 米軍人の荒っぽく……は、本当に情け容赦なく荒っぽい。

 自衛隊の飛行機は、荒っぽく動かして見えても一つ一つの動作は繊細なのだ。しかし米空軍は本気で荒い。とてもじゃないが立って歩いたりなんて出来やしない。

 要救助者とともにベンチシートに腰掛け、腰ベルトをガッチリと固定する。

「帰りも米軍機ということで、確定ですね。あなたは一体何をやらかしたのかしら。まぁ、黙秘権が有りますから話さなくても良いですけどね」

 そんなことを言いつつも、詩琳の頭の中はぐるぐると動き続けている。

 アメリカ政府まで巻き込んでこんな大捕物になっているのだ。この人がやったことは、それはそれは大それた犯罪に違いない。

「しおりん! 帰りはディエゴガルシアとクラークで寄り道するから。クラークからは嘉手納へまっすぐだ」

「あの、横田へは?」

「嘉手納で俺たちの任務は終わりだからわからん」

 けどまぁ、嘉手納なら基地の門を出れば日本の領土だ。詩琳の警察権も復活する。

「まぁ、込み込み二十時間ってとこだ。ゆっくり休んでくれ。俺たちは交代クルーがいるけど、あんたらは替えが効かないからな。ハッハッハ」

 どこが面白いのかわからないが、やけに笑い転げながら士官さんが消えていった。

 輸送機は、給油のための着陸を繰り返しながら日本に近づく。

 次に降りたらそこは沖縄だ。

 死ぬほど暑い砂漠で砂にまみれ、揺れる飛行機に何十時間も拘束される苦行も後わずか。

 それが終わればこう、劇的な逮捕劇? ができるはず! いやまぁ、未だにどんな犯罪行為だったのかもわからないが……

「ヘィ、ladies and gentlemen! そろそろ降りるぜ。シートベルトを着用してno smokingを守ってくれっ」

 輸送機が高度を落とし始める。中東を出てからそろそろ二十時間。中東との時差が五時間ぐらいか。まもなく夜明けを迎えるため、東の空が赤く染まってきている。小さな窓から見える下界の海は、まだ真っ暗だ。

 機体は北東に向かって高度を下げていき、右手側に街の灯が映り始める。

 そして、タッチダウン。ゴツんっと来る、軍用機っぽさ満点の着陸だ。

 優秀な離着陸性能を持つC-130Jハーキュリーズは、コントロールタワーを過ぎるあたりで速度を殺しきり、タクシーウェイへと抜け出した。

 そのまま駐機場までタクシーされ、最後にトーイングカーによってプッシュバックして停められた。

「しおりん、お疲れ様っ! 基地司令部に上司が来てるらしいから、お客さん連れて行ってくれ」

「ありがとうございました。助かりましたー。帰りも、いつ飛び降りろって言われるかと思ってドキドキしてましたよ」

「いや、そんな無茶なこと言うやつはいないぞ? 普通は」

 こうして、割と大変だった詩琳の警察官としてのお仕事が終わろうとしていた。

「さぁ、最後の仕上げですね。司令部の方まで行きましょうか」

 この広い嘉手納基地、歩いて行ったらどれだけかかるか解りゃしない。場内車両に便乗させてもらい、基地の中枢部へと向かった。

「幸田詩琳巡査、ただいま戻りました!」

「ん、お疲れさん。で、そちらが?」

「はっ! 被疑者でありますっ」

「ん? 被疑者?」

「はいっ! って、被疑者なんですよね? あれ?」

「いや、うちの連絡員だぞ? 優秀だけど融通が利かない使いづらいメンバーだけどな」

「は、はい?」

 要救助者、改め被疑者、改め連絡員さんが苦しそうに笑い始めた。

「くっくっくっっ……ぶふぅっ! 『あなたには黙秘権が有ります』って……ミランダ警告をリアルで聞くことになるとはっ! ぶふふふふふっ。いやもう、途中から笑わないようにするのに必死で……」

「あー……幸田巡査、何があった?」

「いえ……あの、なんでわたしがあの国まで飛ばされたんですか?」

「任務遂行できそうな人物を選んだだけだが?」

「えっと……国際シンジケートの重要人物とかは?」

「そんなのがいたら、いくら我々が人手不足と言っても、もっと人員出すぞ?」

「じゃ、なんで米軍がこんなに出てきてるんですか?」

「そりゃアレだ。幸田巡査のせいだな」

「?」

 詩琳は頭の上にはてなマークを三つぐらい並べて見せた。

「そこは我々が説明しよう!」

 突然扉が開き、肩章とか徽章を山ほど付けた軍人さんが登場してくる。

「いやぁ、海兵隊マリーンの奴らから伝説のポリスウーマンの話を聞いていてなぁ、一度会ってみたいと思ってたんだよ」

 本当に詩琳のせいだった!

「え? だって、あんなとこまで行かされて、砂まみれになって、え? じゃ、わたしじゃなくても?」

「能力的に幸田巡査が最適と判断したんだが?」

「わたしより優秀な局員なんて掃いて捨てるぐらいいますよねっ?」

「何を持って優秀とするか次第だが、作戦実行能力で言ったら、多分一人もいないぞ?」

 作戦実行能力……一人でこの任務を実行出来る人物が、そうそういてたまるかっ! って話である。

 誰だよこんな化け物作ったの。多分日本政府だよ。

「じゃ、じゃあわたしの灰色の脳細胞が出した完璧な推理は?」

「ぶふぅっ!」

 要救助者改め被疑者改め連絡員が吹き出した。

「は、灰色の脳細胞……ぶぶふぅっ……『わたしのこの灰色の脳細胞の推理どおりならばっ』ぶはははははっ」

 連絡員の笑いは止まらなかった。

「あ、安楽椅子婦警っ! 推理一本っ! もう本当無理です! 笑い堪えるの必死で、この二十四時間気が抜けませんでしたよ、マジでっ」

 要救助者がプルプルと震えていたのは、ひたすら笑いを堪えていたらしい……

 あ、しおりん涙目になってる……これはレアかもしんない。

 そんな感じの、ミステリアスな事件でした。

 いや、一番ミステリーなのは詩琳んだよっ! 間違いなくっ!

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作者について

夏々湖

夏々湖

 夏々湖だよー 婦警さんシリーズのルビが、きちんと読める様にしてもらえましたー ぜひよろしくお願いしますー

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