修羅道婦警 幸田詩琳 (前編)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
憧れの婦人警官に採用された、幸田詩琳。 しかし、世の中思った通りには進まない。県警に入ったはずが、なんで自衛隊で研修するの!? 気がついた時には、自衛官のアイドルに? 詩琳さんの明日はどっちだっ?
本文
『以下のもの、福岡県警博多警察署への出向を命ずる 幸田詩琳巡査』
いよっしゃー! 警察なのっ! 警察への出向……あれ? 出向? わたし、警察官なのに?
幸田詩琳は警察官だ。高卒で警察官になって以来、ひたすらずっと警察官のつもりである。
「ああ、警察署だ。交番勤務もあるぞ? しかも、今度は新幹線駅の駅前交番だ」
「今回は、絶海の孤島とかじゃないんですねっ! ヒャッハー!」
詩琳は以前、交番勤務をさせてやるとの甘言にのり、尖閣諸島に飛ばされたことを、いまだに恨んでいるらしい。
いや、気持ちは分からないでもないけどさ。
「福岡でも指折りの大きな箱だぞ、立番だってやらせてもらえるぞ」
「ああ、夢のようですっ! 大きな交番の立番とか! 迷子の保護とかできちゃったりするかなっ♪」
それはそれは楽しそうに微笑みながら、夢を語りだす詩琳である。
いや、可愛いのよ、この四十九歳。ついこの間まで中東でドンパチやってた女傑とは思えないぐらいに。
でまぁ、メイクが独特なものだから、本当に年齢が分からない。ぱっと見二十代に見えるメイクだって可能なのだ。
内調……内閣情報調査室の実働エージェントとしてのキャリアを、積み上げつつある詩琳だ。容姿や所作で年齢を悟られるような、間抜けなことはするはずがない。
「異動は現時点をもって即時発効。しかも、今回は新幹線で行っていいぞ!」
「新幹線っ! 地面に足がついた異動って、憧れますよねっ!」
「装備は福岡駐屯地に用意してある。身の回りの個人装備だけで向かっていいぞ」
こうして、いつも騙されている婦警さんは、今日もやっぱり騙されてるのでした。
桜田門駅から地下鉄で有楽町を経由し、東京駅へ。荷物はスーツケースひとつ。パンツスーツ姿の詩琳は『できるOL』に見えなくもない。
いつもの深緑のダッフルバッグは、ビジネススーツと新幹線には、あまりにもミスマッチなため、置いてきた。
「えーと、乗るのは……次の次ののぞみね。16番ホームっと……」
普段は国内の移動でも航空機移動ばかりの詩琳だ。たまに乗る新幹線が新鮮すぎる。
「はっやっ! なにこれ、はっやっ! こんなの地上で出しちゃダメでしょっ⁉︎」
新幹線は高架線の上を時速300km近くで駆け抜ける。
すれ違いの時には時速600kmの速度差で全長400mのものが、手の届きそうな場所を駆け抜けるのだ。
普段はヘリコプターで地上1ftを駆け抜けていく詩琳だが、速度はせいぜい120ノット。時速にすると220km/hだ。
「はわー、対向列車の中の人とか、半分くらいしか顔見えないわ。速いなぁ」
いや、半分見えてんのかよっ! 相変わらず化け物じみてんな……
なんだかんだとはしゃいでいると、あっという間に博多駅に到着した。五時間も乗っていたはずなのに、不思議なものだ。
新幹線を降りると、真っ先に福岡県警察本部へと向かうことにする。
スマホのマップを確認し、博多駅筑紫口のタクシー乗り場でタクシーを拾った。
「福岡県警本部までお願いします」
県警本部までは3、4メーターほど。ほんの五分で到着した。
「警察庁企画課から参りました幸田詩琳巡査、ただいま福岡県警察に着任いたしました!」
県警本部六階の本部長執務室に案内され、着任の挨拶を入れる。
「長旅お疲れ様でした。さて、早速ですがお仕事の話を。ご存知の通り、福岡県は日本の被諜報の最前線な訳でしてな。今も日本海を挟んだ国がいくつか大きな動きを見せ始めており……」
県警本部長の話は長かった。
結局、福岡市の暴力団間に大きな動きがあった。各暴力団はそれぞれ別の国の支援を受けているが、どうやら国同士で連携を始めている気配があった。
そのため、組織犯罪対策部と公安の合同捜査本部を立ち上げて捜査していたところ、日本に対する大きなテロ行為が計画されているのではないかと、判明してきた。
出来ればテロそのものが存在しなかったことにしたい。そのためには県警の利権も枠も気にしない……と。
いやいやいやいや、わたし警察官ですからっ! みたいな詩琳の反応は置いておいて、結構大事になってきているようである。
「で、わたしはとりあえず『駅前交番』で立番させてもらえるって聞いたんですが!」
ワクワクした目で本部長の目を見つめる詩琳。ブンブンと振られる尻尾が幻視できるのは気のせいではないだろう。
「え、ええ。まぁ半日ぐらい街の雰囲気を見てもらって、それから捜査の方向性を相談しましょう」
こうして、詩琳はついに『駅前交番での立番』という憧れに、手が届いた。
「あ、その前に陸上自衛隊の福岡駐屯地に出向いて、幸田巡査の装備品をもらってきてくれたまえ」
♦︎
陸上自衛隊福岡駐屯地。九州地区の陸上自衛隊を統括する司令部が存在する重要拠点だが、普通『駐屯地』と言って想像する『常設のヘリパッド』や『戦車部隊』のような物は存在しない。
軽装甲機動車を見て『街中に戦車を配備するな!』みたいに言う方々はいらっしゃるが……
「お久しぶり、詩琳ちゃん」
福岡駐屯地の主力部隊の、第四師団長が知り合いだった……
「お、お久しぶりです……お変わりありませんか?」
水陸機動団を立ち上げるとき、連隊長だった人だ。
「公安からの依頼に合わせて、一番効果的な装備用意したから使ってやってくれな?」
出てきたのは9mm拳銃SFP9、20式5.56mm小銃、3型防弾チョッキ、そして偵察用オートバイ……
「あの、これ背負ってこのオートバイで街中走り回ったら、めちゃくちゃ怒られませんか?」
「婦警の格好してりゃ大丈夫だろ?」
「いや、無理でしょっ! とりあえずアサルトライフル以外を借りて行きます。あ、ヘルメットとゴーグルもお借りできますか?」
ピストルは借りるのかよっ!
「うー、いつものUSP-Compactよりおっきぃ……」
借り出したピストルを握りながら、詩琳は呟いた。
詩琳はもう、随分長いことUSP-Compactという拳銃を使っている。
元々は警視庁の特殊急襲部隊が新装備トライアルのために少量輸入したものだった。
結局、新装備はグロック19に決定したのだが、この時余ったUSP-Cを貸与されたのが詩琳だった。
以降数十年、日本国内でUSP-Cを使う警察官は、詩琳だけとなっている。
「それではお借りしますね、任務終わったら返却に来ます。弾が減ってないこと、祈っててくださいね」
建物出口まで見送りに来た師団長にお礼をして、オートバイにまたがった。
メインスイッチを入れ、クラッチを握り締めてセル一発。偵察用オートバイが軽い音で目覚めていく。
偵察用ヘルメットを被り、ゴーグルを装備し、3型防弾チョッキを着込んで深緑のオートバイに乗る婦警……
こんなのが立番に立っていたら、犯罪者どころか、一般市民も裸足で逃げ出しそうだ。
「ではまた」
ギヤを入れ、後方確認をし、クラッチを繋いでいく。
「あー、オートバイ久しぶりだなぁ。やっぱり楽しいねぇ」
詩琳は、そのまま県警本部へと戻り
『今すぐ全部、返してらっしゃいっ!』
と、怒られた。
しょんぼりしながら返却を済ませ、今度は県警本部で装備を借り出す。
「さっき『装備品を貰ってきてくれたまえ』とか言っていたくせに、酷いですよぅ」
「迷彩チョッキ着て大型拳銃ぶら下げた婦警が立番してたら、110番通報されるわっ!」
なんだかんだと言い合っているうちに日が暮れた。
まだ、博多警察署には挨拶にも行けてないのに。
「仕方ない、今日のところは街中の確認だけしておきますね」
そう言って、借りられた警察装備を身につけて県警本部を出る。
足になるのはミニパトバイク、よく交番のお巡りさんが乗ってるスクーターだ。125ccの小さなスクーターは、婦警さん風の衣装には良く似合う。
『風じゃなくて、婦警さんですからねっ! そこんとこ間違えないようにっ!』
貸し出されたヘルメットをかぶり、腰には革ホルスターに入ったサクラM360J五連発拳銃を装備。安全運転で、まずは配属先の博多警察署まで行ってみる。
挨拶には明日来るとして、経路と周辺道路の接続を頭に叩き込んでいく。
署の周りを渦巻状に巡りながら段々距離を離して行く。方向感覚を失っても、最短で復帰するための準備だ。
「で、あれがその交番っと」
詩琳が立てる予定の交番ちゃんも見てきた。
うん、想像していたのの三倍大きい。この時間でも、ひっきりなしに人がやってくる。大きな窓から見える内部には、横長のカウンターに四人の警察官が並び、それぞれ別の相談を受けているようである。
駅前のざわめきが、そのまま交番の箱の中に凝縮されたような忙しなさを感じられる。
「あとは、港ですねぇ。侵入経路として優秀すぎます」
北九州や下関方面は別のチームが当たってくれてるらしいが、博多は詩琳一人だけだ。
県警からの協力は得られるものの、公安と警備課を合わせても博多市内では十名ぐらいしか割り当てられないだろう。彼らも忙しいのだ。
「うん、港は埠頭の数が多すぎて全部は無理。先に絞りましょう……暴力団はマル暴の方にお任せして、わたしは反社っぽくないペーパーカンパニー見て回ろうかしら」
博多は海外からの定期船が通っている数少ない都市だ。そのため、海外資本のペーパーカンパニーが、それこそヤギに食わせるほどある。
バーチャルオフィスを提供するビルなどに、善良なWEBサービス会社と怪しい海外企業が同じ住所で登記されていたりするのだ。
それを見分けるために、捜査資料にあったバーチャルオフィスの入ったビルへと侵入していく。
隣にある博多ラーメンのお店から、豚骨の強めの匂いが漂ってくる。
向かいにあるのは、白地に緑と青のコンビニだ。時間はすでにかなり遅くなっているが、まだまだ人の気配は絶えない。
ビルはまだ開いていた。
人目を気にしつつ、そっと立ち入る。中には大量のポストがわりのロッカーが並んでいるが、お目当ての企業はどれだったか……
「確か、海深開発株式会社だったかしら……えーと、か、か、株式会社ガイア、カイタ株式会社、海深開発株式会社、あった、これだわ」
郵便物が入ってるかはぱっと見わからないが、そこはそれ、婦警の皮をかぶったスパイだし……がちゃっ。
「おっけー、何もなしっと。次はコワーキングスペースに何か残ってないかしら」
今度はビルの裏手に回る。ラーメン屋の裏から非常階段外側のフェンスに取り付き、格子を手がかりに登り始めた。
「とりあえず屋上に出ましてっと……」
屋上にはエアコンの室外機や、エレベーターの機械室が並んでいる。
詩琳は迷わず機械室に近づいた。キーシリンダーにピックを差し込み、ものの数秒で鍵を開けた。
「機械室に警報器無いタイプで助かりました。さてと、降りますか」
巻き上げ機と調速機の間に、小さなサービスホールがあった。
ポケットのマルチツールで、手早くボルトを外して行く。
「ん、通れそう。よいしょっと」
サービスホールから点検用梯子に身を乗り出す。
「よほどのことがない限り、この経路は通りたくないんですよねぇ。汚れたりしやすいし、落ちたら痛いじゃ済みませんしねぇ」
ぼやきながら、九階から五階まで降って行く。
この規模のビルの場合、エレベーターシャフトから室内に抜ける整備用扉は、一階、最上階、そして中間階の三ヶ所なことが多い。案の定目的地の五階に、出口があった。
ガチャん。
深夜のビルの廊下に、整備用の小さなドアのラッチ音が響く。
ここからは温感センサやドップラーレーダーが支配する領域だ。センサーを誤魔化すために、まずはセンサーの場所を確認して行く。
「エレベーターは正面から見てるわね。このサービスドアも拾われちゃうかな」
温感センサだけならいくらでも誤魔化しようはあるが、ドップラーレーダーは厄介だ。
ただ、短距離ならやりようがない訳ではない。
温感センサは赤外線を見ている。赤外線なんて布切れ一枚でなんとでもなる。
ドップラーレーダーはレーダーとの距離が変わらないと、感度が低下する。最も、高性能なものならばミリ単位の移動にも反応するので、あまり良いものを使われていたらどうにもならないが……
「と言っても、所詮は民生品。訓練でやらされる基地への侵入訓練と比べたらぬる過ぎるかしら」
詩琳は時々、自衛隊の基地に抜き打ちで潜入し、重要書類にアクセスして基地のセキュリティホールを明確に呈示する訓練の手伝いをしている。
誰にも悟られないまま任務を達成し、基地の超重要書類の間に『モフモフ写真集』を挟んでおいたら、『真面目にやれっ!』と怒られたのも良い思い出である。
ポリイミドフイルムにアルミニウムを蒸着したシートを展開し、奥の天井にぶら下がっている対人ドップラーレーダーに正対しないようにしつつ、温感センサから身を隠す。
そのままドップラーレーダーの死角まで円を描く様に移動した。
「見た感じ24GHz帯じゃなく、5.8GHz帯のレーダーで助かりました。分解脳の壁は、攻略する側から見たら嬉しいですね」
口の中でぶつぶつと呟きながら、天井へと這い上がる。
はい、この人、天井壁間移動とかできちゃいます。レーダーの死角を狙って忍者みたいにそろりそろりと。
「はい、到着っと」
空いている天井付近の通気窓から室内に侵入。そこにある端末にスマホからケーブルを繋ぎ、PBXの設定を覗く。登録された企業ごとの代表番号は、いったんここで受けてから外の転送先へ飛ばしているらしい。
この辺はあれだ。小平の情報学校で叩き込まれた技術だ。二年間かけて、徹底的に情報戦への備えを教え込まれた成果が出ているのだ。
「うっわ、あからさまに怪しい番号だわ」
出てきたのは東南アジアで売られている、プリペイドなSIM番号である。
第三国を経由させることで、露呈確率を下げようとしているのであろう。
「おっけ。あとは本部に戻って端末の場所探してもらいましょう。どうせ海外にあって、さらにそこからゼーレグラムかなんかでまた転送されてるでしょうけど」
ゼーレグラムは非常に秘匿性の高いメッセージアプリだ。言論の自由度が低い国や、犯罪組織などでもよく使われている。
「もっとも、暗号化されるまえにフックしちゃえば関係ないですよねー」
続いて侵入したのは一階のマシンルーム。ここには建物全体のネットワークのための光回線終端装置が置いてある。その隣には大きなルーター。こいつで海深開発の番号への呼制御を検知したら音声信号を記録して転送する様に、設定ファイルを書き換えて行く。
盗聴は違法? 警察官としてはアウトだが、今はスーパーエージェント詩琳ちゃんだからいいんだよ。
「これで、今度電話かかってくれば少しは何かわかるでしょ。今日のところはこの辺にしておきますか」
こうしてこの日の活動を終えた。
♦︎
「警察庁から参りました、幸田詩琳巡査です! よろしくお願いしますっ!」
翌日、博多署で交番勤務指示を受けたあと、ついに駅前交番へと辿り着いた詩琳さん。テンションマシマシで交番の人員へと挨拶をする。
「はい、幸田巡査。よろしくお願いします。早速ですが、立番してみたいと聞いていますが?」
「はいっ! ぜひやらせてください!」
「ここの立番、いろんな人が来るから大変ですよ? 外国の方も多いし」
博多駅前警部交番。とても大きな交番であり、責任者として警部が配置されている。
なんと言っても東海道山陽新幹線の西の終端駅であり、外国との定期航路がある港の隣であり、国際空港まで地下鉄で数分の立地でもあるのだ。外国人が多いのも納得である。
「外国語は割と得意なんです。英語と北京語と韓国語なら普通に話せますし、ロシア語と上海語も日常会話ぐらいならなんとか」
がたたっ! っと交番内の警察官が腰を上げた。
韓国語、中国語、ロシア語話者がやたらと多い地域なのだ。交番を頼ってくる人の三割は外国語を話すと言っても過言ではない。
そして、英語ならともかく、他の国の言語はそれぞれ使える人を連れてくるか、翻訳アプリに頼っているのが現状である。
そんな場所にそんな便利そうな人を連れてきたりしたら……
「はいはい、どうされましたか?(北京語)」
「それはお困りでしょう(ロシア語)」
「ああ、見つかってよかったですね、ではお気をつけて(韓国語)」
と八面六臂の大活躍となるわけで、あれよあれよと詩琳の前に、助けを求める人の列が……
「警部! 署員の総意なんですが、幸田巡査にはこのままこの交番に骨を埋めてもらうことはできないでしょうか?」
みたいな話も出てきたりする。
そんなワクワク楽しい詩琳の交番勤務も5日目。
ついに例の電話に動きがあった。