終末の代々木公園から国立競技場へ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文明崩壊後の世界を90式戦車に乗って見に行こう
本文
― 森が都市を抱きしめた地区を90式が進む ―
◆ 1. 代々木公園は“森の大聖堂”になっていた
新宿大ガードを抜けて南へ
90式戦車はゆっくりと代々木へ向かう
かつての代々木公園は
木々がさらに太く伸び
都市に残された緑というより
森そのものが帰ってきた場所になっていた
倒木と腐葉土が厚く積もり
地面を踏みしめると
深い湿り気と土の香りが立ち上る
90式の履帯は森を傷つけないよう
旅人があえて低速で進める
木漏れ日が装甲に柔らかく照り返し
戦車はまるで森に溶け込む
巨大なゆっくり動く石のようだった
鹿が三頭
道の真ん中で日向ぼっこしていた
旅人は止まる
鹿はゆっくりこちらを見る
そして静かに道を空ける
争いも恐怖もなく
ただ“生と生が交わった”だけの一瞬だった
◆ 2. 代々木体育館はツタの宮殿に変わった
進むにつれ
木々の間に巨大な曲線の影が現れる
かつての代々木体育館
黒川紀章の設計したその屋根は
ツタと苔に覆われ
まるで自然が作った巨大な貝殻のようだった
ガラスは割れ
風が吹き抜け
内部のコンクリートは静かに湿り
そこにフクロウやタカが巣を作っていた
90式のエンジン音に驚いて飛び立つ鳥
装甲の上を風が撫で
森の影がゆっくり流れていく
人工物と自然が完全に混ざり
境界線はどこにもなかった
◆ 3. 明治神宮の森は“太古の深林”へ戻った
戦車はさらに東へ
明治神宮の森に近づく
ここはもともと人工林だったが
人類が消えて
木々は自然林のように姿を変えた
シカが群れ
渓流のような細い水路が生まれ
森は都市の中とは思えない深さを持っていた
旅人は砲塔の上で周囲を見渡す
静かに呼吸をして
森の匂いを吸い込む
「……ここは、もう完全に森だな」
その声に応えるように
どこかでホトトギスが鳴いた
◆ 4. 新宿御苑は“静寂の王国”になっていた
御苑の塀は崩れ
ツタに覆われ
森の外と内の区別はほぼ消えていた
御苑に入ると
そこは文明があったとは思えないほど
整った美しさを持っていた
桜は巨大化し
池は澄みわたり
旧温室にはツタが絡まり
庭園の起伏はそのまま自然の丘になり
芝生だった場所が一面の草原に戻っていた
ここには、動物たちの気配が満ちている
シカが群れで草を食み
フクロウが倒木に止まり
ウサギが池の縁から顔を出し
野良猫の一族が木陰で眠る
そして旅人が90式を停めると
御苑の静寂が
まるで優しく戦車を包み込むように広がった
戦いや争いのためではなく
この世界を見届けるための戦車
森はそれを受け入れていた
◆ 5. 旅人は砲塔に座り、沈む夕日を見る
森の上に広がる空
夕日が高層ビルの骨の影を伸ばし
それが御苑の草原をゆっくり染めていく
旅人は砲塔に腰掛け
顔に夕日を浴びながら
静かに言う
「……こんな終末も、悪くないな」
その瞬間
どこかで猫が鳴き
鹿がゆっくり頭を上げた
この都市は
人間を拒んでいない
ただ
新しい“自然の都”として
もう一度生まれ変わっただけだった
■ 終末の国立競技場
― 森に呑まれた巨大な器を90式が訪れる ―
◆ 1. 巨大な楕円形の影が森に沈んでいた
新宿御苑を抜けて北へ
90式戦車はゆっくり千駄ヶ谷へ向かう
木々の間から見えてくる
巨大な楕円形の影
かつての国立競技場は
外装の木材が落ち
屋根には草が根を張り
風に揺れるススキが
スタンドの縁を銀色に染めていた
森に飲まれながらも
その形ははっきり残っている
静かな巨石の遺跡のようだった
◆ 2. 90式戦車は崩れたゲートを押しのけて進む
正面ゲートにはツタが絡み
看板は風に削られ字が読めない
旅人は戦車の速度をさらに落とす
倒れた柱の隙間を通り
競技場の内側へゆっくりと入っていく
履帯が草を踏み
砂利を押し分ける音だけが響く
かつてスポーツの歓声で満ちていた空間に
今あるのは
風と鳥の声だけ
◆ 3. フィールドは“静寂の草原”になっていた
中央のフィールドは完全に草に覆われ
背の高い草がふわりと風に揺れる
そこに数頭のシカが歩いていた
旅人と戦車を見ても逃げない
ここは彼らの場所で
旅人はただの通りすがりに過ぎないと
理解しているかのようだった
倒木の陰には
野良猫の一族が眠り
走り回る子猫が草の海を掻き分けている
スタンド席の上には
大きなタカが巣を作り
空を睨むように翼を畳んでいた
◆ 4. スタンドを見上げると“都市の森”が重なっていた
スタンド席はすでに割れ
そこから樹木が深く根を伸ばし
上へ上へと枝葉を広げていく
木の枝は客席をひとつ残らず覆い
競技場の外に立つ高層ビルの骨が
その隙間から遠くに見える
人工物と自然が
完全に一体化してしまった光景
旅人は砲塔から立ち上がり
ゆっくりとその天井を見上げる
ひとつの森が
もうひとつの森を抱くように広がっていた
◆ 5. 旅人は90式を止めてフィールドに降りる
草を分けながら
スタンドの影に入ると
ひんやりした空気が肌を包む
かつては照明が眩しく輝いていた場所
今は太陽が静かに降り注ぐだけ
旅人は思う
「ここで誰かが走っていたなんて
もう信じられないな……」
風が返事のように吹き抜け
草原を揺らす
遠くでタカが鳴き
その声が競技場の楕円形の壁に跳ね返って消える
◆ 6. 競技場を出るころ
旅人は小さな気配に気づく
フィールドの端
崩れた通路の影に
小さな人影がいた
同じ生き残りかもしれない
文明を捨てて自然へ還った
この世界の新しい住人のひとり
旅人が声をかけようとすると
その影はひっそりと森の奥へ消えていった
追う必要はない
この世界では
人も動物も
互いに干渉しない
ただ
静かに
同じ地球の上で呼吸をするだけだ
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。