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第12話 本屋と、努力している横顔

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/3 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 5,489文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第12話 本屋と、努力している横顔

本文

夏休みの午後の空気は、外に出ただけで「やる気」を蒸発させてくる。

 アスファルトの照り返しと、「期間限定・冷やしなんとか」のポスター。

 本来なら、この時間帯は家のクーラーの下で、動画サイトをだらだら眺めているはずだ。

(……こんな日に、課題図書を探しに来るやつじゃないだろ、本来)

 でも、あの河川敷の夜以来、「さすがに夏休み全部だらだらはまずいかな」と思う時間が、ほんの少しだけ増えた。

 駅から少し離れた商店街の一角に、その本屋はある。

 昔からある、小さめの本屋だ。

 自動ドアじゃなくて、押すタイプのガラスドア。

 中に入ると、外の熱気と入れ替わりに、少し古い紙とインクの匂いがふわっと鼻をくすぐった。

 冷房は効いているけど、チェーン店みたいなガンガンの冷気じゃなくて、「なんとか汗は引くかな」くらいのゆるい涼しさ。

(課題図書、まだ残ってるといいけどな)

 入口近くの「学校推薦図書コーナー」に向かうと、案の定、人気そうなタイトルはほぼ売り切れていた。

「これと……これと……」

 まだ残っている中から、ページ数があまり多くなさそうなやつを、それとなく選ぶ。

 表紙だけ見るとどれも「深いテーマを扱ってます」みたいな顔をしているけど、ページ数は正義だ。

 とりあえず二冊を抱えてから、その足で文芸コーナーに足を向けていた。

(ついでに、なんか“観察係の参考書”的なやつも見とくか)

 夏休みに入ってから、気づけば教室じゃないところでも、人の動きや会話をぼんやり追う癖がさらに強くなっていた。

 あの河川敷の夜とか。

 手持ち花火の火の色とか。

 線香花火が落ちるまでの、あのどうでもいい勝負とか。

『安藤くんといると、なんか楽なんだよね』

『ちゃんと見られてる感じはするんだけど、“主役っぽく扱われない”っていうか』

(……あれも、“仕事トークの延長”って言い張ろうと思えば言い張れるんだよな)

 観察係としての距離感は、まだギリギリ保てている……はずだ。

 はずなんだけど、あの夜のことを思い出すと、胸のあたりがちょっとざわつく。

(なんか、観察係としてのポジション、じわじわ崩れつつある気もするけど)

 そんなことを考えながら、エッセイ・評論コーナーの棚の前に立つ。

 妙に目に引っかかるタイトルの本があって、思わず手に取った。

 『人を見る技術』。

(自然にとってしまった……。まぁ、いいか。他にも何かあるかな?)

 棚を目線の高さからざっと眺める。

 『日常を切り取る文章術』

 『エッセイの書き方入門』

 『ことばの温度を上げる技法』

 タイトルだけ見ても、それっぽい本がいくつか並んでいた。

(こういうの、一冊くらい読んでみてもいいのかもな)

 エッセイそのものを書きたいわけじゃないけど、「観察したものを言葉にする」っていう意味では、重なるところもある気がする。

 一冊、エッセイの本を手に取って、パラパラとページをめくった。

 『人の仕草をメモしておくノートの作り方』

 『“なんとなく”を言葉にする練習』

(……タイトルに“観察係向け”って書いてあっても違和感ないな、これ)

 苦笑しながらページをめくっていると、隣の棚のほうに誰かが来る気配がした。

 スニーカーの音。

 ビニール袋がかさっと鳴る音。

 なんとなく視線だけそっちに向けると、棚越しに、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 肩くらいの長さの髪を、今日はゆるく一つにまとめている。

 白いノースリーブに、薄い水色のシャツを羽織って、濃いめのデニムショートパンツ。

 学校とは少し違う、夏休みモードの私服。

(……桜井?)

 心の中で名前を呼んだタイミングとほぼ同時に、向こうが少し身を乗り出した。

「……あれ?」

 棚のすき間から、視線がぶつかる。

「安藤くん?」

「あ、どうも」

 思ったより近い距離で目が合って、変な挨拶になった。

「本屋にも出張してくるんだ、エッセイ書き」

「安藤くんも出張してるじゃん、観察係」

「観察係はほら、現場を知らないといけないから」

「その言い訳、わりとなんにでも使えそうだよね」

 桜井は、少し笑いながら、持っていた本を胸の前に抱え直した。

 表紙がこっちから見えないように、さりげなく向きを変えている。

 その動きが、やけに分かりやすかった。

「その本……何?」

「いや、これはその……」

 ちょっとだけ目線が泳ぐ。

 そのまま誤魔化すかと思いきや、桜井は一度だけ息を吐いて、本の向きをくるっとこっち側に向けた。

「こういうやつ」

 差し出された表紙には、はっきりと大きな文字が書いてあった。

 『日常を切り取るエッセイの書き方』

「タイトルそのまんまなんだけど」

「でしょ。分かりやすさは正義」

 桜井は笑って、わざとらしく胸を張った。

「そういう本、読むんだ?」

「読むよ。むしろ好きだよ、こういうの」

「てっきり、何も考えずに書いてるのかと」

「それ一番の悪口だからね?」

「いや、褒めてるつもりだったんだけどな……」

「“何も考えなくても書けちゃう人でしょ?”って、天才扱いと見せかけて責任全部押しつけてくるやつだから」

 言われてみれば、たしかにそうかもしれない。

 僕の中では、「桜井=思いついたことをすっと文章にできる人」というイメージがどこかで出来上がりつつあった。

 教室の真ん中で起こったことや、人の一言を、あのノートに流れるみたいに書いていく人。

 でも実際は──。

「最初はさ、勢いだけで書いてたんだよ」

 桜井は、本の表紙を親指でなぞりながら言った。

「“こういうことあったから書いとこ〜”みたいなノリで」

「今は違うの?」

「今はその……」

 一瞬、桜井は視線を棚の上に逃がしてから、もう一度こっちを見た。

「更新したときの閲覧数とか、リアクションがさ、前よりだいぶ増えてきちゃって」

「リアクション?」

「“こういうことありますよね!”とかさ、

 “見ていて楽しいです”とかさ。ちょいちょいコメント飛んでくるの」

「……ああ」

「最初は、本当に一部の人しか読んでないと思ってたんだよ。

 でも、通知とか見てると、“あ、想像してたより読まれてるんだな”って」

 苦笑いしてから、少しだけ真面目な声になる。

「“なんとなく書いたやつです〜”って逃げられなくなってきたというか」

「前に言ってた、“言葉の責任取らなきゃ”ってやつ?」

「そう、それ」

「だから、ちゃんと“書き方”のほうもアップデートしないと、ってちょっと焦ってる」

 桜井は、教室でみんなの前で話しているときより、ずっと力の抜けた顔で言った。

(エッセイって、才能だけでさらっと書いてるのかと思ってたけど)

(桜井はちゃんとこうやって、本読んで、悩んで、積み上げてる)

 エッセイを書いている姿は、どこか才能っぽく見えていた。

 でも実際には、こういう「書き方の本」をこっそり読んで、もっと良くしようって考えてる。

 そういうのを目の前で見せられると、なんというか──ちょっとずるい。

「安藤くんは?」

「え?」

「何読んでたの?」

 視線が、僕の手元の本に移る。

 さっきまでパラパラしていたエッセイ本と、課題図書をまとめて抱えている状態だった。

「あー……これは、その……」

 今度は僕のほうが、さっきの桜井みたいに本の表紙を隠したくなる番だった。

 けれど、隠そうとすればするほど、逆に怪しい。

「これと、これ」

 観念して、本の向きを見えるように変えた。

 一冊は、さっきのエッセイ本。

 もう一冊は、『人を見る技術』と書かれた、いかにもなタイトルの実用書。

「タイトル読むな」

「いや、読むでしょ、これは」

 桜井は吹き出した。

「“人を見る技術”って。観察係、ちゃんと勉強してるんだね」

「やめて、その言い方」

「でも、ちょっと面白い」

 くすくす笑いながら、表紙をじっと見る。

「お互いさ、けっこう“努力してる本”読んでるの、ちょっと恥ずかしいね」

「そういうカテゴリ名をつけないでよ」

「“努力してるところ見られるの、ちょっと恥ずかしいんだけど”って思わない?」

「思う。だから本屋の真ん中でやるの、だいぶ度胸あると思う」

「それはこっちのセリフ」

 言いながら、桜井は本を胸にぎゅっと抱えた。

「でもまあ、こういうのもネタにはなるかなって」

「本屋で努力してるところ見つかった話?」

「やめて、それタイトルにするの」

 そんなやりとりをしながら、気づけば二人とも自然にレジのほうへ歩き出していた。

 レジ前の小さな行列に並びながらも、会話は続く。

「安藤くん、課題図書は?」

「一応、ページ数の少なそうなやつを二冊」

「そこ正直に言うんだ」

「観察係は、現実から目を逸らしてはいけないので」

「そういうところだけ真面目なんだよな〜」

 桜井は笑いながら、自分のかごの中身をちらっと見せてくれた。

 エッセイ本が二冊と、小説が一冊。

 小説のタイトルは、すぐには読み取れない位置にあったけど、表紙の雰囲気からしてたぶん「日常系」だ。

「そっちの小説は?」

「これは完全に趣味。エッセイ書くときの“言葉のリズム”の参考にしたくて」

「そこまで考えてるの?」

「考えるよ。だって、“物語書いてる人たちのリズム感”、めちゃくちゃ勉強になるもん」

 レジのピッという音が、やたらリズミカルに聞こえた。

(そりゃ、疲れるよな)

 教室で、人気者扱いされて。

 エッセイでも、読まれる側になって。

 それでも、「ちゃんと書き方のほうもアップデートしないと」って本を探しに来てる。

(“仕事”として、ちゃんと背負ってるんだ、この人)

 観察係の目線が、ちょっとだけ「尊敬」のほうに傾いた気がした。

◇

 会計を済ませて、店を出る。

 自動ドアじゃないガラスドアを押して外に出ると、むわっとした熱気と、夕方に近づきつつある日差しが一気に襲ってきた。

「うわ、店の中、天国だったね……」

「外界、レベル高いな」

 思わず二人で同時にため息をついて、ちょっと笑う。

 商店街のアーケードには、ところどころに「夏祭りのお知らせ」のポスターが貼ってあった。

 あの日行った河川敷の屋台も、その一つだ。

「このあとどうするの?」

 桜井が、腕にかけた紙袋を少し持ち上げながら聞いてきた。

「特に予定ないし、一回帰って課題図書“を開いたふり”してみる」

「“ふり”って自分で言っちゃったよ、この人」

「正直さは、観察係の大事な資質なので」

「でも夏休み終盤でそれ言えるの、わりと度胸あると思う」

「そっちは?」

「わたしはカフェ寄って、ちょっとだけ下書きするかも」

 そう言って、桜井は手元の紙袋を見下ろした。

「今日買ったやつ、パラパラめくりながら、あの透明ノートに」

「休みの日まで仕事熱心だな」

「仕事って言われると、急にすごい真面目なことしてる人みたいで照れるんだけど」

「実際、真面目なことしてる人では?」

「うーん、“ちゃらんぽらん真面目”くらいでお願いしたい」

「新しいカテゴリ作るな」

 軽口を叩き合いながら、僕はふと、さっきの本屋での姿を思い出した。

 真剣に本を選んでいた横顔。

「……でもさ」

「ん?」

「そういうの、普通にかっこいいと思うけどな」

 僕が前を向いたまま言うと、隣で足音が止まった。

「……え?」

「才能だけじゃなくて、ちゃんと裏打ちしようとしてるところ。素直に、尊敬する」

 横を見ると、桜井がぱちくりと目を瞬かせていた。

 それから、じわっと耳のあたりを赤くして、持っていた紙袋を顔の横に持ち上げた。

「……急に褒めるのは反則」

「事実を述べただけなので」

「観察係、たまにデレの火力高いんだよなあ……」

 桜井はぶつぶつ言いながら、紙袋で口元を隠す。

 その仕草を見て、僕も少しだけ気恥ずかしくなって、視線を前に戻した。

 商店街の出口まで、並んでゆっくり歩く。

 途中で、近所の子どもたちが自転車で走り抜けていって、「こんにちはー」と声をかけていった。

 桜井が反射的に手を振り返して、「誰の知り合い?」って顔でこっちを見る。

「いや、こっちのセリフ」

「なんか、“地域の人気者”っぽい動きだったから」

「それはそっちでしょ」

 そんなくだらない会話をしているうちに、商店街の出口に着いた。

「じゃ、ここで分かれ道かな」

 右に行けば駅。

 左に行けば、住宅街とバス停。

「安藤くん、こっち?」

「うん。駅のほう」

「わたしは逆方向」

 桜井は、左側の道を顎で示した。

「今日ここで安藤くんに見つかった話、いつかどっかでエッセイのネタにするかも」

「それ、今のままだと“本屋で努力してるところバレた会”とかのタイトルにならない?」

「うわ、それちょっと嫌だ。もうちょいオシャレなタイトル考えとく」

「“努力している横顔”とか?」

「急にポエムっぽくなったね」

 桜井は笑いを収めきれないまま、小さく「うん」と返した。

「じゃ、またね」

「うん。また」

 軽く手を振って、僕たちはそれぞれ逆方向に歩き出した。

 紙袋の中で、本が小さく揺れる。

(“天才っぽく見える主役側”の裏で)

(ちゃんとこうやって本読んで、悩んで、書き方を探してる)

 教室の真ん中で笑っているときとは違う、努力している横顔。

 それを知っちゃうと、「ただの観察対象」として見るのは難しくなる。

(……観察係としては、貴重な情報なんだけどな)

 それでも、さっき本屋の棚越しに見えた横顔は、どう考えても“仕事”のメモだけで片づけられるものじゃなかった。

(観察係としてのノートに書くか)

(それとも、安藤湊としてのどこかにしまっとくか)

 答えはまだ出ないまま、夏の午後の熱気にちょっとだけ汗をにじませながら、僕は駅へ向かって歩いた。

 ポケットの中で、スマホが小さく震えた。

 取り出すと、見覚えのある名前からの通知。

『さっきの、“努力している横顔”ってタイトル、採用するかも』

 続けて、変な顔をした猫のスタンプ。

(……採用すんのかよ)

 呆れながらも、口元が勝手に緩む。

『楽しみにしておきます』

 そう打ち返して、スマホをポケットに戻した。

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もりぞー

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