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第6話 怪談アプリ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/11 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,855文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第6話 怪談アプリ

本文

一時間目の国語は、いつもなら眠気との戦いだけど、

 今日は隣に座る転校生のおかげで眠気なんて飛んでいた。むしろ心臓が忙しい。

 梓さんは、授業が始まっても微動だにしなかった。

 ノートは開かず、手は机の上で静かに組まれていて、呼吸のリズムさえ読み取れない。

(なんでそんな綺麗に座れるの……緊張してるとか、そういうのも無い感じ……)

 普通なら転校生ってもっと落ち着かないものだと思う。

 なのに梓さんは、まるでずっとここにいたみたいな静けさ。

 いや、違う。

 ずっとここにいた人より、静か。

 そんな梓さんの横顔を盗み見していると、柳田先生の声がはっと響いた。

「はーい、まずは本日のハイライト。鎌倉後期の武将ふたりが交わした書状には、非常に……んふふ、興味深い要素があってですね」

「出たよ……先生のんふふタイム……」

「絶対BL史実の話に行くやつじゃん……」

 クラスの半分がぐったりする中、

 柳田先生はホワイトボードに文献の抜書きを貼りながら、目を輝かせていた。

「いいですか、生徒のみなさん。この書状、たった三行なのに、行間から読み取れる情緒がすばらしく深いのです。敵味方でありながら互いを思いやるこの感じ。これは完全に尊いです」

 先生は両手で胸元を押さえながら語る。

 大多数の男子は魂が抜けた顔をしている。

 一部の女子は拍手している。極一部の男子も。

 ――汚染は確実に進んでいるようです。

 私は、といえば。

(先生の熱量がいつもより眩しい……ううん、今日の私が落ち着いてないだけかも……)

 ふと、梓さんを見る。

 クラスメイトは先生の話に笑ったり、呆れたり。

 でも梓さんだけは、表情ひとつ変えない。

 いや、違う。

 梓さんは、先生を見ているんじゃない。

 教室を――私たちを、見ている。

 まるで、何かを探すように。

 何かを確かめるように。

(……なんだろう、この感じ……)

 そして、梓さんの視線が一瞬だけこちらを向いた。

 ぞくっ。

 背中に冷たいものが走る。

 梓さんは笑わない。

 目の前にいるのに、遠い。

 人間なのに、空気の密度が違う。

(あれ……この感じ……やっぱりあの自称探偵さんに似てる……)

 黒いコートの行き倒れ。でも不思議に浮世離れしていて印象的な人。

 目の前にいるのは女子高生。

 でも、空気の密度の違いがある。

 現実の外側を一度覗いた人の、あの空気。

 前に探偵さんを見たときと、同じざわつきが胸の奥をかすめた。

 説明できないのに、説明できる気がしてしまう、奇妙な感覚だった。

◇

 何とも重苦しい感じだった一日の授業が終わる。

 私はとりあえず、逃げ出すように教室を離れ部室へと足を進めた。

 放課後の文芸部は、いつもどおりだった。

 紙とインクの匂い、部誌用の原稿用紙。

 サヤカが赤ペン片手に「締め切りがやばい」と叫んでいて、

 千晶ちゃんはタイトルロゴを描きながら鼻歌。

 ――ああ、癒やされる。これこそまさに癒やし空間。

(ああ……この空気、落ち着く……)

「ねえ真弓、にくゑさまってアプリ、ちゃんと使ってる?」

 サヤカが唐突に話題を振ってきた。

「え、入れてはいるけど……通知が怖くて……」

「もったいない! これ結構面白いんだよ。GPSで近くの怪談を教えてくれるし」

 サヤカは興奮気味に、自分のスマホ画面を私に見せてきた。

「それにね、最近このアプリを検証してるYouTuberがいてさ。あたし最近これにハマってんの」

「ユーチューバー?」

「うん。この『M_YOU』って人なんだけど」

 サヤカが画面をタップすると、アーカイブ動画が再生された。

 廃墟のような薄暗い部屋。パーカーのフードを目深にかぶった男が、手持ちカメラに向かってボソボソと喋っている。

『――えー、現在の同時接続者数は……三人、ですか。ハハ、相変わらず世間は見る目がない』

 男の声は、なんだか湿っぽくて、聞いていて居心地が悪くなるような声だった。

 焦燥と、空回りの自信をぶつけている感じ。

『でも、見ていてください。巷で流行りの“にくゑ”……その真実を知っているのは、世界で僕だけだ。次の配信で、僕は“向こう側”へ行く。そうすれば、この数字も一万、十万……いや、一億になる』

「……なんか、怖くない? この人」

 私が正直な感想を言うと、サヤカはケラケラ笑った。

「えー? そこが面白いんじゃん。『選ばれし者』とか言っちゃって、中二病っぽくて可愛くない?」

「サヤカの好みの守備範囲、広すぎない?」

「だってやってること過激なんだもん! 心霊スポットに突撃したり、変な儀式したり。体張ってて応援したくなるよ」

 サヤカは「中二病YouTuber」の配信に、ハートマークのスタンプを連打して送っている。

 画面の中の男――M_YOUは、呪いのようにブツブツと繰り返していた。

『僕を見ろ。僕を知れ。……僕は、ここにいるんだ』

 その必死な目が、フードの奥でギラリと光った気がして。

 私は、なんだか薄ら寒くなって視線を逸らした。

「ま、怪しい企画に巻き込まれないでよ?」

「大丈夫だって! ただの動画だし! あ、それにね、アプリのランキングも熱いの」

 サヤカは画面をスワイプさせる。

「久我さんの投稿が常に上位なの。"境界のない村の怪談"シリーズ」

「久我さんの?」

「そう。全部で10話くらいあって、全部繋がってるの」

「10話も!?」

「そう。しかも最後まで読むと、

 なんか……ぞっとする終わり方するんだよね」

「ど、どんな……?」

「村の掟を破った人が、一人ずつ消えていくの。

 でも最後に、村全体が消えるの。

 境界が無くなって、何もかも混ざって――」

 サヤカの声が、少しだけ震えた。

「――全部、融けちゃうの」

「っ……!」

 私の夢と、同じだ。

 そんなやり取りをしていると――

「やあ、今日もにぎやかだね」

 扉が開き、久我さんが入ってきた。

 白シャツに軽いジャケット。穏やかな笑顔。

 ……フリーランスだから時間はあると思うけど、連日高校の部活動に顔をだすのはどうなんだろ? もしかして今仕事がないのかな?

「差し入れのコーヒー置いていくよ」

 などと若干失礼なことを思いながら、コーヒーを受け取る。

「久我さん神です」

「部活のスポンサーですねこれは」

 千晶がはしゃぎ、サヤカがニヤニヤしている。

「今日は取材終わりでね。ちょっと息抜き」

 私の視線に気がついたのか、久我さんは少しいい訳がましくそんなことを口にした。

「そんなに学校うろうろしていていいんですか」

 サヤカの突っ込みに久我さんが苦笑する。

「まあ、今追ってる事件があってね。気が重いから人と話したくなるんだよ」

(事件……失踪事件のことかな)

「あ、そうだ久我さん! にくゑさまの投稿、めっちゃ伸びてますよね! あと、例の検証YouTuberの動画も見ました!」

 サヤカが嬉しそうに言うと、久我さんは一瞬だけ目を細めた。

「へぇ、そんな動画あるんだ」

「ええ! なんか必死すぎて面白くって!」

 サヤカの言葉に、久我さんは優しく、深く頷いた。

「そっか……怪談もオカルトももっと流行ると僕の仕事も一杯くるんだけどね?」

 そういって久我さんは笑った。

 プロにはプロで色々とあるんだろうなぁ。

 ――そんな暢気なことを、その時の私は考えていたのだった。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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