第6話 怪談アプリ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第6話 怪談アプリ
本文
一時間目の国語は、いつもなら眠気との戦いだけど、
今日は隣に座る転校生のおかげで眠気なんて飛んでいた。むしろ心臓が忙しい。
梓さんは、授業が始まっても微動だにしなかった。
ノートは開かず、手は机の上で静かに組まれていて、呼吸のリズムさえ読み取れない。
(なんでそんな綺麗に座れるの……緊張してるとか、そういうのも無い感じ……)
普通なら転校生ってもっと落ち着かないものだと思う。
なのに梓さんは、まるでずっとここにいたみたいな静けさ。
いや、違う。
ずっとここにいた人より、静か。
そんな梓さんの横顔を盗み見していると、柳田先生の声がはっと響いた。
「はーい、まずは本日のハイライト。鎌倉後期の武将ふたりが交わした書状には、非常に……んふふ、興味深い要素があってですね」
「出たよ……先生のんふふタイム……」
「絶対BL史実の話に行くやつじゃん……」
クラスの半分がぐったりする中、
柳田先生はホワイトボードに文献の抜書きを貼りながら、目を輝かせていた。
「いいですか、生徒のみなさん。この書状、たった三行なのに、行間から読み取れる情緒がすばらしく深いのです。敵味方でありながら互いを思いやるこの感じ。これは完全に尊いです」
先生は両手で胸元を押さえながら語る。
大多数の男子は魂が抜けた顔をしている。
一部の女子は拍手している。極一部の男子も。
――汚染は確実に進んでいるようです。
私は、といえば。
(先生の熱量がいつもより眩しい……ううん、今日の私が落ち着いてないだけかも……)
ふと、梓さんを見る。
クラスメイトは先生の話に笑ったり、呆れたり。
でも梓さんだけは、表情ひとつ変えない。
いや、違う。
梓さんは、先生を見ているんじゃない。
教室を――私たちを、見ている。
まるで、何かを探すように。
何かを確かめるように。
(……なんだろう、この感じ……)
そして、梓さんの視線が一瞬だけこちらを向いた。
ぞくっ。
背中に冷たいものが走る。
梓さんは笑わない。
目の前にいるのに、遠い。
人間なのに、空気の密度が違う。
(あれ……この感じ……やっぱりあの自称探偵さんに似てる……)
黒いコートの行き倒れ。でも不思議に浮世離れしていて印象的な人。
目の前にいるのは女子高生。
でも、空気の密度の違いがある。
現実の外側を一度覗いた人の、あの空気。
前に探偵さんを見たときと、同じざわつきが胸の奥をかすめた。
説明できないのに、説明できる気がしてしまう、奇妙な感覚だった。
◇
何とも重苦しい感じだった一日の授業が終わる。
私はとりあえず、逃げ出すように教室を離れ部室へと足を進めた。
放課後の文芸部は、いつもどおりだった。
紙とインクの匂い、部誌用の原稿用紙。
サヤカが赤ペン片手に「締め切りがやばい」と叫んでいて、
千晶ちゃんはタイトルロゴを描きながら鼻歌。
――ああ、癒やされる。これこそまさに癒やし空間。
(ああ……この空気、落ち着く……)
「ねえ真弓、にくゑさまってアプリ、ちゃんと使ってる?」
サヤカが唐突に話題を振ってきた。
「え、入れてはいるけど……通知が怖くて……」
「もったいない! これ結構面白いんだよ。GPSで近くの怪談を教えてくれるし」
サヤカは興奮気味に、自分のスマホ画面を私に見せてきた。
「それにね、最近このアプリを検証してるYouTuberがいてさ。あたし最近これにハマってんの」
「ユーチューバー?」
「うん。この『M_YOU』って人なんだけど」
サヤカが画面をタップすると、アーカイブ動画が再生された。
廃墟のような薄暗い部屋。パーカーのフードを目深にかぶった男が、手持ちカメラに向かってボソボソと喋っている。
『――えー、現在の同時接続者数は……三人、ですか。ハハ、相変わらず世間は見る目がない』
男の声は、なんだか湿っぽくて、聞いていて居心地が悪くなるような声だった。
焦燥と、空回りの自信をぶつけている感じ。
『でも、見ていてください。巷で流行りの“にくゑ”……その真実を知っているのは、世界で僕だけだ。次の配信で、僕は“向こう側”へ行く。そうすれば、この数字も一万、十万……いや、一億になる』
「……なんか、怖くない? この人」
私が正直な感想を言うと、サヤカはケラケラ笑った。
「えー? そこが面白いんじゃん。『選ばれし者』とか言っちゃって、中二病っぽくて可愛くない?」
「サヤカの好みの守備範囲、広すぎない?」
「だってやってること過激なんだもん! 心霊スポットに突撃したり、変な儀式したり。体張ってて応援したくなるよ」
サヤカは「中二病YouTuber」の配信に、ハートマークのスタンプを連打して送っている。
画面の中の男――M_YOUは、呪いのようにブツブツと繰り返していた。
『僕を見ろ。僕を知れ。……僕は、ここにいるんだ』
その必死な目が、フードの奥でギラリと光った気がして。
私は、なんだか薄ら寒くなって視線を逸らした。
「ま、怪しい企画に巻き込まれないでよ?」
「大丈夫だって! ただの動画だし! あ、それにね、アプリのランキングも熱いの」
サヤカは画面をスワイプさせる。
「久我さんの投稿が常に上位なの。"境界のない村の怪談"シリーズ」
「久我さんの?」
「そう。全部で10話くらいあって、全部繋がってるの」
「10話も!?」
「そう。しかも最後まで読むと、
なんか……ぞっとする終わり方するんだよね」
「ど、どんな……?」
「村の掟を破った人が、一人ずつ消えていくの。
でも最後に、村全体が消えるの。
境界が無くなって、何もかも混ざって――」
サヤカの声が、少しだけ震えた。
「――全部、融けちゃうの」
「っ……!」
私の夢と、同じだ。
そんなやり取りをしていると――
「やあ、今日もにぎやかだね」
扉が開き、久我さんが入ってきた。
白シャツに軽いジャケット。穏やかな笑顔。
……フリーランスだから時間はあると思うけど、連日高校の部活動に顔をだすのはどうなんだろ? もしかして今仕事がないのかな?
「差し入れのコーヒー置いていくよ」
などと若干失礼なことを思いながら、コーヒーを受け取る。
「久我さん神です」
「部活のスポンサーですねこれは」
千晶がはしゃぎ、サヤカがニヤニヤしている。
「今日は取材終わりでね。ちょっと息抜き」
私の視線に気がついたのか、久我さんは少しいい訳がましくそんなことを口にした。
「そんなに学校うろうろしていていいんですか」
サヤカの突っ込みに久我さんが苦笑する。
「まあ、今追ってる事件があってね。気が重いから人と話したくなるんだよ」
(事件……失踪事件のことかな)
「あ、そうだ久我さん! にくゑさまの投稿、めっちゃ伸びてますよね! あと、例の検証YouTuberの動画も見ました!」
サヤカが嬉しそうに言うと、久我さんは一瞬だけ目を細めた。
「へぇ、そんな動画あるんだ」
「ええ! なんか必死すぎて面白くって!」
サヤカの言葉に、久我さんは優しく、深く頷いた。
「そっか……怪談もオカルトももっと流行ると僕の仕事も一杯くるんだけどね?」
そういって久我さんは笑った。
プロにはプロで色々とあるんだろうなぁ。
――そんな暢気なことを、その時の私は考えていたのだった。