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第5話 転校生

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/10 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,810文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第5話 転校生

本文

七月の朝の教室は、エアコンの風が当たる席をめぐって静かな戦争が繰り広げられていた。

 私はサヤカと椅子をくいっと寄せて、なんとなく夏休みの話をしていた。

「今日こそ数学返ってくるらしいよ」

「サヤカ……なんでそんな爆弾みたいなこと平気で言えるのです……」

 そんなくだらない会話をしていたとき。

 ガラッ。

 教室の扉が開く音が、いつもより重く響いた気がした。

「はーい、皆さんおはようございまーす。今日はね、転校生が来てますよー」

 柳田先生が、ほんの少し緊張した笑顔で入ってくる。

「じゃあ、矢野さん、どうぞー」

 す、と影が差し込んだ。

 自然と教室のざわめきが弱まる。

 誰かが息を呑む音まで聞こえた。

 入ってきた少女は――

 まず静かだった。

 髪は背の中ほどまでのセミロング。

 陽の光を吸い込んで淡く揺れる、上質なダークブラウン。

 均整の取れた顔立ち。

 大人の女性のように落ち着いた雰囲気。

 だけど、綺麗とか、整ってるとか、そういう言葉じゃ足りない。

 空気が変わった。

「矢野梓です」

 綺麗な声だ。

 その時、ふと視界の端に何かが映った。

(……え?)

 窓。

 教室の窓の外。

 ――誰かいる。

(え、え、え!?)

 黒いコート。

 窓ガラスに張り付くように、こちらを見ている。

 探偵さんだ。

(なんで!? ここ三階だよ!?)

 心臓が跳ねる。

 周りを見るけど、誰も気づいてない。

 みんな梓さんを見てる。

(私だけ……?)

 もう一度窓を見ると――

 探偵さんは、梓さんを見ていた。

 じっと、観察するように。

(なんで……探偵さん、梓さんを……?)

 そして、探偵さんが私と目が合った。

 ひらひら、と手を振る。

(振るな!!)

 次の瞬間、探偵さんはふわりと消えた。

 まるで、最初からいなかったみたいに。

「――矢野さん、席はあそこね」

 柳田先生の声で、我に返る。

(……今の……なんだったの……?)

「――訳あって田舎に住んでたんですけど、また東京に戻って来れて……嬉しい、です」

 気がつくと、矢野さんが挨拶の言葉を締めていた。

 窓の外の黒コートは影も形もなくなっていた。

 ――幻でも見ていたんだろうか?

 頭を一つ振って、矢野さんに目をやる。

 朗らかではない。

 笑わない。

 でも、丁寧に挨拶する。

 声の奥にだけ、柔らかいイントネーションが混ざる。

 懐かしさでもなく、田舎なまりというほど分かりやすくもなく、

 何か遠い場所の空気を運んでくるような――そんな声。

 教室のあちこちでひそひそ声が飛び交う。

「めっちゃ綺麗なんだけど……」

「え、なんかこわ……」

「目、なんかすごくない……?」

 でも、私の耳にはその全部が遠かった。

 だって。

 梓さんが、ふいに――

 私を見たから。

 それは普通のチラ見じゃなかった。

 視線がぶつかった瞬間、

 心臓が一拍遅れて凍ったみたいになった。

「っ……!」

 深い。

 静か。

 そのくせ、硬質な光を宿した瞳。

 美人なのに無感情。

 感情が無いのに、妙に刺さる。

 人を睨むような、見下ろすような……でもどれとも違う。

 判断する。

 測る。

 私の中を覗き込むみたいな目。

(な、何これ……こわ……!)

 呼吸が浅くなる。

 汗が首筋をつっと流れる。

 そして気づく。

(……これ……)

 なぜか胸の奥がざわついた。

 昨日、麦茶をぶっかけて蘇生した黒コートの人――

 あの探偵さんの目と、どこか似てる。

 外見じゃない。

 雰囲気でもない。

 でも、これは確かに感じた。

 この人は、違う。何か普通の人とは全然違う。

 あの黒コートさんも現実から半歩だけ浮いているような雰囲気をしていた。

 具体的には窓の外で。

 この梓さんも同じだ。

 まるで普通の空間の密度と合ってない。

 温度が違う。

 そんな既視感が、心の奥の方でぬるっと蠢いた。

(なんで……? 初対面なのに……どうしてこんな……)

 梓さんは視線を切ると、静かに教室を見渡す。

 なんでもないはずなのに、見ているだけで不思議と胸がざわついた。

「真弓? 顔色悪……」

「や、や……なんでもないよ……!」

 サヤカに声をかけられても、返事が裏返ってしまう。

 なんでもないわけ、ないじゃん。

 あんな目、人生で初めて見たのです。

(なんか……怖い人……)

 その瞬間、ふと胸の奥に浮かんだのはひとつの予感。

 ――この転校生、絶対ただの子じゃない。

 梓さんは先生に指示され教室の後ろへ歩いていく。

 けれどその途中で、柳田先生が「あっ」と声を上げた。

「その席……机の脚が折れてて危ないのよね……。ええと……そうね、矢野さん、ここに座ってもらおうかな」

 先生が指した席は――

(えっ、そこ……!?)

 私の隣。

「……はい」

 梓さんは、静かに頷くと、

 私の横の席に鞄を置き、制服のスカートを整えて腰を下ろした。

 距離、近い。

 こんなに近くに座られると、

 彼女の静けさが肌に触れるようだった。

「ひっ……」

 自分でも情けないくらい小さく声が漏れる。

 梓さんは、ゆっくりこちらを見た。

「矢野です、よろしく」

「ひゃっ!? は、はいっ! 虚木真弓ですの……!」

「虚木……?」

 私の名前を聞いた矢野さんは、小首を傾げた。

「そう、虚木真弓さん、あなたがそうだったのね」

 そして納得したように頷く。

(な、なんで名前知ってるの!? 名簿!? 先生が言った!? いや、言ってないよね!?)

 心臓が跳ねる。

「……同じ名前の村から来たの」

「あ、そ、そういう……!」

 そうか、梓さんは、あの村から来たんだ。だから私のことも知っているのかも知れない。

 私が東京に戻ってから、村に引っ越したのかな?

 それなら、顔見知りじゃないのもわかるよ!

 健太くんや美穗ちゃん、それにあゆみちゃんのことも知ってるのかな?

 分校では特にあゆみちゃんと仲が良かった。

 あゆみ、とまゆみ、でお揃いだって笑い合ったっけ。

 私は療養時代を過ごした田舎の分校のことを懐かしく思いだす。

(はずかしい!! ていうか何怖がってたんだろ、私!!)

 梓さんは小さな笑みを浮かべた。

 小さい、けど花のような笑み。

「改めて。よろしくね?」

「あ、よ、よろしくお願いしますです……!」

 普通ならここで終わりだ。

 形式だけの自己紹介。

 でも梓さんは、

 もう一度こちらを――しっかり見た。

 その視線が刺さる。

 私の心の中を探るような、そんな目つき。

(……やっぱり……なんか、探偵さんに似てる……)

 静けさ。

 世界を斜めから見ているような目。

 普通の子が持っている情報量じゃない奥行き。

 黒コートの探偵さんが持っていた、普通じゃない雰囲気と同じ匂い。

(どうしよう……この人、苦手……でも気になる……)

 梓さんは、紙の上のペン先をすっと滑らせるように私へ言った。

「虚木真弓さん」

「ひゃいっ」

「……気をつけて」

「え……?」

「気をつけたほうがいいよ」

 それだけ言うと、梓さんは前を向いた。

(……なに……? 何に気をつけてるの?……もしかして顔に何か付いてる? それとも毎日の買い食いがばれた!? 体重!? ダイエットのこと!?)

 いや、落ち着いて。幾ら何でも、体重の話とは思えなかった。

 心の奥に、暗い影が落ちたみたいな言葉だった。

 隣の席に座った転校生。

 名前を交わした瞬間から、私はこの日常の枠が微かに歪んだのを感じたのだった。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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