第8話 真夜中の邂逅
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あらすじ
終焉の探偵 - 第8話 真夜中の邂逅
本文
「っ……あ……あああ……!」
シーツを握りしめた手が震えていた。
汗が冷たくて、息が荒い。
(また……夢……?)
でも、違う。
今までの夢とは、何かが違う。
千晶ちゃんが、黒いものに襲われて――
梓さんが、弓を――
そして、千晶ちゃんが消えた。
時計を見る。
深夜2時。
(……確かめなきゃ……)
いてもたってもいられなくなった。
千晶ちゃんが、本当に無事なのか。
あの場所で、何かが起きてないか。
私は、パジャマのまま部屋を飛び出した。
真夜中の池袋、繁華街をパジャマで走り抜けるなんて正気の沙汰じゃないけど、私はそれくらい焦っていたのだ。
◇
走る!
真夜中の池袋は、昼間とは別の顔を持っていた。
走る!
ネオンは煌々と光ってるけど、
人通りはまばら。
酔っぱらいの笑い声が遠くで響いて、
走る!
終電を逃した人たちが、タクシーを拾っている。
コンビニの明かりだけが、やけに眩しい。
(……怖い……でも……)
息を切らし、震える足で、夜の街を駆け抜ける。
東口と西口を繋ぐ地下通路、ウィロードを走り抜け、線路沿いに走る。
目指すは西口のホテル街。
街灯の光が、道を照らす。
でも、その光が届かない場所が、
やけに暗く見えた。
そして――
夢で見た、あの場所へ。
「はぁ、はぁ……」
息を切らしながら、人気のないホテル街に辿り着く。
線路沿いの陸橋階段を降りてすぐの場所。
細い路地には何軒ものラブホテルが華やかな照明を投げかけていた。
(……ここ……)
そう、ここだ!
黒い影のような物に覆われた千晶ちゃんがここで――。
そして私は気づく。ここ、空気が、おかしい。
生暖かい。
真夏だからというだけではない、肌にまとわりつくような湿気。
甘ったるい匂いが、鼻の奥を刺激する。
(……この匂い……夢で……)
その時――
ネオンの照明に照らされていた、足元の影が、動いた。
地面から、黒いものが”ぬるり”と這い上がってくる。
とっさに飛び退き、距離を取るけど地面から現れたそれは、私に向かってゆっくりと近づいてきた。
「――っ!?」
墨汁を生き物にしたみたいな、得体の知れない塊。
ぐにゃぐにゃと形を変えながら、
こちらに向かってくる。
(……これ……夢で見た……!)
千晶ちゃんを襲ったもの。
あの、黒い影。
「いや……やだ……!」
足が動かない。
逃げなきゃいけないのに、
体が石になったみたいに固まる。
黒い塊が、腕のようなものを伸ばしてくる。
ぬるっとした質感が、視界に迫る。
(誰か……助けて……!)
――その瞬間。
私は猫の子を捕まえるように襟元をつかまれ、強い力で引っ張られた。
「え! えええええっ!?」
そのまま後ろから身体を抱きすくめられたかと思うと、ふわりと身体が空中に舞い上がる。
すとん、と立たされた場所は、通りに面したラブホテルの看板の上だった。
一応立てるスペースはあるけれど、せいぜいが一畳くらい。
ここ、地面から十メートルはあるんですけど!?
跳んだ? 私を抱えて? 誰が? 驚く私に、ビュウ、と風が吹く。
「う、うひゃあ!!」
思わず悲鳴を上げる私の耳に、背後から気楽そうな声が聞こえた。
「やあ、親切なお嬢さん。また会ったね! パジャマでお散歩とか、最近のお洒落なのかな?」
ホント、ちょっと腹が立つくらい軽快な声。
怖々振り返ると――
そこには魔法のように黒いコートの男が立っていた。
襲いかかっていた黒い影は、遙かに足下。
恨めしげにこちらに向かってうごめいている。
――な、なんだか助かった?
で、私は目の前でしまりのない笑みを浮かべている黒コートさんに話しかける。
「黒コートの行き倒れさんっ!」
「――否定は出来ないけど、呼び方っ!!」
「行き倒れさん?」
「そっちじゃないっ!」
「黒コートさん?」
「もう一声っ!」
「……探偵さん?」
行き倒れさん、じゃなくて黒コートさん、じゃなくて、探偵さんは、昼間見たふわりとした笑顔を浮かべる。
「そうそう、渡した名刺にもちゃんと名前書いてあったよね? 真夜中に一人で出歩くなんて、危ないよ」
私は、膝から崩れ落ちそうになった。
「た、助かった……」
安堵で、力が抜ける。
息が、ようやくまともに吸える。
「あ、あの……今の……何だったんですか……?」
「君が夢で見たものと、同じだよ」
「……え……?」
「多分、君は繋がっている。この世界の終焉と」
この人は何を言っているんだろう。見た目通りの危ない人なんだろうか?
私は状況も忘れて、深く頷く。
「ああ、ありますよね。そういう時期。厨二っていうか……ねぇ?」
「大概失礼な子だな、君はっ!! そして肝が太いっ!!」
「失礼ですよっ! 私そんなに太ってませんっ!!」
「体型の話はしてないよ!? そして、その迫力は一体っ!?」
驚いたように一歩後ろに下がる、真夏だというのに暑苦しい黒コートを着ている探偵さん。
冗談じみた掛け合いのおかげか、私は少し落ち着いて周りを見ることが出来るようになった。
探偵さんは、大きくため息をついて眼下を見渡す。
「はぁ……ここは今、危ない場所なんだ」
「危ない……って……」
「ちなみに、わざわざ名刺渡したんだから、いつ来てくれてもいいんだよ?」
「どこに!?」
「僕の事務所」
「――え、だって公園……」
探偵さんは、軽い調子で続けた。
「そう、住所、東池袋公園て書いてあるよね?」
「……は? あ、そういえば……なんで今日は教室の窓に」
「散歩でちょっと? で、東池袋公園。素敵なマイハウスが兼事務所!」
「いやいやいや! 散歩って? それに公園住所ってホームレスですか!?」
「ホームレスとは失礼だな。探偵だよ、探偵」
「名乗りが探偵って時点でおかしいでしょ!?」
「本名だもん」
「嘘でしょ!?」
――なんだこの会話。
さっきまでの恐怖が、嘘みたいに薄れていく。
「そう、窓にくっついてたのもあなたですよね!?」
「あれは君にだけ見えてたんだよ」
「なんでですかっ!?」
「君には力があるから?」
不意にシリアスな顔をして、探偵さんはそういった。
――何故語尾を上げる? 疑問系にする?