第15話 三者面談
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あらすじ
終焉の探偵 - 第15話 三者面談
本文
梓さんは、公園入口の薄暗い影の中で立ち止まり、まっすぐ私と探偵さんを見つめていた。
夕陽が完全に落ちる寸前、風が少しだけ冷たくなっていく。
いつもの制服姿。長い黒髪が風に揺れて、影が地面に長く伸びている。手には何も持っていない。普通の女子高生の姿。
でも――何かが、違う。
足音が、しなかった。いつの間にか、そこにいた。
「あ……梓さん……」
私は思わず一歩後ずさった。
あの教室での出来事が、脳裏に蘇る。
暴行されて傷だらけになった梓さんが、何事もなかったように起き上がって、傷が見る見るうちに治っていった、あの光景。
見てはいけないものを見た、という恐怖。
でも、今のわたしには、彼女から逃げることはできない。
千晶ちゃんが消えた。
梓さんが、何か知っているかもしれない。
「虚木真弓さん」
梓さんの声は、低く、静かだった。
「なぜ、この男と一緒にいるの」
その視線が、わたしの隣にいる探偵さんに向けられる。
探偵さんは相変わらず、段ボールハウスの前に座って、パッキーを齧りながら、飄々とした表情で梓さんを見ていた。
「やあ、君が矢野梓さんかな? 真弓さんから話は聞いてるよ」
「……答えて。虚木真弓さん。あなたはなぜ、この男と一緒にいるの」
梓さんの声には、怒りはなかった。
でも、何か強い警告のようなものが込められていた。
「わ、わたしは……その……」
わたしは言葉に詰まった。
どう説明すればいいのか分からない。
探偵さんに助けを求めて依頼した、なんて言っても、梓さんは信じてくれないだろうし、そもそもこの状況がどう見ても怪しすぎる。
私を見つめていた梓さんは、つい、とその視線を探偵さんに移す。
「校舎の窓に張り付いて、私を観察していた。視覚の操作をしてたみたいだけど、私には通用しない」
「これは、びっくりだよ。気がついていたのにあんなに冷静だったなんて」
ポリポリとパッキーを囓りながら、探偵さんは答える。
――ちょっと行儀悪い。
「貴方は、何者? 少なくとも普通じゃ、ないわ。この事件に何か関わりがあるの?」
梓さんと探偵さんの会話は目に見えない刃で切りつけ合うような鋭さがあった。
聞いているこっちの方が冷や汗をかいてしまうくらいに。
段ボールハウス。
真夏の黒コート。
訳の分からない超常能力。
そして、わたしの隣でお菓子を齧っている探偵さん。
「僕は、真弓くんの依頼を受けただけのしがない探偵だよ」
探偵さんが、軽い口調で答えた。
「彼女の後輩が行方不明になった。それを探して欲しい、と頼まれたんだ」
「依頼……? 後輩の? ああ……」
梓さんの表情が、わずかに変わった。
疑念と、そして多分後悔。
彼女は、そのまま探偵さんに向き合って口を開く。
「それで……本当に、あなた、何者なの」
「探偵だよ。名刺、あげようか?」
探偵さんは懐から名刺入れを取り出そうとしたが、梓さんは手を振ってそれを制した。
「ふざけないで」
梓さんの声が、わずかに鋭くなる。
「あなたから……"彼岸の気配"がする」
――彼岸。
そして、その言葉に、わたしは思わず息を呑む。
彼岸と此岸が対になってて、此岸がこの世。
なら彼岸は――
あの世――この世ならざるどこか。
文芸部に入ってて良かった。こんな仏教用語をいきなり言われても何となくはわかるから。
探偵さんの表情が、ほんの一瞬だけ、変わった気がした。
いつもの飄々とした笑みが消えて、何か冷たいものが瞳の奥に浮かんだような――。
でも、それは本当に一瞬だけで、すぐにいつもの軽い表情に戻った。
「あなたは……」
「言ったじゃない、探偵だよ。この世界を探っている探偵さ」
「あなたからは……影と同じ彼岸の匂いがするわ」
梓さんがぽつりと言ったその瞬間、
風がひゅう、と揺れた気がした。
探偵さんは、ほんの一瞬だけ目を伏せ――
そして、顔を上げた。
「影?……そうか、"影"っていうんだね、あれは」
「……」
「境界から滲み出してくる、あの黒い影のこと、でいいんだよね?
影というよりは黒い肉みたいだったけど」
探偵さんの声が、わずかに低くなる。
「あれは多分、この世界の終焉に深く関わる存在だ。
ということは、それを知っている君は――」
探偵さんの視線が、梓さんをまっすぐ捉える。
「"そういう場所"から来た子なんだね。
世界の境界を守る、役目を持った場所から」
梓さんの目が、わずかに見開かれる。
「本当に……あなたは、何者なの?」
「探偵……それ以上でも以下でもないよ」
軽く返す探偵さんとは裏腹に、
私の心臓はバクバク鳴り続けていた。
影。
境界。
世界の終焉。
何もかもが、分からない。
「梓さん……」
私が何か言おうとした瞬間、梓さんの視線が鋭くなる。
「虚木真弓さん。あなた、清音に会った?」
「え……? 清音……?」
「答えて」
その声は静かだったけど、どこか追い詰められたような――焦燥が滲んでいた。
名前には聞き覚えがある。
いつだっけ? 誰だっけ?
――あ、そうだ!
「……もしかして清音さん? 村長の娘さんの」
「そうっ! 彼女に会ったの!? どこで? やっぱり東京に来てるの?」
血相を変えて私に梓さんは詰め寄った。
「い、いえ、昔村で会って、親切にしてくれたって思い出があるだけなんだけど?」
あまりの剣幕に言葉がわたわたと崩れる。
梓さんは、探るようにじっと私を見つめている。
その瞳の奥に、何か必死なものが見えた気がした。
やがて、梓さんは小さく息を吐いた。
「……そう」
それだけ言って、視線を探偵さんに移す。
「この世界は、もう均衡が崩れている。
蓋は外れ、機能していない。
境界が、壊れかけている」
梓さんの声は、淡々としていた。
でも、その奥に――何か、必死なものが隠れているような気がした。
「梓さん! あなたは何を知っているの?
もしかしたら、女の子たちがいなくなる事件って……」
それ以上は言えなかった。
連続失踪事件の犯人が、この綺麗な人かも知れないなんて……思いたくもない。
梓さんが一瞬だけ眉を動かす。
「……そうね、そうかも知れない」
私の言葉を肯定するように、梓さんは小さく頷いた。