第16話 三者面談 2
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第16話 三者面談 2
本文
「そんな……! それじゃ千晶ちゃんは……あなたが……」
喉の奥が、きゅっと詰まる。
そんな私を見た梓さんは、少しだけ眉を顰めた。
「そう……あれを見ていた? 視覚を同調させていた? 虚木の縁者ならあり得る……」
独り言のように呟く梓さん。
だがその言葉は殆ど耳には入っていなかった。
千晶ちゃん。
あの笑顔。
いつも元気に「真弓先輩!」って声をかけてくれた、あの子。
探偵さんが、わずかに眉をひそめる。
「恐らく、だけれど影に取り込まれた人間は……」
言葉を濁す探偵さん。
梓さんが、静かに答えた。
「戻れない」
その声に、感情はなかった。
「影に触れた者は、分解されて――記憶として取り込まれる。個としての人格は、消える」
「じゃあ、千晶ちゃんは……!」
「あなたが見ていた通り」
梓さんは、わずかに視線を伏せる。
「影を倒せば、取り込まれた人も――此岸からは消える」
その声は、静かだった。
感情を殺しているような、そんな響きだった。
「千晶さんは、もう……」
言葉が途切れる。
梓さんの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ――何かが揺れた気がした。
でもすぐに、また冷たい静けさに戻った。
探偵さんは腕を組み、ふむ、と唸る。
「その影が、この世界の終焉に直結してる……のかな?」
「……」
「で、さっき君がいってた清音って人がそれに関係している?」
「……そうかも知れない。でもあなたには関係ない」
梓さんと探偵さんの視線がぶつかり合う。
二人とも表情は静かだったけど――
その空気は、肌がひりつくほど張り詰めていた。
真夏の熱が、一気に冷え込んだような気配に、私は呼吸をすることも忘れる。
(なんで……なんでこんな二人が、私の知ってるこの街にいるの……?)
「……虚木真弓さん」
梓さんが私に向き直る。
「この件には、関わらない方がいい。その名字を持つ人は特に」
それは忠告ではなく――命令に近かった。
「……いやです」
私は、自分でも驚くほどはっきりと答えていた。
梓さんの目が、わずかに揺れる。
「千晶ちゃんは……後輩なんです……知りたいんです、あの子に何があったのか」
声が震えても、涙は出なかった。
ただ、胸の奥が熱くて、苦しかった。
「……そう」
梓さんは、それだけ言った。
優しさも、同情も、何もない。
ただ、冷たく事実を受け取っただけ。
「なら、覚悟して。あなたの現実は、もう確かなものじゃない」
そう言い残して、梓さんは踵を返した。
「ちょっと、君――」
探偵さんが呼び止める前に、
梓さんの姿は公園の外へ、夕闇の中に溶けるように消えていった。
最後に、梓さんの声が、風に乗って聞こえた気がした。
「……次に会ったとき、敵だったら――殺すわ」
それが、警告なのか、宣言なのか、
私には分からなかった。
残されたのは、私と探偵さん。
そして、少しだけ冷たくなった風。
「……探偵さん」
「うん?」
「梓さんが……犯人なんですか?」
探偵さんは、しばらく夕闇を見つめていた。
やがて、小さく息を吐いた。
「――まだ分からない」
「わからないんですか、探偵さんなのに」
「探偵さんだからさ。情報がないと推理はできない。憶測や想像だけで犯人を決めることはできないよね?」
「……はい」
「しかし、もし、彼女が終焉存在に連なる者なら、彼女は僕の敵なのかも知れないね」
「終焉存在……」
「世界に滅びをもたらす者。僕はそれを探して旅をしているんだ」
「……探偵さんは……どこから来たんですか?」
私の言葉に探偵さんは、目を細め空を見上げた。
「ここよりずっと遠いところ。もうどこにもない場所から僕は来たんだよ」
ため息をつくように、言葉を紡ぐ探偵さんは少しだけ寂しそうに見えた。
「――さて、真弓くん、情報を共有しよう。さっきあの梓さんって子がいってた清音って名前についてだけど」
探偵さんの質問に、私はわかることは答えた。
虚木清音さん。
私と同じ名字を持つ、同い年の女の子。
虚木村の村長の娘さんで、村に祀られている神様の巫女。
名前のない神様だそうで、ちょっと不思議だった。
腰まで伸ばした長いさらさらのストレートヘア。
少しきつめだけど、綺麗な瞳。
今でも思い出せる。
まだ中学生だったけど、将来はモデルさんになれる位綺麗な子だった。
――そういえば、面差しが梓さんに少し似てるな。
神秘的な美人で、村人たちは彼女のことを崇拝しているみたいだった。
けど、私が療養で、村に滞在していたときには、色々優しくしてくれた思い出がある。
夏祭りの神楽舞は本当に綺麗だった。
健太くんや美穗ちゃん、あゆみちゃんたちと一緒に見に行ったんだよね。
そうそう、吉川先生や、奥さんの伊織さんもいて楽しかったなぁ。
そして村の名物だという、よく冷えた赤い飲み物。
美味しかった!!
「――みたいな感じですね」
「なるほどね。
色々と見えてきた感はあるけど、さて」
そういうと探偵さんは、まっすぐに私を見た。
きりりと目を見開いたその表情は、なんというかちょっとイケメン。
いや、そんなことを考えている場合じゃないんだけど、しょうがないよね?
「君の依頼は確かに承った。ワトソン役を願い出てくれたけど、この先はもっと危険になるかも知れない」
そういうと探偵さんは言葉を切った。
「だから、君はこのことは忘れて、普通の生活に戻ってもいいんだよ? いや、むしろその方が良いかも知れな――」
「いいえっ! ノー! イヤですっ!」
かぶせ気味に即答していた。
気持ちを強調するために三回同じ意味の言葉を叫ぶ。
「そ、そっか。なんというか即断即決だね?」
探偵さんは、驚いたように笑顔を浮かべ、まっすぐに私を見た。
ここまで首を突っ込んで、何もしないで、何もわからないでいるなんて出来ない!
それは私の主義に反する!!
「はい、生きるからには全力で、が私のモットーなのでっ!」
「――そいつは、素敵だね」
一呼吸置いた応え。
いきり立っている私に、探偵さんは微笑ましいものでも見るように、視線を和らげた。なんだろ、吠えかかるチワワを見てる人のような目線だ。納得いかない。
「むー……」
文句をつけようと口を開いた私を遮るように手を前に出し、探偵さんは言葉を口にした。
「それじゃ、後輩さんが消えた場所、案内してくれるかな」
「え……今から?」
「ああ。日が落ちる前に」
探偵さんは立ち上がり、黒いコートを翻した。
「痕跡は、時間が経てば消える。今なら、まだ何か残ってるかもしれない」
私は頷いた。
「はいっ!」
夕暮れの空が、どこまでも赤く染まっていた。
その赤は――どこか、不吉な色をしているように見えた。
でも、探偵さんと一緒だ!
だからきっと、大丈夫!
私は自分に言い聞かせ、夕闇の街に足を踏み出した。