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第63話 道行き

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/7 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,092文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第63話 道行き

本文

ガタン、と体が大きく跳ねる感覚があった。

 目を開けて入ってくるのは、知らない天井……その上これって車の天井なんだけど!?

 意識の底から、泥の中の泡が浮き上がるように、ゆっくりと覚醒する。

「――では清音さんは、何かに乗っ取られていると?」

「ええ、少なくとも清音の意思で、惨劇を起こしている訳ではないと思う」

「にくゑ絡みか。清一さんにも相談してみないとね」

「国の方は?」

「秘匿が優先みたいだね。協力はしてくれてるみたいだけど――」

 会話が聞こえてくる。梓さんと、もう一人、誰だろう。懐かしい声だ。

 規則的なタイヤの走行音と、エンジンの低い唸り声。

 背中にはシートの硬い感触があり、身体は簡易的なベルトで固定されているのがわかった。

「……ん……」

 声を出そうとしたけれど、喉が焼けるように熱かった。

 身体が、ひどく重い。

 指先ひとつ動かすのにも、全身の神経を総動員しなければならないような、深い沼に沈んでいるような感覚。

「あ……真弓さん!?」

 すぐ傍らで、弾かれたような声がした。

 視線をずらすと、梓さんの泣きそうな顔があった。彼女は私の手を両手で包み込むように握りしめていた。その手は冷たくて、小刻みに震えている。

「梓……さん……」

「よかった……気がついたのね。……無理しないで、まだ横になってて」

 梓さんが私の汗ばんだ前髪を払ってくれる。

 私はぼんやりと周囲を見回した。

「サヤカちゃんは……他の人たちは……」

 助手席には、黒いコートを着た背中が見える。探偵さんっ!

 良かった、無事だったんだ!!

「大丈夫、みんな無事だよ。僕もね」

 いつも通りの探偵さんの声が、私に安心をくれる。

 ――でも無理してない? 心配だよ。

 そして、ハンドルを握っているのは――。

 ボサボサの髪。サイズの合っていないシャツ。

 バックミラー越しに、真剣な眼差しと目が合った。

「……吉川、先生?」

 夢かと思った。

 村にいるはずの先生が、どうしてここに。

 先生は私の声に気づくと、パッと表情を明るくした。

「真弓ちゃん! わかるか、僕だ!」

「せん、せい……どうして……」

「話は後だ。今はとにかく休んでいてくれ。……必ず、助けるから」

 その声は力強く、迷いがなかった。

 先生の運転する車は、かなりのスピードで走っているようだった。カーブを曲がるたびに体にGがかかる。普段なら車酔いしそうな荒い運転だったけれど、今の私には不思議と心地よかった。揺れるたびに、身体の芯にある「何か」が共鳴しているみたいで。

 ストレッチャーから上半身を起こし、窓の外を見る。

 流れる景色は、見慣れた東京のビル群。

「……なんだか、今日はやけに空気が悪いな。スモッグか?」

 運転席の先生が、咳払いをしながら言った。

 梓ちゃんがビクリと肩を震わせる。

 私は目を凝らして外を見た。

 空が、病的に青ざめていた。

 遠くの山並みが、陽炎のように揺らめいている。

 いや、違う。あれは陽炎じゃない。

 高速道路の防音壁には血管のような蔦が這い、すれ違う車のボディは甲殻類のように波打っている。

 世界が「ほどけ」かかっている。

 探偵さんが私に声を掛けた。

「あまり……見ちゃダメだよ。見すぎたら、引きずり込まれるから」

 探偵さんにはわかるんだ。

 今私が見てる光景が。

 けれど、その崩れかけた世界の風景が、今の私にはなぜか「懐かしい」と感じられてしまうのだ。

 先生には、この光景が見えていないらしい。彼にとっての世界は、まだ正常なままなのだ。

 ――ああ、離れていく。

 あの息苦しい、コンクリートの棺桶から。

 不思議なことに、東京から距離を取るにつれて、身体の奥にあった「鉛のような重さ」が少しずつ薄らいでいくのを感じた。

 力が戻ってくるのとは違う。ただ、呼吸がしやすくなる。

 まるで、酸素濃度の薄い場所から、本来いるべき場所へ近づいているような。

 それが、自分がもう「人」として変わってしまった証のようで、少し怖かった。

 その事実に、私は安堵と、言い知れぬ孤独を感じた。

「……探偵君、だったか」

 しばらくの沈黙の後、先生がハンドルを握ったまま口を開いた。

 その声は低く、先ほどまでの「頼れるお医者さん」とは違う、鋭い響きを帯びていた。

「さっき病院で、君に聞きたいことがあると言ったね」

「ああ。何だい、吉川先生」

「君は……『人間』じゃないだろう?」

 その言葉に、車内の空気がピリリと張り詰めた。

 助手席の探偵さんは、静かに前を見据えたままだ。

「失敬な。戸籍も住民票もあるかも知れない善良な市民だよ」

「医者の目は誤魔化せないよ。……非科学的な話になるが、君からする気配は人のそれじゃない」

 先生は前を見据えたまま、続けた。

「……村で、似たような気配を感じたことがあるんだ。村の洞窟だ。あの中から漂ってくる、冷たくて湿った……それでいて懐かしいような気配。君は、あれと同類の気配がする」

 先生の鋭い指摘に、私は息を呑んだ。

 先生には「視えて」いないはずなのに、「本質」だけは正確に嗅ぎ取っている。

 探偵さんは、ふっ、と小さく息を吐いた。それは嘲笑ではなく、感嘆のようだった。

「……驚いたな。そこまで感じ取れるんだ」

 探偵さんはゆっくりと先生の方を向いた。その瞳には、深い敬意の色が宿っていた。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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