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会社員

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/12 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,946文字 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

──佐藤 純の場合──

魔王を倒した瞬間のことを、純はわりとよく覚えている。

最後の一撃を叩き込んだとき、魔王は膝をついて、それから泣いた。

大人が、というか魔王が、声を上げて泣いた。

魔王はしばらく泣いてから「ありがとう」と言った。

十五年間で一番シュールな瞬間だった。

そのあと何処からか「お疲れ様でした」と声がした。

純は「ちょっと待って、この人どうするんですか」と魔王を指さした。

声は「あとはこちらで」と言った。魔王がまた泣きそうな顔をした。

純は魔王に「元気で」と言った。

魔王は「うん」と頷く。

それで全部終わった。

---

気づいたらベッドの上にいた。

枕がやわらかかった。シーツがいい匂いだった。窓の外からバスの音がした。純はしばらく天井を見ていた。

声は言っていた。この世界の時間は止まっていた、と。向こうで過ごした十五年は、元の世界には流れていない、と。つまり今日は、あの朝の翌日だ。昨日の自分は普通に飯を食い、普通に眠った。

冷蔵庫を開けたら昨日の残りのカレーがあった。

純はそれをレンジに入れて、チンという音を聞きながら思った。

(魔王、今ごろどうしてるかな)

どうにもならないことを考えていても仕方がないので、カレーを食べた。

十五年ぶりのジャワカレーは、思ったより辛かった。

---

翌朝、出社した。

席に着くなりメールが三十件来ていた。昨日の自分が返しそびれたやつだ。

純には「昨日」の記憶がないので、全部一から読んだ。

読みながら状況を把握した。

十五年間、言葉も地図も常識も違う世界で、情報の断片だけを頼りに生き延びてきた。メールの文脈を読むのはそれほど難しくない。

三十分で全部返した。

隣の先輩が振り返った。

「佐藤、今日やたら仕事早いな」

「昨日、色々と吹っ切れたので」

「彼女にフラれた?」

「逆です。魔王を倒しました」

「……ゲームか」

「まぁ」

先輩は「ふーん」と言って向き直った。純も向き直った。

これが現代の正解だ、と純は思った。魔王を倒しましたと言っても、ゲームの話だと思われる。便利な時代だ。

---

昼過ぎ、大口取引先との打ち合わせがあった。

相手の担当者は、入室した瞬間から値下げを要求するオーラを全身から出していた。腕を組んでいた。目つきが鋭かった。声が低かった。

純は内心で分析した。

(戦闘力、低い。オーガ族より全然低い。あの人は開口一番に斧を机に刺してきた。この人は今のところ何も刺してきていない。有利な状況だ)

担当者が「御社の対応には、正直、不満がありましてね」と切り出した。

純は頷いた。喋らなかった。全部聞いた。

(エルフの女王との協定交渉に似てる。あのときも最初の四十分は一方的に怒鳴られた。しかも途中で矢が大量に降ってきた。この人は今のところ攻撃する様子はない。だいぶ楽だ)

担当者が言い終わった。

「おっしゃる通りです」と純は言った。「先月の件は弊社の確認不足でした」

担当者が少し拍子抜けした顔をした。

「本当に解決したいのは値段じゃなくて、連絡体制ですよね。そこから直させてください。値段はその後に話しましょう」

打ち合わせは四十分で終わった。次の面談が決まった。値下げはなかった。

廊下に出たら同僚がすごい顔で待っていた。

「何したんですか。あの人いつもごり押ししてくるのに」

「話を聞いた」

「それだけ?」

「あと、矢が飛んでこなかったので落ち着いて話せました」

「矢?」

「...こちらの話です」

同僚は何か言いたそうな顔をしたが、何も言わなかった。

賢い判断だと純は思った。

---

金曜日の夕刻、会社のサーバーが落ちた。

バックアップが壊れていた。二年分のデータが消えかかっていた。

月末の締め前だった。オフィスが阿鼻叫喚だった。

純はコーヒーを飲みながら、ログを横目で眺めていた。

(あ、これわかるかも)

「見てもいいですか」と言ったら、

三人くらいから同時に「お願いします」と言われた。

椅子を引いて座り、コマンドを打ち始めた。

(魔王城の地下、封印術式が連鎖崩壊したときと構造が似ている。

あのときは一人で止めた。あのときよりは簡単だ。たぶん。いや、ちょっと待って)

五分後、純は手を止めた。

「……あれ」

全員が固唾を飲んだ。

「思ったより複雑だ」

全員がのけぞった。

「いや、いけます。ちょっと待ってください」

(落ち着け。焦ったら負けだ。魔王城のときも最初は「無理かも」と思った。

でも手を動かしていたら道が見えた。ゆっくりやれ。でも早く。ゆっくり早く)

一時間後、データはほぼ完全に復旧した。

社長が純の両肩をつかんで揺さぶった。

IT担当者が泣いた。

社長が「何でも奢る!何が食べたい!」と叫んだ。

同僚が呆然とした顔で言った。

「佐藤さんって、前は何をしていた人なんですか」

純は少し考えた。

「世界を救う仕事です」

「コンサルですか」

「魔王案件専門の」

「クセの強いクライアントってことですよね」

「すごくクセが強かったです。最後は泣いてたし」

「クライアントが泣くの、あるあるですよね」

「ですね」

二人はしみじみと頷いた。

---

純は、自分が「落ち着いた人間」だとは思っていない。

心の中はいつもうるさい。

締め切りが近いと焦る。

上司に「例の件どうなった」と聞かれると、一瞬どの件かわからなくなってパニックになる。

取引先に無理を言われると「なんでだよ」と思う。

後輩のミスを引き継ぐとき、一秒だけ「なんでだよ」と思ってから笑顔になる。

その一秒が純にとっての戦場だ。

ただ、顔に出さない。

十五年間、パーティーリーダーとして、仲間の前で「無理かも」という顔を封印し続けた。死にそうなときほど平静な顔をしてきた。リーダーが折れたら全員折れる。だから折れない顔をし続けた。

それが此処で「頼りになる人」に見えているだけで、中身は別にそんなことない。

今日も「例の件」を三秒で思い出せなくて、内心で焦った。

---

残業を終えて会社を出たのは、夜の九時過ぎだった。

スマートフォンが震えた。

「今日遅い? 駅で待ってるよ」

純は立ち止まった。

十五年間、毎晩思っていた。帰りたいと。この街に、この時間に、この人の隣に。

その気持ちだけで剣を握り続けた夜が、何百にちもあった。

なのに今、そのメッセージを見て最初に思ったことは、

(返信、なんて打てば...) だった。

高揚感とか、感慨とか、そういうものは全部すっ飛んで、ただただLINEの返し方がわからなかった。三十秒悩んで「今から行く」とだけ打った。我ながら情けない。

改札を出たら、緑のコートが似合う彼女が立っていた。純に気づいて顔を上げ、手を振って笑った。

「お疲れ。また残ってたんでしょ」

「まあ」

「顔、なんか変だよ。目、潤んでない?」

「潤んでない」

「潤んでるよ」

「潤んでないです」

「なんで急に敬語」

純は黙った。彼女は少し首を傾けて、それからくすっと笑って「ご飯食べて帰ろ」と言った。

二人は並んで歩き始めた。夜の街は明るかった。どこからか夕飯の匂いがした。風が少し冷たかった。

おそるおそる、彼女の腕をとった。

(帰ってきた。本当に、帰ってきた)

純はこっそり上を向いた。目が潤んでいないことを確認するために。

街灯が眩しくにじんだ。

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JJ

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