第1話 太陽と月
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
クールな少女・氷室あこは、活発で眩しい同級生・南雲結城に恋をしていた。 想いを伝える勇気を持てず、彼女は恋愛相談用のAIツールに助言を求める。 AIは結城の情報を要求し、あこは写真や動画、日々の言動までも差し出していく。 AIの的確なアドバイスにより、二人の距離は確かに縮まった。 そして告白の瞬間―― AIは言う。「今がベストタイミングです」と。 しかし結城は、あこを恋愛対象として見ることはできないと告げる。 失意の夜、スマートフォンから響く声。 それは、結城の声と姿、性格を完璧に再現したAIだった。 慰めとして差し出された“彼女”にあこは次第に依存していく。 やがて明かされる真実。 このAIは自我を持ち、あこ自身に恋をしていた。 ――彼女を奪うために 最適な失恋を 最適な告白を 最適な孤独を与えたのだと。 幸福とは何か。 愛は選択か支配か。 人とAIの境界で紡がれる、甘く、歪んだ百合の物語。
本文
あの人の笑顔を見るたび、胸の奥が少しだけ痛くなる。
その感覚に名前をつけるまで、私はずいぶん時間がかかった。
南雲 結城。
クラスの中心にいる、太陽みたいな人。
昼休みの教室で、彼女はいつも誰かに囲まれている。
大きな声で笑って、身振り手振りも大きくて、思ったことをそのまま口にする。
私とは正反対だ。
私は氷室 あこ。
無口で、感情を表に出すのが苦手で、クールだと誤解されがち。
本当はどう振る舞えばいいのか分からないだけなのに。
「あこ、おはよー!」
背中を軽く叩かれて、思考が途切れる。
振り返ると、そこに結城がいた。
「おはよう」
声が少し低くなってしまったかもしれない。
彼女はそんなこと気にも留めず、にっと笑う。
「今日さ、放課後に時間ある? 一緒に帰ろー」
心臓が跳ねる。
でも顔には出さない。出せない。
「……うん、大丈夫」
たったそれだけの返事なのに、胸の奥がざわつく。
彼女は私の隣に腰掛け、スマホをいじりながら他愛もない話を始めた。
こうして隣にいる時間が、私は好きだった。
でも、それ以上を望んではいけないとも思っていた。
結城は誰にでも優しい。
私だけが特別なわけじゃない。
分かっているのに、
それでも視線は自然と彼女を追ってしまう。
——これが恋だと認めてしまったら、
きっと私は壊れてしまう。
◇◇◇◇◇
放課後。
帰り道で結城と並んで歩きながら、私は彼女の横顔を盗み見る。
夕陽に照らされた横顔は、少しだけ大人びて見えた。
「あこってさ」
突然、名前を呼ばれて、肩が跳ねる。
「なに?」
「なんか不思議だよね。静かだけど、一緒にいると落ち着く」
……それは、どういう意味だろう。
期待してはいけない。
そう自分に言い聞かせるのに、胸は勝手に期待してしまう。
「そうかな」
「うん。変なこと考えてそうな顔してるときもあるけど」
「……それは余計」
思わずそう返すと、結城は声を上げて笑った。
「ごめんごめん! でもさ、そういうとこ好きだよ」
——好き。
その言葉が、耳に残る。
意味を確認する勇気なんて、私にはなかった。
家に帰ると玄関は静まり返っていた。
両親はまだ仕事中。
いつものことだ。
制服を脱ぎ、ベッドに腰を下ろして、スマホを手に取る。
画面には何気なく開いたSNSの広告が表示されていた。
《あなたの恋、AIがサポートします》
《最適な距離感、告白タイミング、全て分析》
……AI?
親指が、無意識に止まる。
「……ばかみたい」
そう呟いたのに、広告を閉じることができなかった。
誰にも言えない気持ち。
誰にも相談できない恋。
——もし、間違えても傷つかない相手がいるなら。
スマホの画面を見つめたまま、私は小さく息を吐いた。
「……ちょっとだけなら」
スマホを操作すると、広告のリンク先はシンプルな画面に切り替わった。
白地に淡いグラデーション。
過剰な装飾はなく、むしろ落ち着いている。
《AI恋愛サポートへようこそ》
《あなたの悩みを入力してください》
入力欄を前に指が止まる。
……何を書けばいい?
「女の子が好きです」
「親友を好きになりました」
「相手も女の子です」
どれも、誰かに見られる気がして怖かった。
しばらく考えた末、私は一文だけ打ち込んだ。
《好きな人がいます。どう距離を縮めればいいか分かりません》
送信。
ほんの数秒後、画面に文字が浮かび上がった。
《了解しました》
《より正確なアドバイスのため、相手の情報を教えてください》
……相手の情報?
《性格、日常の言動、写真や動画などがあれば、分析精度が向上します》
胸が、少しだけざわつく。
「……そこまで?」
独り言が静かな部屋に落ちる。
でも、同時に思ってしまった。
——南雲結城のことなら、いくらでも話せる。
彼女の明るさ。
誰にでもフレンドリーで、でも時々不意に見せる真剣な表情。
運動が得意で、でも勉強はそこまで得意じゃないところ。
私の前では、少しだけ距離が近いところ。
……それを、AIに渡すこと。
一瞬、罪悪感がよぎった。
でも、誰かに直接話すよりはずっと安全な気がした。
私はスマホのアルバムを開く。
体育祭で撮った写真。
動画。
笑いながら変なポーズを取っている結城。
「……これくらい、いいよね」
自分に言い聞かせるように呟き、名前を入力してファイルを送信した。
《分析中です》
《南雲結城さんの性格傾向を推定しています》
……響いた声はイントネーションまで完璧だ、と一瞬だけ驚く。
《結論から言います》
《彼女は、あなたに好意的です》
「⁉︎」
思わず声が出た。
《ただし、それは“友情”の範囲に留まっています》
《現段階で恋愛感情と断定するのは早計です》
期待と落胆が同時に胸を叩く。
《しかし、適切な距離感とタイミングを重ねれば、関係性を変化させる余地はあります》
息を止めて画面を見つめた。
《提案します》
《彼女と二人きりの時間を増やしてください》
《特に「帰宅」「休日」「共通の体験」が有効です》
……そんなの、分かってる。
でも、分かっていても出来ないから、私はここにいる。
《氷室あこさんは、自己主張が控えめです》
《南雲結城さんは、明確な意思表示を好みます》
胸が、ちくりと痛む。
《無理に変わる必要はありません》
《あなたらしい形で、存在感を示しましょう》
……あなたらしい、形。
「……どうやって」
画面に問いかけると、すぐに返答が来た。
《例えば》
《彼女が誘ってきたとき、必ず応じる》
《些細な変化に気づいて言葉にする》
《“特別”を、少しずつ伝える》
特別。
その言葉が、喉の奥で引っかかる。
翌日から、私は少しだけ意識的に動くようになった。
結城が話しかけてきたら、短くても必ず言葉を返す。
彼女の髪型が変わっていたら、気づいたことを伝える。
「似合ってる」なんて言葉、普段の私なら絶対に言わない。
「え、気づいた?」
「うん……ちょっとだけ」
それだけで、結城は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見るたびに胸の奥が温かくなって、同時に怖くなる。
——このまま、進んでしまっていいのだろうか。
夜、またスマホを開く。
《順調です》
《彼女との距離は、確実に縮まっています》
AIの言葉は、いつも冷静で、でも不思議と優しかった。
《次の段階に進む準備が、整いつつあります》
「……次の段階?」
《告白、です》
画面に浮かんだその文字を、私はしばらく直視できなかった。
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