神のダンジョン〜最後に笑うのは〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【あらすじ】 人類未踏の地「神のダンジョン」の最深部九十九階。そこに到達した精鋭ギルド『蒼穹の翼』の二十名を待っていたのは、富でも名声でもなく、退屈した「神」の気まぐれな遊戯だった。 神は、他言無用の「個別の密命」を下す。最年少の少年カナエに与えられたのは、「一ヶ月間、誰も殺さずに生き残れ」という生存クエスト。しかし、同じギルドのアカには、「カナエを殺せ。できなければ死ぬ」という残酷な殺しの加護が与えられていた。。。
本文
第2話:狂いゆく信頼と最初の犠牲
「――はぁ、はぁ……っ! 殺してやる、カナエ……!」
アカの喉から漏れるのは、もはや言葉ではなく呪詛だった。 彼女の頭の中は、どろりとした黒い殺意で満たされている。最愛の婚約者が無残に弾け飛んだあの光景が、網膜に焼き付いて離れない。 「絶対に、あんたを逃がさない。この手で、ズタズタにして……!」 槍を握る手に力が入りすぎて、爪が手のひらに食い込み、血が滲んでいた。だが、その痛みすら今の彼女には、復讐心を燃やすための心地よい燃料にすぎなかった。
どれほど走っただろうか。 迷宮の分岐路でカナエの気配が完全に途絶えた。 「……チッ。どこへ消えたのよ、クソガキが……!」 アカが苛立ちを露わにして立ち止まった、その時。
「アカさん……そんなに殺気立って、どうしたんですか?」
背後から、場に似つかわしくない、おっとりとした声が響いた。 振り返ると、そこには水色の長髪を揺らした少女、ミズハが息を切らしながら立っていた。ギルド内でも随一の水魔法の使い手であり、いつも一歩引いてカナエを見守っていた少女だ。
「……ミズハ? あんた、私を追ってきたの?」
「はい。カナエ君が……あんなに悲しい顔をして逃げていったから」
ミズハの瞳には、カナエへの純粋な恋心が宿っていた。彼女にとって、カナエは守るべき大切な存在なのだ。
「悲しい顔? 笑わせないでよ! あいつは私の婚約者を……みんなの仲間を、あの不可解な魔法で殺したのよ!」
「違います、アカさん。カナエ君がそんなことをするはずありません。きっと、あの不気味な神様の仕業です。落ち着いて話をしましょう?」
ミズハが歩み寄り、アカの肩に手を置こうとする。 だが、アカはそれを乱暴に振り払った。
「神? 違うわ! 私の目の前で、あいつが手をかざした瞬間に彼は……! ミズハ、あんた、あいつを庇うつもり? なら、あんたも敵よ」
「アカさん……」
怒りに脳を焼かれたアカと、カナエを信じ続けるミズハ。 二人の言い分は決して交わることはなかった。 「もういい。話すだけ無駄だわ」 アカは苛立ちを隠さず、再び壁を蹴って歩き出した。ミズハは困り顔をしながらも、「待ってください」とその背中を追いかけた。
一方、カナエは闇の中を狂ったように走り続けていた。
(なんで、なんで、なんで……!?) 頭の中がグチャグチャだった。 自分は何もしていない。ただ風の壁でみんなを守ろうとしただけだ。なのに、次の瞬間には、大好きだったギルドメンバーの仲間が血を噴き出して死んでいた。
走り続けるカナエの脳裏に、数日前の幸せな記憶がフラッシュバックする。
『――カナエ、お前ももっと食えよ!』
『あはは、カナエは小食だもんね』
焚き火を囲み、アカとその婚約者と三人で笑いながら食べた干し肉の味。 あの時、婚約者の男はカナエの肩を叩き、照れくさそうに言ったのだ。
『なあカナエ。俺、アカと結婚しようと思ってるんだ。お前には一番に報告したくてさ』
『……! おめでとうございます! 絶対、最高に幸せになってくださいね!』
その輝かしい笑顔。 幸せの絶頂にいたはずの彼。
――その笑顔が、神の歪んだ嘲笑と重なる。
――自分に突き立てられた剣。
――爆発する肉体。
――「あんたを殺してやる」と叫んだ、アカの形相。
「う、あああああああッ!!!」
あまりのショックに吐き気がこみ上げる。
(整理できない。わからない。でも、ここにいたら……殺される) 今の彼は、現実から逃げることしかできなかった。一秒でも早く、この地獄のようなダンジョンの外へ。カナエは地上への階段を求め、がむしゃらに駆け上がった。
「アカさん、本当にもう一度だけ考え直して――」
背後から聞こえ続けるミズハの穏やかな声。 それが、今のアカには神経を逆なでする不快なノイズにしか聞こえなかった。 (うるさい。うるさいうるさいうるさい……!)
自分が死ぬほど苦しんでいるのに、なぜこの女はそんなに落ち着いていられる? なぜ、あの人を殺した「怪物」を信じられる?
アカの中で、何かが音を立てて千切れた。
「……ミズハ」 「はい、アカさ――」
ミズハが微笑みを浮かべた次の瞬間。 アカの槍が、ミズハの細い喉を深く貫いていた。
「あ……が……?」 ミズハの瞳に、困惑が広がる。 アカは槍を引き抜くと、倒れ込む彼女の体に、何度も、何度も、無心で刃を突き立てた。 もはや、そこに理性は存在しない。 ただ、自分の激情をぶつけるための「肉の塊」が欲しかっただけだ。
血溜まりの中に沈んだミズハの死体を冷ややかに見下ろし、アカは顔についた返り血を拭った。
その時。 ダンジョン全体を震わせるように、あの神の楽しげな声が響き渡った。
『アハハハハ! 素晴らしい! やっぱり人間はこうでなくっちゃ!』
生き残ったメンバーたちの脳内に、神の「最新情報」が直接届けられる。
『あ、そうだ。いいお知らせだよ。ターゲットのカナエ君だけど……。 おめでとう。彼は今、ダンジョンの外に出たよ』
アカの瞳が、獲物を見つけた獣のようにギラリと輝いた。
【残り:十六名】
(第2話・完)