その剣は、あなたのものではありません(Claude使用)
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あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - その剣は、あなたのものではありません(Claude使用)
本文
薔薇祭の夜、わたしは剣を抜いた。
相手は第一王子殿下。聖女候補の選定式を翌日に控えた、舞踏会の真っ只中で。
……さすがに会場が凍りついた。
解説しよう。
エルゼ・ヴァインという名の女が一人いる。神殿附き剣士、二十二歳。正式な肩書きは《祈剣の番人》――要するに、聖域の守護剣を磨き、運び、儀式のたびに飾り台へ置く係である。地味もいいところだ。
父は辺境の軽騎士、母は薬草師。貴族ではあるが末端中の末端。舞踏会への招待状は、毎年来るには来るが、壁際の花として立って帰るのが慣例と化している。それでも来るのは、守護剣の管理者として同席が義務だからだ。
その守護剣を、今夜、第一王子殿下ご自身が「拝借する」と仰せになった。
「儀式前日の剣を動かすことはできません」
エルゼは微笑んだ。礼儀正しく、完璧に。
「できません、ではなく、しなさい」
殿下も微笑んでいた。周囲が笑いを堪えているのが気配でわかる。
だからエルゼは剣を抜いた。鞘から守護剣を、ではない。自分の腰から、護身用の細身の剣を。切っ先を殿下へ向けて、まっすぐに。
会場が音を失った。
「これが、わたしの返答です」
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第一王子レオナルド殿下、二十六歳。金の髪、灰青の眼、宮廷で最も美しいと謳われる顔に、宮廷で最も油断ならないと囁かれる頭脳を持つ人物。婚約者は六ヶ月前に解消、次の相手は翌日の聖女選定を経て決まる――というのが今夜の舞踏会の、表向きの空気だった。
「おもしろい」
殿下は剣先を一本指で横へ押しのけた。軽く、まるで枝を払うように。
「神殿は、その剣士を選んだ理由が少しわかった気がする」
「光栄の限りです」
エルゼは剣を収めた。頭を下げた。膝はまっすぐ伸ばしたまま。
翌朝、神殿から呼び出しが来た。
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大神官の顔色は悪かった。
「エルゼ、あなたは明日の選定式まで、殿下の護衛を務めなさい」
肺の空気が、すっと抜けた。
護衛。わたしが。殿下の。
「……それは神殿の判断ですか」
「殿下の、ご指名です」
胸の奥でかちり、と何かが嚙み合う音がした。いやな音だ。昨夜、剣先を指で払った時の、あの笑みを思い出す。
これは罰ではない。遊びだ。
だが断れない。義務だ。エルゼは礼を述べ、踵を返した。背中に大神官の溜め息が落ちてくる。声は低く、独り言のようだった。
「……くれぐれも、選ばれないようにしなさい」
エルゼは立ち止まらなかった。
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殿下はひどく、あけすけな人だった。
謁見室ではなく中庭で待っていて、侍従を全員下がらせていて、石段に腰掛けて薄い本を読んでいた。エルゼが近づくと本を閉じ、まず足元を見て、それから顔を見た。
「昨夜と同じ剣だ」
「護身用ですので、常に携帯しています」
「守護剣は」
「儀式室に。今日の当番に引き継ぎました」
「真面目だな」
「お褒めに与り光栄です」
殿下は少し黙った。エルゼも黙った。中庭の噴水が、のんきな音を立てている。
「聖女候補たちの名前を知っているか」
「はい」
「誰が選ばれると思う」
「わたしには判断できません」
「答えろ」
エルゼは殿下をまっすぐ見た。
「エリーザ・フォン・クライツ候補が最有力かと。家格、魔力、所作。三つとも申し分ない」
「おまえは」
「わたしは候補ではありません」
「知っている」殿下は立ち上がった。目線が上から来る。「だから聞いた」
その返答の意味が、エルゼには一瞬わからなかった。
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護衛の一日は、奇妙なほど穏やかだった。
殿下は各所への挨拶回りに出向き、エルゼは半歩後ろを歩いた。誰もエルゼを見なかった。見ても、目をそらした。剣士の礼装は地味だ。王子の隣に立つ人間としては、あまりに場違いで、だから逆に透明になれる。
昼過ぎ、貴族の令嬢が三人、殿下を囲んだ。クライツ候補もいた。
端整な顔に端整な笑みを浮かべて、三人は殿下に翌日の選定式への期待を語った。殿下はそれぞれに過不足のない返答を返した。完璧な温度だった。誰にも一グラム多く与えない、宮廷の体温。
その間、エルゼは三人の後ろを見ていた。柱の陰に、見慣れない顔が二つ。他国の貴族章。
三人が去り、殿下が振り返った。
「柱」
「はい。四分前から。ずっとクライツ候補を見ていました」
殿下の眼が細くなった。
「昨夜、おまえが剣を抜いた理由がわかった気がする」
「番人の本分です」
今度は少し長い沈黙だった。
「……おまえが守るのは、剣だけか」
エルゼは答えなかった。答えられなかった、というほうが正確だ。声が、うまく出てこなかった。
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夜、選定式の前夜祭で、事件が起きた。
クライツ候補が、石畳で足を滑らせた。
転落先は、噴水の縁。頭からぶつかれば、縁石で――
エルゼの身体は、考えるより先に動いていた。
どっ、という衝撃。令嬢を抱えて石畳に転がる。背中から落ちた。息が詰まる。令嬢は無事だ。肘が切れた。たいしたことはない。
立ち上がろうとして、腕を掴まれた。
「動くな」
低い声。殿下だった。膝をついて、エルゼの背中に手を当てている。侍従が走り来る気配。令嬢が泣いている声。人が集まってくる気配。
そのどれよりも近く、殿下がいた。
「怪我は」
「軽傷です」
「見せろ」
「問題ありません」
「見せろと言っている」
有無を言わさない声だった。エルゼは肘を差し出した。殿下は侍従からハンカチを受け取り、自分の手で傷を押さえた。白い布に赤が滲む。
会場の視線が全部こちらを向いていた。
エルゼはそれが、ひどく居心地悪かった。わたしは透明でいるべきなのに、と思った。こんなところで、こんなふうに見られるべきではない、と。
「……殿下、お立場が」
「うるさい」
短く、きっぱりと。
ぼん、と頭のどこかで何かが音を立てた。
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翌朝、選定式が始まった。
エルゼは守護剣を抱えて壇上の脇に立っていた。昨日と打って変わった、本来の立場。半歩後ろではなく、儀式の一部として。
聖女選定は粛々と進んだ。クライツ候補が進み出た。守護剣が淡く光る。会場が息を呑む。
エルゼは剣を捧げ持ちながら、正面を見ていた。殿下はいちばん前の席に座って、儀式を見ていた。こちらは見ていなかった。
よかった、とエルゼは思った。
これが正しい。殿下には相応しい人が選ばれる。自分は守護剣を戻して、明日からまた壁際に立てばいい。そういうものだ。そういうことだった。
守護剣が、強く光った。
クライツ候補が選ばれた。
会場が拍手に包まれた。
エルゼは守護剣を台座に戻し、深く頭を下げた。役目が終わった。
振り返らずに退場しようとして。
「エルゼ・ヴァイン」
声が飛んできた。
殿下だった。立ち上がっていた。
会場が、またも静まり返った。
「薔薇祭の夜、おまえが剣を抜いたのは、守護剣を守るためか」
エルゼは止まった。
「……はい」
「嘘をつくな」
呼吸が、うまくできなくなった。
「おまえが剣を抜いたのは、守護剣ではなく――わたしが、儀式を歪めようとしていると判断したからだろう」
沈黙。
「第一王子が守護剣を舞踏会に持ち込めば、選定は操作できる。おまえはそれを止めた。聖女を、わたしの政略から守るために」
言葉が、出てこない。
殿下は続けた。声は静かで、まっすぐで、宮廷の体温ではなかった。
「大神官は正しかった。おまえは確かに、選ばれてはいけない人間だ。わたしの隣に立てば、必ずわたしを裏切ることになるから」
エルゼは唇を噛んだ。
「だが」
殿下が歩いてくる。
「わたしが欲しいのは、わたしを裏切れる人間だ」
会場がどよめいた。エルゼの心拍が、どこかおかしな速さになった。
「選定は終わった。聖女は決まった」殿下は目の前まで来て、止まった。「次は、わたしの番だ」
手が差し出された。
エルゼはその手を見た。それから顔を見た。灰青の眼が、まっすぐこちらだけを見ていた。
「エルゼ・ヴァイン。今度は、わたしを守れ。ずっと」
……。
長い沈黙の後、エルゼは口を開いた。
「……条件があります」
「言え」
「わたしが剣を抜いたとき、文句を言わないこと」
殿下は一瞬だけ黙って、それから笑った。ちゃんと笑った。宮廷の微笑みではない、どこか困ったような、本物の顔で。
「……交渉成立だ」
エルゼはその手を取った。
会場がまた、音を失った。今度は違う種類の沈黙だった。
守護剣が台座の上で、もう一度だけ、ひっそりと光った。
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