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その剣は、あなたのものではありません(Claude使用)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/13 📚 シリーズ: 異世界恋愛ショートドラマ 📝 3,305文字 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界恋愛ショートドラマ - その剣は、あなたのものではありません(Claude使用)

本文

薔薇祭の夜、わたしは剣を抜いた。

 相手は第一王子殿下。聖女候補の選定式を翌日に控えた、舞踏会の真っ只中で。

 ……さすがに会場が凍りついた。

 解説しよう。

 エルゼ・ヴァインという名の女が一人いる。神殿附き剣士、二十二歳。正式な肩書きは《祈剣の番人》――要するに、聖域の守護剣を磨き、運び、儀式のたびに飾り台へ置く係である。地味もいいところだ。

 父は辺境の軽騎士、母は薬草師。貴族ではあるが末端中の末端。舞踏会への招待状は、毎年来るには来るが、壁際の花として立って帰るのが慣例と化している。それでも来るのは、守護剣の管理者として同席が義務だからだ。

 その守護剣を、今夜、第一王子殿下ご自身が「拝借する」と仰せになった。

「儀式前日の剣を動かすことはできません」

 エルゼは微笑んだ。礼儀正しく、完璧に。

「できません、ではなく、しなさい」

 殿下も微笑んでいた。周囲が笑いを堪えているのが気配でわかる。

 だからエルゼは剣を抜いた。鞘から守護剣を、ではない。自分の腰から、護身用の細身の剣を。切っ先を殿下へ向けて、まっすぐに。

 会場が音を失った。

「これが、わたしの返答です」

---

 第一王子レオナルド殿下、二十六歳。金の髪、灰青の眼、宮廷で最も美しいと謳われる顔に、宮廷で最も油断ならないと囁かれる頭脳を持つ人物。婚約者は六ヶ月前に解消、次の相手は翌日の聖女選定を経て決まる――というのが今夜の舞踏会の、表向きの空気だった。

「おもしろい」

 殿下は剣先を一本指で横へ押しのけた。軽く、まるで枝を払うように。

「神殿は、その剣士を選んだ理由が少しわかった気がする」

「光栄の限りです」

 エルゼは剣を収めた。頭を下げた。膝はまっすぐ伸ばしたまま。

 翌朝、神殿から呼び出しが来た。

---

 大神官の顔色は悪かった。

「エルゼ、あなたは明日の選定式まで、殿下の護衛を務めなさい」

 肺の空気が、すっと抜けた。

 護衛。わたしが。殿下の。

「……それは神殿の判断ですか」

「殿下の、ご指名です」

 胸の奥でかちり、と何かが嚙み合う音がした。いやな音だ。昨夜、剣先を指で払った時の、あの笑みを思い出す。

 これは罰ではない。遊びだ。

 だが断れない。義務だ。エルゼは礼を述べ、踵を返した。背中に大神官の溜め息が落ちてくる。声は低く、独り言のようだった。

「……くれぐれも、選ばれないようにしなさい」

 エルゼは立ち止まらなかった。

---

 殿下はひどく、あけすけな人だった。

 謁見室ではなく中庭で待っていて、侍従を全員下がらせていて、石段に腰掛けて薄い本を読んでいた。エルゼが近づくと本を閉じ、まず足元を見て、それから顔を見た。

「昨夜と同じ剣だ」

「護身用ですので、常に携帯しています」

「守護剣は」

「儀式室に。今日の当番に引き継ぎました」

「真面目だな」

「お褒めに与り光栄です」

 殿下は少し黙った。エルゼも黙った。中庭の噴水が、のんきな音を立てている。

「聖女候補たちの名前を知っているか」

「はい」

「誰が選ばれると思う」

「わたしには判断できません」

「答えろ」

 エルゼは殿下をまっすぐ見た。

「エリーザ・フォン・クライツ候補が最有力かと。家格、魔力、所作。三つとも申し分ない」

「おまえは」

「わたしは候補ではありません」

「知っている」殿下は立ち上がった。目線が上から来る。「だから聞いた」

 その返答の意味が、エルゼには一瞬わからなかった。

---

 護衛の一日は、奇妙なほど穏やかだった。

 殿下は各所への挨拶回りに出向き、エルゼは半歩後ろを歩いた。誰もエルゼを見なかった。見ても、目をそらした。剣士の礼装は地味だ。王子の隣に立つ人間としては、あまりに場違いで、だから逆に透明になれる。

 昼過ぎ、貴族の令嬢が三人、殿下を囲んだ。クライツ候補もいた。

 端整な顔に端整な笑みを浮かべて、三人は殿下に翌日の選定式への期待を語った。殿下はそれぞれに過不足のない返答を返した。完璧な温度だった。誰にも一グラム多く与えない、宮廷の体温。

 その間、エルゼは三人の後ろを見ていた。柱の陰に、見慣れない顔が二つ。他国の貴族章。

 三人が去り、殿下が振り返った。

「柱」

「はい。四分前から。ずっとクライツ候補を見ていました」

 殿下の眼が細くなった。

「昨夜、おまえが剣を抜いた理由がわかった気がする」

「番人の本分です」

 今度は少し長い沈黙だった。

「……おまえが守るのは、剣だけか」

 エルゼは答えなかった。答えられなかった、というほうが正確だ。声が、うまく出てこなかった。

---

 夜、選定式の前夜祭で、事件が起きた。

 クライツ候補が、石畳で足を滑らせた。

 転落先は、噴水の縁。頭からぶつかれば、縁石で――

 エルゼの身体は、考えるより先に動いていた。

 どっ、という衝撃。令嬢を抱えて石畳に転がる。背中から落ちた。息が詰まる。令嬢は無事だ。肘が切れた。たいしたことはない。

 立ち上がろうとして、腕を掴まれた。

「動くな」

 低い声。殿下だった。膝をついて、エルゼの背中に手を当てている。侍従が走り来る気配。令嬢が泣いている声。人が集まってくる気配。

 そのどれよりも近く、殿下がいた。

「怪我は」

「軽傷です」

「見せろ」

「問題ありません」

「見せろと言っている」

 有無を言わさない声だった。エルゼは肘を差し出した。殿下は侍従からハンカチを受け取り、自分の手で傷を押さえた。白い布に赤が滲む。

 会場の視線が全部こちらを向いていた。

 エルゼはそれが、ひどく居心地悪かった。わたしは透明でいるべきなのに、と思った。こんなところで、こんなふうに見られるべきではない、と。

「……殿下、お立場が」

「うるさい」

 短く、きっぱりと。

 ぼん、と頭のどこかで何かが音を立てた。

---

 翌朝、選定式が始まった。

 エルゼは守護剣を抱えて壇上の脇に立っていた。昨日と打って変わった、本来の立場。半歩後ろではなく、儀式の一部として。

 聖女選定は粛々と進んだ。クライツ候補が進み出た。守護剣が淡く光る。会場が息を呑む。

 エルゼは剣を捧げ持ちながら、正面を見ていた。殿下はいちばん前の席に座って、儀式を見ていた。こちらは見ていなかった。

 よかった、とエルゼは思った。

 これが正しい。殿下には相応しい人が選ばれる。自分は守護剣を戻して、明日からまた壁際に立てばいい。そういうものだ。そういうことだった。

 守護剣が、強く光った。

 クライツ候補が選ばれた。

 会場が拍手に包まれた。

 エルゼは守護剣を台座に戻し、深く頭を下げた。役目が終わった。

 振り返らずに退場しようとして。

「エルゼ・ヴァイン」

 声が飛んできた。

 殿下だった。立ち上がっていた。

 会場が、またも静まり返った。

「薔薇祭の夜、おまえが剣を抜いたのは、守護剣を守るためか」

 エルゼは止まった。

「……はい」

「嘘をつくな」

 呼吸が、うまくできなくなった。

「おまえが剣を抜いたのは、守護剣ではなく――わたしが、儀式を歪めようとしていると判断したからだろう」

 沈黙。

「第一王子が守護剣を舞踏会に持ち込めば、選定は操作できる。おまえはそれを止めた。聖女を、わたしの政略から守るために」

 言葉が、出てこない。

 殿下は続けた。声は静かで、まっすぐで、宮廷の体温ではなかった。

「大神官は正しかった。おまえは確かに、選ばれてはいけない人間だ。わたしの隣に立てば、必ずわたしを裏切ることになるから」

 エルゼは唇を噛んだ。

「だが」

 殿下が歩いてくる。

「わたしが欲しいのは、わたしを裏切れる人間だ」

 会場がどよめいた。エルゼの心拍が、どこかおかしな速さになった。

「選定は終わった。聖女は決まった」殿下は目の前まで来て、止まった。「次は、わたしの番だ」

 手が差し出された。

 エルゼはその手を見た。それから顔を見た。灰青の眼が、まっすぐこちらだけを見ていた。

「エルゼ・ヴァイン。今度は、わたしを守れ。ずっと」

 ……。

 長い沈黙の後、エルゼは口を開いた。

「……条件があります」

「言え」

「わたしが剣を抜いたとき、文句を言わないこと」

 殿下は一瞬だけ黙って、それから笑った。ちゃんと笑った。宮廷の微笑みではない、どこか困ったような、本物の顔で。

「……交渉成立だ」

 エルゼはその手を取った。

 会場がまた、音を失った。今度は違う種類の沈黙だった。

 守護剣が台座の上で、もう一度だけ、ひっそりと光った。

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うえはらゆうり

うえはらゆうり

日経ダブルベアで大損し続ける逆張り地獄

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