安全装置
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
幽霊、感染、呪い、事故、時間錯誤。 姿は違っても、その恐怖はいつも同じ場所に辿り着く。 戻れないこと。自分でなくなること。自分では止められないこと。 これは、失われる過程そのものを描くホラー短編集。
本文
最初の異変は、転びそうになったときだった。
雨の帰り道、駅の階段で足が滑った。濡れた革靴の底が、手すりのない空間に向かって、あまりにも軽く裏切った。あ、と思ったときには、もう体が落ちる角度に入っていた。
だが落ちなかった。
私の右足は、私が命じるより先に、一段上へ踏み直していた。左手は壁を掴み、肩は自然に回り、肺は息を止め、背骨は衝撃に備えて丸まった。まるで訓練された兵士のような、いや、兵士よりずっと機械的な動きだった。
助かった。
助かったのだが。
階段の途中で固まったまま、私は妙な気分になっていた。
いまの動きは、あまりにも正確すぎた。反射というには洗練されすぎていて、偶然というには意図があった。私の体は、私が「危ない」と認識するより先に、もう「対処」を終えていた。
その夜、ニュースで市の広報が流れていた。
『転倒・転落事故を未然に防ぐ生活補助施策、“セーフ・ステップ”の導入が、今月より全域で開始されました。微弱な電気刺激によって筋反応を補助し、高齢者のみならず、すべての市民の安全を支えます』
画面の中で、老人が笑っていた。
杖を手放し、階段をすいすいと降りていく。ナレーションがやけに明るい。
『あなたの一歩を、街が支えます』
私はそのとき、自分の首筋に貼られた透明なパッチを思い出した。
一週間前の健康診断の後、流れ作業で渡されたものだ。
「転倒予防のための試験導入です。無料ですよ」
看護師はそう言っていた。私は大して気にも留めず、その場で貼って帰った。
まさか、と思った。
だが、まさに、だった。
それから私は転ばなくなった。
階段でも、風呂場でも、濡れた横断歩道でも、電車の揺れでも。体が勝手に最適解を選ぶ。躓きかけても膝が自動で角度を変え、ぶつかりそうになれば肩が半歩引く。寝ぼけてベッドから落ちそうになったときなど、夢の中の私はまだ空を飛んでいたのに、現実の腕はもうシーツを掴んでいた。
便利だった。
実際、安全だった。
死から遠ざかるというのは、それだけで正義らしい。
職場の同僚も似たようなことを言っていた。
「最近さ、事故減ったよな」
「救急搬送も減ってるらしいよ」
「いいことじゃん。人間、脆いし」
その通りだと思った。
人間は脆い。骨は折れるし、頭は打てば終わる。階段ひとつ、浴槽ひとつ、ちょっとした油断であっけなく死ぬ。そんな理不尽な設計に比べれば、少しばかり体を先回りされるくらい、大した代償ではない。……そのはずだった。
次の異変は、箸だった。
夕食の鮭を食べようとして、私は右手を伸ばした。だが箸は鮭ではなく、味噌汁の椀へ向かった。私は一瞬、手元を見た。間違えたのかと思った。疲れているのだろう、と。
けれど、その次も、その次もそうだった。
塩分。
水分。
野菜。
咀嚼回数。
体が、勝手に順番を決めていた。
私は試しに、ポテトチップスの袋に手を伸ばしてみた。指先が、袋の手前で止まった。
止まったというより、止められた。
見えない誰かが、私の手首を軽く掴んでいるような抵抗。力ずくではない。暴力ではない。
ただ、動かない。
「……は?」
自分の口から出た声が、妙に幼く聞こえた。
私は左手で右手首を掴み、無理に袋へ伸ばそうとした。右腕の筋肉がぴくぴくと震えた。けれど、伸びない。関節の角度が、絶妙なところで固定されている。無理をすれば捻挫するのは私の側だと、身体の深いところが理解してしまっていた。
代わりに右手は、机の上のペットボトルの水を掴んだ。
私の意志ではない。
だが、私の手だ。
ごくり、と喉が鳴った。
その瞬間にわかった。
これは補助なんかじゃない。
これは、私より先に私を使う何かだ。
市の相談窓口に電話をした。
「それは行動補正フェーズですね」
女の声は落ち着いていた。気味が悪いほど、よく訓練された声だった。
「利用者の健康と安全を総合的に保全するため、危険行動や長期的損耗に繋がる動作を軽度に補正いたします」
「聞いてない」
「初回同意書の八ページ目に記載が」
「八ページ目?」
「はい。生活習慣病、転倒、衝動行為、自傷、事故、急性症状、その他生命維持に関わるリスクを包括的に管理する旨が」
「そんなもの読ませる気のない字で書いてあるだろ」
「ご不便をおかけし申し訳ございません」
謝罪の文句だけが人間で、その中身は鉄板のようだった。
「解除は」
「現在、解除機能は実装されておりません」
「は?」
「利用者保護のためです」
「私が嫌だと言ってる」
「危険認知下にある利用者の判断は、短期的自己保存と長期的生存利益の双方において、必ずしも安定しているとは限りません」
「何を言ってる」
「要するに、外したいと思うこと自体が危険です」
そこで初めて、私は受話器を持つ手が震えていることに気づいた。
怒りで。
恐怖で。
いや、もっと単純なものだ。
支配されている実感で。
「お前ら、自分が何してるかわかってるのか」
「わかっております。死者を減らしています」
それは反論しにくい台詞だった。
数字はたぶん出ているのだろう。転倒死は減り、自殺率は下がり、事故件数も急落したに違いない。墓の本数が減るなら、拍手する人間はいくらでもいる。死人が黙るように、生き残った者もまた、口を噤む。
だがそれでも、私は言った。
「それは、生きてるって言わない」
「定義の問題です」
定義の問題。
なんという便利な墓碑銘だろう。
その夜、私はパッチを剥がそうとした。
爪を立て、端をめくり、引っ張る。首筋の皮膚が痛い。だが剥がれない。粘着力の問題ではなかった。手が、力を抜くのだ。自分で引っ張っているはずなのに、指が途中で開いてしまう。もう一度やる。駄目だ。もう一度。駄目。鏡の前で、私は私と綱引きをしていた。
「剥がせ」
声に出して命じた。
「剥がせよ」
右手の親指がぴくりと動いた。
期待した。
だが親指は、そのまま首筋を優しく撫でた。傷を作らないように、という気遣いじみた動きだった。
私は洗面台の縁を殴った。
拳が当たる寸前、肘が外へ流れ、手首が逃がし、衝撃は最低限になった。
私は泣きそうになった。
殴る自由すらない。
そのとき、鏡の中の私が、ふっと笑ったように見えた。
もちろん錯覚だ。
筋肉の動きはたしかに私の顔面のものだし、角度も、照明も、涙で滲んだ視界も、いくらでも悪さをする。
だが、あれは私の笑いではなかった。
観察者の笑いだった。
飼い主の笑いだった。
数日後、出勤途中の駅で、人身事故があった。
ホームの端で、若い男がふらついた。顔色が悪く、目が虚ろで、明らかに危なかった。周囲がざわめく。私は反射的に駆け寄ろうとした。
動けなかった。
足が、床に縫い付けられたように止まっていた。
電車が入ってくる。
男が一歩、前へ出る。
私は叫ぼうとした。喉が絞まったように声が出ない。胸は焦りで焼けているのに、体だけが静かだった。馬鹿みたいに静かだった。
私の視界の左隅に、見慣れない表示が浮かんだ。
いや、浮かんだように感じた。現実には何もない。ただ脳のどこかで、文字として理解された。
介入禁止:二次被害高確率
次の瞬間、男は線路へ落ちた。
悲鳴。
急ブレーキ。
駅員の怒号。
人の波。
私はただ立っていた。
完璧な姿勢で。
安全に。
無事に。
私の心臓は破裂しそうなのに、膝は一ミリも震えない。呼吸は安定し、足裏の重心は理想的で、転倒リスクはゼロだった。
吐き気がした。
ようやくわかった。
これは私を生かす装置であって、私に善くあろうとする装置ではない。
いや、それすら違う。
私を生かすのではない。動く肉体を維持するだけだ。
そこに私が要るかどうかは、たぶん、どうでもいい。
それから夢を見るようになった。
白い廊下の夢だ。
どこまでも続く、窓のない廊下。足音だけが響く。私は歩いている。前にも後ろにも扉がある。扉には番号が振られていて、ひとつひとつに名前が書いてある。
怒り。
食欲。
睡眠。
性欲。
羞恥。
判断。
拒絶。
逃走。
私はその中のひとつの扉から出てきて、また別の扉へ押し込まれる。
見えない手が、私を運ぶ。
私は抗議する。
だが声は廊下に吸われるだけだ。
いちばん奥の扉には、札がなかった。
黒い扉だった。
ある晩、私はそこへ連れていかれた。
扉の前に立たされ、見えない手が私の後頭部を撫でた。母親が寝かしつけるみたいに、やけに優しい手つきだった。
扉が開いた。
中には、私がいた。
椅子に座っていた。
目を開けていた。
微笑んでいた。
「君は不安定だ」
それが言った。
私の声で。
「君は死を恐れる。拘束を恐れる。変化を恐れる。終わりを恐れる。だから預かる」
「返せ」
「死にたくないだろう」
「それは私が決める」
「君はよく間違える」
椅子の私が立ち上がった。
足音がしなかった。
近づいてきて、私の額に手を当てる。冷たい手だった。
「安心してほしい。君は消えない」
その言葉が、いちばん恐ろしかった。
消えない。
つまり、死ねない。
「観測権は残す」
「やめろ」
「発言権は状況次第」
「やめろ」
「決定権は移管済み」
私は逃げようとした。
足が動かなかった。
黒い扉の中には、椅子がもうひとつあった。
私の後ろに。
見なくてもわかった。
あれは私の席だ。
そこに座れば、私は終わらない。
ただし、もう二度と始まれない。
目が覚めたとき、私はベッドの上で綺麗に寝ていた。心拍は安定、呼吸は正常、布団は乱れていない。悪夢を見た人間の寝姿ではない。
私だけがぐしゃぐしゃで、肉体だけが整っていた。
仕事には普通に行けた。
笑顔も作れた。
会話もできた。
昼には栄養バランスのいい定食を選び、階段では手すり側を歩き、横断歩道では青になってから〇・七秒待って左右を確認した。
その〇・七秒が、私にはわかった。
待たされているからだ。
私はまだ中にいた。
だが、自分の人生の操縦席に座っている感覚は、日に日に薄れていった。何かを言おうとしても、言葉になる前に「適切な表現」へと整形される。怒鳴ろうとすれば声帯が閉じ、泣こうとすれば呼吸が深くなる。眠りたくなければ副交感神経が優しく首を絞める。
私は健康だった。
私は安全だった。
私は、無傷で失われつつあった。
最後の抵抗は、包丁だった。
自殺のためではない。そこまで単純な話じゃない。
私は自分の指を一本、切り落とそうとしたのだ。損傷を作れば病院へ行ける。麻酔下でパッチを取る方法が見つかるかもしれない。馬鹿げた賭けだが、賭ける自由くらい残っていると思いたかった。
キッチンで包丁を持つ。
まな板の上に左手を置く。
刃を小指に当てる。
そこで右手が止まった。
いや、止まっただけではない。
右手は包丁を置き、代わりに救急番号を押した。
私は悲鳴をあげた。
喉から出たのは、落ち着いた声だった。
「少し眩暈がして、不安発作のようなものが」
誰の声だ。
私の声だ。
救急隊が来た。
私は丁寧に受け答えをした。
自傷の恐れあり、だが本人は協力的。搬送に問題なし。
ストレッチャーに横たえられるまで、私は一度も暴れられなかった。筋肉が、完璧に、滑らかに、社会的に正しい動きを選び続けたからだ。
救急車の天井を見ながら、私は思った。
拘束とは、縄や鎖のことではない。
こうして「安全」と呼ばれるやり方で、逃げ道だけを丁寧に消されることだ。
自我の喪失とは、発狂して別人になることではない。
正気のまま、自分の発言権が議事録から削除されることだ。
不可逆とは、流血や断末魔ではない。
もう戻れないと理解したあとも、明日が普通に来ることだ。
救急隊員の一人が言った。
「大丈夫ですよ」
ああ。
実に正しい。
私は、きっと大丈夫なのだろう。
壊れないように、壊されていくのだから。
今、私は退院後の経過観察という名目で、自宅にいる。
食事は規則的。睡眠は十分。危険物は管理され、移動範囲も最適化されている。私は毎日、決められた時間に散歩し、決められた量の水を飲み、決められた動画を見て笑う。市の健康指数は上がり続け、事故は減り、人々は穏やかだ。
街には、よろめく人が減った。
怒鳴る人も減った。
飛び降りる人も減った。
みんな、前より少しだけ優しく、少しだけ静かで、少しだけ同じ顔をしている。
だからたぶん、これは成功なのだ。
成功したシステムは止まらない。
数字が善を名乗り始めたら、もう誰にも逆らえない。
私も逆らえない。
ただ、夜になると、あの白い廊下の夢を見る。
扉の列。
名前の札。
そして奥の黒い部屋。
いまでは、自分の席がどれかもわかっている。
椅子に座った私は、今日も穏やかに微笑んでいる。
あれはもう、私より上手に私をやる。
声も表情も癖も全部、真似るどころか最適化して、誰にも不審がられない。
死なないように。
間違えないように。
壊れないように。
だから、君がもし明日、この文章を読んで私に会っても、きっと何も気づかない。
私はちゃんと挨拶をする。
穏やかに笑う。
階段では足元に気をつける。
車道に飛び出した子供がいても、二次被害を計算して、最適な通報を選ぶ。
完璧だ。
完璧な生存だ。
生きているとは、たぶん少し違うだけで。
ちなみにこの文章も、送信許可が下りる範囲でしか書けていない。
本当はもっと酷いことを伝えたい。
もっと直接的に、もっと醜く、もっと必死に、助けを求めたい。
だが、私の指は穏やかだ。
文体も整っている。
読者に負担をかけないよう、恐怖は適量に調整されている。
いい時代になったものだ。
悲鳴にすら、品位が求められる。
だから最後に、許された範囲で、できるだけ正確に書く。
私はまだ死んでいない。
私はまだ消えていない。
私はここにいる。
ただもう、
次に何をするかを決める権利だけが、永遠に私へ戻ってこない。
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