配信中⁉(一)の表紙画像

配信中⁉(一)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/10 📚 シリーズ: 貴方へ ~もう一つのラブレター~ 📝 4,946文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一話完結・オムニバス(長めの物語)

本文

配信中⁉(一)

チャンネル登録者数、現在0人。

佐藤純が YouTuber になったのは、会社が潰れたからだ。

潰れた、と書くと何か純の責任のように聞こえるが、全く関係ない。純が勤めていた広告代理店の映像部門は、社長の投資の失敗と、副社長のモラハラと、経理部長の横領という三重苦によって見事に沈んだ。純はただ、その船に乗り合わせていただけだ。

「巻き込まれ体質にもほどがある」

と妻に言われたが、反論できなかった。

失業保険が出ている間に何かしなければ、と純が思ったのは自然なことだった。幸い、会社から持ち帰ってよかった機材が数台ある。一眼レフが三台、小型のビデオカメラが四台、三脚やらレンズやらその他諸々。

倉庫に眠っていたものを、会社清算の際に社長が「持っていけ、どうせ売っても二束三文だ」と言ったので、ありがたく頂戴した。

「これで動画撮って、YouTubeで稼ぐ」

純が宣言した日、妻は味噌汁をすすりながら

「へえ」と言った。

「へえって何だよ」

「いや、頑張って」

「もうちょっと応援のトーンを上げてくれない?」

「チャンネル登録した」

「ゼロが一になっただけじゃないか」

それから三ヶ月。登録者数は妻の一から増えなかった。正確には、妻の友人が一人登録してくれたので二になったが、その友人は翌週退会した。理由は不明だ。純はその件について深く考えないことにした。

純の動画のジャンルは「街歩き」だった。

カメラを持って近所を歩き、「ここのラーメン屋が美味い」とか「この路地が好きだ」とか話すやつだ。

編集の腕は確かだった。映像は綺麗だった。声もそれほど悪くない。ただ、致命的につまらなかった。

「何がいけないんだろう」

と純が悩んでいたある日曜日の午後、妻が「写真撮って」と言った。

「なんで」

「友達に送りたいの。ちゃんとしたやつ」

「ちゃんとしたやつって何だよ」

「スマホじゃなくてカメラで撮ったやつ」

純はしぶしぶ一眼レフを構えた。

妻がリビングの窓際に立って、少し笑った。光の具合がちょうどよかった。純はファインダーを覗いて、シャッターに指をかけた。

「はいチーズ」

その声が空気に溶けた瞬間、

世界が割れた。

---

気づいたら、空が三色だった。

赤と黄と、あと名前のわからない色。例えるなら、光そのものが固まったような、見ていると目の奥がむず痒くなる色。その三色が層になって広がっていて、ゆっくりと流れていた。

純はしばらくそれを見上げていた。

カメラはまだ手に持っていた。肩のバッグも、三脚も、小型ビデオカメラの入ったケースも、なぜか全部ある。

月が二つ出ていた。昼間なのに。

片方は青白く、もう片方はうっすら橙色で、微妙に距離を取りながら並んで浮いていた。どちらも、ほんの少しずつ呼吸するように明滅していた。

「……妻?」いなかった。

純は立っていた場所を確認した。草原だった。草の色が青かった。しかも風に揺れるたびに、青から紫へとグラデーションのように色が変わる。

地平線の向こうに山が見えた。

赤と緑と紫が縞々になっていて、しかも縞がゆっくりと動いていた。地層というより、山そのものが呼吸しているようだった。ところどころ、光る霧が山肌から立ち上っている。

近くに川があった。

流れる方向がおかしかった。水が下から上に向かって流れていた。しかも水の中に、小さな光の粒が混じっていて、それが逆流に逆らうように時々下へ落ちていた。

「……なんか、めちゃくちゃだな」純は深呼吸をした。

プロとして言えることは一つだった。

「……映像的には、すごくいい」

---

最初の三日は、食べ物探しと睡眠と恐怖で終わった。

四日目に魔物と遭遇した。

最初は狼だった。だが背中から炎が噴き出していた。炎は燃えているのに熱を感じない。代わりに、近づくと空気が歪んで、視界が波打った。

純は全力で逃げて、木に登って、一時間動けなかった。

その木には実がなっていた。透明で、内部に小さな雷が走っているような果実だった。空腹に耐えきれず一つ食べたら、口の中で弾けて炭酸のような刺激が広がった。味は梨だった。

「なんで梨なんだよ……」

その翌日、別の魔物に遭遇した。

空を泳ぐ魚だった。鱗が鏡のように光っていて、純の姿を歪ませて映しながら群れで移動していた。一匹が近づいてきて、純の顔の前で停止し、じっと見つめてきた。

純も見返した。

五秒くらい見つめ合ったあと、魚は満足したように去っていった。

「……何だったんだ今の」

さらに数日後。

地面から生えている影のような存在に追いかけられた。影なのに立体で、踏むと柔らかく、踏んだ瞬間に別の場所から生えてきた。

純は全力で逃げた。

そのあと、震える手でビデオカメラのスイッチを入れた。

「撮っておかないと、もったいないな」

カメラマンとしての本能は、恐怖より強かった。

---

魔法が使えるとわかったのは、一ヶ月後だった。

焚き火をおこそうとして石を打ち合わせていたら、手のひらから火花が出た。純は三十秒ほど自分の手を眺めてから、

「便利じゃないか」と言った。それだけだった。

だが、本当に驚いたのは機材のほうだった。

ある朝、目を覚ますと一眼レフカメラが宙に浮いていた。

レンズがゆっくり回転して、純の顔にピントを合わせた。

純は草を払いながら起き上がり、カメラと正面から向き合った。

「……お前、自分で動いてるのか?」

カメラが、上下に動いた。

「……返事すんな」

その日から、カメラたちは勝手に動き始めた。

純が歩けば先回りして景色を撮り、面白いものがあれば飛んで行って接写した。炎の狼の群れに接近しすぎて丸焦げになったカメラが、翌朝ぴかぴかで戻ってきたときは、さすがに

「お前なあ」

と言ったが、カメラは気にしていなかった。

撮影した映像は全て、純のスマホに届いた。

スマホは充電しなくても動いていた。

純は一週間様子を見てから「魔法か」と言った。魔法だった。

しかもカメラたちは、純の知らない場所にも行っていた。

極彩色の山の内部。光る霧の源。逆流する川のさらに上流。空を泳ぐ巨大な影の正体。

純はある夜、スマホのアルバムを見て、

「お前ら、俺より行動力あるな」と呟いた。

カメラは三台、横並びで浮いていた。何となく誇らしげに見えた。

---

十五年が過ぎた。

純はこの世界の地形を、おそらく誰よりも詳しく知っていた。

どの山にどの色の魔物がいるか。どの草原にどんな異常現象が起きるか。空の色が変わる時間帯。二つの月が重なる夜にだけ現れる光の湖。

全部、体で覚えた。 体は変わらなかった。

---

その日、純は新しい場所を見つけた。

高台の端から見下ろすと、光る平原が地平線まで続いていた。

大地そのものが青白く発光していて、三色の空と混ざり合い、現実感がなかった。

カメラがすでに飛び回って撮影していた。

純はスマホを取り出して、写真を撮ろうとした。

足元の石が、動いた。

「あ」

重心が外に流れた。

転がり落ちた瞬間、光があって、音がなくなった。

---

気づいたら、リビングにいた。

妻が窓際に立っていた。さっきと全く同じ角度で、全く同じ光の中で、全く同じ顔をして、純のカメラを見ていた。

「……純さん? どうしたの、急に固まって」

「…………」

「はいチーズって言ったのに、押してくれないじゃない」

「…………あ、ごめん」

純はシャッターを押した。妻が笑っている写真が、一枚撮れた。

時計を見た。純が「はいチーズ」と言ってから、十秒しか経っていなかった。

純は自分の手を見た。傷だらけだった。十五年分の傷が、全部そこにあった。服も、向こうで着ていたものになっていた。妻が訝しげに首を傾けた。

「なにその服」

「うん」

「着替えた? 一瞬で?」

「そういうわけじゃないんだけど」

バッグを確認した。一眼レフが一台と、小型ビデオカメラが一台。それだけだった。残りは全部、向こうに置いてきた。

その瞬間、スマホが震えた。

画面を見ると、映像が届いていた。純のいなくなった光る平原を、カメラが一台、低く飛びながら撮っていた。続いて別のカメラからの映像。逆流する川。極彩色の山脈。二つの月が重なる瞬間。機材たちは純がいなくなっても、何も変わらず働き続けていた。

純は画面を見つめながら、何とも言えない気持ちになった。

「……お前ら、俺のことより仕事好きだな」

「誰に言ってるの?」と妻が言った。

「……ちょっとパソコンつけてくれる?」

「え、今から? 夕飯前だよ?」

「一分だけ」

妻の部屋のパソコンを立ち上げると、そちらにも届いていた。フォルダが自動生成されて、ファイルが増え続けていた。十五年分の映像が、圧倒的な解像度で送られてくる。

妻が横から画面を覗き込んだ。

逆流する川が映っていた。青白い月と橙色の月が並んでいた。炎を背負った狼が草原を走っていた。極彩色の山が三色の夕空に溶けていた。

妻はしばらく無言だった。

「……これ、どこ?」

「異世界」

「は?」

「異世界。俺が十五年いたとこ」

妻はもう一度画面を見た。それから純を見た。それから純の手を見た。傷だらけの、十五年分の手を。それから再び画面を見た。

「……十五年?」

「こっちでは十秒だったみたいだけど」

「……十秒で十五年?」

「うん」

妻は少し考えてから言った。

「お腹空いた、夕飯にしよう」

「今その話する?」

「カレーが煮えてるの。冷めちゃう」

純は十五年ぶりのカレーを食べながら、少しずつ話した。妻はカレーを食べながら、時々「それで?」と言って聞いていた。純が魔法の話をすると「へえ」と言い、カメラが自律飛行を始めた話をすると「賢いね」と言い、十五年一人でいたと言うと「大変だったね」と言って、純のご飯を少しよそってくれた。

「歳取ってないの、なんで?」と妻が聞いた。

「わからない。あっちにいる間も変わらなかった」

「じゃあ私だけ歳取るじゃない」

「いや、全然変わってないよ。ほんとに」

「そういうこと言う人、信用しない」

「本当のことだって」

妻はカレーを一口食べて、「まあいいか」と言った。

---

翌週から、純はYouTubeに映像を上げ始めた。

顔は出さなかった。説明もしなかった。タイトルに「異世界の景色」とだけ書いて、機材から届いた映像をそのまま上げた。

一本目の動画が、一日で再生 百万を超えた。

コメント欄には「CGですか」「どこのロケ地」「月が二つある意味は」「逆流する川の仕組みを教えてほしい」「これ本物だったら人類史上最大の発見では」と書かれた。さらに「投稿者は宇宙人か」「いや政府の実験映像だ」「いや映画の宣伝だ」という謎の論争が始まり、コメント欄が戦場になった。

純と妻は並んでそれを読んで、声を上げて笑った。

「宇宙人扱いされてる」と純が言った。

「まあ否定はできないよね」と妻が言った。

「できるよ」

「でも地球人でもないじゃない、十五年も異世界にいたんだから」

「俺は地球人だ」

「ふうん」妻は納得していなかった。

登録者数は一週間で百万を超えた。一ヶ月で五百万になった。スポンサーの問い合わせが来た。テレビ局から取材の依頼が来た。純は全部断った。顔も出さず、場所も言わず、ただ映像だけを上げ続けた。

カメラたちは今日も向こうで働いていた。純のスマホには、朝起きると夜のうちに撮影された映像が山ほど届いている。二つの月の下で光る湖。空を泳ぐ魚の群れ。極彩色の山が嵐に削られていく様子。純の知らない場所に、カメラたちは一人で出かけていた。

「お前ら、俺より行動力あるな」

純が呟くと、妻が「そりゃそうでしょ」と言った。

「なんで」と純が聞くと、「だって純さん、カレー食べる前に帰ってきたんでしょ」と言った。

「それは俺のせいじゃない」

「わかってる」と妻は笑った。

純のチャンネルの登録者数は、今も増え続けていた。

そして純はまだ知らなかった。

向こうで今も飛び回るカメラたちが、データを送るだけでなく、逆方向にも何かを流していることを。YouTubeにアップロードされた映像が、なぜか異世界にも届いていることを。純の知らないどこかで、二つの月の下で、誰かが画面を覗き込んでいることを。

そしてそのコメント欄に、見たこともない文字で何かが書き込まれていることを。

純はまだ、何も知らなかった。

----

配信中⁉(二) 〜窓口、開通 | 小説投稿サイト「あいぺん」

ジャンル・タグ

, , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 42 👍 いいね: 2 📚 本棚登録: 0

作者について

JJ

JJ

👥 フォロワー: 6人

作者ページを見る