配信中⁉(二)〜窓口、開通
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一話完結・オムニバス(長めの物語)自由に色々書いています
本文
配信中⁉(一) | 小説投稿サイト「あいぺん」
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配信中⁉(二) 〜窓口、開通
朝起きたら、カメラが二台、宙に浮いていた。
天井から三十センチほど下、でもなく、床から百センチほど上、でもなく、どちらかといえば純の目線に合わせたような高さで、ただ浮いていた。ホコリ一つ動かないくらい静かに。
純はしばらくそれを見てから、顔を洗いに行った。
戻ってきてもまだ浮いていた。
一台が純の顔にレンズを向けた。ピントを合わせる音がして、シャッターが切れた。
「寝起きを撮るな」
カメラは気にしなかった。異世界でも気にしなかった。十五年経っても気にしなかった。こっちに戻ってきても気にしなかった。一貫していた。
妻がリビングに顔を出した。浮いているカメラを一秒見た。「あ、浮いてる」と言って台所に戻った。トーストが焼けたチンという音がした。
食卓についた。窓から朝の光が入っていた。カメラが一台、音もなくすべるようにテーブルに近づいてきて、トーストを接写し始めた。レンズがトーストの表面五センチまで迫った。
「トースト撮ってどうすんだ」
カメラは気にしなかった。
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食後、純はソファに座ってスマホを見た。
YouTubeの通知が来ていた。コメント欄に、見たことのない文字が一行だけ書かれていた。記号でも絵文字でもない、光の屈折のような形をした文字列だった。
翻訳にかけた。
*準備ができました。*
純はしばらくその五文字を見た。
「何の準備だ」と返した。
三秒で返ってきた。
*全部です。*
「全部って何だ」
*地球の全部です。*
純の隣に妻が座ってきた。コーヒーを両手で持って、画面を覗き込んだ。湯気が純の顔にかかった。
「全部って何?」
「わからん」
「聞いてみれば」
「聞いた」
「なんて」
「地球の全部だって」
妻がコーヒーを一口飲んだ。窓の外を一秒見て、また画面に目を戻した。「スケール大きいね」
「大きいな」
また通知が来た。画面を見ると一行だけ増えていた。
*窓口をお願いしたいです。報酬はお支払いします。*
純は「報酬」という単語を三回読んだ。声に出さずに三回読んだ。
「受ける」
「早いね」
「無職なんで」
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その夜、地球が変わり始めた。
最初に気づいたのはニュースだった。
世界中で同時に停電が三秒起きた。純の家のテレビも消えた。冷蔵庫も止まった。妻が「あ」と言った瞬間に全部戻った。
それだけだった。
だが翌日から、電力会社の計器がおかしくなった。消費電力がゼロを示していた。全国で、世界中で、同じことが起きていた。
機器の誤作動だと思われた。
一週間経っても直らなかった。電気代の請求がゼロになった。世界中でゼロになった。
電力がただになっていた。
テレビでは専門家が五人呼ばれて全員同時に喋っていた。「原因不明」「機器の誤作動」「太陽風の影響」「神の御業」「宇宙人の仕業」と、五人が五つの答えを同時に主張していた。司会者が困った顔をしていた。
純のスマホにコメントが来た。
*エネルギーの件、終わりました。*
純は画面とテレビを交互に見た。
「早くないか」と返した。
*そうですか。少し手間取りました。*
テレビでは専門家が六人になっていた。増えていた。
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三日後の朝、病院のコンピューターが世界中で同時に再起動した。
再起動後、全患者のカルテに文字が書き加えられていた。治療法が書いてあった。それまで治療法のなかった病気も、原因不明とされていた病気も、全部。どこの病院でも、どの国でも、誰も打ち込んでいない文字が、夜のうちに追記されていた。
医師たちが混乱した。
試した。
効いた。
ニュースが爆発した。テレビの専門家が十人になった。スタジオに入りきらなかった。廊下から顔だけ出している専門家が二人いた。司会者が泣いていた。理由は不明だった。
純のスマホにコメントが来た。
*医療の件、終わりました。少し古いデータがあって手間取りました。*
純は画面を見て、テレビを見た。廊下の専門家が押されて画面から消えた。
「また手間取ったって言ってる」
「手間取って三日なんだ」と妻はテレビを見ながら言った。
「らしいな」
二人でしばらくテレビを見た。司会者がまだ泣いていた。
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一週間後、戦争をしていた地域で両軍の兵器が同時に動かなくなった。
引き金を引いても何も起きなかった。爆弾のスイッチを押しても何も起きなかった。戦闘機のエンジンがかからなかった。潜水艦が浮上したまま沈まなくなった。
双方が停戦した。理由は「戦えなくなったから」。
ニュースが爆発した。また爆発した。まだ爆発し続けていた。
純のスマホにコメントが来た。
*あれは少し迷いました。*
純は「迷ったのか」と返した。
*地球のやり方に干渉していいか迷いました。ただ、長く見ていて限界でした。*
純はしばらくその文章を見た。
妻が横から読んだ。コーヒーカップを両手で持ったまま、少し黙った。
「ずっと見てたんだもんね」と妻が窓の外を見ながら言った。
「そうだな」
「そりゃ限界にもなるか」
テレビではアナウンサーが原稿を読みながら泣いていた。ニュース番組なのに泣いていた。ディレクターが止めなかった。
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純のチャンネルの登録者数が三日で十億を超えた。
宇宙からコメントが来た。
*佐藤 純さん、正式に窓口担当者としてご契約をお願いしたいです。報酬は別途お支払いします。地球側の窓口として、政府機関とも連携していただけますか。*
純は画面を見た。妻を呼んだ。
妻が画面を読んだ。
「政府って、どこの」
「日本だろ、たぶん」
「連絡したことあるの」
「ない」
「じゃあしてみれば」
純は内閣府のホームページを検索した。問い合わせ番号に電話した。
「はい、内閣府でございます」
「宇宙文明から窓口担当に指定されたんですが」
四秒、沈黙。
「……少々お待ちください」
クラシックが流れた。八分後に声が低い別の人間が出た。
「先ほどのお話ですが、もう少し詳しく」
「宇宙文明が地球に色々届けるそうです。私がその窓口になりました。政府と連携してほしいと言われています」
六秒、沈黙。
「……確認して折り返します」電話が切れた。
「政府、困ってるね」
「困ってるな」
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三日後、スーツが二人玄関に来た。純は扉を開けた。
「先日ご連絡いただいた件で、一度お話をお聞かせ願えますか」
「取材はお断りしています」
扉を閉めた。
翌日また来た。今度は三人だった。
純はインターホン越しに「お断りします」と言った。
それから数日後、また電話が来た。声が最初より低くなっていた。
「佐藤様、一度だけお時間をいただけますでしょうか。窓口の件、正式にお願いしたく」
「受けます。多少報酬をください」「無職なんで」
「は、はい。ご希望の金額を」
純は金額を言った。
電話の向こうで十秒、何も音がしなかった。息をしているのかもわからなかった。
「……わかりました」
電話が切れた。
妻が「いくらにしたの」
純が言った。
妻が指で桁を数えた。「合ってる」
「家賃、払える」
「何十年分も」
「とりあえず今月分払う」
「もうちょっと大きく考えて」
純は少し考えた。天井を見た。また考えた。
「来月分も払う」
「少し大きくなった」
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スーツが五人来た。全員が同時に名刺を出した。純は五枚受け取った。全部役職が違った。全部長かった。
カメラが二台、五人の頭上に音もなく浮いた。
五人が同時に背筋を伸ばした。
妻がお茶とクッキーを持ってきた。一人が「いただきます」と言って食べた。サクッと音がした。「おいしいです」
純のスマホが震えた。
画面を見ると一行来ていた。
*クッキー、また食べましたね。*
「また、って言ってる」
「さっき、私、食べたの見てたんだね」と妻が笑った。
スーツの一人が「今も見てるんですか」と言った。声が少し上ずっていた。
「見てます」と純は答えた。
五人が背筋をさらに伸ばした。これ以上伸びない限界まで伸びた。一人が名刺を落とした。拾おうとして前に傾けなかった。背筋が伸びすぎていた。名刺が床に落ちたまま会議が続いた。
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ある夜、純は窓の外を見た。
街が変わっていた。
音が減っていた。空気の質が違った。排気の匂いがしなかった。夜なのに空が少し明るかった。星が見えた。以前は見えなかった星が、いくつか見えた。
一ヶ月前と同じ窓から同じ方向を見ているはずだった。
スマホを取り出した。
*見てますか。*と打った。
画面の向こうで、宇宙のどこかで、誰かがそれを読んだ。
*見ています。今日の夕飯、何でしたか。*
「カレー」と返した。
*また?*
「好きなんだよ」
しばらくして返信が来た。
*私たちの星には食べ物がないので毎回気になります。いつか食べてみたいです。*
純はその文章を読んで、少し考えた。特に深く考えたわけではなかった。ただ、なんとなく打った。
*来ればいいじゃないですか。カレー作ります。*
送ってから、長い間があった。
宇宙規模の間があった。
*……本当ですか。*
純は妻を呼んだ。「向こうにカレー作るって言った」
妻がリビングに来た。「何人来るの」
「計算するって言ってる」
しばらくして返信が来た。
*計算しました。*
純は画面を見た。妻が横から覗き込んだ。
二人で画面を見た。
「……単位が違う」と純は言った。
「何の単位」
「わからん」
「多いの」
「わからん」
妻がしばらく画面を見た。「多そうだね」と言った。
また返信が来た。
*食べられないので安心してください。カレーの映像だけ見たいです。*
純は「食べられないらしい」と妻に言った。
「じゃあ何しに来るの」
「映像を見に」
「それだけ?」
「そういうことらしい」
妻は少し考えてから「じゃあ鍋は普通のでいいか」台所に戻っていった。
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当日、純はカレーを作った。
玉ねぎを切ると目に染みた。十五年異世界にいても、玉ねぎは目に染みた。純は目を細めながら切り続けた。
妻がフライパンで玉ねぎを炒めた。甘い匂いがキッチンに広がった。
カメラが二台、鍋の真上に浮いて、ぴたりと停止した。湯気がレンズにかかった。カメラは動かなかった。湯気ごと撮っていた。
「近い」
カメラは気にしなかった。
豚小間を入れた。ルーを溶かした。グツグツと煮えてきた。カレーの匂いがリビングまで広がった。
純のスマホが震え始めた。
通知が来ていた。一件ではなかった。次々と来ていた。コメント欄が埋まっていた。全部、見たことのない文字だった。翻訳にかけると全部違う言語だった。でも全部、意味は同じだった。
*おいしそうです。*
*本当においしそうです。*
*こんなものが存在するとは。*
*何千年も地球を見てきたが、これは特別です。*
*隣の者もおいしそうと言っています。*
*全員がおいしそうと言っています。*
純は画面を妻に見せた。
「大騒ぎしてる」
妻がカレーをかき混ぜながら画面を一瞥した。
「何千年ぶりに大騒ぎなのかな」
「だろうな」
「カレーで良かった」
「そうだな」
カレーが煮えた。
妻が二人分よそった。湯気が立っていた。カメラが一台、コレール皿の真上に来て、湯気と一緒にカレーを接写した。
二人で食卓についた。食べた。
おいしかった。
スマホが震え続けていた。テーブルの上で振動しながら、画面に通知が増え続けていた。純は気にしなかった。カレーがおいしかった。
「おかわりする?」
するかどうか考えていたら、スマホに通知が来た。
*もう一杯食べてください。*
純はおかわりをした。
妻が「向こうに言われたからでしょ」と言った。
「おいしいから食べる」
「でも言われてからだったじゃない」
純は何も言わなかった。
カレーがおいしかった。
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チャンネル登録者数は、十億を超えてまだ増え続けていた。
地球は何段階も上に変わっていた。空気が変わった。街が変わった。夜空の星が増えた。
向こうはまだカレーの映像を見ていた。
コメントが来た。
*来週も作りますか。*
純は妻を見た。妻がカレーを一口食べた。
「来週も作る?」と純が聞いた。
「カレー、好きだからね」
純はコメントに返した。
*作ります。*
一秒で返ってきた。
*待っています。*
カメラが二台、並んで浮いていた。録画ランプが赤く光っていた。
今日も、どこかへ届いていた。
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