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第146話:【帰還】故郷の丘、リュウガの涙

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あらすじ

物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第146話:【帰還】故郷の丘、リュウガの涙

本文

3日目の朝。

 アークの甲板に立つと、空気が違った。乾いた砂の匂いが消え、湿った土と草の香りが風に混じっている。カオスゾーンでもサハラでもない。もっと柔らかくて、もっと懐かしい匂い。

「……王国の空気だ」

 リュウガが隣で呟いた。甲板の手すりを握る指が白い。

 地平線の色が変わっていた。荒野の灰色が終わり、丘陵が緑の波を描いている。Gaiaの再定義で植生の回復が進んでいるのだろう。でも、この緑は再定義だけの力じゃない。人の手が入っている。畑の跡。水路の痕跡。誰かが耕し、誰かが水を引いた証拠。

「あれ——」

 丘の向こうに、白い壁が見えた。

 朝陽を受けて淡く輝く城壁。その上に翻る旗——蒼と銀。

「アステリアですわ」

 オーボエの声が静かだった。いつもの高飛車な響きがない。

『アステリア王都、確認だお。城門まで残り4キロ。……エリー、帰ってきたんだお』

 ファーファの声も、少しだけ震えていた。それにしても、感情豊かな器用な機械だわ……。

 キャラバン10台が丘を登っていく。車輪が緑の草を踏む音が妙に大きく聞こえた。誰も喋らない。シスターズも、カイルの部隊も、ヴォルフもリディアも——全員が前を見ていた。

 丘の頂上に出た。

 眼下にアステリアの全景が広がった。白い城壁に囲まれた街。中央の王宮。市場の屋根。学院の尖塔。あの工房がある通り。あの広場。あの——

「あそこ……ボクたちが初めて戦った広場だよ」

 コルネが小さく言った。

「あの尖塔の下で、ユーフィがド派手にすっ転んだのよね」

「ちょっとクララ! 今、それ言う!?」

「屋根の修理、3回やり直したわね」

 チェロが静かに笑った。

「テューバが緊張で広場の石畳を割ったのもあの辺りですわ」

「ヴィオラ姉様……それは言わないでぇ……」

 テューバが顔を赤くして俯く。

 一つ一つの景色に、記憶がある。この街で私たちは出会い、戦い、壊し、直してきた。どれだけ遠くまで行っても、ここが始まりの場所だった。

 リュウガの足が、止まった。

 丘の頂上。アークの甲板ではなく、いつの間にか地面に降りていた。緑の草の上に立ち、白い城壁を見下ろしている。風が彼の髪を攫う。

「リュウガ?」

 声をかけた。返事がない。

 横に回り込んで、顔を見た。

 ——泣いていた。

 声もなく、表情も変えず、ただ涙だけが頬を伝っている。

「……二千年前のデータがある。この丘から、オリジナルの俺が旅に出た記録。アリスが死んだ記録。世界が壊れていく記録——全部、データとして知っている。体験じゃない。記憶でもない。ただの情報だ」

 風が吹いた。草が波打つ。

「それでも、この景色を見たら——止められない。俺はレプリカだ。あの日ここに立った本物じゃない。なのに——」

 ばん、と。

 私はリュウガの背中を思いっきり叩いた。

「っ——!?」

「レプリカだから何よ!!」

「……いや、俺は——」

「データだろうが記憶だろうが、今ここで泣いてるのはあなたでしょ。オリジナルがどうとか、レプリカがどうとか——そんなの知らないわよ。私が旅してきたのは、目の前のあなたとでしょうが!!」

「……だが、俺はオリジナルの経験を——」

 まだ言うか、この男は。

 襟を掴んで引き寄せた。唇を塞いだ。

 丘の上、朝陽の中。たぶん5秒。たぶん10秒。知らない。

 離れた時、リュウガの顔が真っ赤だった。二千年分のデータベースが全部フリーズしたみたいな顔。

「——はい、おしまい。感傷は終わり。帰るわよ」

「…………了解」

 初めて見た。この人が、一言も反論できない顔。

 鼻水は——まだ出てた。袖で拭いてあげた。乱暴に。

 2人で丘を降り始めた。

 城門が開いた。

 遠くからでも分かった。白い城壁の大門が左右に開き、その内側から——人が溢れ出してきた。

『エリー……城門前に、すごい数の人が集まってるんだお。熱源反応……数えきれないお』

「数えきれないって、ファーファが?」

『だって本当に多いんだもん! 推定30000人以上だお! 城門から市場通りまでびっしりだお!』

 城門から伸びる街道だけじゃない。城壁の上にも、市場の屋根にも、学院の窓からも——街中の人間が溢れ出していた。そしてその先頭に——

 銀髪が、朝陽の中で輝いた。

 蒼いドレスに白い手袋。22歳の公爵令嬢——いや、今はこの王国を束ねる救済連合の長。

「——遅いのよ、エリー!」

 セーラの声が風に乗って丘の上まで届いた。

 涙声だった。

「遅いのよ……ッ! どれだけ待ったと思ってるの……!」

 走ってくる。ドレスの裾を踏みそうになりながら、公爵令嬢にあるまじき全力疾走で。

「セーラ——」

 私も走った。丘を駆け降り、草を蹴り、街道の石畳を踏んで。

 ぶつかるように抱き合った。セーラの身体は細くて、震えていた。

「ばか……っ、通信じゃ全然足りなかった……!」

「ごめん。ちょっと遠回りしてたの」

「ちょっとじゃないでしょ……! 世界半周してきたくせに……!」

 セーラが泣きながら笑った。私も笑った。泣いてたかもしれない。よく分からない。

 街道の両脇から、歓声が上がった。

 30000人の声が重なる。拍手が鳴る。子供たちが旗を振っている。手作りの蒼と銀の旗。その中に「おかえり」と書かれた看板が見えた。

 キャラバンが城門をくぐった。

 そして——広場に出た瞬間、目を疑った。

 人、人、人。

 中央広場を何重にも取り囲む群衆。屋根の上。バルコニー。噴水の縁。木の枝にまでしがみついている子供たち。見渡す限りの人の波が、こちらを見ている。

「ちょ……ちょっと待って、何これ……!?」

 目が回る。サソリ3000体より兵馬俑5000体より圧倒的な物量。こっちのほうがよっぽど怖い。戦えない。修理できない。

「エリー様ー!」

「おかえりー!」

「修理屋さーん!」

 四方八方から飛んでくる声と手と旗。キャラバンが進めない。人の壁だ。

「か、カイル! 道が……!」

「……俺の砲座でも、これは退かせられないな」

 カイルが苦笑した。初めて見る顔だった。

 シスターズがアークから次々と飛び降りる。コルネが拳を突き上げ、ユーフィが手を振り、ボーンが「ただいまですわー!」と絶叫した。チェロが静かに微笑み、オルガが目を細め、テューバがおどおどと手を振り返した。

 ルーテが無言で頭を下げ、ハープが周囲をそっと見回し、ヴィオラが「データ上は感動的な光景ね」と呟き、クララが全てを記録していた。オーボエはハルバードを肩に担いだまま、ほんの少しだけ——口角が上がっていた。

 セフィラがアークの甲板に立ち、赤い瞳で群衆を見下ろしている。表情は変わらない。でも振動剣の柄を握る手が、ほんの少しだけ緩んでいた。

 ピッコが白衣の裾を整えながらタラップを降り、群衆の歓声に「騒がしいですわね」と眉をひそめた。でも、胸ポケットにはソフィアの手紙が入っている。

 ヴォルフがリディアの手を引いてタラップを降り、カイルの部隊が整列して敬礼する。

 リュウガが最後に丘を降りてきた。

 群衆がざわめいた。

「管理者だ」

「あの人が」

「リュウガ様……」

 彼は何も言わず、まっすぐに歩いた。群衆の間を抜け、セーラの前に立ち——深く、頭を下げた。

「——遅くなった」

 二千年分の「ただいま」だった。

 セーラが涙を拭い、背筋を伸ばした。公爵令嬢の顔に戻る。

「王都アステリアは、あなたたちの帰還を歓迎します。——おかえりなさい、エリー。リュウガ。そして——皆さん」

 30000人の拍手が、空に響いた。

 帰ってきた。

 世界を半周して、壊れたものを直し、直し方を教え、種を蒔いて——帰ってきた。

「——ただいま」

 私の声は、思ったより小さかった。でも、隣のリュウガにも、目の前のセーラにも、後ろのシスターズにも、ちゃんと届いた。

 キャラバン10台が広場を抜けていく。車輪が白い石畳を踏む音が、30000人の歓声に溶けていった。

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ざつ

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