第148話:【帰工】止まっていた時計
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第148話:【帰工】止まっていた時計
本文
報告会は、思ったより淡々と終わった。
王宮の会議室。セーラと数名の文官、カイル、そして私とリュウガ。シスターズは「会議は退屈ですわー」というボーンの一言で全員が広場に遊びに行った。ピッコだけが記録係として残り、ファーファが補足データを投影する形式。
Gaiaの再定義の経緯。カオスゾーンの現状。検疫要塞の通信ハブ化。クロノスの自治。帝国の再建。万里の長城の書き換え。南北の守り人。メロディの歌。ゼロたちの名前。
全部、話した。
セーラは一度も口を挟まなかった。文官たちがペンを走らせる音だけが響く。最後にセーラが目を閉じ、ゆっくり開いて言った。
「——ありがとう。全て記録します。この報告書は、各地に配布して共有するわ」
「ピッコの通信網があるから、データ送信で済むわよ」
「紙でも残すの。通信が途切れた時のために。……あなたが教えてくれたでしょ。バックアップは二重にって」
——いつの間に、この子はこんなに大人になったんだろう。いや、昔からかなり大人びたお嬢様だったなぁ。
報告会の後、セーラが馬車を手配してくれた。王都から領地までは馬車で半日。
「全員で行くの?」
「当然でしょう!」
オーボエが当たり前のように答える。結局、シスターズ全員、セフィラ、ピッコ、リュウガ、ヴォルフ、リディア。馬車3台の大所帯。カイルの部隊だけは王都に残り、セーラの護衛と治安維持を引き継いだ。
「カイル、ありがとう。……あなたがいなかったら、帰って来れなかった」
「俺は運転手と砲手をやっただけだ」
カイルが敬礼した。いつもの堅い顔。でも、目が笑っていた。
「また壊れたら呼べ。護衛くらいはする」
「壊れる前に来なさいよ。点検って言うの」
「……バルガスと同じことを言うな」
馬車が王都を出た。
街道を南へ。丘陵が続き、畑が広がり、小さな村を通り過ぎる。Gaiaの再定義で植生が変わった場所もあるが、この辺りはほとんど以前のままだ。セーラの領地は王都から離れている分、戦争の影響も少なかったのだろう。
午後の陽が傾き始めた頃、見覚えのある丘が見えてきた。
丘の上に、小さな屋根。
「……あれ」
石造りの壁。木製の扉。煙突。裏庭に伸びた雑草。そして——小さな看板。
馬車を降りた。足が、勝手に速くなる。
看板の前に立った。木製。ペンキが剥げかけている。
『アルテミシア修理工房』
おじいちゃんが彫った文字。私が色を塗った看板。雨と風で色褪せたけど、文字はまだ読める。
鍵を出した。ポケットの中でずっと持ち歩いていた真鍮の鍵。サハラの砂嵐にも、カオスゾーンの夜襲にも、兵馬俑の戦場にも——ずっと一緒だった。
鍵穴に差し込む。回す。かちり、と小さな音。
扉を押した。
埃の匂いが、押し寄せてきた。
薄暗い室内。窓から差し込む夕陽が、浮遊する埃の粒子を金色に照らしている。作業台の上には、出発前に途中まで分解していた歯車式時計が置きっぱなしだった。工具が散らばり、設計図が壁に貼られたまま。おじいちゃんの本棚。おじいちゃんの椅子。おじいちゃんの虫眼鏡。
全部、あの日のままだ。
壁の時計が止まっていた。私が出発した日の、午前7時32分。あの朝、工具箱を掴んで飛び出した時刻。
「……止まってる」
当たり前だ。ゼンマイを巻く人がいなかったんだから。
作業台に近づいた。指で埃を拭うと、木目が現れる。傷だらけの天板。ハンダの焦げ跡。スパナで付けた凹み。全部、私の歴史。おじいちゃんから受け継いだ歴史。
後ろで、シスターズたちが扉の外に立っていた。誰も入ってこない。
「……入っていいわよ」
「いいの?」
コルネが小さく聞いた。
「ここはボクたちの工房でもあるんだよ。ボクたちを作ってくれた場所だもん」
「……そうね。そうだった」
この作業台で、チェロを調整した。オルガの関節を直した。コルネの大剣を研いだ。11人全員の、始まりの場所。
シスターズが一人ずつ、静かに入ってきた。チェロが本棚を見上げ、オルガが壁の設計図に触れ、テューバが作業椅子をそっと撫でた。
ピッコが工房の奥を見回した。
「……ここで、リュウガのナノマシンボディを最初に診断したのですわね」
「そう。あの時は何も分からなくて、ただ診断プローブを突っ込んで——」
「無茶苦茶ですわ」
「無茶苦茶で助かったんでしょうが」
ピッコが小さく笑った。
リュウガが壁際に立っていた。おじいちゃんの本棚を見つめている。
「……エリーの祖父の蔵書か。物理学、機械工学、材料力学——2000年前の知識体系が、ちゃんと受け継がれている」
「おじいちゃんは変人だったから。こんな辺境で、誰にも理解されない本を集めて、私に読ませて」
「変人が世界を救った」
「……それ、おじいちゃんが聞いたら泣くわよ」
歯車式時計を手に取った。第三歯車が欠けている。出発前に研磨しかけて、やめたやつ。
工具箱を開けた。旅の間ずっと使い込んだスパナ、ハンダごて、診断プローブ。蓋の裏には、サハラで拾った銀色の花の押し花が貼ってある。
研磨ヤスリを取り出した。第三歯車を固定する。削る。
しゃり、しゃり、と小さな音が工房に響いた。
誰も喋らない。シスターズが壁際に並んで、黙って見ている。ヴォルフがリディアの肩を抱き、セフィラが扉の枠に背を預けている。ピッコが腕を組み、リュウガが目を閉じている。
1分もかからなかった。第三歯車の研磨が終わり、所定の位置にはめ込む。カチッと噛み合った。ゼンマイを巻く。
——かちり。かちり。かちり。
時計が動き出した。
止まっていた午前7時32分から、秒針が動き始める。時刻は合っていない。半年以上ズレている。でも、歯車は回っている。
「直った!」
たった一言。でも、その一言が妙に重かった。
世界を救う旅の終わりが、歯車式時計の修理。壮大なのか地味なのか分からない。でも——これが私だ。これが、エリアーナ・アルテミシアだ。
時計を作業台に置いた。窓を開ける。夕陽が差し込む。
「……裏に、行くわね」
誰にともなく言った。全員が頷いた。
工房の裏手に小さな庭がある。雑草が伸び放題だけど、その奥に——石が一つ。
おじいちゃんの墓。
私が自分で彫った墓碑。
『エリアス・アルテミシア、ここに眠る』
おじいちゃんの名前。私の名前は、この人からもらった。エリアス、エリアーナ。おじいちゃんが「わしの名前をやる。もうちょっと可愛くしておいた」って笑いながら付けてくれた。素朴な石に、不器用な文字。周りに野花が咲いていた。誰も手入れしていないのに、花だけは毎年咲く。おじいちゃんが好きだった種を蒔いたからだ。
墓の前にしゃがんだ。
「おじいちゃん。帰ってきたよ」
風が草を揺らした。返事の代わりみたいに。
「あなたが遺してくれた工房で、あなたが教えてくれた技術で、世界を半周してきた。壊れたものを直して、直し方を教えて——ちゃんと、帰ってこられたよ」
シスターズが後ろに並んでいる。チェロが静かに目を閉じ、オルガが手を合わせた。コルネが帽子を取り、ボーンが珍しく黙っている。
「それと——紹介したい人たちがいるの」
後ろを振り返った。
「この子たちが、シスターズ。おじいちゃんの工房で私が作った11人の娘たち。全員、ちゃんと動いてるわよ。壊れても壊れても、何度でも立ち上がる子たちに育った」
「「「よろしくお願いします」」」
11人が揃って頭を下げた。ボーンだけが「おじいちゃーん、ボーンちゃんでーす!」と元気よく手を振って、ヴィオラに後頭部を叩かれていた。
「こっちがセフィラ。ピッコ。カイルは王都に残ったけど、また連れてくるわ」
セフィラが無言で一礼し、ピッコが「ご挨拶が遅れましたわ」と眼鏡を直した。
「それから——」
リュウガが隣に立った。墓石を見つめ、少しだけ口角を上げた。
「……前に一度、ここに来たことがある。あの時はまだ、管理者として挨拶しただけだった」
「そうね」
「今日は——報告がある」
リュウガが墓石の前で片膝をついた。
「お孫さんと、結婚を前提に——」
「前提じゃなくて確定でしょうが!」
「……確定で、お付き合いさせていただいています。元管理者で、レプリカで、二千年分のデータベースしか取り柄のない男ですが……」
「取り柄はもうちょっとあるわよ。踏み台とか、パネル剥がしとか」
「……それは取り柄なのか?」
おじいちゃんの墓石は何も答えない。でも、風が少しだけ温かくなった気がした。
——その時。
背後から、ひそひそ声が聞こえた。
「——で、リディア、新婚旅行どこにする?」
「んー、南の守り人の集落とか? あの辺、景色よかったじゃない」
「おいおい、いい景色って。砂漠だぞ?」
「砂漠の銀色の花畑、綺麗だったでしょ。あなた、あの時お花摘んでくれなかったわよね」
「いや、あの状況で花を——」
「リュウガはエリーの耳に挿してあげてたわよ?」
「……ぐっ」
ヴォルフとリディアが工房の壁際でこそこそ相談している。2人とも声を潜めているつもりだろうが、全然潜まっていない。
そしてその背後に——気配を消しきれていないシスターズが9人ほど張り付いていた。
「ねぇ聞こえた? お花摘まなかったんだって」
「減点ですわね」
「データによると、ヴォルフ殿の恋愛偏差値は推定38ですわ」
「ボーンちゃん的にはもっと低い!」
「しっ、バレるでしょ!」
バレてる。完全にバレてる。
ヴォルフが振り返った。
「お前ら……!」
「「「きゃー!」」」
蜘蛛の子を散らすようにシスターズが逃げ回り、ヴォルフが追いかけ、リディアが「あら楽しそう」と笑っている。セフィラがその光景を無表情で眺め、ピッコが「騒がしい……」と額を押さえた。
墓の前のしんみりした空気は、ものの30秒で吹き飛んだ。
——でも、これでいい。
おじいちゃん。私の家族、こういう連中なの。騒がしくて、壊れやすくて、でも何度でも直る。あなたが教えてくれた「直す」ということの意味を、この子たちが一番よく知ってる。
リュウガが立ち上がり、砂を払った。
「……賑やかな報告になったな」
「おじいちゃんも笑ってると思うわ」
夕陽が工房の屋根を赤く染めている。丘の下にはセーラの領地が広がり、煙突から夕餉の煙が上がっている。
止まっていた時計が、かちりかちりと刻んでいる。
帰ってきた。ここが、始まりの場所で、帰る場所だ。
明日からまた、修理が始まる。
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