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第149話:【数年】不格好な世界、それでも回る歯車

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あらすじ

物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第149話:【数年】不格好な世界、それでも回る歯車

本文

——3年が経った。

 世界は、まだ壊れている。

 でも、動いている。

 工房の作業台に座って、私は今日届いた通信記録を眺めていた。ピッコの通信網は3年で飛躍的に拡張され、大陸を横断する6つの中継ハブが常時稼働している。毎朝届くログは、世界の心拍のようなものだ。

『クロノス定時報告。マルク代表。人口推計120000。感情パッチ離脱率87%。メロディの歌唱学校、第3期生の卒業式が行われました。ゼロが代表挨拶——3回噛みました』

 思わず笑った。ゼロ、3年経ってもまだ噛むのか。

『クロノス技術部。ソフィアより。レプリカの個体識別率が98%に到達。名前を持つレプリカは現在340体。マルクとの共同統治は順調じゃ。……身体はまだ保つぞよ。心配するでない』

 ソフィアの声は相変わらずだけど、通信越しでも分かる。演算球体を手放した身体は、少しずつ弱っている。ピッコが定期的にリモート診断を送っているけれど、根本的な治療にはクロノスに戻る必要がある。

「ソフィア様の心拍データ、先月より0.3%低下していますわ」

 隣でピッコが眉をひそめた。白衣は相変わらず真っ白。この3年でピッコは工房の隣に小さな診療所を開いた。セーラの領地の住民から始まり、今では近隣の村々からも患者が来る。ナノマシン医療と旧来の薬草治療を組み合わせた、この世界で唯一の診療所。

「……そろそろ、クロノスに行くべきですわね」

「次の定期便にお薬とか乗せる?」

「わたくしが直接行きますわ。猿嫁のリモート診断では信用できませんので」

「私の診断じゃなくてあなたの診断でしょうが」

 ピッコが眼鏡の奥で微かに笑った。3年前より、この娘の笑顔を見る回数が増えた。

 クロノスにはオルガとテューバが長期滞在している。オルガはレプリカたちの社会復帰支援を担い、「聖母様」と呼ばれているらしい。分解槍を持った聖母。ものすごい矛盾だけど、あの穏やかな微笑みの前では誰もが安心するのだろう。

 テューバはクロノスの共同食堂で料理長になっていた。あの引っ込み思案な子が、200人分のスープを毎日作っている。重力ハンマーで肉を叩いて柔らかくする調理法は「テューバ式」として定着したと、マルクが笑いながら報告してきた。

『帝国定時報告。バルガスより。インフラ復旧率62%。道標ルート、全行程の8割が舗装完了。オメガのスラム再建地区が正式に「自由市」として認可された。あいつ、市長になりやがった』

 オメガが市長。似合うような、似合わないような。

『帝国追伸。ロジウスの残党の最後の一派が投降した。帝国内の武装勢力はゼロになる。……俺も、そろそろ剣を置く時かもしれん』

 帝国にはコルネとボーンが派遣されている。バルガスの下で自警団の訓練教官。コルネは「ボクより強いやつ、まだいないんだよね」と不満げだけど、訓練生からは絶大な人気がある。

 ボーンの実況付き訓練は帝国名物になっていて、「本日の訓練成績! 第3小隊、前回比12%向上! でもボーンちゃんの足元にも及びませんわー!」という声が毎朝通信で届く。バルガスが「あいつの声で目が覚める。目覚ましより正確だ」とぼやいていた。

『南の守り人定時報告。ガラード代表。交易路、カスピ海ルートが開通。北の守り人との初の合同祭が開催されました』

 守り人の交易路を単独巡回しているのはハープ。通信ハブの保守と道中の安全確保。報告書は相変わらず3行以内。「異常なし。ハブ点検完了。虫が多い」——最後の一文に、潔癖症のハープの苦悩が詰まっている。ときどき砂漠の砂を「不衛生」と評して振動爪で浄化しているらしく、ガラードが「あの娘が通った後は道が綺麗になる」と感謝の通信を寄越した。掃除が戦闘力になる世界。

『万里の長城定時報告。自動送信。認証ステータス——歓迎。累計通過者数、38000名超』

『検疫要塞定時報告。自動送信。中継ハブ稼働率99.7%。寝言認証プロトコル——稼働中』

「……まだ寝言で動いてるのよね」

『エリーの寝言は世界遺産級だお!』

「ファーファ、黙りなさい!」

『王都定時報告。オーボエより。治安維持状況、異常なし。カイル隊長との合同巡回、完了。次回作戦会議は明後日1400。以上』

 オーボエの報告は毎日正確で、毎日素っ気ない。でも最近、必ず「カイル隊長」の名前が入っている。以前は「治安部隊」としか書かなかったのに。あの子が王都にいる理由は絶対にカイルに関係あるわね。

「……ヴィオラ、またデータ取ってるでしょ」

「取っていますわ。オーボエの報告書におけるカイル隊長の出現頻度、過去3か月で47%上昇。統計的に有意ですわね」

 ヴィオラが診療所の端末でにやりと笑った。この子は3年間、ピッコの診療所でデータ管理を担いながら、シスターズ全員の行動パターンを分析し続けている。隣でクララが「記録しました」とメモを取った。この2人のデータ管理は完璧だけど、プライバシーという概念が完全に欠落している。

 チェロは王都でオーボエと共にセーラの護衛を務めている。ただし最近は護衛よりも、王宮の書庫に入り浸っていることが多いらしい。セーラが「チェロさん、また書庫にいます」と苦笑する通信が月に1回は届く。重力斧を杖代わりにして本を読む長女。戦場ではあんなに頼もしかったのに、日常だとただの読書好きのお姉さんだ。

 ルーテは——誰にも居場所を教えていない。3か月に1度、ふらりと工房に現れて、無言で作業台に座り、無言でお茶を飲み、無言で去っていく。行き先を聞いても「……別に」としか答えない。ヴィオラの追跡データによると、大陸各地の小さな村を一人で回って、壊れた農具や水路を直しているらしい。直し方を教えて、去る。私が言い出したことを、一番忠実にやっているのは、あの無口な四女かもしれない。

『探査船アイゼン号、第3次航海報告。ヴォルフより。北米大陸東岸に到達。沿岸部に推定人口5万の都市群を確認。ナノマシン密度は低いが、独自の金属加工文明が発達している。友好的。——リディアのドローンが現地の子供たちに大人気。返してもらえない。助けてくれ』

 思わず吹き出した。

 ヴォルフとリディアの探査航海は2年目から始まった。毎年シスターズから2人が同行し、1年ごとに入れ替わる。

 1年目はルーテとハープ。インド亜大陸で推定人口30万の大規模集落群を発見。報告書は3行。「大陸発見。暑い。人いた」——ヴォルフが「もうちょっと詳しく書けよ!」と怒鳴っていた。

 2年目はコルネとボーン。アフリカ南部で独自の鉱石文明と接触。コルネは現地の戦士と腕相撲して3勝2敗。ボーンの実況付き探検記録が通信網で世界中に配信されて大人気になった。

 3年目の今はユーフィとテューバ——ではなく、ユーフィは今工房にいる。来年の航海に備えて「恋愛偏差値を上げたい」と言い出して、ヴィオラに相談している。ヴィオラの回答は「データ上、あなたの恋愛成就確率は現状12%ですわ」。ユーフィが泣いた。

 3年目の同行はオルガから交代したテューバと、初参加のクララ。テューバの料理と、クララの記録能力。現地との交流は順調で、テューバが現地食材で作ったスープが好評らしい。クララの航海日誌は毎日30ページ。ヴォルフが「読むのが追いつかない」とぼやいていた。

 既知の文明圏で約500万人。未踏だった大陸に、さらにそれ以上。世界の総人口は1000万を超えるかもしれない。2000年前の崩壊で激減した人類が、それぞれの土地で生き延びていた。これから少しずつ繋がっていく。声が届けば、足もついてくる。

 来年の航海メンバーで、もうシスターズが揉め始めている。

「ボクもう1回行きたい!」

「コルネは去年行ったでしょ!」

「オーボエはどうするの?」

「……わたくしは王都の任務がありますので」

「任務ねぇ。カイル隊長との『合同巡回』が忙しいもんねぇ」

「……ユーフィ。その発言の根拠を提示しなさい」

「だってヴィオラのデータが——」

「ヴィオラ!」

「わたくしはデータを提示しただけですわ。解釈は各自の自由」

 オーボエが顔を赤くしてハルバードを振り上げ、ユーフィが悲鳴を上げて逃げ回る。毎年この時期の恒例行事だ。

 通信記録を閉じて、窓の外を見た。

 工房自体はあまり変わっていない。作業台は同じ。壁の時計は動いている。おじいちゃんの本棚はそのまま。ただ、本棚の隣にリュウガの資料が増えた。2人分の工具が並ぶ作業台。2つ並んだマグカップ。

 ——いや。もう1つ、増えたものがある。

 作業台の下に、小さな木の箱。中にはミニチュアのスパナと、ミニチュアのハンダごて。全部、リュウガが木を削って作った。

 裏庭から声が聞こえた。リュウガの低い声と、セフィラの静かな声と——もう一つ。高くて、小さくて、まだ言葉になりきっていない声。

「——あー!」

 窓から覗くと、リュウガの腕の中で小さな手が伸びていた。トマトに向かって。赤い実を掴もうとして、届かなくて、もう一度。

「……まだ早い。もう少し熟れてからだ」

 リュウガがデータベースみたいな口調で言い聞かせている。二千年分の知識で離乳食の最適タイミングを計算しているに違いない。

 セフィラが隣で小さなじょうろを持っている。あの子は3年で「土の温度」を覚えた。味覚はまだない。でも、赤ん坊の体温は測れるようになった。

「……体温、36.7度。正常です」

 セフィラが赤ん坊の額にそっと指を当てて報告する。赤い瞳が、ほんの少しだけ柔らかい。この子はリュウガの傍を離れなかった。菜園を耕し、じょうろを持ち、そして今は——この小さな命の傍にもいる。戦うためだけに作られた身体が、花に水をやり、赤ん坊の熱を測っている。それだけで、3年分の奇跡だと思う。

 あの子が生まれた時、ピッコが「猿嫁とレプリカの子供など前例がありませんわ」と言いながら、誰よりも真剣に取り上げた。ファーファが出産データを全世界に誤送信しかけてシスターズが総出で止めた。セーラが王都から馬車を3台飛ばして駆けつけた。バルガスが剣の代わりにぬいぐるみを送ってきた。

 世界中が、あの小さな命を待っていた。

 茶色い髪。リュウガの黒い瞳。小さな指は、もう何かを掴もうとしている。

 私は窓辺に肘をついて、その光景を眺めた。

 ファーファが通信の最終ログを読み上げた。

『本日の世界定時報告、全中継ハブ受信完了だお。異常なし。世界は今日も、不格好に回ってるお』

「不格好でいいのよ。歯車だって、最初から噛み合うわけじゃないんだから」

 工房の時計が、かちりかちりと刻んでいる。あの日から3年と少し。秒針は一度も止まっていない。

 世界は、まだ壊れている。

 でも——確かに、回っている。

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ざつ

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