不動産屋(地面師編)の表紙画像

不動産屋(地面師編)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/2 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,570文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

-ホームページの一文-

パソコンの画面に、たった一行だけ文字が浮かんでいる。

『あなたにあった物件をご紹介します』

   電話番号のみ

今日も朝から電話が鳴る。

佐藤 純は受話器を取り、静かに答える。

「はい、ご希望をお聞かせください」

あの一文には、わずかな仕掛けがある。読む人の中に、まだ言葉にならない選択のイメージを呼び起こす。「どこへ向かえばいいか」が、気づかぬうちに定まっていく感覚を。その輪郭を拾い上げ、迷いをほどき、現実へと静かに結びつける。

——十五年かけて積み上げたものを、この世界の言葉へと静かに訳し直しているだけだ。

---

常連客の顔色は、土気色だった。

ドアを叩き開けるなり、彼は呼吸を忘れたように書類を胸に抱え、立ったまま捲し立てた。

「駅から三分、一等地の角地です。今日……今日中に押さえないと、他所に持っていかれる!」

「なぜ今日」

「先方が、今この瞬間しか時間は取れないと。他の業者も列をなしているそうなんです!」

「座れ」

短く命じると、客の膝が折れるように椅子に落ちた。その刹那、妻はすでに卓上に水を置いていた。

「急かされているのはわかった。書類を」束を受け取った。

――ぱら、ぱら、ぱら。

静寂の中に、紙をめくる音だけが鋭く響く。登記の日付、境界杭の更新記録、権利者の住所。純の指が、ある一点で氷のように止まった。

その指先に、妻が音もなく タブレットを滑らせる。法務局の最新データと、目の前の書類を照合した致命的な差異。純が書類を手に取った瞬間から、彼女はすでに完璧な裏付けを照合していた。

純は一瞥し、一度だけ深く頷くと、迷いなくコートを掴んだ。

「行こうか」

「え、今から……ですか?」

「急かされているんだろう。ならば、こちらも神速で応えるのが礼儀だ」

妻はすでに、迷いのない手つきでドアを開け放っていた。

「結婚後、二人の初仕事だ」

妻は答えない。ただ、その口元がわずかに弧を描いた。

---

最高級ホテルのラウンジ。

そこには、獲物を待つ獣のようにスーツの男が三人、座していた。

仕立てはいい。だが、目が笑っていない。テーブルには分厚い書類と、すでに押印された見本用紙。焦燥を煽るための、安っぽい舞台装置だ。純はそれらを冷徹に一瞥し、ソファに深く腰を下ろした。

「お待ちしておりました。千載一遇の好機ですよ」

男が、計算され尽くした笑みを浮かべて立ち上がる。

「ただ、ご決断は今日中に。他にもこの土地を狙う有力者が――」

「境界杭の更新日が、登記簿と三日ズレている」

純の声が、男の言葉を冷たく断ち切った。男の笑顔が、仮面のように固まる。

ここからが、純の独壇場だった。呼吸すら許さず、獲物の喉元へ牙を立てる。

「権利証は、粗悪な偽造だ」

「……何をデタラメを!」

「身分証も、だ。記載の住所は先月の区画整理で消滅している。その番地は……もう、地球上のどこにも存在しない」 声を荒らげない。身を乗り出さない。ただ、冷徹な事実を、逃げ場を塞ぐように一列に並べていく。

「――違うか?」

純は、隣でタブレットを静かに構える妻へ、視線だけで合図を送った。 妻は物腰柔らかく、だがとどめの証拠データを画面に表示させながら、穏やかに告げた。

「はい。法務局のデータとも照合済みです」

一拍。

ラウンジに流れる優雅なピアノの旋律が、死刑宣告のBGMへと変わる。

純は、顔面蒼白になった男たちを見据え、最後の一撃を見舞った。

「警察には、ここへ向かう車中から通報済みだ。……ご自慢の一等地(ムショ)へ案内してやる」

リーダー格が椅子を蹴って立ち上がろうとした瞬間、その背後にはすでに、五つの冷徹な制服が壁のように立ちはだかっていた。

純は窓の外へ視線を投げた。空は、燃えるような夕焼けに染まっている。隣で、常連客がようやく止まっていた息を吐き出した。純は、その安堵すら一瞥することなく、ただ沈みゆく太陽を見つめていた。

ピアノも止まり、ラウンジの全てが息を呑んでいた。純はそちらを見なかった。

---

ホテルを出た。

「不動産はスピードと正確さが命ですから」それだけ言った。

客が何度も頭を下げながら帰っていった。純は短く頷いた。

妻が隣に並んだ。夕暮れが街を橙色に染めていた。仕事終わりの人間が増え始め、通りの空気が少しずつ変わっていた。二人はその流れの中を、ゆっくりと歩いた。

「君がいると、仕事が早い」

「ふふ。お役に立てて光栄です」

しばらく、無言で歩いた。

駅の手前で、妻が口を開いた。

「夕食の予約、取ってあります」

「ああ」

「肉か魚か、どちらになさいますか」

「……どちらでもいい」

「どちらもご予約しています...♡」

純は小さく息を吐いた。

夕焼けが、寄り添う二人の影を長く伸ばしていた。

---

《あの日のこと》

召喚は、あまりにも唐突だった。

14時58分。客との待ち合わせ場所で、純は腕時計に目を落としていた。

あと二分——

意識の連続が断たれた次の瞬間、目の前には未知の草原が広がっていた。

動揺はない。事態の変化を飲み込むより早く、現状の確認と次の一手の選定が始まっていた。すべては初めから理解できていた。言葉も、地勢も、魔力の巡りも、この世界を支える法則さえも。誰かに教わるまでもなく感覚の内に収まり、以前から身についていた知識のように扱えた。

その下地をもって、純は異世界で十五年を過ごす。

自分は前線に出ず、後ろから全域を見据える。味方の布陣、敵勢の進行、揺らぐ戦列、退避経路。ばらけた情報を拾い集め、最短で成果へ結びつく形へ組み替えていく。号令は端的に、軌道修正は即座に、判断にためらいは挟まない。そうして重ねた指揮は、やがて全員が拠るべき基準となり、迷う余地そのものを消していった。

そしてある日、帰還は再び何の兆しもなく訪れた。

時計は、あのときと同じく14時58分を指していた。

異世界での経過は、わずか十秒。

身体に変化はない。

今あるのは、十五年分の重みと、現在の状況だけ。

純は一度だけ空を仰ぎ、スーツの埃を払う。

そして時計を見る。

客が来るまで、あと一分。

---

《今日もまた》

電話が鳴る。純は受話器を取る。

「はい、ご希望をお聞かせください」

画面には、今日も一行だけ浮かんでいる。

『あなたにあった物件をご紹介します』

そして、今日もまた、誰かの人生が、静かに動き出す。

ジャンル・タグ

, , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 38 👍 いいね: 2 📚 本棚登録: 0

作者について

JJ

JJ

👥 フォロワー: 6人

作者ページを見る