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不動産屋(テナント編)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/12 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,873文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

-ホームページの一文-

パソコンの画面に、たった一行だけ文字が浮かんでいる。

『あなたにあった物件をご紹介します』

電話番号のみ。

今日も朝から予約の電話が鳴る。

佐藤 純は受話器を取り、静かに答える。

「はい、ご希望をお聞かせください」

その一文には、 意外な仕掛けがある。

読んだ人間が、自分でも気づかないまま像を結ぶ。

その輪郭を、現実へと静かに着地させる。

—— 15年かけて身につけたものを、この世界の言葉で書き直しているにすぎない。

---

《八坪》

その日の客は、四十代とおぼしき男性だった。

きちんとアイロンのかかったシャツ。メモ帳を持参している。

椅子に座るなり、静かに言った。

「コース料理だけをやりたいんです」

「席数は」

「六席。それ以上は要らない」

「厨房の広さは」

「腕一本で動ける広さがあれば十分です」

八坪。狭い、と言う人間もいる。

だがこの男にとって、それは小さくない。

凝縮された空間で、一皿一皿を丁寧に出す。その哲学が、すでに物件の形を決めていた。

「一件、あります」

路地を一本入った場所。表通りからは見えない。

だが、知っている人間だけが来る。そういう立地だ。

天井が低く、照明が落ち着く。六席がちょうど息をする広さ。

男はメモを取るのを途中でやめた。

「……見に行けますか」

「明日には ご一緒できます」

内見の帰り、男はしばらく黙っていた。

そして言った。

「ここで、やります」

「もう決まってました。入った瞬間に」

純は何も言わなかった。

——そういう物件だ、とわかっていたから。

---

《売れる?》

次の客は、 黒縁メガネの女性だった。

大きなトートバッグを抱え、少し落ち着かない様子で座った。

「雑貨屋、やりたいんですけど」

「どんな 雑貨ですか」

女性は少し言いよどんだ。

「……自分でもうまく説明できなくて」

純は続きを促した。

「木で作った小さな動物とか、誰かが手書きで書いた地図とか、用途がよくわからないけど手触りがいいものとか……」

「つまり」

「こんなの売れるの?って言われるものばかりです」

売れるかどうか、ではない。

置く場所が合っているかどうか、だ。

「一件、あります」

商店街の外れ。人通りは多くない。

だが、その道を歩く人間の層がいい。

ゆっくり歩く人間が多い。立ち止まる人間が多い。

ガラス張りの大きな窓が、中をちょうどよく見せる。

女性は窓の前に立ったまま、しばらく動かなかった。

「……なんで、こんな場所があるんですか」

「ここに あるからです」

女性は少し笑った。

「不思議な答えですね」

「そうですか」

翌月、その店は静かにオープンした。

SNSで「何が売れているのかわからないのに、気づいたら買っている」と書かれるようになるまで、三ヶ月かからなかった。

---

《記憶ごと》

その客は、名刺を差し出すより先に 持っていた段ボール箱を置いた。

「買取ショップを開きたい」

「買取の専門ですか」

「なんでも引き取ります。骨董でも、古着でも、誰かが使っていたものなら」

ビンテージのジーンズ。目が静かだった。

「なぜ買取を」

男はしばらく黙ってから答えた。

「捨てられるものを見るのが嫌で」

それだけだった。

買取という商売は、立地より空気だ。

持ち込む人間が、ためらわずに入れるかどうか。

重いものを持ってきた人間が、扉を開けられるかどうか。

「一件、あります」

駅から少し離れた、静かな通り。

間口が広く、段差がない。

引き戸で、力を入れなくても開く。

隣が 古くからある花屋で、通りに自然と人が立ち止まる。

男は引き戸を一度、開けて、閉めた。

もう一度、開けた。

「……ここがいい」

「ですね」

半年後、その店には毎日誰かが何かを持ち込んでいた。値段より、話を聞いてもらえると口コミが広がっていた。

---

《煙が出る》

最後の客は、約束の時間より十五分早く来た。

中年の男。腕に火傷の跡がある。

純は気にせず、お茶を出した。

「焼き鳥屋をやりたい」

「どんな店ですか」

「 騒がしい店です。煙が出ます。常連しか来ない店です」

この男がやる店は、きっとその煙ごと愛される。

「煙の換気は」

「ちゃんとやります。近所には迷惑かけない」

「仕込みの時間帯は」

「昼過ぎから。夜だけの営業です」

純は資料を閉じた。

頭の中にすでに、一件あった。

「一件、あります」

以前、同じように煙が出る店があった場所。

近隣がすでに、その空気を知っている。

路地の奥、引き込まれるような立地。

常連だけが知っている、という雰囲気が最初からある。

男は腕を組んで店内を見渡した。少し古いが全て設備は揃っている。

「……ここ、前に何があったんですか」

「牛タン屋です」

男は少し笑った。初めて見せた表情だった。

「そうか」

契約の日、男は深く頭を下げた。

「あんた、変わってるな」

「よく言われます」

「いい意味で、な」

---

《あの日のこと》

召喚は、唐突だった。

14時58分。客との待ち合わせ場所で、純は腕時計に目を落としていた。

あと二分——その認識が途切れた瞬間、足元はいつしか広大な草原へと姿を変えていた。

視線は静かに移動する。地形、風の流れ、周囲に立つ見知らぬ影。

純は既に全体を測り始めていた。

前衛、後衛、支援。役割は自然と浮かび、純が立つべき場所は最初から定まっていた。

前線に出ず、全体を見渡せる場所に立ち、流れを操る。

指示は端的、修正は瞬時に。純の一言が陣形を変え、その瞬間、戦場の形が定まる。

勇者が剣を舞わせ、魔術師が星を呼び、盾が鉄壁の壁となり、弓が夜を射抜く。そのすべてが、純が見据えた運命の位置に立っていた。

十五年、揺るぎない真実を示し続けた。

そして、帰還もまた——前触れなく訪れた。

気づけば、元の場所。時計の経過は

十秒。

十五年を生きた純が、十秒で戻ってきた。

見た目に変わりはない。スーツも、立ち姿も。

純は静かに空を一度仰いで、埃を払う。

そして時計を見る。

客が来るまで、あと一分。

---

8歳年下の彼女と、夜の事務所

午後八時。

事務所には二人だけ残っている。

「純さん」

呼ばれて、顔を上げる。

「白無垢、着たいんですけど」

「ああ」

「それだけですか」彼女がくすくす笑う。

「似合う」

「……見てもないのに」

「見なくてもわかる」

彼女は少しだけ顔が赤くなった。

それを隠すように、画面に目を戻す。

「……楽しみにしててください」

純は何も言わなかった。

ただ、彼女のほうを、少しだけ長く見ていた。

彼女はやわらかく笑う。

「純さんって、ずるいですね」

「そうか」

「……うん、ずるい」

「帰るか」

「はい」

二人は並んで歩き出す。

彼女が、そっと純の腕に手を添えた。

純は何も言わない。

ただ、少しだけ歩調を合わせた。

---

《今日もまた》

電話が鳴る。

純は受話器を取る。

「はい、ご希望をお聞かせください」

画面には、今日も一行だけ浮かんでいる。

『あなたにあった物件をご紹介します』

今日もまた、誰かの人生に、小さな扉が開く。

不動産屋(地面師編) | 小説投稿サイト「あいぺん」

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