不動産屋(テナント編)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
-ホームページの一文-
パソコンの画面に、たった一行だけ文字が浮かんでいる。
『あなたにあった物件をご紹介します』
電話番号のみ。
今日も朝から予約の電話が鳴る。
佐藤 純は受話器を取り、静かに答える。
「はい、ご希望をお聞かせください」
その一文には、 意外な仕掛けがある。
読んだ人間が、自分でも気づかないまま像を結ぶ。
その輪郭を、現実へと静かに着地させる。
—— 15年かけて身につけたものを、この世界の言葉で書き直しているにすぎない。
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《八坪》
その日の客は、四十代とおぼしき男性だった。
きちんとアイロンのかかったシャツ。メモ帳を持参している。
椅子に座るなり、静かに言った。
「コース料理だけをやりたいんです」
「席数は」
「六席。それ以上は要らない」
「厨房の広さは」
「腕一本で動ける広さがあれば十分です」
八坪。狭い、と言う人間もいる。
だがこの男にとって、それは小さくない。
凝縮された空間で、一皿一皿を丁寧に出す。その哲学が、すでに物件の形を決めていた。
「一件、あります」
路地を一本入った場所。表通りからは見えない。
だが、知っている人間だけが来る。そういう立地だ。
天井が低く、照明が落ち着く。六席がちょうど息をする広さ。
男はメモを取るのを途中でやめた。
「……見に行けますか」
「明日には ご一緒できます」
内見の帰り、男はしばらく黙っていた。
そして言った。
「ここで、やります」
「もう決まってました。入った瞬間に」
純は何も言わなかった。
——そういう物件だ、とわかっていたから。
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《売れる?》
次の客は、 黒縁メガネの女性だった。
大きなトートバッグを抱え、少し落ち着かない様子で座った。
「雑貨屋、やりたいんですけど」
「どんな 雑貨ですか」
女性は少し言いよどんだ。
「……自分でもうまく説明できなくて」
純は続きを促した。
「木で作った小さな動物とか、誰かが手書きで書いた地図とか、用途がよくわからないけど手触りがいいものとか……」
「つまり」
「こんなの売れるの?って言われるものばかりです」
売れるかどうか、ではない。
置く場所が合っているかどうか、だ。
「一件、あります」
商店街の外れ。人通りは多くない。
だが、その道を歩く人間の層がいい。
ゆっくり歩く人間が多い。立ち止まる人間が多い。
ガラス張りの大きな窓が、中をちょうどよく見せる。
女性は窓の前に立ったまま、しばらく動かなかった。
「……なんで、こんな場所があるんですか」
「ここに あるからです」
女性は少し笑った。
「不思議な答えですね」
「そうですか」
翌月、その店は静かにオープンした。
SNSで「何が売れているのかわからないのに、気づいたら買っている」と書かれるようになるまで、三ヶ月かからなかった。
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《記憶ごと》
その客は、名刺を差し出すより先に 持っていた段ボール箱を置いた。
「買取ショップを開きたい」
「買取の専門ですか」
「なんでも引き取ります。骨董でも、古着でも、誰かが使っていたものなら」
ビンテージのジーンズ。目が静かだった。
「なぜ買取を」
男はしばらく黙ってから答えた。
「捨てられるものを見るのが嫌で」
それだけだった。
買取という商売は、立地より空気だ。
持ち込む人間が、ためらわずに入れるかどうか。
重いものを持ってきた人間が、扉を開けられるかどうか。
「一件、あります」
駅から少し離れた、静かな通り。
間口が広く、段差がない。
引き戸で、力を入れなくても開く。
隣が 古くからある花屋で、通りに自然と人が立ち止まる。
男は引き戸を一度、開けて、閉めた。
もう一度、開けた。
「……ここがいい」
「ですね」
半年後、その店には毎日誰かが何かを持ち込んでいた。値段より、話を聞いてもらえると口コミが広がっていた。
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《煙が出る》
最後の客は、約束の時間より十五分早く来た。
中年の男。腕に火傷の跡がある。
純は気にせず、お茶を出した。
「焼き鳥屋をやりたい」
「どんな店ですか」
「 騒がしい店です。煙が出ます。常連しか来ない店です」
この男がやる店は、きっとその煙ごと愛される。
「煙の換気は」
「ちゃんとやります。近所には迷惑かけない」
「仕込みの時間帯は」
「昼過ぎから。夜だけの営業です」
純は資料を閉じた。
頭の中にすでに、一件あった。
「一件、あります」
以前、同じように煙が出る店があった場所。
近隣がすでに、その空気を知っている。
路地の奥、引き込まれるような立地。
常連だけが知っている、という雰囲気が最初からある。
男は腕を組んで店内を見渡した。少し古いが全て設備は揃っている。
「……ここ、前に何があったんですか」
「牛タン屋です」
男は少し笑った。初めて見せた表情だった。
「そうか」
契約の日、男は深く頭を下げた。
「あんた、変わってるな」
「よく言われます」
「いい意味で、な」
---
《あの日のこと》
召喚は、唐突だった。
14時58分。客との待ち合わせ場所で、純は腕時計に目を落としていた。
あと二分——その認識が途切れた瞬間、足元はいつしか広大な草原へと姿を変えていた。
視線は静かに移動する。地形、風の流れ、周囲に立つ見知らぬ影。
純は既に全体を測り始めていた。
前衛、後衛、支援。役割は自然と浮かび、純が立つべき場所は最初から定まっていた。
前線に出ず、全体を見渡せる場所に立ち、流れを操る。
指示は端的、修正は瞬時に。純の一言が陣形を変え、その瞬間、戦場の形が定まる。
勇者が剣を舞わせ、魔術師が星を呼び、盾が鉄壁の壁となり、弓が夜を射抜く。そのすべてが、純が見据えた運命の位置に立っていた。
十五年、揺るぎない真実を示し続けた。
そして、帰還もまた——前触れなく訪れた。
気づけば、元の場所。時計の経過は
十秒。
十五年を生きた純が、十秒で戻ってきた。
見た目に変わりはない。スーツも、立ち姿も。
純は静かに空を一度仰いで、埃を払う。
そして時計を見る。
客が来るまで、あと一分。
---
8歳年下の彼女と、夜の事務所
午後八時。
事務所には二人だけ残っている。
「純さん」
呼ばれて、顔を上げる。
「白無垢、着たいんですけど」
「ああ」
「それだけですか」彼女がくすくす笑う。
「似合う」
「……見てもないのに」
「見なくてもわかる」
彼女は少しだけ顔が赤くなった。
それを隠すように、画面に目を戻す。
「……楽しみにしててください」
純は何も言わなかった。
ただ、彼女のほうを、少しだけ長く見ていた。
彼女はやわらかく笑う。
「純さんって、ずるいですね」
「そうか」
「……うん、ずるい」
「帰るか」
「はい」
二人は並んで歩き出す。
彼女が、そっと純の腕に手を添えた。
純は何も言わない。
ただ、少しだけ歩調を合わせた。
---
《今日もまた》
電話が鳴る。
純は受話器を取る。
「はい、ご希望をお聞かせください」
画面には、今日も一行だけ浮かんでいる。
『あなたにあった物件をご紹介します』
今日もまた、誰かの人生に、小さな扉が開く。
不動産屋(地面師編) | 小説投稿サイト「あいぺん」
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