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八百屋(二)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/8 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,215文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

八百屋(一) | 小説投稿サイト「あいぺん」

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まるばつ屋、異世界へ

赤い砂の大地に、二つの影が降り立った。

「わあ」

妻が空を見上げた。月が二つある。星が多すぎる。地平線の向こうに石の城が見える。

「どう?」と純が訊いた。

「広いね」

それだけ言って、妻は袖をまくった。

「で、害虫ってどこ?」

純が十五年かけて学んだ驚きの早さで状況を受け入れている。

「ちょ、もう少し戸惑おうよ」

「戸惑う暇があったらレジ打つ。ここにレジはないから虫を潰す。同じことでしょ」

違う、とは言えなかった。

老人が杖をついて駆け寄ってきた。十五年前と顔がまったく変わっていない。魔法使いというのは老けないのかもしれない。

「伝説の野菜師よ! お戻りに——」

「こちらは?」と老人が妻を見た。

「妻です」と純が答えた。

「妻……師?」

「ただの妻」

老人は妻の顔をまじまじ見た。妻は目を逸らさなかった。

「……強い目をしておられる」

「毎朝市場で値切ってますから」

純は少しだけ誇らしかった。

---

害虫の名は「天空芋虫」といった。

翅が六枚あり、毒針を持ち、麦畑を一晩で食い尽くす。しかも空を飛ぶ。それがいま、この国の穀倉地帯に大量発生していた。

純は腕を組んだ。

「風魔法で集められるかな。でも毒針があるから近づくのは危ない。火を使うと畑ごと燃やしてしまう……」

「純さん」

「なに?」

「あの虫、何が好物なの?」

純は老人を見た。老人が答えた。

「甘い匂いに引き寄せられる習性がございます。特に熟れた南瓜の香りに——」

「南瓜ある?」と妻が割り込んだ。

「あ、はい、倉庫に」

「大鍋と水と火と塩も」

「は、はい」

「じゃあ作ろう。純さん、火と風お願い」

純は三秒考えた。

「……罠か」

「他に何があんの」

---

夜。

巨大な鍋が三つ、畑の端に並んだ。

妻が南瓜を叩き割り、煮崩れるまで炊いた。砂糖代わりに現地の蜜果を投入し、さらに煮る。

純が鍋の下に火を灯し続けた。

やがて甘い湯気が、夜風に乗って広がっていった。

「来る」と妻が言った。

「どうわかるの」と純が訊いた。

「においが変わったから」

五分後、空が黒く染まった。

天空芋虫の大群だった。翅がきらきら光り、星のように見えた。綺麗だな、と純は思ったが黙っていた。虫たちは鍋めがけてまっすぐ降りてきた。

「いま!」

純が両手を広げた。

「集まれ!」

風魔法。

虫の大群が渦を巻いた。螺旋を描きながら、鍋の真上で圧縮されていく。

「もっと強く!」と妻が怒鳴った。

「頑張ってる!」

「頑張るじゃなくてやる!」

「それ同じじゃ——」

「違う!」

純は奥歯を噛んだ。

十五年、異世界で覚えた感覚を引っ張り出す。三万個の芋を同時に蒸した夜。三千人が腹を空かせていたあの夜。やるしかなかった夜。

風が変わった。ただの風が、嵐になった。

天空芋虫の大群が、三か所に圧縮され、鍋の中へどうと落ちた。

熱い南瓜汁の中で、虫たちは毒針を失い、翅をたたみ、おとなしくなった。

しん、と静かになった。

「……終わった?」と純が呟いた。

「終わった」と妻が言った。

鍋を覗き込んで、首を傾げた。

「これ、食べられるかな」

「え」

「虫と南瓜、一緒に煮えてるじゃない」

純も鍋を覗いた。たしかに。甘い匂いはそのまま。虫は蒸されて丸くなっている。

老人がおずおずと近づいてきた。

「あの……天空芋虫は、こちらでは高級食材で……」

妻と純は顔を見合わせた。

「いくら?」と妻が訊いた。

---

翌朝。

純と妻は三鍋分の芋虫南瓜煮を売り払い、金貨をたんまり受け取った。

「これ日本円でいくら?」

「わからん。でも白菜箱百個は余裕で買える」

「上出来」

妻はさっさと荷物をまとめ始めた。

「もう帰るの?」

「まるばつ屋、明日が入荷日でしょ。早起きしなきゃ」

純はもう一度だけ、赤い砂漠を見渡した。

十五年過ごした世界。魔法を覚えた世界。兵糧係として戦った世界。

「……お前はこういう場所、平気なんだな」

「怖くないとは言ってないよ」妻はまっすぐ前を向いたまま答えた。「ただ怖いからって帰れないじゃない。純さんがいるんだから」

純はまた泣きそうになった。

異世界で魔法を覚え、王様に感謝されても、将軍に泣かれても。

この一言には、勝てない。

老人が穴を開ける前に、妻はくるりと振り返った。

「あと一個聞いていいですか」と老人に言った。

「なんでございましょう」

「ここ、定期的に来る必要あります?」

老人は考えた。

「年に一度ほど……害虫の季節が……」

「わかりました。来年また来ます」妻はうなずいた。

「商店街の定休日に合わせてもらえますか? 月曜が都合いいです」

老人は目を丸くした。

「い、異世界の曜日は——」

「覚えて」

「……はい」

---

光の穴をくぐると、商店街の朝だった。

魚屋が氷を砕く音。豆腐屋のラッパ。演歌。

床には白菜箱がそのまま転がっていた。

「さ、開店準備」と妻。

「うん」と純。

白菜箱を持ち上げ、下段に収める。

「純さん」

「なに?」

「今日は頑張ったね」

「お前のほうが頑張ってた」

「そりゃそうでしょ。私のほうが優秀だから」

「……そうだな」

「なに素直に認めてんの。もっと反論しなさいよ」

「する気力がない」妻は笑った。

店先に朝日が差し込んできた。野菜が光る。茄子も、大根も、人参も。

純は指を立てた。

「灯れ」

ぽっ。

小さな明かりが、朝日の中でまたたいた。

「宴会芸」と妻。

「異世界の技術だよ」

「うちじゃ宴会芸」

それから二人で、いつもの通りの準備を続けた。

商店街の朝は早い。

来年の月曜日まで、まるばつ屋は今日も忙しい。

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JJ

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