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八百屋(一)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/7 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,076文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

商店街の朝は早い。

魚屋が氷を砕く音、豆腐屋のラッパ、自転車のベル、どこかの店先から流れる演歌。その真ん中で、八百屋「まるばつ屋」の主人、佐藤 純 は白菜の箱を抱えていた。

「純さん、それ上じゃない! 下! 下段!」

店の奥から飛んできた声は、妻だった。小柄で細いのに、声だけは市場の競り人みたいによく通る。

「はいはい、下段ね」

「はいは一回!」

「はい」

「返事が軽い!」

朝から快調である。

純が苦笑しながら白菜箱を持ち直した、その瞬間だった。

店先の空気が、ぽこん、と音もなくへこんだ。

「……え?」

次の瞬間、佐藤 純 は消えた。

白菜の箱だけが床に落ち、ごろんと転がった。

「ちょっと純さん! 逃げるなら開店後にしなさい!」

妻はそう怒鳴ったが、夫は返事をしなかった。

純が目を開けると、そこは赤い砂の大地だった。

空に月が二つ。遠くに石の城。横には角の生えた山羊。前には杖を持った老人。

「ようこそ、選ばれし者よ」

「いや、白菜運んでたんですけど」

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それから十五年。

純は剣の才能はなかった。勇者にも向かなかった。

だが土いじりと段取りだけは抜群だった。

さらに、努力の末に生活魔法だけは使えるようになった。

指先で火をつける。

水瓶に水を満たす。

風を起こして野菜を乾かす。

小さな光で夜道を照らす。

地味だが、暮らしには抜群に役立った。

砂漠の国では水魔法で畑を救い、寒村では火の魔法で凍えた苗を守った。

市場では風魔法で玉ねぎの皮を一気に飛ばし、客を驚かせた。

魔王軍が攻めてきた時も、純は前線ではなく兵糧係として活躍した。

巨大な鍋の下に一斉点火。

三万個の芋が一晩で蒸し上がった。

「この男がいなければ我らは飢えていた!」と将軍に泣かれた。

純は照れながら答えた。

「うちの店なら普通です」

十五年後、世界に平和が戻った夜。

純は星空を見上げて呟いた。

「……帰りたいな。怒鳴られてもいいから」

その時、空に光の穴が開いた。

---

「純さん! 何ぼさっとしてんの! 白菜、下段!」

純ははっとした。

目の前には店先。床には白菜箱。妻は腕組みして睨んでいる。

魚屋の氷の音も、演歌も、何ひとつ変わっていない。

「……え?」

「え?じゃないよ。今、十秒くらい止まってたよ」

純は震える手で自分の頬を触った。体はそのまま。

だが心だけは十五年分、しっかり歳を重ねていた。

そして恐る恐る指を立てた。

「……灯れ」

ぽっ。

指先に小さな明かりがともった。

「うわっ!」

妻が一歩下がる。

純は震えた。

「残ってる……!」

「何その宴会芸」

その日から、まるばつ屋は少しだけおかしくなった。

朝の準備で、純が指を鳴らすと白菜の土がふわっと落ちる。

風魔法で店先の落ち葉が一か所に集まる。

重い大根箱も、ふわりと軽くなる補助魔法で楽々運べる。

「純さん、それ便利だね」

「十五年かかった」

「もっと早く覚えなさいよ」

昼には売れ残り野菜で試食スープを作る。

指先の火でコンロ着火。

鍋の温度も絶妙。

「ガス代浮くねえ」

「夢のない感想だな」

さらに子どもには、小さな光の玉を人参の先に乗せて見せた。

「勇者の剣だ」

子どもたちは歓声を上げ、人参は飛ぶように売れた。

「もう一本!」

「食べたらな」

母親たちは笑いながら財布を開いた。

ある日、向かいの大型スーパーが特売を始めた。

玉ねぎ一袋98円。じゃがいも山積み。客足は一気に流れた。

だが純は慌てなかった。

店先に鍋を置き、野菜を刻み、指を鳴らす。

ぼっ。

鍋の下に火がついた。

「おおー!」

見物人が集まる。

さらに純が手をかざすと、鍋の上だけ心地よい風が回り、香りが通りに流れていく。

『無料試食 元気スープ』

「うまっ!」

「野菜甘い!」

「何この店、テーマパーク?」

純は胸を張った。

「八百屋です!」

気づけば大行列になった。

妻はレジを打ちながら怒鳴る。

「純さん! 魔法見せ物は一回百円取りな!」

「商魂たくましいな!」

閉店後。

店じまいした店先で、妻が缶コーヒーを二本持ってきた。

一本を純に渡す。

「お疲れ」

「お疲れさま」

夕焼けの商店街を見ながら、妻がぽつりと言った。

「今日の純さん、なんか頼もしかった」

純はまた泣きそうになった。

異世界で魔法を覚え、王に感謝されても、この一言には勝てない。

「……ありがとう」

「でも調子乗って空飛んだりしたら叱るよ」

「飛べないよ」

「じゃあ明日までに覚えといて」

「無茶言うな」

妻は笑った。

純も笑った。

その時だった。

店先の空気が、ぽこん、とへこんだ。

穴の向こうから叫び声がする。

「伝説の野菜師よ! 至急お戻りください! 害虫が空を飛んでおります!」

純は顔をしかめた。

「面倒そうだな……」

すると妻が腕まくりした。

「純さん、殺虫魔法ある?」

「ない」

「じゃあ行って覚えてきな」

「え、僕だけ?」

「何言ってんの。夫婦で店やってんだよ」

そう言って妻は先に穴へ入っていった。

純はあわてて追いかけた。

商店街の朝は、明日もたぶん忙しい。

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八百屋(二) | 小説投稿サイト「あいぺん」

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JJ

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