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配信29回目 蒐集の影③――前借りはもう、できません

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 6,240文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信29回目 蒐集の影③――前借りはもう、できません

本文

借金が、三重苦トリプルになっていた。

 夜見よみ朔夜さくやへの四千六百九十三万円。

 蒐集しゅうしゅう商会による仮保全かりほぜん。

 そして、鬼灯ほおずきなゆの帳面ちょうめんに積み上がった、死の借金。

 全部、同時に限界だった。

 ――私が死んだ次の日。

 朝が来た。

 それ自体が、少し信じられなかった。

 目を開けると、もはや見慣れ始めてしまった事務所の天井があった。安っぽいシーリングライト。黄ばんだ壁。雑多な書類と機材の気配。ソファじゃなく、床に毛布を一枚だけ敷かれていて、背中が普通に痛い。

 そして、鼻の奥に残る古いビルの湿気と、コーヒーと、機材の熱と、タバコの脂ヤニのくさい匂い。

 昨日、電車に轢ひかれた。

 その事実が、まだうまく頭の中で馴染なじんでいなかった。

 手足は動く。指も、脚も、ちゃんと自分のものだ。胸のあたりの痛みは昨日より引いていたけど、その代わり、違う感覚が残っている。胸の奥の少し深いところに、ぴんと一本、見えない糸みたいなものが張っている感じ。

 仮保全の印だ、とぬいが昨日言っていた。

 持ち主に向かって戻っていく印。

 その「持ち主」が、自分じゃないから最悪なのだ。

「……起きたか」

 朔夜さくやの声がした。

 カウンターの向こうで、いつものように書類を見ている。コーヒーを飲んでいる。顔だけは相変わらず整っていて、やはり見ていると腹が立つ。彼の様子を見ていると、昨日わたしが死んだことまで、この人の日常の範囲に収まっているらしかった。

 イライラする。

 でも、いつも通りのその普通さが、今は少しだけ私の心の安定剤になっている。

「……おはよ朔夜」

「いつも以上に汚いガラガラ声だな」

「ひど!――電車に轢かれたから」

「次はちゃんとコートを着て帰れ。風邪をひかないよう、防寒は最低限しろ」

「なにそれ?!関係ある!? そこ!?」

「ある。次の配信がで視聴者を稼げなくなる」

「こんな時にまで自分のことかよ!最低!」

 怒りのまま、毛布を乱雑に押しのけて起き上がる。机の端にはコンビニの袋が置いてあった。サンドイッチと、温かいお茶。

 わたしの分らしかった。

 言葉では絶対に認めないくせに、こういうことだけはやる。そういうところが、いちいちむかつく。

「……ありがと」

「食いながらでいい。話がある」

「その言い方だと、オマエの優しさが全部帳消しなんだけど」

「優しくした覚えはない」

「最悪...私の”ありがとう”を返せ!.」

 それを聞いていた”ぬい”が胸元で小さく笑った。

「ひゃっひゃ。朝から景気のよい夫婦喧嘩じゃの」

「違う!」

「違う」

「ハモるな!」

―――――

 サンドイッチを一口かじってから、スマホを開いた。

 通知が、たまっていた。

 当然だ。昨夜から一度も見ていない。いや、見る余裕なんてなかった。死んで、戻されて、仮保全されて、気がついたらこの事務所の床で寝ていたのだから。

 るなからのレインが六件。

『ゆらちゃ〜ん、どこぉ〜?』

『ちゃんと帰れてるぅ〜?』

『既読つかないのこわいよぉ〜』

『ごはん食べたぁ〜?わたしは5杯目だよぉ~』

『生きてるぅ〜?』

『へんじしてぇ〜……』

 最後の一文が、今朝の七時台だった。

 その下に、白澤しらさわ 幽々ゆゆから一件。

『昨日の帰り、駅で何かあった? 路線の乱れ、あの時間にしては変だった。ゆら、大丈夫?』

 短い。

 でも、重い。

 幽々は余計なことを言わない。言わないけど、見ている。調べて、考えて、そのうえで必要なことだけ送ってくる。だからこの一件だけで、もうある程度察されているのが分かった。

 さらに下。ママから三件。

『今日帰ってくる?』

『友達の家って言ってたけど、どこ?』

『最近、なんか変だよ。顔色もそうだけど、どっかに行ってるみたいな感じがする。心配してる』

 最後の一文で、指が止まった。

 最近、なんか変だよ。

 そりゃそうだ。

 死んで戻ってきて、帳面に死の借金を溜めて、蒐集商会に仮保全されて、胸の奥には向こう側へ引っ張られる糸みたいな感覚がある。

 普通なわけがない。

 ママは怪異なんて知らない。境界きょうかいも、死後接触も、仮保全も知らない。知らないまま、それでも「変だ」と感じている。

 そのことが、妙にきつかった。

 わたしだけが知っている異常が、日常の側からも滲にじみ始めている。

 こっちとあっちの境目に、自分の足がちゃんと乗っていない気がした。

 画面の反射に映る自分の顔は、寝不足というより、少し薄かった。向こう側の光が、まだ肌に残っているような――いやな薄さ。

 それでも、返信はしなきゃいけない。

『友達の家、もう一泊することになった。今日は大丈夫。明日には帰る』

 嘘をついて送る。

 すぐにるなへも返した。

『生きてる。今はたぶん大丈夫』

『ほんとぉ〜!?』

『ほんと』

『たぶん、ってなにぃ!?』

『そこは流して』

 幽々には少しだけ考えてから打った。

『駅でちょっとあった。でも今は戻った』

『戻った、って言い方やめて』

『ごめん』

『あとで話して』

『うん』

 その「あとで」が、ちゃんと来る保証はあるんだろうか。

 そんなことを考えた瞬間、キュッ――と胃の奥が冷えた。

 お茶をひと口飲む。ちゃんと熱い。ちゃんと味がする。少しだけ、安心する。

 ……まだ、私はこっち側だ。

 そう確認しないと落ち着かない自分が、いちばん嫌だった。

―――――

「――で、話って何」

 サンドイッチを半分ほど食べたところで聞くと、朔夜は書類から目を上げた。

「仮保全の説明だ」

「昨日は説明する空気じゃなかったけど」

「昨日はお前が死んだ直後だった」

「今日は?」

「今日のお前には、まだ話を整理できる余裕がある」

「その基準こわいな」

「また、話ができなくなる前に聞け」

「私が死ぬ前提で話すのやめて!」

 わたしはサンドイッチを持ったまま、むっとした。

「……で」

「蒐集商会の仮保全は、候補個体の一時確保だ。正式取得前の仮押さえと思え」

「人をチケット予約みたいに言うな」

「向こうはそういう感覚で見てる」

「最低……」

 朔夜は淡々と続ける。

「仮保全された個体は、向こう側あの世からの引力が強くなる。死にやすくなるというより、向こう側へ落ちやすくなる」

「……解除は?」

「向こうが手を放すか、お前の価値がなくなるか」

「価値がなくなる、って?」

「死後接触ができなくなる。あるいは、採る意味がなくなる」

「つまり、わたしがバイトやめて普通の生活に戻れたら」

「理論上はな」

「理論上……」

「今の状態でそれをやると、お前は先に引かれる」

「うわ最悪」

 ぬいが肩口でもぞりと動いた。

「今のおぬし、だいぶ磁石じゃからの」

「たとえが軽い!」

「実態は重いぞ」

 わたしはサンドイッチを置いた。お茶も置いた。机に指をついて、ひとつずつ整理するみたいに数え始める。

「えっと。朔夜への借金が四千六百九十三万円」

「正確には――」

「細かい数字、今いらない!」

「四千六百九十三万と端数が――」

「黙れ――もういい。で、それが一つ目」

 指を一本折る。

「蒐集商会の仮保全。正式取得されたら終わる。それが二つ目」

 二本目。

「なゆさんの帳面。死んだ分、戻った分、書かれてない分の帳尻。それが三つ目」

 三本目。

「……三方向から追い込みかけられてるじゃん」

 言葉にした瞬間、あまりにも状況が終わっていて、ちょっと笑いそうになった。

「なにこれ」

「現状把握は重要だ」

「把握したくなかった」

「だが、できてるうちはまだ大丈夫だ」

「その慰め方、全然うれしくない」

「慰めてない」

「知ってたわ!ボケ!!」

 でも、不思議と少しだけ楽になった。

 見えない不安のまま怯えるより、ちゃんと数えたほうがましだ。

 数えた結果、地獄だったとしても。

―――――

 なゆが来たのは、昼前だった。

 扉を叩く音がして、朔夜が出る。

 白っぽい髪。薄いコート。胸に抱えた白い帳面。男にも女にも見える整った顔。静かなのに、今日はほんの少しだけ疲れて見えた。

「……また来た」

「また来ました」

 相変わらず、返答がまっすぐすぎる。

「今日は」

「お伝えしなければならないことがあります」

 なゆは中へ入ってきた。朔夜が椅子を引く。けれど、なゆは座らず、立ったまま帳面を開いた。

 ゆらのページ。

 それが分かった瞬間、胃が沈んだ。

 正の字せいのじが何列も並んでいる。死んだ回数。越境した回数。戻ってきた回数。書かれたものと、書かれていないもの。その全部が、白い紙の上で静かに並んでいる。

「これまで、越境えっきょう・帰還きかん・死後接触しごせっしょくの記録について、何度か記帳きちょうを保留にしてきました」

「……うん」

「ですが、今回の件で状況が変わっています」

 なゆがページを閉じる。帳面を胸へ抱き直した。

「今回の死は、蒐集商会が先に仮保全処理を行ったため、向こう側の記録にすでに登録されています。私の帳面だけが空白のまま残っている。この不一致ふいっちが続くと――私自身が規定審査きていしんさの対象になります」

「……なゆさんが?」

「はい」

 少しだけ、間。

「もう前借りは、できません」

 その言い方が静かすぎて、逆に頭へ入るまで少し時間がかかった。

「前借りって……わたしへの猶予のこと?」

「死の帳尻ちょうじりの先送りを、これ以上継続できないということです。今回を含め、記録が滞っている分はいずれ精算せいさんが必要になります」

「精算って、何」

「本来なら死んで終わるはずだった分を、戻している。その差額を、どこかで合わせなければならないということです」

「……差額って言い方、やめてほしい」

「ですが事実です」

 なゆは淡々としていた。

 淡々としているくせに、その一言一言がきれいに痛い。

「前借りがなくなると、どうなるの」

「死ぬたびに、向こう側あの世の引力が強くなります」

「……仮保全に加えて?」

「はい。未記録分の帳尻も重なります。今のあなたは、普通よりずっと向こう側に近い状態です」

 向こう側に近い。

 その言葉が、腹の奥に重く落ちた。

 近い。どのくらい近い。ママの『最近、なんか変だよ』が、頭の中で何度も反響する。

 家族が見て分かるくらい。

 るなが既読のなさで怯おびえるくらい。

 幽々が「戻ったって言い方やめて」と言うくらい。

 もう、そういうことなんだ。

「ねえ、整理していい」

「どうぞ」

「朔夜への借金が四千六百九十三万円」

「四千六百九十三万と端数が――」

「いい。黙ってて」

「……」

「蒐集商会の仮保全が解除できなくて、なゆさんの前借りももう使えなくて」

「はい」

「つまり今のわたし、いつも通り死ぬことよりもずっとまずい」

「その通りです」

「で、死ななくても向こうから引っ張られやすい」

「はい」

「しかもそのせいで、なゆさんまで危なくなる」

「規定上は、そうなります」

 わたしは、しばらく何も言えなかった。

 整理した結果、逃げ道が見つからない。

「……終わってるじゃん」

「まだ終わっていません」

「何を根拠に」

「終わっている人は、こうして数えられません」

「その理屈、朔夜と同じで腹立つな!?」

「影響を受けたのかもしれません」

「やめて。最悪の学習しないで」

 ぬいが、また小さく笑った。

「ひゃっひゃ。全員わりと終わっとる」

「お前は黙ってて!」

―――――

「……で、どうする」

 沈黙を破ったのは朔夜だった。

 腕を組んで、壁にもたれたまま、こっちを見ている。

「どうするって」

「向こうが拾いに来る前に、こっちから手を打つ」

「簡単に言うなあ」

「簡単じゃない。だが待つよりはましだ」

「蒐集商会、潰すの?」

「潰せるならそうする」

「言い方が物騒!」

 なゆが静かに口を開く。

「正式取得前なら、まだ手順の外側で止められる可能性があります」

「手順の外側?」

「仮保全は一時処理です。正式審査が入る前であれば、記録の流れを切る余地がある」

「それをやるには」

「相手側の保全根拠を崩すことです」

「分かりやすく」

「“この個体は採取に値しない”と、向こうに思わせる」

「ひどい選考基準だな……」

 朔夜が短く言う。

「あるいは、価値があっても取りに来ると高くつくと思わせる」

「そっちは、だいぶ性格悪い」

「そういう相手だ」

 なゆは帳面を閉じた。

「これ以上、前借りの処理はできません」

「……うん」

「ですが、今すぐあなたを切るつもりもありません」

「え」

「審査が入る前に終わらせてください。それが、私にできる最後の猶予ラストチャンスです」

 最後、という言い方が妙に重かった。

「なゆさん」

「はい」

「わたし、そんなにヤバい?」

「はい」

 即答だった。

「今までで一番、向こう側に近いです」

「最悪……」

「最悪です」

 そこ、否定してほしかったのに。

 でも、なゆは嘘をつかない。

 つかないから、頼れるのかもしれなかった。

―――――

 なゆが帰ったあと、事務所の空気は少し変わった。

 静かになった、というより、決まった感じがした。

 もう前借りはできない。

 つまり次は、本当にあちら側へ落ちる。

 それがはっきりしたぶん、逆にぐずぐずしていられなくなった。

 わたしは机に置いたスマホを見た。レインの通知。るなのアイコン。幽々の短文。ママの心配。帰る場所。待ってる日常。

 守りたいと思うには、十分だった。

「……やるしかないじゃん」

「そうだ」

「その“そうだ”の速度が嫌い」

「知ってる」

 朔夜がカップを置く。

「食い終わったなら準備しろ」

「人の覚悟の余韻よいんを踏みにじるな」

「余韻で解決するなら苦労しない」

「それはそうだけど!」

 わたしはサンドイッチの残りを口へ押し込んで立ち上がった。

 その瞬間だった。

 胸の奥で、ぴん、と張っていた糸が強く引かれた。

「っ……」

 息が止まる。

「影森?」

「ちょ、待っ――」

 視界が揺れた。

 床が、少し遠い。

 血の気が引く感覚。頭の芯がひやりと冷える。体の輪郭だけが、一瞬遅れて自分に追いついてくるみたいな、嫌な浮遊感。

 ぬいが跳ねた。

「来たぞ!」

「は!? なにが!?」

「仮保全の引きじゃ!」

 次の瞬間、壁際の空気が歪ゆがんだ。

 人の形じゃない。

 でも、手だけが見えた。

 白くて細い、営業用の綺麗な指先みたいな手。名刺でも差し出すみたいに、静かにこちらへ伸びてくる。

「っ、蒐集……!」

 朔夜が一歩で距離を詰める。護符が指先に挟まる。

「影森、下がれ!」

「下がれって、足が――」

 足がついていかなかった。

 引かれている。胸の奥から、向こうへ。

 景色が二重になる。事務所の壁と、知らない白い廊下みたいなものが重なって見えた。名札。整理番号。白い光。受付みたいな無機質な空気。

 あっちが、来ている。

「やだ、ちょ……」

「目を閉じるな!」

「無茶言うな!」

 護符が飛ぶ。白い手がぶれる。でも消えない。

 代わりに、わたしの胸の奥の糸だけが、さらに強く引かれた。

 息が、切れる。

「っ、か、は……」

「影森!」

「朔、夜……!」

 苦しい。

 首を締められてるわけじゃない。なのに、呼吸のしかたが分からなくなる。体の中身だけ先に持っていかれるみたいな感じ。

 なゆの言葉が頭の中で響いた。

 今のあなたは、普通よりずっと向こう側に近い状態です。

「最悪、ほんとに最悪……!」

 それでも、笑いそうになった。

 こんなタイミングで笑うな、わたし。

「まだ、終わってない、って……言ったじゃん……!」

 朔夜が何かを叫んだ。

 たぶん術式。たぶんわたしの名前。

 でも、その前に、足元の感覚がなくなった。

 床に膝が落ちる。

 手がつけない。

 遅れて、額が机の角にぶつかった。

 鈍い音。

 それが、やけにはっきり聞こえた。

「……あ」

 熱い。

 と思ったのは一瞬で、次にはもう感覚が薄い。

 視界の端で、机の脚のあたりに赤いものが落ちた。

 血かどうか、確認するより先に、身体の輪郭がゆるんでいく。

 まただ。

 また、この落ち方だ。

「影森!」

 朔夜の声が、今度ははっきり聞こえた。

 ああ、やばいな、と思う。

 三重の借金を整理した日の終わりが、これなのか。

 でも、最後にひとつだけ分かった。

 前借りは、もうできない。

 だったら、こっちから終わらせるしかない。

 その考えだけを掴つかんだまま、わたしの視界は白く切れた。

 続く。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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