配信47回目 修学旅行・旅館に何かいた【前編】
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あらすじ
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信47回目 修学旅行・旅館に何かいた【前編】
本文
修学旅行です。
温泉旅館は、たいてい楽しい場所のはずでした。
少なくとも、石鹸で滑って死ぬまでは。
*****
修学旅行の朝に聞かされる話として、最悪の部類が朝からやってきた。
今私は、幽々と一緒に朔夜の話を聞いている。
旅行の集合前に、事務所に寄れと言われたのだ。
「るなには絶対、それ以上思い出させるな」
夜見よみ朔夜さくやは、朝っぱらから嫌・な・顔・でそう言った。
「もっとマシな送り出し方ないの?」
私はソファに座ったまま、寝不足の目で睨み返した。
「行ってらっしゃい、楽しんでこい、とか。女子高生の修学旅行っぽい台詞、まだあるだろ」
「ない」
「即答すんな」
あのお泊まり会の明け方に、るなが“そこにない扉”を見つけてから、十日ほど経った。
何も起きなかった、とは言わない。
私はその間ずっと、るながまた何か見つけないかを気にしていたし、朔夜さくやは露骨に機嫌が悪かった。
あの日――白っぽい扉。猫のシール。丸いノブ。普段はない場所に、ぽつんとある入口。 しかも、るな本人はまるで危機感がない。 それが一番よくない。
でも少なくとも、学校行事は待ってくれない。
「修学旅行なんだよ? 私、旅館行くんだよ? お土産とか木刀とか、そういう話していい年頃なんだよ?」
「木刀を買うな。あとで邪魔になる」
「買わないし!そこだけ拾うな!」
机の端では、ぬいが耳だけ伏せている。お前もお前で、嫌な気配を感じてるならもっと分かりやすく騒げ。
そのとき、朔夜が白澤しらさわ幽々ゆゆを見た。
「お前、ちょっと来い」
「……私?」
幽々が、珍しく少しだけ目を瞬いた。
「そうだ」
朔夜は、小さな紙片みたいな符を一枚だけ差し出した。
「案内図と実際の構造がズレたら使え」
「修学旅行前の女子高生に渡すものじゃないんだわ」と私は即座に言った。
「必要だろ」
「必要なのが終わってんだよ!」
幽々は符を受け取りながら、静かに聞く。
「なんで私なの」
「影森かげもりは突っ込む。るなは拾う。お前が連絡役だ」
「ひど」
「事実だろ」
「否定できないのが余計に腹立つ!」
幽々は符を見下ろしたまま、短く頷いた。
「分かった」
「一回しか使うな。本当にズレた時だけだ」
そこでようやく、私は眉をひそめる。
「待って。何それ。私には?」
朔夜は私を見た。
「お前は持ってても先に死ぬ」
「うるっさい!」
でも、たぶん否定できない。
その時点でもう、私は嫌・な・予・感・しかしなかった。
―――
学校は、修学旅行前らしい浮ついた空気でいっぱいだった。
教室のあちこちでキャリーケースの話。お菓子の持ち込み。班行動の確認。先生の「騒ぐな」。誰も彼も浮かれている。
その中で、るなは朝からポテチを食べていた。
「……ねえ、お前それ何袋目?」
「ん〜? わかんないぃ〜」
「わかんなくなる速度で食うな」
隣で幽々が、るなの手元を見たまま静かに聞いた。
「るな、お小遣い幾いくらなの」
「一万円だよぉ〜」
「で、今どれくらい残ってるの」
るなは少し考えてから、にこっと笑った。
「もう半分ないよぉ〜」
「早すぎるだろ!!」
思わず声が裏返った。
「まだ行きのバスだぞ!? 旅館にも着いてないんだぞ!?」
「でもぉ、サービスエリアでいっぱい買っちゃったしぃ〜……」
「“買っちゃったしぃ〜”で済む額じゃないの!」
幽々が真顔のまま補足する。
「るな、帰る頃には文無しになってそう」
「それはちょっとこまるぅ〜……」
「今さら危機感出すな!」
その会話の横で、幽々は旅館のパンフレットと学校配布の避難経路図を見比べていた。
「……この旅館、少し変」
ぼそっとそう言った声を、私は聞き逃さなかった。
「何が」
「部屋数。パンフと避難経路図で、階段位置が微妙に違う」
「やめろ。今聞きたくない」
先生が「バス乗るぞー!」と叫ぶ。
そのまま流れで移動になって、私はその話題を無理やり切った。
今は、聞きたくない。
修学旅行くらい、普通に行かせてほしい。
ほんとに。
―――
バスの中は、修学旅行のすべてが詰まっていた。
お菓子。写真。席移動しようとして怒られる男子。眠いくせに寝ない女子。窓の外のよく分からない景色に、なぜかテンションが上がる空気。
るなはまた何か食べていた。
「ポテチいるぅ〜?」
「朝から何袋目だよ」
「数えてないよぉ〜」
「数えろ」
幽々が窓を見たまま言う。
「るな、お小遣い、残り五千円なんだよね」
「そうだよぉ〜?」
「そのペースだと今日で消えそう」
「えぇ〜?」
「“えぇ〜?”じゃない」
私はもう、るなの食欲に付き合っていられず、座席の背にもたれて目を閉じた。
寝たい。
修学旅行中に寝不足で怪異対応とか、もうやりたくない。
その時、スマホが震えた。
【白い扉を見たら近づくな】
朔夜からだった。
「最悪……」
「どうしたのぉ〜?」
「朝から嫌な男に嫌な予言をもらった」
「ラブレターじゃないんだぁ〜」
「殺意が湧く言い方やめろ」
幽々がこちらを見た。何も言わない。でも、たぶん同じことを考えている。
今日、何も起きない気がしない。
―――
旅館は、見た目だけなら本当に良かった。
山の中腹に建つ、少し古くて少し新しい温泉旅館。木の匂いのするロビー。磨かれた床。仲居さんのきれいなお辞儀。小さな庭。ウェルカムのお茶と饅頭。
「旅館のお茶っておいしいよねぇ〜……」
「着いて三秒で二杯目いくな」
るなはすでに饅頭も食べていた。なんなんだお前は。どこに――栄養が消えてるかはもう皆さんご存じの通りだ。
先生たちが旅館スタッフと話している横で、日よけの帽子を深々とかぶった、スーツ姿の女がひとり、やわらかい笑顔で会釈した。――顔は、わからない。
「今日は別件のご確認で伺っておりますので、お気になさらず」
感じのいい営業っぽい声で、通りすがりにそういった。
「知ってる人?」と私は小声で言う。
「さあ」と幽々。
でも、幽々は少しだけその女を見ていた。そして私も、その話し方と声に、奇妙な違和感を感じていた。(どこかで会ったような.....。)
だが、私はそっちより、ロビーの壁にかかった館内図の方が気になったので、その気持ちもすぐに吹き飛んだ。
この館内図は、先生が持ってる避難経路図と、やっぱり少しだけ違う気がする。
階段の位置。
客室の並び。
ほんの少し。
でも、ほんの少しだからこそ、見間違いと言われたら終わる程度だ。
「やめよう、今は」
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
修学旅行だ。
楽しめ、わたし。
今だけでも。
―――
部屋は広かった。
畳。窓際の椅子。座卓。旅館のお菓子。温泉まんじゅう。湯のみ。
こういう“修学旅行っぽい部屋”に入ると、やっぱりちょっとテンションが上がる。
「わぁ〜……」
るなは窓際へ一直線だった。
幽々は非常口表示を見たあと、ようやく一息ついた。
「景色、きれい」
「ね」と私は言った。
少しだけ、嫌な予感が薄れる。
るなが振り返った。
「ゆらちゃん、浴衣どうするぅ〜?」
「どうするって着るだろ。旅館なんだし」
「やったぁ〜」
着替えのあと、るなは部屋菓子を開けようとして私に止められた。
「夕食前!」
「一個だけぇ〜」
「だめ!」
「一個だけだよぉ〜?」
「お前の“だけ”は信用できない!」
幽々が静かに館内冊子を見ていた。
「……やっぱり」
「何」
「客室番号、ひとつ飛んでる」
「今それ言う!?」
幽々は悪気なく冊子を差し出す。
たしかに、並びが少し変だった。
でもそれだけだ。建物の都合かもしれない。昔の改装かもしれない。そういうのはいくらでもある。
そう思いたい。
「見なかったことにしよう」と私は言った。
「現実逃避だね」
「修学旅行くらい現実から逃がせ」
るなはそんな会話をよそに、浴衣の帯をいじりながら鏡の前でくるりと回った。
「どうぉ〜?」
「似合ってる」と幽々が言った。
「ありがとぉ〜」
私は少しだけ口を尖らせる。
「そりゃ似合うだろうよ……」
「何その言い方ぁ〜?」
「別に。何でもない」
浴衣だと、るなの体型はいつも以上に主張が強い。私の貧相な山と比べるのも嫌になるくらい、あっちは堂々とした富士山みたいだった。ええもう、それはご立派に。
しかも本人に一切悪気がない。
男子の目線を一点に集めるそれに、余計に腹が立つ。
「ゆらちゃんも似合ってるよ」と幽々が、ぽつりと言った。
「え」
「うん。ちゃんと」
不意打ちだった。
私は少しだけ、ほんの少しだけ、顔が熱くなる。
「……そういうのは先に言え」
「今言った」
「そうだけど!」
るながけらけら笑った。
その笑い声に、また少しだけ肩の力が抜けた。
―――
夕食は豪華だった。
鍋。刺身。天ぷら。茶碗蒸し。小鉢がいちいち多い。普段ならお目にできないような、高級和食。男子も女子も、ものすごくテンションがあがっていて、目をキラキラさせながら箸で食べきるのを惜しむように、料理を楽しんでいる。
もちろん、るなはここでも本領を発揮した。
「まだ食うの?食べない人のめっちゃもらってんじゃん」
「これは別腹ぁ〜」
「その別腹、何個あるの。てかご飯のおかわり何杯してんだよ...」
「いっぱいぃ〜」
幽々が真顔で言う。
「るなの胃の構造、一回ちゃんと知りたい」
「分かる」
笑った。
ほんとに笑った。
こういう時間が続けばいいのに、と一瞬だけ本気で思った。
食後、女子みんなで温泉行こうという流れになる。
私はその時点で、少しだけ普通の修学旅行気分だった。
少しだけ。
スマホが震えるまでは。
【白い扉を見たら絶対に近づくな】
「言い方がもう出る前提なんだよ……」
「また嫌な男ぉ〜?」
「そうだよ嫌な男だよ」
るながのんびり笑う。
幽々は何も言わない。
でも私たちは、結局そのまま大浴場へ向かった。
―――
温泉は、普通に気持ちよかった。
脱衣所の木の匂い。洗い場の湯気。鏡に映るぼんやりした顔。広い湯船。
修学旅行で友達と風呂、というイベントに対して、私は一応ちゃんとテンションが上がるタイプだ。
「生き返るぅ〜……」
「お前もう何回か生き返ってるだろ」
「それとこれとは別だよぉ〜」
るなは楽しそうに笑った。
幽々も珍しく少し肩の力が抜けていて、髪をまとめながら静かに湯気の奥を見ている。
「風呂上がり牛乳だよねぇ〜」
「頼むから今日は何も拾うなよ」と私は先に言った。
「うん〜」
その返事が信用できなかった。
そして案の定、数秒後にるなが止まった。
「……あ、あれぇ」
私はいやな汗をかいた。
「何」
るなが指した先。
洗い場のずっと奥。従業員通路みたいな、ふだんなら誰も見ない場所。
白っぽい扉。
小さな猫のシール。
「……は?」
喉が冷えた。
幽々が即座に言う。
「戻ろう」
でも、るなは一歩だけそっちへ出る。
「やっぱりあったぁ〜」
「やっぱりって言うな!!」
「だって同じだもん〜」
「猫で判断すんな!!」
湯気のせいだと思った。
そう思いたかった。
でも、洗い場の列が一枚多い。
鏡も一枚多い。
排水溝の位置も、さっきと違う。
幽々が低い声で言う。
「ゆらちゃん、ずれてる」
「分かってる!」
るながまた一歩出る。
「待て、るな!」
私は濡れた床を蹴った。
石鹸を踏んだ、と思った。
でも違う。
滑ったんじゃない。
床の勾配そのものが、一瞬だけおかしかった。
「え」
足がありえない方向へ流れる。
頭が追いつく前に、身体が崩れた。
「うそ、ちょ――ま――」
ゴツン、と鈍い音がした。
視界が白く弾ける。
倒れたまま見えた鏡の中だけ、あの白い扉が少しだけ開いていた。
旅館で死ぬなら、せめてのぼせさせて――
そこまで思ったところで、私は死んだ。
るなの悲鳴が遠くなる。
幽々が何かを強く握る気配だけが、最後に残った。
つづく
*****
【後書き】
■今回の登場人物
・影森かげもりゆら
修学旅行くらい普通に楽しみたかったのに、結局最後は浴場で死んだ。死因はかなり間抜けだが、本人の名誉のために言うと“ただの転倒”ではない。
・夜宵やよいるな
小遣い一万円のうち、行きの時点で半分を溶かした食欲モンスター。今回も白い扉に最初に気づいた。
・白澤しらさわ幽々ゆゆ
旅館の図面と実際の構造のズレを拾い続けていた観測担当。今回は朔夜から“保険”を預かっている。
・夜見よみ朔夜さくや
表向きは修学旅行に同行していないが、明らかに何かを先回りしている嫌な男。
・ぬい
今回はわりと静か。静かな時ほど嫌な感じがする。
■今回の話の解説
今回は修学旅行回なので、前半はできるだけ普通の楽しい空気を優先しました。
その上で、旅館の図面・館内表示・浴場の配置が少しずつズレていることで、“建物そのものが正しくない”気味の悪さを出しています。
そしてラストで、るなが見つけた白い扉が旅館にも現れました。
ゆらの死に方自体はかなり間抜けですが、原因は石鹸だけではありません。
床の勾配、排水溝、洗い場の列、その全部が一瞬だけ別の配置にズレていた。つまり、旅館の“裏の間取り”がこちらへ重なっていた、ということです。
後編では、死後側からその裏の構造を探ります。
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