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配信49回目 ぬいがやらかした――増えるな、複製されるな、勝手に営業するな

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 8,013文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信49回目 ぬいがやらかした――増えるな、複製されるな、勝手に営業するな

本文

旅館(修学旅行)のあとです。

 今回は前半ちょっと笑えて、後半ちゃんと最悪です。

 あと私は、やっぱり今回も死にます。

――――

 旅館案件の翌日、私は夜見よみよろず相談事務所のソファに沈んでいた。

 頭が痛い。首も痛い。肩も痛い。温泉旅館で石鹸を踏んで、床の配置まで裏返って、死んで、戻って、翌日に普通に学校へ行かされて、そのまま放課後ここへ来ている時点で、人生の運用設計が全部おかしいのだ。

「……なんで私、普通に登校してるの?死んだことになってないんだろ」

「死因が事故扱いで学校も大事にしたくないんだろ」

 机の向こうで、夜見朔夜よみさくやが気だるそうに答えた。

 ムカつくことに、こいつは今日も顔だけはいい。少し長めの黒髪。白い肌。だるそうに伏せた目。黙っていれば絵になる。黙っていれば、ね。

 そう。ほんっとぉぉに、黙っていれば、だ。

「事故で済ませるなよ。温泉旅館の裏の間取りに落ちてたんだよ、私」

「戻ってきたなら問題ない」

「問題、大ありだよ!」

 私は抱えていたクッションを朔夜に思いきり投げた。朔夜は顔色ひとつ変えずに片手で受け止め、そのまま椅子の背に引っかける。それがまた腹立たしい。

 机の上には、旅館から持ち帰った例の白い管理札が置かれたままだ。

 仮保全。

 接触履歴あり。

 要再査定。

 見るだけで腹の底が冷える。旅館怪異の中に、あんな事務的な札が刺さっていた。しかも朔夜はそれを見てから、ずっと機嫌が悪い。

 なのに。

「ふふん」

 部屋の隅では、ぬいが妙に元気だった。

 灰白色の毛並み。片方だけ少しへたれた耳。ぬいぐるみの形代かたしろに入っているせいで、見た目だけならちょっと古びたマスコットみたいな顔をしている。

 コイツも、見た目だけなら、だ。

「なんでお前が一番つやつやしてんの」

「有能ゆえじゃな」

「その有能、絶対違う方向で発揮されてるわ」

 ぬいは机の端で丸くなりながら、えらそうに尻尾を揺らした。

「旅館はよかったのう。湿り気、残滓ざんし、未成立の記録。胃に優しい味じゃった」

「食レポみたいに言うな」

「上品な後味であった」

「レビューもすんな」

 私はソファに頭を打ちつけた。痛い。死んで戻ったあとでも、こういう痛みはちゃんと痛いのが腹立つ。

 そこへ、事務所の奥でキーボードを打っていた毒島ぶすじま真琴まことが、画面から目を離さないまま言った。

「影森さん、冷蔵庫の上」

「え?」

 反射的に振り向く。

 冷蔵庫の上に、何か灰白色の小さいものが乗っていた。

「……は?」

 ぬいっぽい。

 サイズも色も耳のへたり具合も、だいたいぬいっぽい。

 でも、ぬい本人は机の上にいる。

 私はゆっくり指をさした。

「おい」

「なんじゃ」

「今、お前そこにいた?」

「ここにおるじゃろ」

「そうじゃなくて、あっち!」

 私が叫んだ瞬間、冷蔵庫の上の灰色の小さいものが、ぴょこんと跳ねた。

 そのまま電子レンジの上へ移動する。

「動いた!!」

「うるさいのう」

「お前が増えてる!!」

 私は反射的に立ち上がって冷蔵庫へ突進した。電子レンジの上にいたそれは、私が手を伸ばした瞬間、壁際のラックへ逃げる。ちょこちょこした足音。腹立つくらい見慣れた動き。

「ぬい!」

「知らぬ」

「絶対嘘!!」

 私はラックの前でスリッパを脱ぎ、武器みたいに構えた。

「待てこら!」

 ぱしんっ。

 思いきり振り下ろしたスリッパは、ラックの角に当たって跳ね返り、私の手首に直撃した。

「痛っっ!」

 同時に、机の上のぬいが鼻で笑う。

「人間は鈍いのう」

「笑うな!」

 その時だった。

 今度はプリンターの上から、ぴこ、と小さい耳が出た。

 さらに、給湯ポットの陰からも、もそ、と灰色の尻尾が覗いた。

 私は固まる。

 朔夜も、さすがに目を上げた。

 真琴が静かに数え始める。

「机の上に本体。ラックの上にひとつ。プリンターの上にひとつ。給湯ポットの陰にひとつ。冷蔵庫の横に一」

「増えてる! 普通に増えてる!!」

 私が叫ぶと、プリンターの上の偽物ぬいが、ちょうど紙を吐き出し始めたところだったらしい。ずるずるとコピー用紙が出てきて、床に落ちる。

 白い紙には、なぜか黒い肉球みたいな跡が点々とついていた。

「なにこれ最悪かわいい」

「最悪じゃろ?」

「嫌味で言ってんだよ!」

 給湯ポットの陰のやつは、いつの間にかお茶請けのクッキー袋を引きずっている。ラックの上のやつは、私のヘアゴムをくわえていた。

「待て!それ私の!」

 追いかけた瞬間、今度は背後の冷蔵庫が開く。中から、別のぬいっぽいのが顔を出した。

「いや中にもいるの!?」

 私は半泣きで振り返った。

「朔夜! 助けて!」

「自力でなんとかしろ」

「冷たっ!」

「今は面白い」

「そういうとこなんだよ性格が!」

 真琴がモニターをこちらへ向けた。

「一応、裏は取れてます」

「何の“裏”!?」

「映像上でも増殖しています」

 画面には事務所の定点映像が映っていた。

 机の上の本体ぬい。その横の配信機材の陰に一匹。冷蔵庫の上に一匹。さらに、モニターの枠の中にもう一匹。画面越しにしか見えていないやつまでいる。

「やだ、なにこれ」

「しかも個体差があります」

 真琴が別フレームを切り替える。

「耳の角度、尻尾の長さ、目の位置。全部少し違う」

 私は画面と部屋の中を見比べた。

「つまり?」

「複製コピーです」

 真琴が、きっぱり言った。

 部屋が一瞬、しんと静まる。

 その沈黙の中で、机の上の本体ぬいだけが、私からすっと目を逸らした。

 私はその動きでいろいろと確信した。

「あっ」

「何じゃ」

「お前、やってる顔だ」

「失礼な――何を言う」

「いやその“失礼な”の言い方、完全にやってるやつ!」

 私は机を回り込んで、ぬいを両手で囲った。

「こら、吐け」

「口調が雑じゃ。いやじゃ。」

「雑でいい! お前、何やった!」

 ぬいは最初、ふんと鼻を鳴らした。

「知らぬ。人間の視線が増えれば、似たものが発生することも――」

「オイ、毛玉」

 朔夜の声が、すっと低く落ちた。

「三秒やる」

「理不尽じゃ」

「二秒」

「早い」

「一いーち」

「わしだけが悪いわけではないぞ!」

 ぬいは、ものすごく素直に白状した。

「やっぱりお前じゃん!!」

 私は机を叩いた。

「ちょっとした副収入アルバイトじゃ!」

「何がバイトだよ、バカぬいぐるみ!!」

 真琴が無表情で問い返す。

「副収入、とは具体的に何を?」

「案件で吸った断片かけらを、少し分けただけじゃ」

「誰に」

 朔夜が即座に返す。

 ぬいは一瞬だけ耳を寝かせ、それでも小さく胸を張った。

「銭...原ぜにはらに」

 私は天井を仰いだ。

「やっぱりアイツかああぁぁぁ……!」

 その名前が出た瞬間、朔夜が迷いなくスマホを取る。数秒後、スピーカー通話が繋がった。

『もしもしぃ、良心的ぼったくりの銭原ぜにはら呪助じゅすけで――』

「マジで殺すぞ」

『開口一番、めっさ怖いねん』

 相変わらず軽い。軽すぎる。スピーカー越しでも、胡散臭い笑顔が見える気がして腹が立つ。

 朔夜は机を指先で叩いた。

「毛玉の断片、どこへ流した」

『あー、あれな。いやあ、ちょっとしたサンプルやん。よう増えるなあ思うて』

「どこへ」

『そんな怒らんでもええやろ。うちは仲介しただけやて』

「どこへ」

 三度目の声は、笑ってなかった。

 銭原の軽さが、そこで少しだけ鈍る。

『……保全屋ほぜんや寄りの連中や。ほら、残ったもんに値ぇつけるタイプの』

 私は背筋が寒くなった。

 保全。値段。

 旅館で見た、あの白い札と同じ匂いだ。

「ちょっと待って」

 私は割り込んだ。

「それって、まさか」

『お嬢ちゃん、そんな顔せんでええやん。住所そのものを売ったわけやない。案件帰りの匂いとか、配信の導線とか、事務所のだいたいの圏内とか、そういう軽い情報だけ――』

「軽くない!!」

 私の悲鳴と同時に、朔夜の目つきが完全に冷えた。

「銭原、てめえ......」完全にキレモードだ。

『いや待て待て待て。わしも、あの毛玉の欠片がここまで増殖するとは思わんかったんやて』

 そこでぬいが小さく前足を挙げた。

「そこは、わしも思わんかった」

「お前は黙ってろ、加害者!」

 通話は、最後に朔夜が「今度、てめえの身体で支払ってもらうからな」でブチ切りした。

 部屋の空気はさっきまでと別物になっていた。

 でも、その空気を読まないのが、増殖したコピーぬいたちである。

 プリンターの上のやつが、今度は勝手に新しい紙を吐き出し始めた。そこへ冷蔵庫の横のやつが飛びつき、紙がびりっと裂ける。給湯ポットの陰のやつはクッキー袋を開けきって、床へ全部ぶちまけた。

「うわあああっ!」

 私は叫びながら、近くのティッシュ箱を投げた。外れた。

 ラックの上のやつが、今度は私のシュシュをくわえたまま配信機材の棚へ飛び移る。

「返せ、それ今朝なくしたやつ!」

「増えた結果、知能が下がっとるのう」

「分析してる場合か本体!」

 真琴がモニターを操作しながら静かに言う。

「依頼報告、さらに増えています」

「え?」

「スマホの隅にいる。寝室の棚にいる。動画を止めると増える。子どもが名前をつけた。ほぼ全部同じです」

 彼女が開いたメール一覧には、同じような文面がずらっと並んでいた。

 しかも、その多くに添付画像がある。スマホの端。テレビ台の上。クローゼットの隙間。どれも、ぬいに似た小さい灰色のものが写っている。

「可愛い見た目で被害だけ本格派なのやめろよ……」

 私が呻くと、真琴は小さく首を横に振った。

「もっと悪いです」

「まだ下あんの?」

「あります」

 彼女は別窓を開く。

「自然発生なら、投稿時間も拡散経路もばらけます。でもこれは違う。同じ時間帯、同じリンク構造、同じ観測順で報告が集まってます」

「……なにそれ」

「誰かが追える形に揃っています」

 部屋が、また静かになる。

 真琴の声だけがやけに冷たく響いた。

「ぬいさんのコピーが出た場所を、誰かが見ています」

「観測……」

「はい。どこが薄いか。誰が接触しやすいか。どの家、どの端末、どの視聴者が向こう側に触れやすいか」

 私はゆっくり、ぬいを見る。

 ぬいは今度こそ気まずそうに耳を伏せていた。

「つまり、お前」

「……」

「自分の偽物ばらまいて、入口マーカー配ったってこと?」

「そんな大層なつもりではなかったんじゃ」

「結果が最悪じゃねえか!!」

 朔夜が低くまとめる。

「毛玉の断片が偶発的に増えた。その増殖先を、あいつらが“接触候補”の目印に使ってる」

 机の上の白い札を、彼が指先で弾いた。

「見られてるんじゃない。探らせたんだ」

 ぞっとする言い方だった。

 旅館で刺さっていた札の意味が、じわじわ繋がってくる。旅館だけじゃない。もう、こっちの日常そのものへ細い針が刺さり始めている。

「……ねえ」

 私はソファの背にもたれたまま聞いた。

「これ、また私も見られてるってこと?」

「見られてる」

「マジ......?」

「お前はもう接触履歴つきだ」

 最悪だった。

 ほんとうにちっとも嬉しくない個体認定である。

 その時だった。

 配信機材の奥から、ぶつっ、と嫌な音がした。

 みんなが振り向く。

 古いキャプチャーボードに繋いだままだったサブモニターが、真っ黒なはずなのに、勝手に白いノイズを流し始めていた。

 画面の隅で、小さな灰色のものが、ひとつ、ふたつ、みっつと増える。

 コピーぬいだ。

「うわ」

 私の声と同時に、床の上のコピーたちも一斉にそっちを向いた。

 まるで呼ばれたみたいに。

「……やばいのう」

 ぬいが珍しく弱気な声を出す。

「今さら!?」

「元の群れに寄っとる」

「群れ!?」

 真琴がすぐに画面を切り替える。

「旧式の録画ラインです。アーカイブ保管用。七年前のデータがまだ残ってる系統に繋がってます」

 朔夜の目が細まる。

「どこだ」

「奥の保管部屋です」

 言われた瞬間、コピーぬいたちが一斉に動いた。

 ちょこちょこちょこ、と、やたら素早い。

 事務所奥の、古い機材やテープを押し込んだ保管部屋へ向かって走っていく。

「待て! 増えるな!」

 私は反射的に追いかけた。

「影森、行くなっ!」

「私が行かなきゃ!!」

 保管部屋は狭かった。

 古いビデオデッキ。今は見ることのないブラウン管のCRTモニター。ケーブルの束。段ボール。棚に積まれたテープ。埃ほこりっぽい匂いと、熱のこもった古い機械の匂いが混ざっている。

 そして、その中央のモニターだけが、勝手に点いていた。

 ノイズ混じりの古い映像。

 今の事務所によく似た構図なのに、少しだけ違う。机の位置、棚の高さ、壁の傷。

「これ、何……」

 私が近づいた瞬間、コピーぬいたちが一斉にモニターの周囲へ集まった。

 画面の中にもいる。外にもいる。ぬいに似た小さいものが、何匹も、何十匹も、画面の縁へまとわりついている。

 しかも、その一匹一匹の輪郭の奥に、別の何かが見えた。

 短いコメント。ユーザー名。投稿時刻。切り抜きURL。部屋番号。視聴履歴。

 小さい身体の中に、観測の破片が詰め込まれている。

「っ……」

 嫌な理解が走る。

 これ、ただの毛玉じゃない。

 “見つけた”という視線そのものだ。

 そこへ、机の上にいた本体ぬいが私の肩から飛び降り、ひどく焦った声で叫ぶ。

「その線を抜け! 影森かげもり、それ以上近づくでない!」

「どれ!?」

「一番赤いケーブルじゃ!」

「わかった!」

 でも、画面の中のコピーぬいたちが、今度は私のほうを向いた。

 小さいくせに、ぞわっとするくらい同じ顔で。

 その瞬間、背後で何かが引っかかった。

「え?」

 足首に、ケーブルが絡んでいた。

 さっき走り込んだ時に踏んだらしい。私は体勢を崩した。

 咄嗟とっさに近くの棚へ手をつく。でも、支えたはずの棚の下段に、コピーぬいが潜り込んでいて、積まれていた古いデッキがずるっと滑る。

「ちょ、待っ――」

 ごっっっ!

 鈍い音がした。

 視界が、斜めに流れる。

 頭の後ろに、遅れて痛みが来る。古いデッキの角か、棚の金具か、分からない。ただ、いやなほど重い衝撃だった。

「あ」

 と思った時には、もう床が遠かった。

 古いモニターの白いノイズだけが、やけに明るい。

「いや、ほんとに待っ……」

 そのまま、意識が途切れた。

―――

 目を開けた時、私は棚の少し上から、自分の身体を見下ろしていた。

「……あー」

 また、死んだ。

 今回も、だいぶ間抜けな死に方だった。

 床には私。頭の横に倒れた古いデッキ。朔夜がすごく嫌そうな顔で駆け込んでくる。真琴はもう救急より配信機材保全の手つきで電源系統を見ている。ぬいは私の肩口を離れて、珍しく本気であたふたしていた。

「またまた死んだのう!?」

「ぜぇぇんぶ、お前のせいだよ!!」

 霊体のまま怒鳴ると、ぬいがびくっと耳を伏せる。

 でも、その直後に見えたものに、私は口をつぐんだ。

 コピーぬいたちの本当の形だ。

 外側は灰白色の毛玉。でも中身は違う。コメント欄の視線、動画の切り抜き、配信の残響、観測タグ、位置情報の欠片。そういうものが、小さな獣の形へ無理やり縫い合わされている。

 しかも、その全部が、モニターの中の古い映像へ細い糸で繋がっていた。

「朔夜!」

 私は死んだ側から叫ぶ。

「これ、毛玉の複製じゃない! 視線の寄せ集めだ! 見つけた場所の情報ごと、古い映像に戻してる!」

 朔夜が即座に私のいる位置を見た。

「核コアはどこだ」

「画面! でも今のコピーじゃなくて、その元!」

 真琴が横から答える。

「七年前のアーカイブです。タイムコードだけ生きてます。これが雛形ひながたです」

 ぬいが情けない声で言う。

「……わしの欠片に、古い観測記録が噛んだのじゃ。たぶん」

「たぶんで済ませるな!」

 朔夜は、倒れた私の身体を一瞥いちべつしてから、舌打ちした。

「今回の蘇生、高くつくぞ」

「金の前に私の心配しろ!」

「してるから赤字だ」

 最低。死後でも腹が立つ。

 でも、憎まれ口をたたいても、彼は次の瞬間にはもう仕事モードに入っている。

 朔夜はノイズだらけのモニターへ向かって札を投げた。

『”媒体遮断”メディア・ブレイク』

 白い札が画面の四隅へ貼りつく。ノイズが一瞬だけ静まる。

『真琴、録画ライン切れ。今繋がってる拡散先、全部拾え』

「拾ってます。コメント流入、切り抜き、保存済みリンク、逆順に潰します」

『毛玉、お前は呼び戻せるだけ呼び戻せ』

「理不尽じゃ!」

『お前の不始末だ』

「正論が強い!」

 ぬいはぶつぶつ言いながらも、コピーたちへ向かって、妙に高い声で何かを鳴いた。

 きゅる、みたいな、気の抜けた音だった。

 でも効果はあった。

 周囲に散っていたコピーぬいたちが、一瞬だけぴたりと止まる。向きを変え、本体のほうへ集まり始めた。

「うわ、ちょっと可愛いのが腹立つ」

「今そういう感想を言う場面ではありません」

 真琴の冷静さが強い。

 朔夜がさらに札束を抜く。指先で弾いた紙幣が、白い火みたいに燃えた。

『”逆探封鎖”バックトレース』

『”拡散停止”スプレッド・ロック』

 モニターの中の古い映像が、ぐらりと歪む。

 その瞬間、私はその画面の隅を見た。

 今の事務所によく似ている。でも違う。少し古い。少し狭い。そして、その隅に――今よりもっと輪郭の薄い、ぬいみたいなものがいた。

「……あ」

 私が声を漏らすと同時に、真琴も画面へ顔を寄せた。

「これ……」

 コピーぬいたちは、朔夜の術式で次々に白いノイズへ戻っていく。毛玉の形がほどけ、視線の欠片になり、モニターへ吸い込まれる前に焼け落ちる。

 最後の一匹が消えた時、部屋はしんと静まり返った。

 ノイズも止まる。

 古いモニターだけが、かすかなざらつきを残して映像を止めた。

 その停止画面を見た真琴が、ぽつりと言った。

「……七年前の映像にも、います」

 全員がそちらを見る。

 画面の隅に、小さい灰白色のもの。

 今のぬいよりもっと曖昧で、ノイズみたいに揺れている。

 しかも、それははっきりと、今の事務所そっくりの空間にいた。

「は?」

 私は死んだまま、間抜けな声を出した。

 ぬいだけが、珍しく黙っている。

 その沈黙が、いちばん嫌だった。

―――

 次に気づいた時、私は事務所の床で咳き込んでいた。

「げほっ……!」

「起きたか」

 朔夜が、いつもの“嫌そ~な顔”で私を見下ろしてくる。

「第一声それ?」

「今回の死因、かなり間抜けだな」

「原因のお前が言うな!」

 私は頭を押さえて起き上がった。まだ痛い。なんなら、死ぬ前より痛い気がする。

 横を見ると、ぬいが封印札を額に貼られたまま、逆さに吊られている。さっきまで増殖していた威勢はどこへやら、完全にしょんぼりしていた。

「当面、配信機材への接触禁止」

 真琴が事務的に告げる。

「外部断片の持ち出し禁止。銭原との無断取引禁止。棚の上も禁止です」

「横暴」

「妥当です」

 私は立ち上がって、ぬいの鼻先を指でつついた。

「お前、地味に社会悪なんだよ」

「地味ではない。可愛い社会悪じゃ。」

「そこだけ訂正すんな」

 でも、笑い飛ばせる感じでは、もうなかった。

 古いモニターには、停止した七年前の映像がまだ残っている。

 今の事務所によく似た部屋。そこにいる、今よりもっと曖昧なぬいみたいなもの。

 それを見ている朔夜の横顔は、いつもよりずっと険しかった。

 私は頭の痛みと一緒に、別の寒さを飲み込む。

 今回ばらまかれたのは、ただの偽物じゃない。

 誰が薄いか。誰が触れやすいか。誰が向こうへ落ちやすいか。

 そういう情報そのものを、小さくて可愛い顔に詰めてばらまいていたんだ。

 最悪すぎる。

 しかも、その元が七年前からある。

 私は喉の奥の痛みをごまかすみたいに、小さく呟いた。

「……ほんとに、ろくでもない職場」

―――――

■今回の登場人物

・影森かげもりゆら

 旅館の翌日で満身創痍まんしんそういなのに、事務所でまた死んだ主人公。今回はかなり間抜け寄りの事故死。

・夜見よみ朔夜さくや

 相変わらず説明と優しさが足りないが、今回はコピーぬいの拡散経路ごと潰しにきた。

・ぬい

 今回の主犯。副収入感覚で断片を流し、複製され、逆さ吊りにされた。見た目は可愛いが、やってることはわりと社会悪。

・毒島ぶすじま真琴まこと

 編集・記録・ログ解析担当。今回いちばん冷静に全体像を掴んでいた実務屋。

・銭原ぜにはら呪助じゅすけ

 今回も軽いノリで最悪の仲介をした男。便利だが、便利なぶん信用できない。

■今回の話の解説

 49話では、ぬいの軽率な裏取引が“コピーぬい”の増殖を招き、それが蒐集側の観測導線にもなっていたことが発覚しました。

 前半は毛玉騒ぎのコメディですが、後半では「可愛い複製が、視線と接触履歴の回収装置になっている」という嫌さへ繋げています。

 そして最後の古いアーカイブ映像は、次回の本筋へそのまま接続する導線です。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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