大学の文化祭って大体何かに巻き込まれるよね④
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
ステージ裏は、独特の空気が漂っていた。
本番前のざわめき、チューニングの音。
ノルンがそこに足を踏み入れると、三人はすでに揃っていた。
「遅せーぞ、十分前じゃねえか」
ジークが腕を組んだまま言った。
「十分もあれば問題ないだろ」
「気持ちの準備ってもんがあるだろうが」
「俺には不要だ」
「顔が緊張しているが?」
レインが間に割って入る。
「無理してたら言えよ。あとこれ、さっきチューニングしといた」
レインがギタースタンドからノルンのギターを手渡してくる。
「助かる」
ノルンはギターを受け取り、軽くストロークして確認する。
狂いはない。
「今年はクライド作曲か」
「文句あるか」
「ねえよ。いい曲だし」
照れているのか、クライドはそれ以上言わなかった。
ジークがドラムスティックを手の中で回しながら、ステージ袖から客席を覗く。
「結構入ってるな。ノルンの家族も来てるぞ」
「だろうな」
家族が来ていることはステージ入りする前に把握していた。
最前列ど真ん中、アイシャとエニシャはティファニアの隣でステージを見ている。
「子どもたちに見せるのは今年が初めてか」
レインが静かに言った。
「ああ」
「緊張するよな、そういうの」
「……否定はしない」
珍しく正直に答えると、ジークが笑った。
「素直じゃないか」
アナウンスが流れた。
『バンドサークル、まもなく出番です。ご準備ください』
四人が顔を見合わせる。
クライドが先に立ち上がった。
「よし行くぞ、お披露目と行こうじゃないか」
ステージに出た瞬間、歓声が上がった。
バンドサークルは今年のイベントの中では特に注目度が高い。
数年ぶりの復活に加え、今年はオリジナル曲もあるということで更に注目度が上がっていた。
ノルンはマイクスタンドの前に立ち、客席を一度だけ見渡した。
「どうもー! バンドサークルでーす! 帰って来たぞー!」
ノルンが挨拶代わりに自前のギターをかき鳴らしてやると、再度歓声が上がった。
歓声が静まったのを確認して、ジークがドラムスティックを叩いて合図を出す。
三回目の音を合図に演奏がスタートすると、客席から手拍子が起きた。
興奮したのかアイシャが立ち上がりかけて、ティファニアに引き戻された。
対してエニシャはステージをじっと見ていた。
ノルンは家族が見ている手前でミスはできないと内心思ったが、指は迷いなく動いていた。
一曲目はカバー曲だ。
ノスティアで長く親しまれている、誰もが知っている曲。
高BPMを活かした速い演奏で、聴けばすぐに体が動く。
ノルンが行きつけにしているコンカフェでもよく流れている曲だ。
観客を熱狂させるには持ってこいの選曲だった。
「おとーさん、うたってる!!」
ティファニアが微笑んだ。
一曲目が終わると、大きな拍手が起きた。
最前列の学生が口笛を吹く音が聞こえた。
二曲目は一曲目と打って変わって、BPMが低いポップスだ。
三曲目へのつなぎというのもあって、Bメロからのコード展開が三曲目の曲に合った、ドラマティックな転調が特徴のカバー曲だ。
しっとりとした旋律が広場に流れ出すと、客席の空気がゆっくりと変わった。
一曲目の熱気が、静かに落ち着いていく。
二曲目が終わると、静かな拍手が広がった。
さっきとは種類の違う拍手だった。
三曲目の前に、ノルンがマイクに近づいた。
「最後は、クライドが書き下ろした新曲です。お楽しみに」
ノルンはそれだけ言い残すと、マイクスタンドをクライドに渡す。
三曲目は、クライドが歌うことに意味がある曲だからだ。
クライドがマイクの前に立つと、客席がざわついた。
ボーカルの交代を予期していなかったのだろう。
クライドは客席の『ある人』を一瞬見つめてから、静かに息を吸った。
「この曲は……俺の大切な、彼女に向けた一曲だ」
観客はクライドの発言の意図を察したのか、一気に盛り上がった。
「……とうとうやりやがったよ、こいつ」
「ここで言うとか大胆すぎるって、このプロポーズ」
ジークとレインの声が、ステージ上でこっそり重なる。
クライドはそれらを全部聞こえていないふりをしていた。
「聞いてくれ。新曲――リナリア」
ジークがドラムスティックをゆっくりと持ち上げる。
レインのベースが、低く一音だけ鳴った。
ゆっくりとした旋律が始まると、客席がしん、と静まり返る。
声量があるわけではない。
派手な技巧があるわけでもない。
それでも、聴いている人々の手が止まった。
気が付いたら彼女を目で追ってしまうこと。
隣にいるだけで、胸が温まること。
手が届かないこと。それでも一緒にいてほしいこと。
それらが言えないまま積み重なっていく感情。
クライドの視線は、歌っている間ずっと一点に向いていた。
客席の最後部で立ち見している、ホワイトミルクティー色の髪色をした女性。
シェリーが気づいているかどうかは、わからなかった。
ただ、クライドが歌っている間、シェリーが一度もその場を離れなかったことは確かだった。
演奏後、一拍おいて客席に拍手が広がった。
今日一番、長い拍手だった。
ステージ裏に戻ると、ノルンが真っ先に口を開いた。
「……行けよ、待っている人がいるんだろ?」
「……そうだな。行ってくる」
クライドはキーボードをバッグにしまうと、それを担いでステージ裏を後にした。