大学の文化祭って大体何かに巻き込まれるよね③
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
大広場に着くと、ステージは非常に混んでいた。
ステージの前には人垣ができており、端の方からでもかろうじて見える程度だ。
ノルンが浮遊術式を使用してアイシャとエニシャをノルンの頭上まで浮遊させると、アイシャが「みえる!」と声を上げた。
エニシャは高さに少しだけ身をすくませたが、すぐに目線をステージに向けた。
各自のメンバーカラーのアイドル衣装に身を包んだ学生が踊っている。
動きに一切の乱れがない。一年かけて準備するというのは伊達ではないようだ。
ステージ中央、センターど真ん中に薄いピンク色の尻尾が揺れていた。
「あ! おかーさんだ!!」
アイシャが空中で身を乗り出した。ノルンが術式の出力を微調整して姿勢を安定させる。
「おかーさーん!!」
ティファニアはステージに集中しており、客席の声は届いていないようだった。
最前列ではチェック柄の服を着た学生たちが棒状の光る魔法道具を振り回し、タイミングを合わせて声を上げていた。
「うりゃおい!うりゃおい!うりゃおい!うりゃおい!」
「しゃーいくぞー!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」
コールが整然と続く。
演者の一人が客席に向かって手を伸ばすように振ると、最前列から大きな声が重なった。
エニシャがじっとそれを見ていた。
「……なんていってるの」
「……さあな」
ノルンは正直に答えた。
セレスティアが最前列をまじまじと観察した。
「あれは……文化なのでしょうか」
「東洋ではああいう文化があると聞くが……見るのは初めてだな」
チェック柄の服を着た学生たちは一糸乱れぬ動きで光る棒を振り回しており、明らかに相当な練度だった。
振り付けがある。全員で合わせている。これはこれで一つの技術だとノルンは思った。
「……あれもれんしゅうしてる?」
エニシャが空中から最前列を見下ろしながら問う。
「してるだろうな」
「……なんで?」
「好きだからだろう」
エニシャがそれを聞いてまた最前列に目を戻した。
アイシャはすでに興味の矛先をステージに戻していた。
ティファニアがセンターで踊っている。表情が普段と全然違う。
「おかーさん、かっこいい!」
空中から思い切り声を張り上げた。
周囲の観客が何事かとアイシャを見上げた。
ティファニアの耳がぴくりと動いた。
聞こえていたようだが、ステージの顔のまま前を向いていた。
二曲目に入ったところで、最前列がまた動き出した。
「うりゃおい!うりゃおい!」
コールが再開する。
光る棒が一斉に振られる。
アイシャが空中で身体を揺らし始めた。
リズムを取っているのかどうかよくわからないが、楽しそうだった。
エニシャは相変わらずじっと最前列を観察していた。
棒の振り方、声のタイミング、足の踏み方。
ひとつひとつを確かめるように見ていた。
それからおもむろに、空中で小さく手を振り始めた。
コールとはまったく関係ないタイミングだったが、本人なりに参加しようとしているようだった。
セレスティアがそれを見て、こっそりと写真を撮った。
ノルンはそれに気づいていたが、見なかったことにした。
最後の曲が始まると、会場全体の熱量が一段と上がった。
最前列の学生たちが棒を高く掲げて声を合わせる。
後ろの観客も手拍子を打ち始める。
ステージと客席が一体になるような空気が広場全体に広がっていく。
「……すごい」
小さな声だった。
「……うん」
エニシャも静かに同意した。
ノルンは何も言わなかった。
ただ、術式の出力を安定させながら、同じようにステージを見ていた。
発表が終わると、広場に大きな拍手が広がった。
最前列の学生たちも棒を下ろして歓声をあげている。
一部の学生がアンコールを叫び始めた。
「アンコール! アンコール!」
声が広場全体に広がっていく。
手拍子が重なる。
アイシャがすぐ手拍子に混ざった。
「あんこーる! あんこーる!」
意味はわかっていないようだったが、声の合わせ方だけは完璧だった。
しばらくして、ステージの袖からメンバーが戻ってきた。
センターにティファニアが立った。
少し息が上がっているが、表情は明るかった。
もう一曲、短いアンコールが演奏された。
最前列の学生たちの歓声もひと際大きかった。
アンコールが終わり、メンバーが袖に捌けていく。
最後にティファニアが客席に向かって手を振って消えた。
エニシャがノルンを見上げた。
「……またみられる?」
「来年になればな」
「……らいねん」
エニシャがその言葉をゆっくりと噛みしめた。
少しして、AILICEがリマインドを通知した。
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通知:13:00 バンドサークル演奏発表
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「さて、ティーの次は俺の出番か」
ノルンは意気込むと、アイシャとエニシャをセレスティアに預ける。
「13時からはお父さんの出番だ。楽しみにしてろよ」
「なにするのー!?」
アイシャが興味深々に食いついてくる。
「お父さんたちのサークル発表だ」
それだけ言い残すとノルンは、会場であるステージに向かって行った。