大学の文化祭って大体何かに巻き込まれるよね⑤
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
演奏発表は大成功で幕を下ろした。
ノルンは自前のギターをケースにしまい、満足そうにステージ裏を出ると家族が待っていた。
「ノルン、最高だったよ」
「素晴らしい演奏でした、ノルン様」
「おとーさん、かっこよかった!」
「パパ、すごかった」
家族からも大盛況だ。
ノルンは満足そうに顔をほころばせる。
「練習したからな、当然だ」
「そうやって照れないの」
「うるさい」
ノルンが照れ隠しをするように言葉を遮る。
事実なので、それ以上何も言えなかった。
「ところでクライドさんは?」
ティファニアが辺りを見渡した。
「行ったよ」
「……どこへ?」
「待っている人のところへ」
ティファニアが一瞬だけ目を丸くして、何かを察したようににっこりした。
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
「次はどこ行くの!?」
アイシャがパンフレットを奪い取って広げる。
「順番に見ろ、破れる」
「やぶれないよ!」
ティファニアがアイシャの手元を覗き込んだ。
「メイドカフェがあるよ。学生が出してるやつ」
「めいどかふぇ?」
「お給仕してくれるお店のことだよ。特別な衣装を着た学生が接客してくれるんだって」
「たのしそう! いく!」
アイシャが即断した。
エニシャもパンフレットを覗き込んで、こくりとうなずいた。
「ノルンはどう?」
「大賛成だ」
ノルンが軽く答えると、ティファニアが少し間を置いてから言った。
「実は私もシフト入ってるんだよね、このカフェ」
「……はぁ!?」
ノルンが初めて動じた顔をした。
「聞いてないぞ」
「言ってなかったから」
ティファニアがにこにこしている。
完全に仕掛けてくるつもりだ。
「つまり今から向かう先に……」
「そういうこと。みんなにはもう伝えているから。ぜひ来てね、ご主人様?」
ノルンがわずかに眉を動かした。
「行くしかないだろ、こんなの」
ノルンは早歩きで会場に向かった。
正直、誰よりも行く気になっていたかもしれない。
メイドカフェは第一研究棟の一角に設けられていた。
扉を開けると、黒と白を基調とした内装が広がっている。
テーブルには小さな花が飾られており、入口には学生の手書きのメニューが書かれた看板が立てかけられていた。
入口で出迎えた学生が、深くお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
アイシャの目が輝いた。
「おじょーさま!?」
「そうですよ、お嬢様」
学生が笑顔で答えると、アイシャは背筋を伸ばした。
どういうわけか急に行儀がよくなった。
エニシャはきょろきょろと室内を見渡してから、ノルンの袖を引いた。
「ここ、パパがよくいくところ」
「エニシャ、それは違うぞ……」
セレスティアが小さく笑った。
席に案内されてしばらくすると、奥から見知った顔が出てきた。
黒いワンピースに白いエプロン。頭には白いカチューシャ。
いつもとは違う格好をしたティファニアが、お盆を手に立っていた。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか、ご主人様」
完璧な笑顔だった。
ノルンが今まで見たことがないくらいには。
アイシャが「おかーさん!!」と叫んだ。
「お嬢様、こちらではティファニアとお呼びください」
ティファニアが笑顔のまま言った。
「ティファニア!!」
「はい、なんでしょうか?」
エニシャがじっとティファニアを見ていた。
「……おかーさん、ちがう人みたい」
「そうか?」
「こっちのほうがいい」
ティファニアがエニシャの前でくるりと一回転してみせた。エプロンの裾が揺れた。
「ありがとうございます、お嬢様」
ノルンはメニューから目を上げなかった。いや、視線を合わせることができなかった。
「……そろそろオーダーしていいか? これ以上は俺がもたない」
「もちろんです、ご主人様」
ティファニアが向き直った。
尻尾がわずかに揺れている。楽しんでいるのは明らかだった。
オーダーはセレスティアがまとめて行ってくれた。
ノルンはブラックコーヒーを、セレスティアはハーブティーを頼んだ。
アイシャはメニューを指差しながら三つ頼もうとして、ノルンに一つに絞るよう言われ、苺のケーキを選んだ。エニシャはチョコのケーキを選んだ。
「では少々お待ちください」
ティファニアが下がっていく。
しばらくして、アイシャがノルンをつついた。
「おとーさん、おかーさんかわいい?」
「普段よりずっとな」
セレスティアがまた笑いをこらえていた。
注文が揃うと、ティファニアがお盆を持って戻ってきた。
ひとつひとつ丁寧に置いていく。
エニシャの前に苺のケーキが来たとき、エニシャが「ありがとう」と言った。
「どういたしまして、お嬢様」
ティファニアが目を細めた。
全員に行き渡ったところで、ティファニアが少し腰をかがめてアイシャに言った。
「お嬢様、よろしければ魔法をかけましょうか」
「まほう!?」
「はい。おいしくなる魔法です」
アイシャがすぐに「かけて!」と叫んだ。
エニシャもノルンを見上げてから、小さくうなずいた。
ティファニアが二人のカップの前でゆっくりと手を動かし、小声で何かを言った。
耳がぴくぴくと動いている。
「はい、完成です。どうぞ召し上がれ」
アイシャが一口飲んで「おいしい!!」と叫んだ。
エニシャはケーキをひと口食べてから、静かに目を細めた。
「……おいしい」
「よかったです」
ノルンはコーヒーを一口飲んだ。
何も言わなかったが、カップを置く手が、いつもより静かだった。