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設計士、『王都』を作る

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/17 📚 シリーズ: 貴方へ ~もう一つのラブレター~ 📝 12,525文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一話完結・オムニバス(長めの物語)自由に色々書いています

本文

設計士、『王都』を作る

気づいた時には、落下していた。

ふわりでもなく、ひらりでもない。羽が風に弄ばれ、気まぐれに向きを変えるような、不確かな墜落。佐藤 純 は空中で一度、横を向いた。視界の端、同じように重力に身を任せている人影が三つ。

一人は分厚い石板を後生大事に小脇に抱え、一人は瑞々しい木の枝を束ねたものを胸に抱き、最後の一人は淡い光を放つ杖を握りしめていた。

全員、同じ顔をしていた。「え?」という、思考が停止した者の顔。

純だけが、違う顔をしていた。

眼下に建物が見えた瞬間だった。そこは深い森。どこまでも続く、海の底のように深い緑の中に、ぽつんと、ガラス張りの天井を持つ巨大な建築物が鎮座していた。吹き抜けの大空間。自然光を潤沢に取り込む、あまりに開放的な構造。

——アトリウム。

純は落下しながら、無意識に首を伸ばした。あの接合部のディテールはどうなっているのか。鉄骨の代わりに何を用いているのか。ガラスの固定方法は純の知っているどの工法とも違う。柱の本数に対してスパンが広すぎる。なのになぜ、あの構造は自重に負けず成立しているのか。

落ちながら、純は純粋に、設計士としての本能で思った。

——すごい。

アトリウムの天井が、まるで呼吸するように静かに開き、純たちは吸い込まれるように内部へと降りていった。足が石畳を捉えた瞬間、全身を包んでいた浮力が霧散し、確かな重力が戻ってきた。

純は着地の瞬間にしゃがみ込み、まず手のひらで石畳の感触を確かめた。目を上げ、柱の根本を凝視する。基礎の打ち方が独特だった。この土質でこの深さなら、もう少し——。

視線を上げると、そこには儀仗兵のような甲冑姿の兵士、豪奢なローブをまとった老人たちがずらりと居並んでいた。そして中央には、いかにも「王」という重厚な佇まいの男が立っていた。

三人は、圧倒されたように王を見た。

純だけは、まだアトリウムの天井を見上げていた。

王が重々しく口を開いた。

「よく来てくれた。君たちを呼んだのは他でもない」

純は、複雑に交差する梁の走り方を追いながら耳を傾けた。あのような角度で梁を流す手法は初めて見た。荷重をどう分散させているのか。

「この森の魔物を殲滅することができた。ついては、この地に王都を建設したい。理想の都を、君たちの知恵で作り上げてほしい」

王都。純はようやく視線を落とし、王を直視した。

——王都を、一から。

純の胸の奥で、静かに、けれど激しく火がついた。設計士になって十一年、数多くの都市計画に携わってきた。しかし、王都を更地から、概念から設計する機会など、生きている間に一度たりとも訪れるはずがないと思っていた。

「このアトリウム、設計したのは誰ですか」

純は気づけば口にしていた。「あとで絶対に、話を聞かせてください」

王が固まった。

三人の設計士が、信じられないものを見る目で純を見た。

王はゆっくりと視線を巡らせ、それから純の目をじっと見据えると、傍らに控える老人に小声で何かを告げた。老人が静かに、けれど深い意味を込めて頷く。

それで、すべてが決まった。

---

【四人の邂逅と、対立する美学】

翌朝から、王都の設計が始まった。

四人は丸い石造りのテーブルを囲んだ。テーブルの上には、この世界の朝食が並んでいた。青みがかった芋を蒸したもの、木の実を砕いて固めた菓子のようなもの、そして透明なのにほんのり甘い不思議なスープ。

純は青い芋を一口食べた。ホクホクとして味はじゃがいもに似ていたが、後味にかすかに花の香りが抜けていく。

—— 悪くない。

純は内心でそう思いながら、自分以外の三人の顔ぶれを観察した。

石板を抱えていたのは、岩と鉱物だけで都市を築き上げてきた世界の男だった。無口で、石そのもののように動じない。しかし石の性質の話になると、その双眸に異様な熱が宿る。

木の枝を束ねていたのは、生きた樹木を組み合わせて建築物を「育てる」世界の女だった。おっとりとした口調だが、木の扱いに関しては一切の妥協を許さない気概が透けて見える。

光る杖を持っていたのは、魔法という未知の力で何でも構築できる世界の男だった。常ににこやかで、その発想は常に純の常識を飛び越えていく。

三人とも、それぞれの世界で並ぶ者がいないと言われた伝説的な設計士たち。

純は三人を見ながら思った。

——石の工法、木の工法、魔法の工法。三つの全く異なるアプローチが同時に使える。こんな現場、世界中、いや全宇宙を探してもどこにもない。

「都市の骨格から考えましょう。中央に大きな広場を置き、そこから放射状に主要な道を——」

「道は石畳一択だ」と、石の男が遮った。

特に声を荒らげているわけではない。ただ、自明の真理を述べるような口調だった。「石こそが永遠だ。風雨に晒されようとも、石は揺るがない。他の素材など考える必要はない」

「道は木で育てるべきよ」と、木の女が穏やかに、けれど芯の強い声で言った。「根が大地に張れば、補修も要らない。都市は生きた生命体として育っていくべきだわ」

「道は魔法陣で構築します」と、魔法の男がにこやかに割って入る。「設置してしまえば、魔力が続く限り永続的に機能します。工期も、私が杖を振るえば一日で済みますよ」

三人の視線が純に集まった。

純は、残りの青い芋をもう一口噛み締めた。

——全部使えばいい。

「全部使いましょう」

三人が顔を見合わせた。「全部?」

「幹線道路は石の男が担当する強固な石畳。住宅街の小道は木の女が担当する、緑あふれる育つ道。そして広場の床面は魔法の男が担当し、魔法陣で下から淡い光を通す。それぞれの素材が、最も美しく、最も機能を発揮できる場所に配置する。三人全員が、この都の主役になれます」

しばらくの間、沈黙が場を支配した。

「……それは、考えなかったな」と、石の男が最初に漏らした。

「なかなかいいわね。共生というわけね」と、木の女が微笑む。

「私の魔法陣が、床として映えそうですね」と、魔法の男も満足そうに頷く。

純は内心で、深く息を吐いた。——最高の現場になる、そう確信した。

---

【 石の哲学、城壁の断面】

石の男との本格的な議論は、基礎工事の初日から始まった。

「基礎は、地下十メートルまで石を敷き詰め、隙間なく埋める」

「十メートル?」

「当然だ。我々の世界では、基礎が深いほど建物は長持ちし、意思を持つ」

「この地質と建物の規模を考えれば、三メートルで構造的には何の問題もありません。それ以上は工期の無駄であり、過剰設計です」

「三メートルでは不安だ」

「何が不安なんですか。数値を出してください」

「数値など知らん。なんとなくだ」

純は、日本から持ってきた習慣で、思わずこめかみを押さえた。彼は図面を見、石の男を見、そしてまた図面を見た。

「六メートルで手を打ちましょう。三メートル分の安心感を上乗せします」

「……八メートルは欲しい」

「六メートルです。その代わり、地表に近い部分の石の切り出し精度を上げてください」

「七メートル」

「六メートルです。石の美しさを際立たせるための妥協案です」

「……わかった」

石の男は渋い顔をしたが、翌日から掘削を始めた。純は工期を三日延ばした。けれど、それで良かったのだ。六メートルの基礎など、普通の現場では一生拝むことなどできない。その重厚な仕上がりが、純も楽しみだった。

翌日、石の男が意気揚々と図面を持ってきた。

「城壁なのだが、三重にしたい」

「二重で十分な防御力が——」

「三重だ」

「なぜですか。メンテナンスコストも跳ね上がりますよ」

「なんとなくだ」

純は空を見上げた。そこには二つの月が浮かんでいた。理屈が通じないのは、この世界の仕様なのだと自分に言い聞かせた。

「三重にしましょう。その代わり、内側の一層は生活空間としての機能を兼ね備えさせてください」

「わかった」と石の男は言って、満足そうに去っていった。

純は図面の端に「城壁三重(彼のこだわり)」と、小さな文字で書き込んだ。

しかし、石の男の真の力が発揮されたのは、城壁の建設が本格化してからだった。

彼は現場で職人たちに、石の積み方を直接指導した。ただ積むのではない。石の一つ一つの「目」を読み、その石が最も力を発揮できる向きを、触れるだけで見極めていった。

石と石の間にモルタルも接着剤も使わず、パズルのように形を合わせるだけで、剃刀の刃一枚通らない隙間なく組み上げていく。完成した城壁の断面を検査した際、純は思わず言葉を失った。

石が石を支え、石が石に支えられ、全体が一つの巨大な生き物のように応力を分散させていた。

「これ、本当に何も使っていないんですね」

「当然だ。石は石だけで立つ。余計なものは石を甘やかす」

純はしばらくその断面を眺め、その強固な調和に敬意を表した。日本に持って帰りたい技術が、また一つ増えてしまった。

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【木の息吹、五年後の完成】

木の女の仕上げた住宅街は、これまでの純の建築観を根底から揺さぶるものだった。

壁に這う蔦、屋根を覆う柔らかな苔、窓枠から意思を持って伸びる小さな枝。純は現場で三分ほど立ち尽くして、その光景を眺めた。

「……美しいですね」

「ありがとう」と、木の女は木々に水をやりながら嬉しそうに言った。

「それで、玄関はどこですか」

「ここよ」彼女が指差したのは、ただの鬱蒼とした茂みだった。

「育てば扉になるわ。五年後には、どんな匠の扉よりも立派なものになると思うの」

「……ということは、五年間、住人はこの茂みをかき分けて出入りするわけですね」

「自然と共生するとは、時間を共有するということよ」

純はしばらく茂みを見つめた。——茂みが扉になる家。そんな住宅、日本の建築雑誌が放っておかないだろう。けれど、目の前の住民は間違いなく困る。

「仮の扉を付けましょう。木を傷つけない方法で。五年後に木が完成した時に、自然に外れるような仕組みで」

「それなら構わないわ。あなたの知恵ね」

純は工務担当を呼んだ。工務は「また純さんの無茶ぶりが始まった」という顔をしたが、純は「これも設計だ」という顔で返した。

三日後、今度は木の女が新しい相談を持ってきた。

「屋根なのだけど、木を植えたいの」

「屋根の上に、ですか? 荷重と排水が問題になります」

「屋根そのものを木にするのよ。土も要らない。屋根自体が生きて、水を吸い上げていくの」

「……重さは?」

「木が自分自身で支えてくれるわ。うちの世界では普通の工法よ」

純は少し考えた。構造計算の概念を超えている。

「……やってみましょう。ただし、一軒ごとに私が強度を確認します」

木の女は嬉しそうに去っていった。純は徹夜で構造計算をし直した。結果として、屋根から青々とした木が生えた家々が並ぶ、おとぎ話のような住宅街ができあがった。想像していたよりも遥かに、そこは居心地の良い空間になった。

彼女の本領が発揮されたのは、王都の中央公園を設計した時だった。

彼女は図面を一切使わなかった。現地に立ち、土に触れ、風の通り道を確かめ、そこにある木々に語りかけるように手をかざした。

それだけで、木が育つ方向が目に見えて変わった。十年後、二十年後の姿を、彼女は今この瞬間に視ているのだ。

「どうやって、その姿を計算しているんですか」と純は聞いた。

「計算なんてしていないわ」

「では、何を聞いているんですか」

「木に聞いているの」

「……それを、私の図面に落とし込めますか」

「無理ね」

純はあきらめて、ただ彼女の魔法のような造園を眺めた。

五年後、茂みだった玄関が約束通り扉になった時、純はわざわざ見に行った。それは本当に、木肌の温かみを持った立派な扉になっていた。

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【魔法の規格外、時を刻む色】

魔法の男が持ち込む問題は、毎回スケールと次元が違っていた。

ある朝、広場の予定地に巨大な光の柱が三本、天を衝くように立っていた。

「何ですか、これは」

「街灯ですよ」と、魔法の男は誇らしげに言った。「永続的に光ります。メンテナンス不要、燃料不要。完璧な公共照明です」

「……高さが五十メートルありますね」

「明るい方が、夜の犯罪も防げますし、良いかと」

「夜も昼間みたいに明るくなると、住民が眠れません」

「……盲点でした」

「高さを五メートルにして、光量も落としてもらえますか。夜の闇を尊重してください」

「できますが、私の魔法が少し寂しがりますね」

「夜は暗くていいんです。静かに眠るための時間なんですから」

「なるほど」と、魔法の男は顎をさすった。「夜は暗くていいんですね。勉強になります」

五十メートルの光の柱が消え、五メートルのおとなしい街灯が街に並んだ。

純はこっそり、この世界の絵師が使う記録用の「写心石」に、あの五十メートル版の光景を焼き付けておいてもらった。誰にも内緒の、個人的なコレクションだ。

翌週、魔法の男がまた新しいアイデアを持ってきた。

「城門なのですが、魔法で自動開閉する仕組みを作りました」

「それは便利ですね」

「ただ、魔法のチャージに少し時間がかかります」

「どのくらいですか」

「三時間ほど」

純は魔法の男をじっと見た。魔法の男は、相変わらずにこやかだった。

「城門が一度開くのに三時間かかると、急ぎの用事がある住民が外に出られません。緊急事態にも対応できない」

「魔法の精度を上げれば、二時間にはなりますよ」

「物理的に、手動で開けられるレバーや仕組みも並行して作りましょう」

「なるほど、それはなぜですか」

「保険です。魔法が万能でない時のための、人の知恵です」

「……なるほど、保険」

純は図面に「城門:手動併用(魔法不調時の保険)」と、大きな文字で書き込んだ。

魔法の男の本領が発揮されたのは、王城の建設が本格的に始まってからだった。

純が心血を注いで設計した、城の基本構造図を見て、魔法の男は一日中黙って考え込んでいた。そして翌朝、純のところへやってきて言った。

「この城、内部に光を通す、もっとエレガントな仕組みが欲しいとは思いませんか」

「窓を増やしますか。それとも吹き抜けを?」

「いいえ、壁の中に光を走らせるんです。魔法陣を石の内部に、微細に刻み込む。太陽の位置に合わせて、城の中を流れる光の色が変化していくんです。朝は東の廊下が青白く透き通り、夕方は西の広間が深い橙色に染まる。窓が一つもない部屋にいても、城全体が時刻を色で教えてくれるんです」

純は、その発想に驚き、言葉も出なかった。

「……図面を、書き換えましょう。すぐに追加してください」

完成した城の内部を歩いた際、純は驚愕した。

時刻を確認するために、時計を見る必要も空を見上げる必要もなかった。廊下を流れる光の色を見るだけで、今の時間が手に取るようにわかった。

朝の清冽な青、昼の輝くような白、黄昏の柔らかな茜、そして夜の深い、静かな淡い紺のひかり。

城全体が、呼吸する巨大な時計になっていた。

——これは、私一人では絶対に、逆立ちしても思いつかなかった。

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【 二つの月と、消えない左手の感触】

刺激的で、過酷で、けれどこの上なく充実した日々の中、ふとした瞬間に、純は強烈な寂しさに襲われることがあった。

たとえば、石の男と基礎の深さを巡って三時間も激論を交わし、ヘトヘトになって宿舎へ戻った夜。あるいは、魔法の男が作った、虹が架かる幻想的な噴水を一人で眺めた夕暮れ。

純は決まって、無意識に左手の薬指を右手でさすっていた。

そこにはもう指輪こそなかったが、長年つけていた、皮膚に馴染んだあの特有の圧迫感だけが、今も消えずに残っている。

——あのひとに見せたいな

三重の、鉄壁でありながら美しい城壁も。屋根から生命が芽吹く、奇跡のような住宅街も。時刻を色で奏でる、魔法の回廊も。

妻は、純が仕事から持ち帰った図面を広げて眺めるのが、何よりも好きだった。

「純くんの作る街は、いつも住む人に優しいね。どこか、温かい風が吹いている気がする」

専門的な構造計算などはわからなくても、彼女が直感で放つ「この窓、光が綺麗に入りそう」という言葉は、いつだって純の設計の、最後の指針だった。

純は、異世界の、二つの歪な月を見上げながら、遠い空の向こうにいる妻の声を反芻した。そのたびに、純が引く一本の線には、さらに深い慈しみと愛情が込められていった。

この王都が完成した時、世界で一番に自慢したい相手がここにいないことは、設計士としてのどんな名誉よりもずっと、彼の胸を、静かな痛みとともに締め付けた。

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【全部、やりましょう】

三人が全員揃って、改まった様子で純のところに来たのは、王都建設も中盤を過ぎ、市場の設計に取り掛かろうとしていた頃だった。

「純、聞いてくれ」と、石の男が口火を切った。

「聞きます。何でも言ってください」

「市場の屋根なのだがな」

「はい」

「石の重厚さで作りたい。権威と安心の象徴だ」と、石の男。

「いいえ、木で育てるべきだわ。市場は常に新鮮な空気が流れるべきでしょう?」と、木の女。

「魔法で浮かせたいんです。柱を最小限にして、透明な屋根を空に浮かべる。最高にクールですよ」と、魔法の男。

三人が、純を試すように見た。

純は三人を見渡し、晴れやかな顔で言い切った。

「全部、やりましょう」

「全部?」と、三人が同時に声を上げた。

「石の堅牢な柱を、木の女が育てる木が伝って成長し、支える。その上に、魔法の男が魔法で透明な屋根を浮かせる。石の重厚感と、木の生命力、そして魔法の開放感。光が降り注ぎ、緑があふれ、雨は完全に凌げる。そんな市場、見たことがありますか?」

三人がまた顔を見合わせ、そして吹き出した。

「……やはり、それは考えなかったな」と、石の男が兜を脱いだ。

「なかなかいいわね。最高の市場になりそうだわ」

「魔法の部分、気合を入れて浮かせますよ」

純は内心で、温かな満足感に浸っていた。——この三人、議論の順番も反応も、最初からずっと 変わらない。

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【都市が呼吸を始める時】

王都がようやく形になってくると、周辺の村々から少しずつ住民が移り住み始めた。

最初にやってきた若い家族は、木の女が丹精込めて作った家に入居した。彼らは、茂みの仮扉を不思議そうに開けて、恐る恐る中に入っていった。

しばらくして、彼らは弾けるような笑顔で飛び出してきて、木の女の手を握った。

「中がまるで、太陽の差す森みたいです。こんなに気持ちの良い家は初めて!」

「そうでしょう?」と、木の女は誇らしげに、けれどどこか慈母のような顔で微笑んだ。

純も後で中を覗かせてもらった。確かに、そこは森そのものだった。

壁から自然に小枝が伸びて棚になり、床には柔らかな苔が絨毯のように敷かれ、天井からは蔦が優雅に垂れている。窓の外の森と室内の境界が、設計した純にさえ判別できなかった。

——これはすごい。機能性以前に、魂が喜ぶ家だ。

家族は、不便ささえも楽しんでいるようだった。純は、胸のつかえが取れる思いがした。

中央市場が完成すると、翌日には商人の活気あふれる声が響き渡った。

魔法陣で下から淡く発光する広場では、子どもたちが影踏みをして遊び、石畳の幹線道路を、交易の品を積んだ馬車が小気味よいリズムで走り抜けていく。街路樹の濃い木陰では、老人たちがチェスに似たゲームに興じながら、穏やかに談笑していた。

純はその光景を、少し離れた丘の上から、静かに眺めた。

——動いている。

都市が、確かに呼吸を始めている。人が動き、声が交錯し、熱が生まれ、物が循環している。純は設計士として、この瞬間が何よりも、自分の命が燃えるのを感じるほど好きだった。

図面が現実になる瞬間ではなく、現実の営みが、自分の引いた図面を軽やかに超えていく瞬間に。

隣に、いつの間にか石の男が立っていた。

「人が多いな。石が驚いている」

「いい都市ができると、自然と人は集まります」

「城壁、三重にしておいて正解だった」

「なぜ、今になってそう思うんですか」

「これだけ多くの民が笑っている。守るべきものが、あまりに増えすぎたからな」

「……確かに、そうですね」

石の男は、照れくさそうに鼻を鳴らして去っていった。純は手元の図面の隅にあった「城壁三重(彼のこだわり)」というメモを、愛おしさを込めて、そっとペンで塗りつぶした。それはもう、誰のこだわりでもなく、この街に必要な必然となっていた。

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【十五年の歳月、変化した設計思想】

十五年という長い時間は、純という一人の設計士を、根本から作り替えてしまった。

最初の頃、純は常に図面を盾のように手に持っていた。現場に行く時も、食事の時も、図面を読み込むことに心血を注いだ。全てを管理し、全てを数値化し、全てを完璧な計画通りに進めることこそが、プロの設計士の仕事だと信じて疑わなかった。

しかし、三年が過ぎた頃から、純は図面を現場に持ち歩かなくなった。自分の足で現場を歩き、石の男が積む石の「歌」を聞き、木の女が木々に語りかける「囁き」を聞き、魔法の男が魔法陣を刻む際に見せる「光の揺らぎ」をただ眺める時間が増えていった。

計画通りにいかない予期せぬ出来事を、修正すべきエラーではなく、都市が自律的に「育っている」幸福な兆しとして受け取れるようになったのだ。

十年が過ぎた頃、純は図面を一番最初に書くことをやめた。まず現地に立ち、土の匂いを嗅ぎ、風の向きを肌で感じ、土地が求めている形を確かめてから、初めてペンを持つようになった。木の女の、自然と対話するやり方が、いつの間にか純の血肉となっていた。

十五年が経った頃、純の設計スタイルは、地球にいた頃とは似ても似つかないものになっていた。冷たい数字と力学的な構造だけで作る都市ではなく、そこに住む人々の笑い声、土地が持つ悠久の記憶、さらに四人それぞれの、譲れない哲学が混ざり合った、一つの「叙事詩」のような都になっていた。

それに気づいたのは、完成した王都を夜、一人で歩いた時のことだった。

純は、自分が細部まで設計したはずの都市の中で、恥ずかしくも何度か道に迷ってしまった。

——こんなに奥深く、複雑な街だったか。

けれど、迷いながら歩き、角を曲がるたびに新しい表情を見せる街を見て、悪い気は全くしなかった。むしろ、都市とは迷えるほどに豊かで、余白に満ちていなければならない。それは、この十五年という歳月が純に教えてくれた、最大の真理だった。

月が二つ浮かぶ、異世界の夜空の下。純はよく、現場を一人で散歩した。大きい銀の月と、少し小さい金の月。二つの月が並ぶと、地上のあらゆる影が複雑に二重に重なり、幻想的な陰影を描き出す。純は十五年間、毎晩その影を飽きることなく眺め続けた。

石畳の幹線道路を歩くと、上質な石が奏でる足音が、心臓の鼓動のように響いた。住宅街の木の小道に入ると、夜露を浴びた葉が魔法の灯りに反射して、星屑のように光っていた。広場の魔法陣は、誰もいない夜の底でも、まるで都市が静かに寝息を立てているように、ほのかに拍動していた。

純は、そういう静かな夜が、たまらなく好きだった。

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【十五年の終わり、アトリウムの邂逅】

十五年の王都建設の締めくくりは、意外な形でやってきた。

王都が名実ともに完成し、祝宴の準備が始まったある夜。純がふと、かつて最初に降り立ったあのアトリウムの前を通りかかると、中に柔らかな明かりが灯っていた。

不思議に思って足を踏み入れると、そこには王の最側近である老人が一人、古びた椅子に座って天井を見上げていた。

「こんな夜更けに、よくここへいらっしゃるんですか」と、純は声をかけた。

「ええ、毎晩のように来ますよ」と、老人は穏やかに微笑んだ。

「ここは、私の原点ですから」

「私が建てたものですからね」と、老人がさらりと言った。

純は、雷に打たれたように固まった。

「……あなたが、ここを?」

「王都を作る前に、まずは設計士たちが、希望とともに降り立つ場所が必要でした。どんな世界から、どんな設計士が来るかはわからなかった。だから、どんなにプライドの高い設計士でも、足を踏み入れた瞬間に思わず息を呑み、天井を見上げてしまうような、そんな圧倒的な建物を作ろうと思ったんです」

純は、改めてその天井を見上げた。十五年前、自分が落ちながら見惚れた、あの完璧な構造。

「見上げてしまった私が、適任だと判断されたわけですね」

「王は、最初からそう仰っていました」と、老人は静かに笑った。

「他の三人が、降臨の儀式に驚き、王の威光に平伏している間に、あなた一人だけが、建物の接合部を食い入るように見つめていた。ただそれだけの理由で、あなたは選ばれたんですよ」

純はしばらくの間、無言で天井を見つめ続けた。目頭が熱くなるのを感じた。

「接合部の、あの特殊な工法……今なら私にも分かります。教えていただけますか」

「もちろんです。そのために、十五年前からあなたを待っていたのですから」

二人は、東の空が白み始めるまで語り合った。純は持っていた石板に、狂ったように老人の言葉を書き留めていった。老人の話す工法は、純が知るどの建築理論とも物理法則とも違っていたが、今の純には、そのすべてが音楽のように調和して理解できた。

そして理解しながら、確信した。

——この工法、もし日本に持って帰れたとしても、誰も信じないだろうな。

翌日、王は自ら馬に跨り、完成した王都を隅々まで一周してから戻ってきた。謁見の間に戻った王は、少しだけ疲れたような、けれど満足げな顔で純を見た。

「……思っていたよりも、道が入り組んでいるな」

「動線の確保と、街の奥行きを演出するための計算です。都市計画の基本ですよ」

「市場のすぐ隣に、大きな公園があるのはなぜだ」

「喧騒と休息は、常に隣り合わせであるべきです。人は逃げ場がなければ、都市に潰されてしまいますから」

「城の前の広場、市を立てるには広すぎると思ったが」

「式典のためだけではありません。災害時の避難場所であり、何より民が自由に集まり、経済を回すための『器』です」

「夜、広場が魔法で光っているのは……美しすぎるのではないか」

「魔法の彼の粋な計らいです。子どもたちが、夜の闇を怖がらなくなりました。そのままにしてください」

「城の中の色が変わる廊下……あれは、不気味なくらい便利だな。時計を見ずとも執務の時間がわかる」

「彼に伝えておきます。喜びますよ」

「……そして、城壁が三重なのは」

「石の彼の、譲れない誇りです。」

「……ふん。まあ、悪くない」

王はしばらく純を、射抜くような眼差しで見つめた。それから、誰にも聞こえないほどの小さな声で、けれどはっきりと笑った。

「見事だ、佐藤 純。誇るが良い」

純は、何も言わなかった。

言葉で返す必要がないほど、王の心に自分の街が届いたことを、十五年かけて学んでいた。

ただ、内心で深く、力強く思った。

——本当に、最高で、誇らしい仕事だった。

帰り際、純は最初に降り立ったアトリウムの前に、最後にもう一度だけ立った。

天井を見上げた。ガラス越しに、異世界の夜空が透けて見えた。そこには、大きい銀の月と、小さい金の月が、寄り添うように輝いていた。

純は、しばらくの間、時が止まったようにそのまま立っていた。

十五年前、ここに落下してきた時と同じ場所に立っている。しかし今の純は、あの時とは全く違う、魂に都を宿した設計士になっていた。

——いい設計だ。最初から、最後まで、愛おしい街だ。

純はアトリウムに深く一礼し、光の中へと足を踏み出した。

---

【 帰還、そして世界の中心で】

気づいた時には、日本だった。

いつもの使い古したオフィスのデスク。デュアルモニターの無機質な光。マグカップの中で冷めかけた、苦いだけのコーヒーの匂い。窓の外は、東京の灰色い夕暮れが暮れかけて、空には月が一つ、心細そうに浮かんでいた。

十五年という膨大な歳月が、地球の時間にして、わずか十秒足らずの出来事だったらしい。その辺の理屈は、やはり異世界のことなので、そういうものなのだろう。

純は椅子に深く座り直し、肺にあるすべての空気を吐き出すように、大きなため息をついた。

震える手で、デスクの引き出しをそっと開けた。そこには、あの異世界の石板が、確かに収まっていた。老人から教わった、世界の理を超える工法が、びっしりと書き込まれている。

純はそれを大切に胸に抱きしめ、それから大切に閉まって、コートを手に取った。

家路を急ぐ足取りは、いつになく軽かった。

玄関のドアを開けると、懐かしい、けれどずっと焦がれていた生活の匂いがした。キッチンには、エプロン姿の妻が立っていた。

彼女が振り返り、「お帰りなさい、早かったわね」と、いつものように穏やかに微笑む。

「……ただいま」

「どうしたの? ぼんやりして。今日、仕事で何かあった?」

「ああ……いろいろあったよ。一生分くらいの、すごいことがね」

食卓に座ると、彼女が丁寧に作ったコーンスープが出てきた。純の大好物だ。黄色くて、温かくて、甘くて。十五年(あるいは十秒)の間、夢にまで見た、自分の世界の中心の味がした。

スープを一口啜り、純はふう、と深く、心からの安堵とともに息をついた。

キッチンの、洗い物をする妻の背中を、じっと眺める。

十五年もの歳月、あちら側の世界で孤独に耐えられたのは、もう一度この背中を見るためだった。

純は静かに席を立ち、彼女の隣へ歩み寄った。不意に、その細い腰に腕を回し、折れそうなほど強く自分の方へ引き寄せた。

「ちょっと、純くん……? 急にどうしたの、洗い物の途中よ」

驚いて顔を上げた妻の言葉を、純は遮った。

抑え込んできた想いが一気にあふれ出し、彼は彼女を引き寄せる。

彼女の唇に、深く、熱く、すべてを吸い込むような口づけを落とした。

十五年分の、言葉にできない渇望と愛おしさを、静かに、けれど決して逃がさないように確かめるための、魂を削るような口づけ。

一瞬、固まった彼女だったが、純のあまりに真剣で情熱的な熱に絆されるように、その柔らかな首に、ゆっくりと腕を回してきた。

ふっと唇を離すと、彼女は少し上気した顔で、困ったように、けれど幸せそうに笑った。

「……今日は、なんだか、魔法にでもかけられたみたいね。熱烈すぎるわ」

「長い夢を見ていたんだ。最高に面白くて、世界で一番誇らしい、大きな仕事の夢をね」

純は、彼女の耳元に顔を寄せ、その柔らかな肌の感触と、石鹸の香りに心の底から安堵しながら、低い、震える声で囁いた。

「今夜、ゆっくり話すよ。……覚悟しておいてくれ。たぶん、朝までかかっても話し足りないから」

彼女は、純の広い胸元に顔を埋め、くすぐったそうに、けれど深く頷いた。

「ふふ、楽しみにしてるわ。あなたの自慢話を聞くのは、世界で私だけの特権だもの」

純はもう一度、愛おしさを噛みしめるように、彼女の肩を強く抱きしめた。

窓の外をふと見ると、東京の空に月が一つ、静かに輝いていた。

純は妻の肩越しに、ほんの少しだけ思った。

——あと一個、隣にあってもよかったな。

けれど、温かな彼女の体温と、優しい声がすぐ隣にある今。

この、たった一つだけの月が照らす夜空も。

悪くない。と、純は心から思った。

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JJ

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