第16話 「音が止まった日」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/11 📚 シリーズ: 『Shine Stars』 ✅ 全年齢

あらすじ

その日は、朝から空気が違っていた。曇り。窓ガラスに細かい雨粒が張りついている。

本文

その日は、朝から空気が違っていた。

曇り。

窓ガラスに細かい雨粒が張りついている。

音楽室は、いつも通りのはずなのに――妙に静かだった。

「……ユウ」

朝比奈ミオの声が少しだけ硬い。

「今日、部活どうする?」

天音ユウはギターケースを置いたまま止まっていた。

「……普通にやる」

短く答える。

でも、その“普通”が、少しだけ不安定だった。

黒崎レイがすぐに気づく。

「音、ズレてる」

ソラがビクッとする。

「えっ!? まだ弾いてないですよ!?」

「雰囲気」

レイはそれだけ言う。

空気が、重くなる。

白雪カノンが小さく手を握る。

「昨日……遅くまで練習しすぎました……?」

ミオは否定しようとして、できなかった。

「……かも」

その一言が、余計に沈黙を深くする。

ユウはギターを持ち上げる。

ジャ……

音が鳴る。

でも。

すぐに止める。

「……違う」

小さく呟く。

ソラが不安そうに見る。

「ユウ先輩……?」

ミオが一歩近づく。

「どうしたの?」

ユウは答えない。

ただ。

指が動かない。

レイが静かに言う。

「焦ってるな」

ミオが反応する。

「焦ってるって……」

「全部だ」

レイはユウを見る。

「音も、テンポも、意識も」

「全部“前に出すぎてる”」

ユウは目を伏せる。

(分かってる)

でも。

直せない。

カノンが小さく言う。

「シオン先輩の言ってた……」

「“聴く”ですか……?」

ユウの指が止まる。

ミオが笑おうとして、うまく笑えない。

「じゃあさ」

「一回ゆっくりやろうよ」

ソラがスティックを握る。

「ゆっくりならいけます!!」

レイも頷く。

「それでいい」

ユウは小さく息を吐く。

そして。

ドン……

ドラム。

ポン……

ピアノ。

ドン……

ベース。

ジャ……

ギター。

最初は、ちゃんと揃っていた。

でも。

2小節目で。

ズレた。

ミオの声が遅れる。

「♪――」

ソラのリズムが走る。

レイが止める。

「止め」

静寂。

「……ごめん」

ソラが即座に謝る。

「違う」

レイが低く言う。

「今のは全部」

ミオが唇を噛む。

「なんで……」

ユウは、ギターを見つめる。

音が出ない。

(なんでだ)

昨日まで。

あんなに“聴けてた”のに。

カノンが震える声で言う。

「私たち……また戻ってますか……?」

その言葉に。

誰も答えられない。

ミオが無理やり笑う。

「だ、大丈夫だよ!」

「ちょっとズレただけだし!」

でも。

その声が一番揺れていた。

レイが深く息を吐く。

「一回休憩」

音楽室に、静けさが落ちる。

ユウは廊下に出る。

雨の音。

ポツ、ポツ。

(なんで)

(あんなにできてたのに)

指を見つめる。

思い出す。

初ライブ。

拍手。

“届かなかった”って言葉。

そして今。

(怖い)

気づいてしまう。

“上手くなりたい”が

いつの間にか

“失敗したくない”に変わっている。

その瞬間。

ガラッ。

音楽室の扉が開く。

ミオが立っていた。

「ユウちゃん」

声がいつもより小さい。

「……逃げてる?」

ユウの呼吸が止まる。

「違う」

即答。

でも。

ミオは首を振る。

「違わないよ」

静かな声。

でも、まっすぐだった。

「今のユウちゃん」

「音、怖がってる」

ユウの指が震える。

レイも、ソラも、カノンも見ていた。

逃げ場はなかった。

ユウは低く言う。

「……怖いに決まってるだろ」

沈黙。

「外したら終わる」

「ズレたら崩れる」

「また壊れる」

声が少し荒くなる。

「だったら最初から出さない方がいい」

その瞬間。

ミオの顔が固まった。

ソラが息を呑む。

カノンが目を伏せる。

レイが小さく目を細める。

ミオは一歩だけ前に出る。

「それ」

静かに言う。

「ユウちゃんの音じゃない」

ユウの心臓が跳ねる。

「怖いから出さないなら」

「もうバンドじゃないよ」

沈黙。

雨の音だけが響く。

ユウは拳を握る。

(違う)

(違うはずだ)

でも。

言葉が出ない。

そのとき。

バンッ!!

レイがベースを置く。

「やめろ」

全員が振り向く。

レイはユウを見る。

「今のは壊れる前兆だ」

ミオが言い返そうとする。

でもレイが続ける。

「でも」

一瞬止まる。

「逃げてるのは、ユウだけじゃない」

空気が凍る。

ソラが小さく息を呑む。

カノンが震える。

ミオが黙る。

レイは続ける。

「怖いのは当然だ」

「壊れたくないのも当然だ」

そして。

「だからバンドなんだろ」

静か。

ユウの胸が締め付けられる。

(バンド)

ミオが小さく言う。

「……じゃあ」

「どうすればいいの?」

レイは答えない。

代わりに。

ユウを見る。

沈黙。

長い沈黙。

ユウはギターを見つめる。

そして。

ゆっくり持ち上げる。

ジャ……

一音。

震えていた。

でも。

止まらなかった。

ミオが息を呑む。

「……続けて」

ユウはもう一度弾く。

ジャァン……

少しずつ。

レイがベースを入れる。

ソラがドラムを叩く。

カノンが音を置く。

ミオが歌う。

でも。

完璧じゃない。

ズレる。

止まる。

揺れる。

それでも。

止めない。

ユウは気づく。

(怖いままでいい)

音はまだ不安定だ。

でも。

今は。

“止まってない”。

雨はまだ降っている。

それでも音楽室には。

壊れかけたままの音が。

確かに鳴っていた。

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