第15話 「崩れる音、揃い始める音」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
シオンの特別レッスンから三日。音楽室の空気は、少しだけ変わっていた。静かになったわけじゃない。
本文
シオンの特別レッスンから三日。
音楽室の空気は、少しだけ変わっていた。
静かになったわけじゃない。
むしろ逆だ。
「今の、ちょっと走った!!」 「いや今のはミオが早い!!」 「えぇ!? 私!?」 「全員だ全員!!」 「雑ぅぅぅ!!」
ソラの叫びが通常運転に戻っていた。
レイがため息をつく。
「うるさいけど……前よりはマシだな」
カノンがノートを見ながら頷く。
「音が、ぶつかる前に気づけるようになってます……」
ユウは黙ってギターを鳴らした。
ジャァン……
少しだけ、音が“揃っている”。
でも。
まだ不安定だ。
ミオが手を叩く。
「もう一回いこう!」
「今度は“聴く”意識!!」
ソラが勢いよくスティックを構える。
「了解です!!」
レイは短く。
「一回で決めろ」
「プレッシャー!!」 ソラが叫ぶ。
演奏が始まる。
ジャァン。
ドラム。
タッ、タッ、タッ……
ベース。
ドン……
ピアノ。
ポン……
ギター。
ユウは、少しだけ呼吸を合わせる。
(聴く)
シオンの言葉が頭に残っている。
ミオが歌う。
「♪ まだ見えない光を――」
その瞬間。
ズレた。
ドラムが一瞬前に出る。
ミオの声が押される。
カノンのコードが揺れる。
レイが低く止める。
「止め!」
音が切れる。
沈黙。
ソラが青ざめる。
「ご、ごめんなさい……!」 「違う」 レイが即答。
「ソラだけじゃない」
ミオが唇を噛む。
ユウも無言で弦を見ていた。
「今のは」
レイが言う。
「全部が前に出た」
カノンが小さく呟く。
「聴けてなかった……」
ミオが俯く。
「また……」
そのとき。
ユウがギターを置いた。
全員が見る。
珍しく、ユウが前に出る。
「……一回、音なしでやる」
「え?」
ミオが首をかしげる。
ユウは続ける。
「ドラムも、ベースも、歌も」
「全部止めて」
「リズムだけ」
「聴く」
静寂。
レイが少しだけ目を細める。
「……いいな」
ソラがドラムスティックを構え直す。
「じゃあ……いきます」
タン……タン……
ゆっくり。
音が少ない。
その分、全部が聞こえる。
ミオは歌わない。
ただリズムに乗る。
カノンは小さくコードをなぞる。
レイは音を支えるだけ。
ユウはその間を聴く。
(……聞こえる)
初めて気づく。
誰が前に出ているかじゃない。
誰が“引いているか”だ。
ソラが息を呑む。
「……これ」
「めっちゃ怖いですけど……」
レイが小さく言う。
「だから合わせられる」
ミオがぽつりと言う。
「今、やっと分かったかも」
「“揃える”じゃなくて」
「“邪魔しない”なんだ」
カノンが頷く。
「音って、場所なんですね……」
ユウはギターを持ち上げる。
そして。
静かに一音。
ジャァン。
今度は、誰も前に出ない。
重なる。
ミオがそっと歌う。
「♪――」
今度は押さない。
置く。
音の上に。
ドラム。
ベース。
ピアノ。
ギター。
全部が、少しずつ同じ方向を向く。
ソラが小さく笑う。
「今の……やばいです」
「なんか、息してる感じします」
レイも短く。
「悪くない」
カノンは目を潤ませている。
「音が……繋がってます……」
ユウは感じていた。
(これだ)
まだ完璧じゃない。
でも。
崩れ方が変わった。
そのとき。
バンッ。
音楽室の扉が開く。
全員が振り向く。
三条シオン。
無言で立っていた。
部屋の音を一瞬で聞き取る。
そして。
少しだけ目を細める。
「……」
長い沈黙。
ソラが緊張で固まる。
「え、えっと……」
シオンは一言だけ言った。
「形になってきた」
それだけ。
そしてすぐに続ける。
「でも」
空気が引き締まる。
「まだ“届く音”じゃない」
ミオが息を呑む。
ユウも止まる。
レイの目が鋭くなる。
シオンは続けた。
「今のは“内側のバンド”」
「外に出したら、まだ弱い」
静寂。
でも。
誰も反論しない。
シオンは扉に手をかける。
「次は」
「“見られる音”を作れ」
そして去る。
扉が閉まる。
ソラがぽつり。
「……まだダメなんですね」
ミオは笑った。
少しだけ。
「うん」
「でもさ」
ユウがギターを見つめる。
(見られる音)
今まで考えたことがなかった。
ミオが立ち上がる。
「じゃあさ」
「もっと上手くなろう」
レイが短く言う。
「当たり前だ」
カノンが小さく笑う。
「はい……!」
ソラが叫ぶ。
「まだ伸びるってことですね!!」
ユウは少しだけ息を吐く。
そして。
ギターを握り直した。
窓の外。
夕焼けはもう濃くなっていた。
でも音楽室の中だけは。
少しずつ、“揃い始めた音”が残っていた。