コンビニ店員
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
黄金に輝く異世界の宮殿。その中央に、光の粒子を振りまきながら一人の女性が舞い降りた。
白銀の髪に、すべてを見透かすような神秘的な瞳。彼女は神に最も近いとされる超越的な存在。
――なのだが
しかし、佐藤 純 がその御尊顔を拝して最初に抱いた感想は、敬虔な祈りではなく「うわ、これ一番厄介なタイプの客だ」という直感だった。
「ねえ、あなた。私、今すごくお腹が空いてて、でも重いものは食べたくなくて、それでいて冒険のワクワクが詰まった『何か』が食べたいの。……あら、ここお豆腐屋さんじゃないのね。残念。じゃあ、今すぐ用意して?」
純は面食らった。異世界語は理解できる。しかし、彼女の言っていることは、言語の壁を越えて理解不能だった。
「あの、女神様……ここはお豆腐屋ではなく 宮殿ですが。それに、ワクワクが詰まった食べ物とは一体……」
「あら、そんなの自分で考えなさいよ。
そうだ、北の果てにある『絶望の氷河』の底に、世界で一番甘いイチゴが凍りついてるはずよ。それを摘んできて。あ、3分以内に戻らないと、この国、ピンク色のスライムで埋め尽くしちゃうから。ふふ、可愛いでしょ?」
純は絶句した。往復で数ヶ月はかかる極地へ、3分で行けという。
彼は授かったばかりの「物理法則無視」のチート能力をフル回転させ、文字通り音速を超えて氷河へ飛び、伝説の守護龍を秒殺して、凍りついたイチゴを掴んで戻ってきた。
「ハァ……ハァ……! 持ってきました、これですね!」
制限時間ギリギリ。純が差し出したイチゴを見て、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……え、何これ。冷たい。私、冷え性だから冷たいものは食べないことにしてるの。ねえ、これを使って美味しい『温かいイチゴパスタ』にしてくれない?」
「イチゴパスタ……? しかも温めるんですか?」
「そうよ。あと、魔王がさっきからうるさくてお昼寝の邪魔だから、ついでに黙らせてきて。魔王の角を『孫の手』に加工して持ってきてくれたら、許してあげてもいいわよ。
あ、右の角じゃないとダメよ。左はデザインが気に入らないから」
純は立ち尽くした。
命懸けで持ち帰った宝は秒で却下され、魔王は健康器具の材料扱いにされる。
(……くそ、元いた世界のコンビニ店員時代だって、あんなに理不尽で話の通じない面倒な客はいなかったぞ……!)
そう心の中で叫びながら、純は再び音速で魔王城へと飛び出していくしかなかった。
こうして、純の15年にわたる「異世界超重労働カスタマーサポート」が始まった。
【究極のワンオペ、限界のサービス】
純にはあらゆる法則を無視するチート能力があったが、それは主に「女神のわがままという名のクレーム」を処理するために消費された。
「純、この聖剣、デザインが古臭いわ。もっとこう、パステルカラーで、振るたびにスズランの香りがする感じに作り直して?」
「……在庫を確認(鍛冶屋を襲撃)して参ります」
彼女のわがままで 巨大なベヒーモス を倒す時でさえ、彼はコンビニのレジ打ちのような流れる動作で急所を突き、最期の叫びを聞く前に「ありがとうございましたー」と事務的に処理した。
彼にとって異世界は、15年間休憩なしのブラック店舗そのもの でしかなかった。
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そして、唐突にその時は来た。
横断歩道の真ん中。信号はまだ青の点滅。
手に持ったレジ袋。中身は10秒前に買った特売の牛乳。
15年ぶりに吸う現代の空気は、排気ガス混じりだが、あの女神の身勝手な香油の匂いより100倍マシだった。
純はふらつく足取りでアパートへ帰り、ドアを開ける。
「おかえり! 早かったわね。ねえ、さっき頼んだお醤油、ついでに買ってきてくれた?」
台所から顔を出した彼女の言葉に、純は立ち尽くした。
普通なら「今行ったばっかりだろ」と突っ込む場面だ。しかし、15年の「理不尽」を耐え抜いた純にとって、彼女の言葉はあまりにも優しく、論理的で、そして慈悲に満ちていた。
「……ああ。今から行ってくるよ。お醤油だね? キッコー○ンの、いつものやつでいいかな?」
「ふふ、何よその丁寧な確認。そう、いつものやつ」
彼女は笑って、純の胸元にポンと手を置いた。
異世界の女神は、純がドラゴンを仕留めてきても「色が悪い」と投げ捨てた。だが、目の前の彼女は、醤油一本を買ってくるだけで「助かるわ、ありがとう」と言ってくれる。
(ああ、なんて素敵なんだろう、うちの彼女は……)
「神」に近い存在のわがままに振り回されるより、愛する彼女の「おつかい」に応える方が、100億倍も価値がある。
「すぐ戻るよ。……それと、ただいま」
純は、15年分の疲れがスッと溶けていくのを感じながら、かつての「店員スマイル」ではない、心からの笑顔を浮かべて、再び安アパートのドアを開けた。