無職(二)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
無職(一) | 小説投稿サイト「あいぺん」
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「ピンポーン」
築三十年アパートの古ぼけたチャイムが、土曜の午後の静けさをぶち壊した。
「はいはい、今出るよ」
俺――佐藤 純 は、ヨレたスウェット姿のまま玄関へ向かう。
背後では、彼女が麦茶を飲みながら首を傾げていた。
「誰か来る予定あったっけ?」
「いや、宅配じゃね?」
そう言いながらドアを開けた瞬間。
俺の思考は停止した。
そこに立っていたのは。
異世界だった。
この世界じゃまず見ない、光沢のあるシルクのローブ。 金糸の刺繍。 ちりばめられた宝石。
そして。
広告塔として異世界中を熱狂させていた、あの美女。
さらに、その隣には。
以前より二回りくらい恰幅が良くなった商人の兄。
「……純様。お久しぶりですわ」
優雅に一礼する美女。
「よう、純! 久々だな!」
兄は満面の笑みで片手を上げた。
俺は無言でドアを閉めようとした。
だが。
ガシィッ!!
兄の手がドアを止める。
「待て待て待て待て!」
「帰れ!!」
「ひどくない!?」
「なんで異世界の人間が東京来てんだよ!?」
背後から彼女がひょこっと顔を出した。
「え、純くん?」
その視線が、豪華ローブの美女に向く。
「……コスプレ?」
「違う!!」
俺は反射的に叫んだ。
そして数秒後、自分で絶望した。
終わった。
完全に怪しい人になった。
十分後。
六畳一間。ちゃぶ台。麦茶。
その空間に。
異世界の超高級ローブ姿の美女と、大商会の幹部が正座していた。
どう考えても部屋が狭い。
世界観が渋滞している。
彼女はというと。
「うわ……この刺繍、全部手縫い?」
キラキラした目でローブを触っていた。
順応力が高すぎる。
俺は頭を抱えながら聞いた。
「……なあ。ここ俺の世界だよな?」
「そうだな」
「なんでお前ら来れてんの?」
すると兄が、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。
そして、手首のブレスレットを叩いた。
「純。あんたが帰ったあと、俺たち大変だったんだよ」
嫌な予感しかしない。
「隣国進出が決まったんだが、あいつら面倒くさくてな。『伝統』がどうの『格式』がどうのって、全然話が進まねえ」
「うん」
「だから、あんたの知恵が必要だ」
「いや、だからって世界越える!?」
兄はドヤ顔で胸を張った。
「金と魔法だ」最低の解決法だった。
「国一番の魔導師を集めて、“門”を固定した。これであんたの部屋と俺たちの商会は廊下続きだ」
「廊下続きみたいに言うな!!」
世界の壁が破られている。
しかも俺のアパート経由で。
だがその横で、彼女はすっかり乗り気だった。
「ねえ純くん」
「ん?」
「ちょっと面白そう」
「え?」
「だって異世界だよ? 行ってみたい」
彼女は完全に旅行感覚だった。
こうして。俺たちは。
平日は異世界。
週末は現代日本。
という意味不明な二拠点生活を始めることになった。
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そして問題の隣国。
ここが本当に面倒だった。
プライドが高い。伝統大好き。
外から来た商品を『下俗』とか言い始める。
典型的な『面倒くさい高級志向』である。
俺は数日観察して、結論を出した。
「こいつら『限定』と『優越感』で落ちるな」
「また悪い顔してる……」
彼女が引いた目を向けてくる。
だが、マーケティングに慈悲はない。
まず一つ目。
俺は“ステルス・ラグジュアリー戦略”を始めた。
やることは単純。
俺の彼女を隣国一番の高級茶屋へ送り込む。
そして。絶対に宣伝しない。
「え? 宣伝しないの?」
「しない」
「なんで?」
「『知ってる人だけが知ってるが』一番強いから」
彼女は半信半疑のまま茶屋へ向かった。
そして。
一日十食限定の幻のスイーツを、優雅に食べる。
周囲の貴族たちが気づく。
「あの女は何を食べている?」
そこで彼女は、俺の指示通り。
にっこり笑った。
「これは、選ばれた方しか口にできませんの」
あざとい。だが効きすぎた。
三日後には。
「順番を譲ってくれ!」
「金なら出す!」
「一年待ちでもいい!」
貴族たちが発狂し始めた。
隣国の王族まで興味を持ち始める。
兄が震えながら言った。
「純……お前、怖ぇよ……」
「人間、限定に弱いんだよ」
だが。
本当に酷かったのは二つ目だった。
『インフルエンサー比較戦略』。
今の俺なら分かる。
あれは性格が悪い。
まず。
まず純は、隣国一番の美女と噂される公爵令嬢へ接触した。
場所は、王都の夜会。
純の彼女は、あえて派手すぎない上品なドレスで会場へ入る。
だが、その自然な美しさは逆に目立った。
「あの方……どちらの貴族ですの?」
「肌が綺麗すぎませんこと……?」
狙い通り、公爵令嬢の側から興味を示してくる。
そこで純の彼女は、少し困ったように微笑んだ。
「そんな、特別なことはしておりませんわ。ただ、いつも同じ美容液を使っているだけですの」
その場では商品名すら言わない。
そして後日。
純の彼女は、再びパーティー会場へ現れた。
完璧なドレス。完璧な笑顔。
令嬢へゆっくり歩み寄り。
「あら。少しお疲れのようですわね」
優しく頬を撫でる。周囲が静まり返った。
そして。
「私と同じものをお使いになればよろしいのに」
地獄みたいな一言だった。
令嬢の顔が引きつる。
周囲の貴族たちがザワつく。
「同じもの……?」
翌日。
公爵令嬢の元へ、 純の彼女から 魔導美容液が届けられた。
当然、令嬢は使う。「なにこの美容液?凄い...」
数日後。
隣国の美容市場は崩壊した。
「どこで買える!?」
貴婦人たちが商会へ殺到。
在庫が吹き飛ぶ。
商人たちが悲鳴を上げる。
兄は頭を抱えていた。
「純、お前また国を壊しかけてる……」
「いや、化粧品売っただけなんだけど」
そんなこんなで。
異世界での仕事は大成功した。
気づけば彼女も、すっかり向こうに馴染んでいた。
異世界の食材を料理し。
「この野菜、天ぷらにしたら絶対美味しい」
とか言い始める。
さらには。
「異世界スイーツって、生クリーム足りなくない?」
などと、日本人らしい魔改造まで始めた。
結果。彼女は。
『異世界の食卓を革命した聖女』
みたいな扱いになった。
本人は。
「え? だってプリン食べたかっただけだよ?」と言っていた。
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結婚式は、異世界で行った。
抜けるような青空。草原。旨い酒。
大げさな儀式はなし。
仲間たちだけ集まって笑う、小さな式だった。
(純たちの実家には 籍だけ入れたと言ってある)
そのあとも。
俺たちは二つの世界を行き来している。
異世界では伝説のコンサルタント。
現代では普通の夫婦。
だが、盆、正月には決まって。
俺たちはブレスレットを起動して、日本へ戻る。
「……はぁ」
彼女はこたつに潜り込み、みかんを抱えた。
「やっぱりこれだよねぇ……」
異世界の最高級のソファ より、こたつの方が落ち着くらしい。
俺も分かる。
結局。
俺たちはこっちの人間なのだ。
「あ、お父さん? ああ、今実家に向かってるよ。仕事が一段落したから、今年の正月はゆっくりできるよ。……お土産? ああ、あっちの特産品の……そうそう、すごく体にいいお茶があるんだ。楽しみにしててよ」
彼女は実家への帰省準備をしながら、紙袋へ異世界の特産品を詰めていく。
魔法のハーブ。 霊泉茶。 ドラゴン蜂蜜。
どう考えても税関で止まりそうな物ばかりだ。
「ねえ純くん」
「ん?」
「次、異世界にスーパー銭湯作らない?」
「いいね」
「魔法で効能変えたら絶対流行るよ」
「じゃあ兄さんに予算出させるか」
窓の外には、いつもの住宅街。
電柱。 コンビニ。 静かな夜。
だけど。
ドア一枚向こうには、異世界が繋がっている。
お土産の入った紙袋を持って。
俺たちは今日も、二つの世界を行き来する。
ちょっと欲張りで。
最高に平和で。
そして、とんでもなくスケールのおかしい日常を続けながら。