あいつら5人の異世界事情(四)〜全員バラバラ、女王陛下がお待ちです
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あらすじ
一話完結・オムニバス(長めの物語)自由に色々書いています
本文
あいつら5人の異世界事情(三)〜人気アニメの映画、結局自分で買いなさいよ | 小説投稿サイト「あいぺん」
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あいつら5人の異世界事情(四)〜全員バラバラ、女王陛下がお待ちです
【目覚め、そして一人】
佐藤 純 が最初に気づいたのは、地面の感触だった。
冷たく、なめらかで、石でも土でもない。指先でなぞると、細かな文様が刻まれていた。
ゆっくりと目を開ける。
天井が高かった。どこまでも高く、その先が霞んでいる。壁には無数の紋章と、光る結晶が埋め込まれていて、室内全体をぼんやりと照らしていた。窓はない。しかし空気は澄んでいて、どこからか花に似た香りがかすかに漂っていた。
廊下だった。
幅が広く、純が両手を広げても壁に届かない。床の文様は奥へ奥へと続いている。
「……また、か」
純は立ち上がり、スマートフォンを確認した。電波はない。時刻表示は動いていた。
仲間たちのことが、真っ先に頭を占めた。
廊下を見渡した。誰もいない。
純は歩き始めた。
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同じ頃、トラブルメーカーは庭にいた。
いや、庭と呼んでいいのかわからない場所だった。空が見えた。しかしその空は、純たちが知るどの空とも違った。深い紫と、金が複雑に混ざり合った、夕暮れとも夜明けとも取れない色をしていた。
「なにこれ! すごいじゃん! 空が紫と金って、誰がデザインしたんだよ最高じゃん!」
木々が並んでいた。ただし現代の植物ではない。幹が透明で、内側に光の粒子が流れているのが見えた。葉は深い翠色で、触れると小さな音楽のような音を発した。
「え、葉っぱが音出るの!? ちょっと待って、これ楽器じゃん!」
トラブルメーカーは葉っぱを片っ端からつついて音を出し、リズムを刻みながら、それでもちゃんと周囲を見渡した。
「で! ここどこ!? みんなは!? あ、誰もいない! 一人じゃん! まあでもすごいところだな! とりあえず歩くか! 歩きながら考えよう!」
トラブルメーカーは葉っぱをもう三枚つついてから、歩き始めた。
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オタクは図書室のような場所にいた。
天井まで届く書架が四方を囲み、そこに詰まっているのは本だった。ただし現代の本ではない。表紙が金属でできていたり、ページが石板だったり、そもそも形が本ではなく球体だったりするものまである。
オタクはメガネを直し、書架を眺めた。
「……ここ、研究してたら一生かかる」
そして純たちのことを思い出した。
「って、そうじゃなくて。みんなどこだ」
本を一冊抜き取って中身を確認し、また戻した。次の一冊を確認し、また戻した。三冊目を手に取ったところで、「今は違う」と自分に言い聞かせて棚に戻した。
オタクは歩き始めた。本棚を眺めながら。
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無口は塔の上にいた。
螺旋階段を上り切った先の、石造りの展望台。吹きさらしの風の中、無口は静かに周囲を見渡した。
見えたのは、城だった。
巨大な城が、霧の中にそびえ立っていた。塔、回廊、庭、城壁。その全てが、見たことのない素材で造られていて、あちこちから光が溢れている。魔法陣のような紋様が、城の外壁に刻まれ、静かに輝いていた。
無口は城全体の構造を、ゆっくりと目で辿った。
そして、城の中心にある、ひときわ大きな建物を見定めた。
あそこが、中心だ。
無口は階段を下り始めた。
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彼女は中庭にいた。
噴水があった。水の代わりに、銀色の光が吹き上がっていた。その周囲に、花壇が並んでいる。花は七色で、それぞれがかすかに発光している。
彼女はしゃがんで、一番近くの花を覗き込んだ。花びらの縁が、呼吸するように明滅していた。
「……きれい」思わず声が出た。
立ち上がって周囲を見渡すと、城の回廊が四方を囲んでいた。どこへ行けばいいかわからないが、迷子になっている感覚はなかった。
「純たち、どこにいるんだろう」
彼女は回廊のアーチをくぐり、歩き始めた。
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【それぞれの道、そして集合】
純は廊下を歩きながら、この場所の正体を考えていた。
石でも木でもない素材。魔法陣のような紋様。光る結晶。どれも、これまで訪れた異世界のどれとも違う。中世の城の雰囲気があるが、随所に現代の合理性を超えた技術の痕跡がある。
廊下の角を曲がった瞬間、前方から足音が聞こえた。
純は立ち止まった。
現れたのは、鎧を纏った人物だった。
全身を覆う鎧は、金属ではなく光を固めたような素材でできていて、動くたびに淡く輝く。兜の下から、長い銀髪が流れていた。腰に剣を下げ、背筋は完全に真っ直ぐだ。
純を見て、人物は一瞬だけ目を細めた。敵意ではなく、確認するような眼差しだった。
「境界からの来訪者ですか」声は凛としていた。
「そうです。仲間が四人いるはずで」
「わかっています。すでに把握しています」
「……把握?」
「城内の感知システムが、あなたたちの到着を捉えました。今、他の方々も誘導されています」
純が言葉を返そうとした時、廊下の向こうから声が聞こえた。
「純!! いたいた!! 生きてた!! よかった!! なあなあここ城だよな!? めちゃくちゃでかい城! 廊下歩いてたら迷子になりかけて、でも壁の光る石がきれいだから迷子でもまあいいかなって思ったんだけど!」
廊下の角からトラブルメーカーが現れた。その後ろにオタクが続き、別の方向からは彼女が、そして無口が、それぞれ別の回廊の出口から姿を現した。
5人が一箇所に集まった。
全員、無事だった。
「よかった、みんないた」
彼女が安堵した顔で言うと、純は静かに頷いた。
「一人ずつ別の場所に飛ばされたのか」
「俺は庭! 葉っぱが音出るやつ知ってる!? あれ楽器だよ絶対! 今度ちゃんと演奏してみたい!」
「図書室にいた」とオタク。「本が球体になってるやつがあって、開き方がわからなかった」
無口が塔の方角を指した。
「なるほど、城のあちこちに散らばってたわけだ」
鎧の人物が、5人を静かに見渡した。
「ご無事で何よりです。女王陛下がお待ちです。ご案内します」
「女王!? え!? 女王が俺たちを待ってる!? なんで!? なんか悪いことしたっけ俺たち!?」
「落ち着け」と純。
「いや落ち着けないって! 女王だぞ!?」
「とりあえず行けばわかる」
人物は踵を返し、歩き始めた。
5人は顔を見合わせてから、その後に続いた。
「ねえねえ、この人誰? 鎧かっこよくない? 光ってるし! ねえ、あなたは誰ですか!?」
トラブルメーカーが鎧の人物に話しかけた。
「姫騎士です」
「姫騎士!! 本物の姫騎士!! 初めて見た!!」
「……はじめまして」
「はじめまして!! 俺、トラブルメーカーっていいます! よろしく!!」
姫騎士はそれ以上何も言わなかったが、歩く速度がわずかに上がった。
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【円卓の間、そして世界の話】
円卓の間は、名前の通りだった。
部屋の中央に、巨大な円卓があった。直径は10メートルほどで、表面には世界地図のような紋様が刻まれ、ところどころに光る宝石が嵌め込まれていた。周囲に椅子が並んでいる。
椅子に座っていた人物が、5人が入ってくると静かに立ち上がった。
年齢は純たちより少し上、といった印象だった。深紅のローブを纏い、黒髪を高く結い上げ、額には細い冠をかけている。目が、深かった。深くて静かで、しかし底には強い炎が燃えているような目だった。
「よくいらっしゃいました」
声は穏やかだったが、一言で部屋全体が引き締まった。
「わあ……本物の女王だ……」
トラブルメーカーが小声で言った。珍しく、声のトーンが下がっていた。
「座ってください。堅苦しい謁見は好みではないので」
5人は円卓の椅子に座った。女王もゆっくりと腰を下ろした。姫騎士は女王の隣に立ち、静かに前を向いている。
「単刀直入に話します」
女王は円卓の紋様を指でなぞった。
「この世界で、男性が生まれなくなって三十年が経ちます」
沈黙が落ちた。
「……え」
トラブルメーカーが素で声を上げた。
「三十年……」と純。
「現在生きている男性は、老齢の方がほとんどです。若い男性は、あなたたちを含めて城内に数えるほどしかいない」
「それは……」
「滅亡は時間の問題です。わかっています」
女王は静かに続けた。その声に、絶望の色はなかった。ただ、現実を見据える静けさがあった。
「しかし問題はそれだけではない」
女王が指を鳴らすと、円卓の紋様が光り始めた。地図の一部が赤く染まっていく。城から遠い、北の果て。
「三十年前から、この世界では『枯れ』と呼ばれる現象が進行しています。大地の魔力が失われ、作物が育たなくなり、魔法が使えなくなる地域が広がっている。男性が生まれなくなったのも、その影響の一つだと考えています」
「枯れの原因は?」
オタクが前のめりになった。
「北の果てに、『虚の核』があります。世界の魔力を吸い尽くす穴のようなもの。三十年前、何者かがそれを意図的に開いた」
「何者かが……」
「わかりません。しかし今、虚の核は限界に近づいています。このまま放置すれば、十年と経たずにこの世界の魔力は完全に枯れ果てる」
円卓の赤い光が、じわじわと広がっていく。
「俺、ちょっと待って、整理させて」
トラブルメーカーが手を挙げた。
「男性が生まれなくなってて、魔力が枯れてて、三十年前に誰かが穴を開けた、ということですよね?」
「そうです」
「それぜんぶ同時進行してるわけですよね?」
「はい」
「それ、もうかなりまずくないですか?」
「まずいです」
「女王さまってこんなに大変な状況なのに、すごく落ち着いてますね」
「……慣れました」
トラブルメーカーはしばらく黙った。珍しいことだった。
「私が皆さんを呼んだのは、他でもありません」
女王は5人を順番に見渡した。
「あなたたちは、これまで訪れた異世界で、その世界の根幹に触れ、修復してきた。記録が、残っています」
「記録……」
「境界を渡る者の記録は、世界をまたいで蓄積されます。あなたたちの足跡は、ここでも読めます」
純は一拍置いてから、口を開いた。
「虚の核を、閉じることができると思っているんですか、私たちが」
「確信はありません」
女王は正直に言った。
「しかし、あなたたちにしかできないことがある。境界の外から来た者だけが持つ、この世界の魔力と干渉しない異質なエネルギー。それが虚の核に作用する可能性がある」
「可能性ね……」
純はため息をついた。
「毎回こういう話になるな、俺たち」
「慣れてきたけどね」と彼女。
「慣れていいのかな……」とオタク。
「いいんじゃない!? だって俺たち毎回なんとかしてるじゃん! 今回もなんとかなるよ絶対! というか女王さまも姫騎士さんもいるわけだし! 戦力的には過去最高じゃない!?」
トラブルメーカーが両手を広げた。
無口は女王を静かに見ていた。女王と目が合うと、無口は小さく頷いた。
純は立ち上がった。
「わかりました。やれることをやります」
女王は、初めて表情を少しだけ緩めた。
「ありがとう。ただし、あなたたちだけに任せるつもりはありません」
姫騎士が前に出た。
「私が同行します。それと——」
扉が開いた。
入ってきたのは、十人ほどの女性たちだった。それぞれが異なる装いをしていて、ローブ姿の者、鎧姿の者、杖を持つ者。しかし全員に共通しているのは、目に宿る鋭い光だった。
「我が魔法軍団です」
女王が静かに言った。
「この世界で最後の、精鋭たちです」
「かっこいい……!! 全員かっこいい……!! ていうかこの部屋にいる全員が女性で俺たちが来てよかったよ本当に!! いや不謹慎か!? すみません不謹慎でした!!」
「トラブルメーカー」
「はい!」
「行くぞ」
「はい!!」
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【北への道、そして枯れた大地】
出発は翌朝だった。
城の正門に、純たち5人と、姫騎士、そして魔法軍団が集まった。
「北まで、三日かかります」
姫騎士が地図を広げて説明した。声は相変わらず凛としていて、無駄がない。
「途中、枯れが進んだ地域を通ります。魔法が使えない区域がある。そこでは物理的な突破が必要になる場面もある」
「物理的な突破は得意分野だ」
トラブルメーカーが拳を打ち合わせた。
「頼りにしています」
姫騎士は真顔でそう言った。
「真顔で言われると照れるな……! ありがとうございます!! 全力でやります!!」
三日間の道程は、平坦ではなかった。
一日目は順調だった。城を出て、草原を抜け、森に入る。魔法軍団が道を切り開き、オタクが地形を分析して最短ルートを提示した。彼女は魔法軍団の一人と話し込んで、この世界の魔法体系を聞き出していた。
「魔法って、言語と同じ構造をしてるんですね」
「そうです。言葉を正確に操れる者が、より精緻な魔法を使える」
「オタクが聞いたら喜びそう」
「俺は聞こえてます!」
「で、俺は!? 魔法使えますか!? 俺に才能あります!?」
トラブルメーカーが割り込むと、魔法軍団の一人が少し考えてから答えた。
「……試してみますか」
「やります!!」
結果、トラブルメーカーには魔法の才能がなかった。
「なんで!? なんで俺だけ!?」
「この世界でも魔力を持たない者がほとんどです」
「でも悔しい! 俺だけ魔法なし!? ねえ純は?」
「ない」
「オタクは?」
「ない」
「無口は?」無口は首を横に振った。
「なんだ、みんなないのか。じゃあ別にいいか!」
立ち直りが、異様に早かった。
二日目、枯れた地域に入った。
草が枯れ、木が黒ずんでいた。地面がひび割れていて、踏むと粉のように崩れた。魔法軍団の表情が、一様に固くなった。
「ここでは魔法は使えません」姫騎士が告げた。
「うわ……なんか空気も違う。重い感じがする」
トラブルメーカーが珍しく声のトーンを落とした。
「魔力がない分、私たちは影響を受けにくいはずだ」
「影響受けてる人いるの? え、大丈夫みんな?」
トラブルメーカーが魔法軍団を振り返った。確かに、何人かの顔色が優れない。
「荷物、持ちますよ」
トラブルメーカーがさっと動いて、顔色の悪い魔法軍団の一人から荷物を受け取った。
「あと俺、歌いながら歩くの得意なんですけど、歌ってもいいですか? なんか暗い気分になるより、賑やかな方がいいかなって」
「……お願いします」
「まかせといて!!」
トラブルメーカーが歌い始めた。調子っ外れで、曲名もわからない、でも妙に明るい歌だった。魔法軍団の何人かが、思わず口元を緩めた。
それで枯れた地域の空気が、少しだけ軽くなった。
問題が起きたのは、歌の三曲目に入ったあたりだった。
地面が振動した。
「来ます」
姫騎士が剣を抜いた。
地面が割れ、現れたのは巨大な虫型の魔物だった。枯れた土地に適応した種類らしく、魔力を持つものを優先的に狙う。魔法軍団の方へ、一斉に向かってくる。
「魔法が使えない場所で魔法使いを守る!」
純が素早く状況を整理し、前に出た。先頭の魔物の注意を引きつける。
「トラブルメーカー、何か使えるものはあるか!」
「あるある! 道中で拾い集めてた!」
荷物の中から取り出したのは、枯れた樹脂を詰め込んだ即席の発煙筒だった。
「いつの間に作ってたんだ」
「歩きながら! 暇だったから!」
「暇じゃなかっただろ歌ってたろ」
「歌いながら作ってた!」
「器用かよ!」
煙が広がり、魔物の視界を奪う。混乱した魔物の隙を縫って、姫騎士が鋭く動いた。剣が空気を切る音が響き、先頭の二体が無力化される。
その背後を、別の一体が狙った。
無口が動いた。
姫騎士の背後に回り込んだ魔物を、無口は真正面から受け止めた。重い体当たりを全身で受け流し、流れるような体捌きで魔物の重心を崩す。倒れた魔物に、姫騎士が振り返りざまに剣を突き立てた。
一瞬、二人の視線が交わった。
姫騎士は無言で頷いた。無口も無言で頷いた。
それだけで、次の動きが完全に噛み合った。
姫騎士が前に出て、無口が背後を固める。一体が姫騎士を狙えば無口が防ぎ、一体が無口に向かえば姫騎士がさばく。言葉のないその連携は、まるで長年組んできたかのような完璧さだった。
「……無口、姫騎士さんと息ぴったりじゃないか!? なんで!? 初めて会ったのに!? 俺と姫騎士さんも息合わせたいんですけど!!」
「トラブルメーカー、しゃべらない!」
「はい!!」
魔法軍団の一人が呆然と呟いた。
「姫騎士様が、あんな顔をするのを初めて見ました」
「どんな顔?」と彼女。
「……楽しそうな顔、です」
オタクが魔物の外皮の性質を分析し、弱点を割り出して魔法軍団に伝えた。枯れた地域を抜けた瞬間、魔法軍団の魔力が戻り、オタクの情報を元に精度の高い魔法が放たれた。
戦闘が終わった。
「やった!! 勝った!! みんなかっこよかった!! 特に無口と姫騎士さんのコンビがヤバかった!! なんか二人だけ無言でめちゃくちゃ強かったんだけど!!」
「うるさい」と純。
「でもかっこよかったじゃん!!」
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【虚の核へ、最後の戦い】
三日目、虚の核が見えた。
地平線の向こうに、黒い穴があった。穴というより、空間そのものが欠けているような見た目だった。周囲の景色が、その一点に向かって吸い込まれるように歪んでいる。近づくにつれ、風がなくなり、音が消えていった。
「でかい……」
トラブルメーカーが、珍しく静かに言った。
「直径は推定で二百メートルほど」
オタクがスマートフォンで計測しながら言う。
「中心に核がある。あそこが発生源です」
姫騎士が指差した先に、虚の中心に浮かぶ、黒い球体が見えた。
「あれを閉じれば枯れの進行が止まります。ただし、核の周囲に防衛層がある。それを突破しながら魔法を通す必要がある」
「防衛層の突破は、私たちがやる」
純が静かに言った。
「俺たちの異質なエネルギーが通れるはずだ。行くぞ」
「待って純、作戦確認しよう! 俺何したらいい!? 何でもやるよ!!」
「お前は俺の隣で動け。指示する」
「わかった!! 任せといて!!」
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防衛層は見えない壁だった。
虚の核から半径五十メートルの範囲に、魔力を弾く層が展開されていた。魔法軍団の魔法が、その手前で霧散する。
「俺たちは通れるはずだ」
純が一歩踏み込んだ。抵抗はなかった。仲間たちも続く。5人全員が、防衛層の内側に入った。
姫騎士が防衛層の手前で止まり、悔しそうに眉を寄せた。
「内側から核を支える構造を破壊できれば、防衛層が薄くなるはずです。そうすれば魔法が届く」
「わかった。やる」
純が核を見上げた。黒い球体が、低い唸りを発している。
「トラブルメーカー、何か使えるものはあるか」
「ある! 道中で拾った黒い鉱石! 核と同じ素材っぽくて、近づけると引き合う力が働くやつ!」
「それを核に叩き込めば干渉を起こす可能性がある」とオタク。
「防衛層を支えている構造が一時的に乱れるかもしれない」
「やってみる価値はある」
「俺が投げる!!」
「待て」と無口。
無口はトラブルメーカーから鉱石を受け取り、重さを確認した。それから核を見上げて、角度を測るように目を細めた。
「え、俺じゃだめなの!? 俺もちゃんと狙えるよ!?」
「無口の方が精度が高い」とオタク。
「……ぐ。確かに」
トラブルメーカーは渋々引き下がった。
無口が助走をつけた。放たれた鉱石は、吸い込まれるように核へと向かい、正確に中心部に激突した。
黒い球体が、激しく明滅した。防衛層が揺れる。
「今です!」
姫騎士の声と同時に、魔法軍団が一斉に魔力を解放した。十本の光の柱が、防衛層を突き破り、核へと向かう。
核が叫ぶような音を発した。
しかし閉じなかった。
防衛層が再び強化されていく。魔法が弾かれ始める。
「足りない! 核の内側から押さえないと!」とオタク。
「内部の構造を直接破壊する必要がある!」
「内側から?」
「核に直接触れて。ただし魔力を持つ者が触れれば——」
「飲み込まれる。俺たちなら触れても飲み込まれない」
純は核を見た。
「行くか?」
「行くよ」と彼女。
「もちろん!! ていうかここまで来て引き下がるわけないじゃん!!」とトラブルメーカー。
オタクはメガネを直した。「行きます」。
無口は、もう歩き出していた。
5人は核へと近づいた。黒い渦が引き寄せようとしてくるが、飲み込まれない。
核に手が届く距離まで来た時、純はスマートフォンを取り出した。
画面が、これまで見たことのない光り方をしていた。
「オタク」
「わかってる」
オタクが純の隣に並び、スマートフォンを解析し始めた。
「これまでの異世界で蓄積された干渉パターンを核の内部構造と照合して……ここだ」
「どこだ」
「核の最も不安定な点。ここに全部を叩き込めば、内側から崩せる」
「やれるか?」
「やります」
「俺は何したらいい!?」とトラブルメーカー。
「核の周囲の補助構造、見えるか? あの突起」
「見える!」
「叩け」
「わかった!!」
トラブルメーカーが突起に向かって走り、全力で拳を叩き込んだ。核が揺れる。内部構造が乱れる。
「今だ!」
オタクが純のスマートフォンを操作した。これまでの旅で蓄積された全てのデータが、一点に収束していく。
「純、あなたが押してください」
オタクが純にスマートフォンを返した。
純は画面を見た。一つの点が、光っている。
彼女が純の隣に立った。
「一緒に」
二人の指が、画面の上で重なった。
押した。
核が、内側から割れた。
黒い渦が逆流し、防衛層が消滅した。魔法軍団の魔力が一気に流れ込む。十の光の柱が核を貫き、黒い球体が粉々に砕け散っていく。
轟音が、世界に響いた。
やがて、静寂が訪れた。
虚の核があった場所には、何もなかった。ただ、大地が、かすかに光っていた。枯れた土から、小さな緑の芽が顔を出していた。
「終わった……の?」
トラブルメーカーが呆然と立っていた。珍しく、声が震えていた。
「終わったな」と純。
「……やった!!!! やったああああ!!!!」
トラブルメーカーが両手を天に向かって突き上げた。
空が、澄んだ青へと変わりつつあった。
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【帰り際、あるいは一言だけ】
城に戻ると、女王が円卓の間で待っていた。
「ご無事で」
「おかげさまで」
純が答えると、女王は深く頭を下げた。
「感謝しています。この世界のために」
「一つ、お伝えしたいことがあります」
女王はスマートフォンを見た。
「あなたのそれ。これまでの旅の記録が蓄積されたことで、今や境界そのものに干渉できる可能性があります。つまり——」
「任意の世界に、行き来できるかもしれない」
オタクが先に言った。
「ずっと気になってた」
女王は微笑んだ。
「この世界へ、また来ていただけますか。枯れが癒えていく様子を、見届けてほしい」
「検討します」
純が笑いながら答えた。
城門で、出立の準備が整った。
純がスマートフォンを操作して帰還の境界を開くと、あの光の揺らぎが現れた。
5人が揃って確認し合う。全員いる。
「行こうか」
純が言いかけた時、無口が動いた。
踵を返し、城門に向かって数歩歩いた。
城門のそばに、姫騎士が立っていた。見送りのために来ていた彼女は、無口が近づいてきたことに気づき、真っ直ぐに向き合った。
無口は姫騎士の前に立ち、少し間を置いた。
「来るか」
それだけ言った。
姫騎士の目が、わずかにうるんだ。
凛とした立ち姿が、初めてわずかに揺れた。
頬が、ゆっくりと赤くなった。
「……はい」
小さく、しかしはっきりと、姫騎士は頷いた。
無口は何も言わず、踵を返して仲間のところへ戻った。
しばらく全員が固まった。
最初に口を開いたのは、当然トラブルメーカーだった。
「ちょっと待って待って待って!! 今何が起きた!? え!? 無口が!? あの無口が!? しゃべった!? しかも!! しかも口説いた!? 来るか、って!? 来るか!? それで来ますって言ったの!? え!? え!? 俺どうしたらいいの!? どんな顔すればいいの!?」
「落ち着け」と純。
「落ち着けないって!! 無口が!! 寡黙キャラが!! 異世界で!! 姫騎士を!! 口説いた!!!!」
「声が大きい」
「だって!! だってだよ!? 俺ずっと頑張って話しかけてたのに!! 無口は一言しかしゃべってないのに!! 来るか!? はい!? それだけ!? それだけで成立するの!? 世界って不公平じゃない!?」
「お前の問題じゃない」
「俺の問題だよ!! なんか悔しい!! 畜生!!」
「トラブルメーカー」とオタク。
「なに!?」
「俺、彼女いる」
「マジか!! なんでみんなリア充なの!? 純と彼女はわかる!! でも無口と今度はオタクまで!? 俺だけ!? 俺だけ取り残されてるの!?」
「現代の話だよ」とオタク。
「そういう問題じゃない!! 俺だってこれだけ異世界来てて!! 猫耳の子でも!! 魔法使いでも!! 姫騎士でも!! 誰でもいいから!! 次の異世界で絶対ゲットしてやる!!!!」
「頑張れ」と純。
「応援してるね」と彼女。
「猫耳は難易度が高い」とオタク。
無口が、静かに笑っていた。
「笑うな無口!! お前が一番笑っちゃだめなやつだろ!!」
無口はますます笑った。
「……行くぞ」
純が光の中に踏み込んだ。仲間たちが続く。
最後にトラブルメーカーが、振り返って城に向かって叫んだ。
「絶対また来るからな!! その時は俺にもいい出会いをください!! よろしくお願いします!!!!」
光が5人を包んだ。
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気がつくと、畳の上に立っていた。
六畳間だった。
万年床のような布団が隅に畳んである。本棚には雑多な本と充電ケーブルが絡まっている。テレビの前にはゲームのコントローラーが転がっていた。どこからどう見ても、純の部屋だった。
「……なんで俺の部屋」純が呟いた。
「帰ってきた感はあるね」と彼女。
「ありすぎる」とオタク。
無口は無言で、室内を静かに見渡した。
「ちょっとちょっと!! 純の部屋!? 俺、純の部屋来たの初めてだわ!! せまっ!! でもなんか落ち着く!! この布団ふかふかそう!! ちょっと座っていい!?」
「座っていい。でも靴脱げ」
「あ!! みんな靴履いたまま!!」
彼女が振り返った。
「脱ぎなさいよ、みんな」
全員が玄関でもない場所で、揃って靴を脱いだ。異世界で女王と謁見し、虚の核を閉じた5人が、六畳間の真ん中で靴を脱ぐ光景は、なかなかシュールだった。
「コーヒー入れるね。純、豆どこ?」
「棚の二段目」
彼女が台所に消えた。しばらくして、コーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「純、これ何?」
トラブルメーカーが本棚の隅にある紙袋を指差した。
「実家から送ってきた和菓子。食べていい」
「実家!! 和菓子!!」
トラブルメーカーが紙袋を開けると、丁寧に包まれた練り切りが並んでいた。
「上品なやつじゃん!!」
彼女がコーヒーを人数分持って戻ってきた。5人は六畳間に車座になって座った。布団に寄りかかる者、本棚に背を預ける者、思い思いの場所に収まった。
コーヒーを一口飲む。
和菓子をひとつ取る。
「……うまい」
トラブルメーカーが、珍しくしみじみした声で言った。
「三日ぶりのまともな食事感ある」
「三日いたのに現代では一瞬だけどな」
「体は三日分疲れてるんだよ!! でもこれ食べたら元気出てきた!! 純の実家の和菓子、最高!!」
無口が練り切りを一口食べて、目を細めた。満足そうだった。
オタクがコーヒーを飲みながら、ぼそりと言った。
「女王と円卓で謁見して、虚の核を閉じて、帰ってきたら六畳間で和菓子か」
「いいじゃないか」と純。
「いいですね」と彼女。
窓の外で、月が一つ出ていた。
部屋の中は、コーヒーの香りと、5人の静かな息遣いで満ちていた。
「次はどこ行くんだろうな」
トラブルメーカーが、和菓子2個目に手を伸ばしながら言った。
「行かなくていい」と純。
「でも行くんでしょ」
「……まあな」
彼女が笑った。オタクも笑った。無口が口の端だけで笑った。
トラブルメーカーは和菓子を頬張りながら、満足そうに伸びをした。
六畳間に、穏やかな夜が続いた。
---
【あいつら5人の異世界事情】 完
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