映像修復師の表紙画像

映像修復師

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/30 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 1,756文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一話完結・オムニバス(好きな所からお読みください)

本文

佐藤 純 の仕事場は、古びた映画資料館の地下にある。

そこには、誰にも見られなくなった古いフィルムが山のように積まれている。純は映像修復師として、ひたすらそれらの傷を消し、失われた色彩を呼び戻す作業を繰り返していた。

同僚たちは、純の仕事を「魔法だ」と呼ぶ。画面の中で途切れた風景に、彼がそっと指先を触れるだけで、まるで最初からそうであったかのように色彩が繋がり、銀幕の中で季節が呼吸を始めるからだ。

「純、どうやってるんだ。その光の差し方の計算、まるで現実に光を当ててるみたいだよ」

純はいつも苦笑いをして、自分の指先をポケットへ突っ込む。

「感覚だよ。向こうで、ずっとやってたからさ」

その日の夜、純が地下室でモニターに向かっていると、階段を降りてくる足音がした。彼女だった。差し入れのコーヒーを両手に持って、純の手元をしばらく黙って見ていた。

「また光、溢れてる」

モニターから滲み出した色が、地下室の埃を金色に染めていた。純は気づいていなかったらしく、少し慌てて手を止めた。

「集中してた」

「見てればわかる」

彼女はコーヒーを純の隣に置いて、椅子を引いて座った。モニターの中では、モノクロの俳優たちが踊っていた。純が修復した部分だけ、かすかに色がついていた。

「これ、いつの映画」

「五十年くらい前。フィルムが劣化して、真ん中の十分が丸ごと消えてた」

「消えてたのに、直せるの」

「前後のコマから光の流れを読めば、だいたいわかる。ここでこの角度から光が当たってたなら、次のコマではこう動くはずだって」

彼女はモニターをしばらく見ていた。

「あなたがやると、修復した部分の方が綺麗に見える」

純は何も言わなかった。

「聞いていい」

「なに」

「向こうって、どんなところだったの」

純の手が止まった。彼女が向こうの話を自分から聞くのは、初めてだった。純はコーヒーを一口飲んで、モニターから目を離さないまま、少しだけ話した。

「言葉がなかった。記録する手段が、光しかなかった。だから俺の仕事は、人が忘れていく幸福な瞬間を光の欠片としてすくい上げて、空に焼き付けることだった」

「空に」

「あっちには巨大なスクリーンみたいなものがあって、そこに焼き付けると、街中の人間が同時に見ることができた。映画館みたいなもんだよ、街全体が」

彼女は膝の上で手を組んで、続きを待った。

「ある夜、二つの月が重なった。街中の人間が広場に集まって、祈りながら虹色に光り輝いた。俺はそれを永遠にしたくて、焼き付けようとした」

「それで」

「欲張りすぎた。永遠にしたいという気持ちが、時間をねじ曲げた。広場にいた人たちが光の粒子になって空へ溶けていって、二つの月が一つになって、世界が崩壊し始めた」

地下室が静かだった。モニターの中の俳優たちだけが、音もなく踊り続けていた。

「俺はその中で、燃え残った火種みたいなものを一つだけ胸に抱えて、気づいたらこっちのベッドの上にいた。時計は十秒しか進んでいなかった」

「十五年が、十秒」

「そう」

彼女はしばらく黙っていた。純もしばらく黙っていた。

「顔を思い出せない人たちって」

「向こうにいた人たち。光の粒子になって溶けていった人たち。俺が欲張ったせいで」

彼女は何も言わなかった。それでよかった。謝れとも、気にするなとも言わなかった。ただそこにいた。

しばらくして、純がまたモニターに向かった。指先がフィルムの傷をなぞっていく。光が滲み出した。

「だから修復師になったの」

「まあ、そういうことかな。失った光の代わりに、忘れられた光を直す。釣り合いが取れてるかどうかはわからないけど」

「取れてると思う」

純は少し笑った。

「あと」と彼女が続けた。

「休日に街でやってることも、同じ理由?」

「似たようなもん」

「あの祭りの夜を、もう一回やろうとしてるの」

純は答えなかった。答えないことが、答えだった。

彼女は立ち上がって、純の肩にそっと手を置いた。それだけで、また仕事に戻った。

モニターの中で、修復されたフィルムが流れ始めた。五十年前の俳優たちが、純が取り戻した光の中で踊っていた。

純が鼻歌を歌うと、地下室の埃が黄金色に舞い上がった。胸の奥の琥珀色の火種が、少しだけ温かくなった。

映像修復師の仕事は、今日もまだ終わらない。

-----

休日パレード | 小説投稿サイト「あいぺん」

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 25 👍 いいね: 1 📚 本棚登録: 0

作者について

JJ

JJ

👥 フォロワー: 6人

作者ページを見る