休日パレード
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あらすじ
一話完結・オムニバス(長めの物語)自由に書いています
本文
休日パレード
休日の朝、佐藤 純 は広場に立って、灰色のビル街をぼんやり眺めていた。
退屈そうだな、と思った。街が、ではなく、自分が、かもしれなかった。空は青いのに、街だけがずっと灰色のままでいる。ビルも、アスファルトも、信号機の柱も、みんなして申し合わせたように同じ色をしている。
「塗り替えてやろうかな」
声に出したら、停滞していた空気がわずかに動いた気がした。
純はしゃがんで、アスファルトの隙間を見た。割れたガラスのかけら、誰かのアクセサリーの残骸、正体のわからない透明な石。光を反射するものが、意外とそこらじゅうに落ちている。
拾い始めた。
一個、また一個。ポケットに詰め込みながら、広場を歩いた。噴水の縁、植え込みの根元、ベンチの足元。探せばあるものだ。誰も拾わないから落ちたままになっているだけで、街には光のかけらがたくさん眠っている。
それから純は、配置を始めた。
最初の一個を、噴水の東側に置いた。角度を少し調整して、太陽の方向を計算する。指先が、体が、勝手に動く。これは頭で考えてやることじゃない。十五年という長い時間をかけて染み込んだ感覚だ。あちらで覚えたことは、そう簡単には抜けない。
光が走った。
噴水の水面を経由して、向かいのビルの窓に虹が生まれた。細くて頼りない虹だったが、確かに存在した。純は次の破片を取り出した。
そうして、街が変わっていった。
二個目を植え込みの石の上に立てると、光が屈折して、隣のビルの外壁に青と金の模様が広がった。三個目を噴水の縁に寝かせると、水しぶきがプリズムになって、通り過ぎる人の背中に光の粒を降らせた。
「あれ、なんか光ってない?」
通りかかった女の子がスマホを構えた。その隣にいた男性も立ち止まり、足を止めた老夫婦がお互いの顔を見合わせた。
純は気にせず続けた。
四個、五個、六個。ポケットの中身を全部使い切る頃には、広場全体が極彩色の光の網の中にあった。ビルの窓という窓が虹を映し、噴水の水柱が七色に光り、地面のアスファルトにまで、揺れる色の影が踊っていた。
人が集まってきた。
「なにこれ!」「写真撮れた?」「え、なんで?」「すごい!」
みんな上を向いたり、スマホを向けたり、その場でくるくる回ったりしていた。純はその様子を広場の端から眺めて、なんとなく鼻歌を歌い始めた。名前も知らない、メロディだけ覚えている歌だ。かつて向こうで誰かが歌っていた。誰だったかは、もう顔を思い出せない。
すると不思議なことに、街灯が反応した。
点滅ではなく、呼吸するようにゆっくりと明るさが変わり始めた。純は別に操作していない。ただ歌っているだけだ。でも、こういうことがある。気持ちが乗ってくると、周りの光が勝手に動き出す。魔法というより、彼にとっての癖みたいなものだ。
噴水のポンプが、鼻歌のリズムに合わせて水の高さを変え始めた。
信号機が、赤でも青でもない色に変わった。オレンジでも黄色でもない、見たことのない色だった。それを見た子どもが「あの色なんていうの!」と叫んで、お母さんが「知らない!」と叫び返した。
誰かが踊り始めた。
最初は恥ずかしそうに足踏みするくらいだったのが、隣の人がつられて、その隣の人もつられて、気づいたら広場の半分くらいの人間が、バラバラなリズムで、でも同じくらい楽しそうに体を動かしていた。
純は鼻歌をやめなかった。
異世界にいた頃も、こんな夜があった。祭りとも呼べない、誰が始めたかもわからない、ただ光があって人が集まって踊っていただけの夜。十五年分の記憶の中で、あの夜だけはまだはっきり思い出せる。
光の中で人々が笑っていた。純もまた、口の端を緩めていた。
そしてその翌朝、気づいたら元の部屋のベッドの上にいた。枕元の時計は、十秒しか進んでいなかった。
十五年が、十秒だった。
だから純は、今日も休日の朝に広場へ来る。十秒で消えてしまうものが、この街にもあることを、純は知っている。
袖を引っ張られた。
振り返ると、彼女がいた。呆れた顔をしていたが、目が笑っていた。いつからいたのか、純は気づいていなかった。
「ねえ、これ、あなたがやってるの」
「さあね」
「さあ、じゃないでしょ」
純は肩をすくめた。彼女はため息をついて、それから、純の隣に並んだ。二人で広場を見た。
極彩色の光の中で、知らないおじさんが本気で踊っていた。小学生くらいの男の子が噴水に突っ込んで、濡れながら大笑いしていた。老夫婦が手を繋いで、ゆっくりと一回転していた。
「きれいだね」
「だろ」
しばらく黙って、二人で眺めた。彼女は純が異世界にいたことを知っている。魔法が使えることも知っている。でも、あまり詳しく聞かない。純もあまり話さない。それが彼らの距離であり、お互いが選んだ静かな約束だった。
光の中で、見知らぬ誰かがまた笑い声を上げた。
日が沈んで、全部終わった。
光が薄れるのは早かった。太陽の角度が変わると、純が配置した破片はただの破片に戻り、街は少しずつ元の色を取り戻した。人々はスマホの画面を確認しながら、首を傾げながら、それでも名残惜しそうに散っていった。
純は広場を一周して、破片を回収した。
使い終わったら片付けろと、向こうで誰かに教わった。誰だったかは、もう顔を思い出せない。でも手が覚えている。体が覚えていることは、十秒では消えなかった。
彼女が黙ってついてきた。
コンビニに寄って、アイスを二本買った。一本を彼女に渡した。
家に帰ってテレビをつけたら、ニュースが「原因不明の奇跡的な夕暮れ現象、SNSで拡散」と報じていた。専門家が光の屈折がどうとか、大気の状態がどうとか、もっともらしいことをしゃべっていた。
「出たね」
「まあ、明日は普通の景色がいいか」
「今日だってだいぶおかしかったけど」
「そうか?」
「そうだよ」
アイスが溶け始めていた。純は特に何も言わなかった。テレビの中の専門家が、まだ一生懸命しゃべっていた。
---
次の休日も、雨だった。
純は窓の外を見て、少し考えて、長靴を履いた。彼女に「どこ行くの」と聞かれたので「ちょっと」と答えた。彼女は三秒黙って、自分の長靴も履いた。
商店街のアーケードを抜けて、川沿いの道に出た。雨の日の川は、音が大きい。水かさが増して、濁って、なんとなく機嫌が悪そうに見える。
純は川べりにしゃがんで、水面を眺めた。
「何するの」
「橋、作ろうかと思って」
「橋?」
「見えない橋」
彼女は傘を少し傾けて、川の向こう岸を見た。対岸には古びた公園があって、誰もいなかった。
「渡る人いないでしょ、こんな雨の日に」
「いるかもしれない」
純はポケットから、小石をいくつか取り出した。どこで拾ったのか、彼女には見当もつかなくなった。形が妙に揃っている。純の手の中で、石が微かに光った。
純は石を川に投げ始めた。
一個目は上流に。二個目は少し下流に。三個目はその中間に。水面に落ちた石は沈まずに、そのまま水の上に止まった。止まって、ぼんやりと光り続けた。
「沈まないの」
「うん」
「なんで」
「さあね」
彼女はため息をついた。純はさらに石を投げた。七個、八個、九個。川の上に、石が一列に並んだ。間隔は均等で、まるで見えない板の上に乗っているようだった。
光が雨粒に反射して、橋の形が浮かび上がった。
透明な橋だった。欄干も板もないが、確かにそこにある。雨が当たるたびに、輪郭が一瞬だけ光って、また消えた。
しばらくして、公園側の土手に、男の子が一人現れた。小学校低学年くらいで、黄色いレインコートを着ていた。川のこちら側に用があるのか、橋のあたりをじっと見ていた。
男の子は一歩踏み出した。
透明な橋の上に、足が乗った。
男の子は三秒固まって、それからゆっくりと歩き始めた。川の真ん中まで来たところで立ち止まり、下を見た。濁った水が流れていた。男の子は上を見た。雨が降っていた。
それから大声で叫んだ
「おかあさーん! 川の上歩けたー!」
対岸の公園の奥から、「嘘つかないの!」という声が返ってきた。
純は立ち上がって、傘を差し直した。彼女が隣に並んだ。
「満足した?」
「まあまあ」
「次は何作るの」
「雨の日は橋って決めてる」
「決めてるんだ」
「向こうでそう教わったから」
彼女は何も聞かなかった。純も何も言わなかった。男の子はもう一往復してから、公園の奥へ走って消えた。
橋は雨が止むまで、そこにあった。
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その日、純は屋上にいた。
マンションの屋上で、管理人に見つかれば怒られる場所だが、純はもう三年通っていて、管理人の田中さんとは顔見知りになっていた。
田中さんは純を見るたびに「また来たの」と言い、純は「はい」と答え、田中さんは「まあいいか」と言って去っていく。その繰り返しだった。
純は屋上の縁に腰かけて、街を見下ろしていた。
風が強い日だった。ビルの谷間を抜けてきた風が、屋上で渦を巻いていた。純はその風の流れを目で追いながら、ポケットから紙切れを何枚か取り出した。
白い紙だった。何も書いていないように見えた。
「何するの」
後ろから声がした。彼女だった。純が屋上にいると知ると、だいたいついてくる。
「手紙、飛ばそうと思って」
「何も書いてないじゃない」
「書いてあるよ」
「どこに」
純は紙切れを一枚、風にかざした。白いままに見えた。でも彼女がよく見ると、光の角度によって、うっすらと文字のようなものが浮かんでいた。読めない文字だった。この世界の言葉ではなかった。
「誰への手紙」
「さあね」
「さあって」
「届けばいい人のところに届く」
彼女は返事をしなかった。
純は紙切れを一枚、風に放した。渦に乗って、どこかへ飛んでいった。また一枚。また一枚。十枚の手紙が、十方向に散っていった。
しばらくして、街のどこかで、小さなことが起きた。
横断歩道で立ち止まっていたサラリーマンが、急に空を見上げた。特に何もなかったが、なぜか笑った。コンビニの前でスマホを見ていた女性が、顔を上げて、向かいのビルの花壇に気づいた。今まで一度も見たことがなかった花壇だった。公園のベンチで眠っていたおじいさんが目を覚まして、隣に知らない犬が座っているのを見つけた。犬は尻尾を振った。
純には見えなかった。でも、なんとなくわかった。
「届いた?」
「たぶん」
「何が書いてあったの」
純は少し考えた。
「向こうの言葉で、『今日はいい日だ』って」
彼女は屋上の縁に並んで座って、街を見下ろした。風がまた吹いて、二人の髪を揺らした。
「あなたって」
「うん」
「変だよね」
「そうか?」
「そうだよ」
純は特に否定しなかった。彼女も特に気にしていなかった。
田中さんが屋上のドアを開けて、二人を見て、「また来たの」と言った。純は「はい」と答え、田中さんは「まあいいか」と言って、去っていった。
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街に金木犀の匂いが漂い始めた日、純は朝から少しぼんやりしていた。ソファに座って、コーヒーを飲んで、窓の外を見て、また飲んで、それだけをしていた。
「どうしたの」
彼女がトーストを持ってきて、純の隣に座った。
「この匂い、嗅いだことある気がする」
「金木犀でしょ。毎年咲くじゃない」
「向こうでも咲いてた」
彼女は少し黙った。向こうの話を純がするのは、珍しかった。
「似たような花が、あっちにもあって」と純は続けた。「秋になると、街中が橙色の匂いになった。その花を育ててた人がいて、毎年俺に一枝くれた。顔が思い出せないんだけど、その人の手だけ覚えてる。節くれだった、年取った手だった」
「男の人?」
「わからない。でも、優しかった」
彼女はトーストを一口食べた。
「会いたい?」
純は少し考えた。
「会えないからな」
「そうだけど」
「会いたいかどうかもよくわからない。夢みたいな感じがする。十五年いたのに、夢みたいな感じがするのが、たまにおかしくなる」
彼女は何も言わなかった。それが純にとって一番の救いだった。
純はコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「ちょっと出てくる」
「行ってらっしゃい」
純は近所を一時間歩いた。魔法は何も使わなかった。金木犀の匂いを嗅ぎながら、ただ歩いた。途中で野良猫に会った。純がしゃがむと、猫は逃げなかった。しばらく見つめ合って、猫は欠伸をして、どこかへ行った。
家に帰ったら、彼女がホットコーヒーを淹れて待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
純はコーヒーを受け取って、ソファに座った。窓の外に、金木犀の木が見えた。風が吹くたびに、橙色の小さな花が揺れた。
顔は思い出せないままだったが、純は、その人が幸せだったと思っていた。根拠はなかった。でも、そう思うことにしていた。
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十二月の最後の週、雪が降った。
この街に雪が積もるのは珍しかった。朝起きたら窓の外が白くなっていて、彼女が「雪だ」と言い、純が「うん」と言い、二人してしばらく黙って眺めた。
「何かする気でしょ」
「する」
「何」
「まだ決めてない」
嘘だった。起きた瞬間から、決めていた。
異世界で覚えた魔法の中で、一番大きいものがある。普段は使わない。使う機会がないし、使うほどのことがこの街では起きない。でも、雪が積もった朝は別だ。雪は全部を白くする。白いものの上に何かを乗せるのは、一番やりやすい。
純は厚手のコートを着て、マフラーを巻いた。彼女も着込んできた。
「止めても無駄だよね」
「うん」
「危ないことはしないでよ」
「しない」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん、って」
外に出たら、街が静かだった。雪の日はいつもそうだ。音を吸い取って、街全体がひそひそ話をしているみたいになる。
純は広場に向かった。
雪が積もった広場には、誰もいなかった。噴水は止まっていて、ベンチも植え込みも、全部白い帽子を被っていた。純はその真ん中に立って、空を見上げた。雪がまだ降っていた。
息を吸った。
目を閉じて、異世界で覚えた一番古い呼吸をした。十五年の最初の年に教わった、魔法の前の準備だ。誰に教わったかは覚えていないが、やり方だけ体に残っている。
目を開けた。雪が動いた。
地面に積もった雪が、さらさらと舞い上がった。風ではなかった。純の呼吸に合わせて、雪の粒が集まり、形を作り始めた。最初は曖昧な塊だったのが、だんだん輪郭を持ち始めた。
木だった。
広場の中心に、雪でできた木が生えた。幹があって、枝があって、葉の代わりに雪の粒がついていた。高さは五メートルくらい。純が手を動かすと、木が揺れた。枝から雪が散って、また集まって、花が咲いた。白い花だった。
木の周りに、別の何かが生え始めた。
草だった。雪の草が、広場の石畳の上に広がった。その先に小さな雪の花が咲いて、石畳のあちこちに星型の模様が浮かんだ。見上げると、降り続ける雪が、木の枝の間でくるくると回っていた。
彼女が純の隣に来た。
何も言わずに、ただ見ていた。
しばらくして、人が集まってきた。スマホを持った人、子どもを連れた人、犬を散歩させていた人。みんな声を出さなかった。雪の木の前で、静かに立っていた。
子どもが一人、木に近づいた。手を伸ばして、雪の花びらに触れた。花びらは崩れなかった。子どもは振り返って、お父さんを見た。お父さんが頷いた。子どもはもう一度、花に触れた。
純は手を下ろした。
木はそのまま残った。純が動かさなくても、しばらくは形を保つはずだ。雪が降り続ける間は。
「すごかった」と彼女が言った。
純は何も言わなかった。
「向こうでもこういうの、作ってたの」
「似たようなことは」
「誰かに見せてた?」
「見せてた気がする。誰に見せてたかは、もう覚えてないけど」
彼女は純の手を取った。冷たかった。純の手も、彼女の手も。
「覚えてなくても、きれいだったと思う。向こうでも」
雪がまだ降っていた。広場の雪の木が、風もないのに、ゆっくりと揺れていた。
日が暮れて、雪の木は溶けた。
正確には溶けたのではなく、また地面に戻った。雪の粒が静かに降りてきて、石畳の上に積もって、ただの雪になった。
人々は写真を撮っていたから、記録には残る。でも、誰も説明できないまま、年を越すだろう。
純と彼女は、帰り道にラーメンを食べた。熱いラーメンが、冷えた体に染みた。彼女が「おいしい」と言い、純が「おいしい」と言い、二人してしばらく無言で食べた。
「来年も何かするの」
「するかもしれない」
「何?」
「まだ決めてない」
「また当日に思いつくやつ」
「そう」
彼女は少し笑って、スープを飲んだ。
外ではまだ雪が降っていた。街は白くて、静かで、どこかに純が知らない光のかけらが、まだたくさん眠っていた。
来年も、純は休日の朝に街へ出るだろう。
理由は特にない。ただ、街がまだ退屈そうに見えるから。
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映像修復師 | 小説投稿サイト「あいぺん」