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第二十六話:巻き戻る映像

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/10 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,802文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、二十六本目の違和感である。

二十六本目は、私が他人の話として聞き始めて、途中から、聞き手であることをやめた話だった。

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そのコンビニの店長を、五年ほど前から知っていた。

私の記録のことを、店長は知っていた。年に何度か、客の話としては妙な、と前置きして、雑談の中で持ち込んでくることがあった。今回もそうだった。

水曜の午後、電話がかかってきた。

最近、夜中に、誰もいないレジ前のあたりで、レジが「ピッ」と鳴る。客の動きをセンサーが拾ったときに鳴る音だ。だが、防犯カメラには、誰も映っていない。一度、見てくれないか、と。

私は、行くと答えた。

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バックヤードに通された。

店長は仕入れに出るところだった。

「適当に巻き戻して見ててくれ」

そう言って、店長は出ていった。

レジに人が来たら呼びに行く約束だったが、平日の午後三時の、住宅街のコンビニに、客はあまり来なかった。

モニターは少し古く、画面はわずかに緑がかっていた。四つのカメラの映像が、四分割で映っていた。レジを正面から、レジを背後から、入口、酒類の棚。

私は、深夜の時間帯から見ることにした。

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午前二時から、四倍速で流した。

四倍速の人の動きは、少し滑稽だった。客は、入口から、ちょこちょこと早足で入ってきて、棚の前で短く止まり、レジに直行し、また早足で出ていく。一連の動作が、人形劇のように見える時間帯だった。

二時から三時までの一時間で、客は、四人だった。

ピッ、と鳴った瞬間は、確認できなかった。映像の上では、レジ前には、誰もいない瞬間がほとんどだった。

私は、もう一度、同じ時間帯を見直した。

通常速度で。

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三時七分の少し前、私は早送りボタンを、押し過ぎた。

巻き戻しを、二度、押した。

映像が、逆再生になった。

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逆再生では、客が後ろ向きに歩いて店から出ていく。商品がレジから袋に戻らずに棚へ戻り、客が後ろ向きに棚を眺め、後ろ向きに入口から出ていく。

ふつう、逆再生というのはぎこちない。動作の重心が乱れて、見ていて気持ちが悪い。

その映像は、ぎこちなさが、なかった。

順方向の映像と、私には、区別がつかなかった。

巻き戻しの倍速も、最初は気づかなかった。等速のように見えた。

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三時十二分。

レジ前のカメラ。

人が、立っていた。

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カメラに、背を向けていた。

肩の幅、首の後ろ、コートの裾。後頭部の輪郭。

それだけだった。顔は見えなかった。

動かない。

逆再生で、その人物だけが、動かなかった。

周りの時間が、後ろ向きに流れていた。

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私は、巻き戻しを止めた。

通常再生に、戻した。

レジ前には、誰もいなかった。

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もう一度、逆再生にした。

いた。

通常再生に戻した。

いない。

切り替えを、五回、繰り返した。

五回目に、思いついて、四つのカメラの他の三つを確認した。

レジを背後から映すカメラ。

入口のカメラ。

酒類の棚のカメラ。

逆再生でも、通常再生でも、その人物は、他の三つには、映っていなかった。

四つのうち、一つにだけ。

そして、逆再生のときにだけ。

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私は、画面を、一時停止した。

人物の足元を、よく見た。

立っている位置の床に、二つの跡があった。

濡れた靴底の形をしていた。

そのまま、通常再生に切り替えた。

レジ前には、誰もいなかった。

ただ、床のタイルに——同じ位置に、同じ形の、二つの跡が、まだ、残っていた。

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私は、画面の前で、しばらく動かなかった。

跡は、消えなかった。

通常速度で時間が流れていく中で、店員が一度、レジ前を横切った。跡の上を、踏んだ。気づいた様子はなかった。跡は、店員の動きで消えなかった。タイルに「埋まって」見えた。

四時を過ぎた頃、その時間帯の客が一人、レジに来た。会計をした。レジ袋を受け取った。出ていった。

跡は、まだ、そこにあった。

四時三十二分。

跡が、ふっと、消えた。

切れ目なく、何かが乾くようなタイミングではなかった。一瞬で、消えた。

私は、四時三十二分の前後を、何度か見直した。

跡の消え方は、何度見ても、同じだった。

一瞬で、消えた。

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店長が戻ってきたのは、五時前だった。

私は、店長に、何も言わなかった。

帰り際に、もう一度、モニターを見た。

ライブ映像が映っていた。

今、この瞬間の、レジ前。

レジ前には、店員と、客が一人いた。客は、若い男だった。

画面の隅、酒類の棚の手前——客でも店員でもない位置に、一人、人が、立っていた。

カメラに、背を向けて。

肩の幅、首の後ろ、コートの裾。

私は、店長の方を見た。

店長は、レジで会計の音を聞いていた。レジに二人がいて、客と店員だ、という顔をしていた。

私は、店を、出た。

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外は、もう暗かった。

商店街のアーケードの天井を、私は、見上げた。

数えてはいないが、視界の中に、防犯カメラが、五つは、あった。

そのうちのいくつが、今、私を撮っている。

そのうちのいくつが、明日、誰かに、巻き戻される。

そのとき、巻き戻された画面の中に——

私は、考えるのを、やめて、家に帰った。

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家に着いてから、店長に、礼の電話を入れた。

店長は、二週間後に電話する、と言った。

気になるから、業者に頼んで、画像解析をしてもらう、と。

逆再生の不鮮明な映像から、人物の輪郭だけを抽出する技術があるらしかった。

二週間後、電話があった。

体格と、服の輪郭の、概要だけが、出たという。

「身長は、たぶん——」

そこで、電話が切れた。

私の方の電波が、急に、弱くなった。

かけ直した。

店長は、出た。

「業者に、頼んだ覚えがない」

と、店長は、言った。

私は、訊き返さなかった。

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二十六本目を、ノートに書き留めた。

監視カメラに、映らない者が、映る瞬間がある。

巻き戻された時間の、中だけ。

書き終えてから、ページを、もう一度、見た。

最後の行に、自分の筆跡で、こう、足されていた。

——その時間の中で、お前は、たぶん、こちらを見ていない。

書いた覚えは、なかった。

二十六本目の蝋燭に、火を、灯した。

一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に揺れた。

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今、あなたが、これを読んでいる、その時間。

その瞬間も、どこかの店の、どこかの通りの、防犯カメラが、回っている。

そのカメラの映像が、いつか、巻き戻されないとは、限らない。

その逆再生の中で、誰か一人が、動かずに、立っているとは、限らない。

——カメラに、背を向けて。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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