力士に抱っこしてもらうと元気に育つ的

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/14 📚 シリーズ: 短編・番外編 📝 1,433文字 ✅ 全年齢

あらすじ

短編・番外編 - 力士に抱っこしてもらうと元気に育つ的

本文

地方視察の昼下がり、潮風に磨かれた小さな港の集落を訪れていた。

 網を干す杭のあいだから、洗い立ての麻布が白く揺れている。港の水面は陽を砕き、遠くでは舟底を叩く波音が、昼の静けさへ細く混じっていた。

 まだ夫婦になって日が浅いのだろう。若い二人が、三か月ほどの赤子を胸に包み、わたしたちを呼び止めた。

「巫女さまと騎士さま、どうかこの子に祝福をお与えください」

 夫の声はかすかに震えていた。妻は唇を結んだまま、瞳だけをまっすぐこちらへ向けている。

 神格化されるようなことは、本当は避けたい。

 けれど、胸の奥から湧き上がるものまで否定することはできなかった。

 わたしは頷いて、両手を差し出した。

 晒に透けた陽が、赤子の頬で白く揺れている。布ごしの体温は、湯気の消えかけた乳のようにやわらかかった。産毛が頬をかすめた瞬間、胸の奥がきゅっと疼き、遠くの波音がふっと薄れる。

 隣で、ヴォルフが身を屈めた。

 目尻の皺がほどけ、海の色を含んだ瞳が、小さな拳の動きを追っている。

「どれ、俺にも抱かせろ」

 低い声に滲む嬉しさに、思わずためらった。

「……大丈夫?」

「何がだ」

「剣しか握ったことのない、そのごつごつした手で」

 視線は、革と風雨で鍛えられた彼の掌へ落ちた。節張った指。古傷の白。力の加減を誤れば、すぐに壊してしまいそうな手。

 彼は鼻で笑って、手袋を外した。

「ふん。見ていろ」

 硬いはずの掌が、薄氷をすくうみたいに静かな弧を描き、赤子を受け取る。

 赤子の顔がくしゃりと歪んだ。

 次の瞬間、甘い吐息とともに、彼の胸元で落ち着いた。

「……軽いな。羽みたいだ」

 囁きは潮に紛れ、わたしの鼓動だけがはっきり聴こえた。

 小さな爪が布をきゅっと寄せる。ヴォルフは肩の力をそっと抜き、赤子の背へ大きな手を添えた。抱くというより、落ちてこないよう世界の端を支えているみたいだった。

 若い母親は両手を口に当て、泣き笑いのまま立ち尽くしている。夫は無言で額に手を当てた。

 わたしは祝詞を胸の内で噛みしめ、一歩進んで、赤子を包む布の上へ掌を重ねた。

 洗った網と花と乳の匂いが、真昼の光に混ざっている。

「剣は力で握るものじゃない。……そう言わなかったか?」

 胸に息づく赤子を見下ろしながら、ヴォルフが低く言った。

「それとな、昔、戦地で拾った赤子の面倒を見ていたこともある」

「うそ……そんな話、初耳よ」

 こぼれた声に、白壁の光がきらりと跳ねた。

 彼は一拍置いて、赤子の背を指の腹でそっと撫でる。思いのほか、優しい手だった。

「俺としては、面倒で仕方なかったが……ユベルの命令には逆らえんからな」

 苦笑が、風の中で少しほどけた。

「それで……でも、なかなか堂に入ってるわ。いっぱしのお父さんみたい」

 言った途端、彼の頬に薄い朱が差した。

「……うるさい」

 視線を逸らしながらも、抱き方はいっそう確かになる。

「だからだ。生まれてくる子の世話は、俺もやる。……うまくできるかは知らんが、投げ出す気はない」

 胸の奥で、潮騒よりもやわらかな音が重なった。

「ふふ、ありがとう」

 小さく囁くと、赤子がくすりと寝息を漏らした。

 真昼の光は白く、祝福は静かに結ばれていく。

 面と向かっては絶対に言えない。

 けれど、やっぱり彼は、大きな犬みたいだ。

 包み込むようで、笑ってしまうくらい真っ直ぐで、隣にいると安心してしまう。

 ――だめだ。想像するだけで笑える。

 そんなこと、本人には絶対言えない。

 でも胸の奥で、そっと呟いた。

 わたしはこの人となら、きっと朝も夜も、泣き声も眠れない日も、引き受けていける。

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ひさちぃ

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