雪は溶たら泥になる 3話 匿名掲示板の中の 深淵
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
あくまでフィクションなので 「 2021/02/15 00:26 旭川永山 行方不明14才少女 」のスレッドとは何ら 関係はありません。
本文
■ 浅野が掲示板の書き込みを解析する章
夜の帳が降りた白川署の資料室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。蛍光灯の無機質な光が、浅野の疲労を隠しきれない顔を蒼白く照らす。机の上のモニターから放たれる青白い光だけが、唯一の熱を帯びた光源だった。浅野は腕を組み、その画面を見つめていた。
画面には、「 爆サイ白川のスレッド 」ログ が並んでいる。
スレッド名・白川長山 行方不明14才少女
スレッド作成日・2021/ 2/ 15 00: 26
美咲が行方不明になった直後から、発見されるまでの約38日間。その間に書き込まれた数百件の投稿が、まるで底なしの沼のように広がる。浅野は、その混沌とした羅列の中に、ただの無責任な書き込みとは一線を画す、不穏な“脈絡”が潜んでいるのを感じていた。それは、まるで匿名という名の分厚いベールに覆われた、見えない何者かの意思のように、浅野の胸にじわりと不気味な寒気を広げた。
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■ 1. 文体が似すぎている
浅野は、特定の書き込みをいくつか抽出し、横に並べてみた。その作業は、まるでパズルのピースを合わせるようでもあり、同時に、正体の見えない悪意の断片を集めているようでもあった。
# 1 2021/02/15 13:14
知らん
# 9 2021/02/15 16:30
頑張って探してくれや
# 11 2021/02/15 19:16
知らんがな
# 15 2021/02/15 19:54
どーでもいいな
そのうち見つかるべw
# 33 2021/02/16 01:04
知らんがな
# 35 2021/02/16 01:42
あはは爆笑🤣
# 46 2021/02/16 15:14
生きてるから心配すんなw
# 50 2021/02/16 17:32
発達もってるよー
# 52 2021/02/16 17:36
どーでもいいなw
# 54 2021/02/16 21:01
みつからないもんはしゃーないな
# 56 2021/02/16 21:37
ニヤニヤ糸冬
# 60 2021/02/16 22:29
嘘情報だべw
# 71 2021/02/17 14:33
そのうち見つかるべさw
無理して探さんでもいい
# 76 2021/02/17 16:21
偉そうに餓鬼がww
探したい奴は探せ〜w
# 83 2021/02/17 17:03
こったらとこで呼び掛けw
爆笑爆笑爆笑
# 86 2021/02/17 17:34
言ってるだけで探してないんでないw
旅してるんだべw
# 98 2021/02/17 20:14
無事だべw
心配すんなw
# 102 2021/02/17 21:05
全てが嘘情報だなw
爆笑
(この書き込みに対しての書き込み)
【 うん、正直これは… って思いはじめてる。
でも、14日のユニクロでの目撃情報は、それなりの信憑性あるっぽいから、諦めずに徘徊します!
皆さんも、こんな爆サイですけど、何か情報があれば、お願いします!
[ 匿名さん ] 】
# 129 2021/02/20 09:17
どーでもいいよなw
人の子w
# 131 2021/02/20 13:53
終わってても会うことないからいいべw
# 189 2021/03/25 00:02
もうやめろや!しつこいんだけど
# 209 2021/03/25 19:30
だからやめろや!しつこい!
# 225 2021/03/26 01:24
やめろや!アホ草ども
- 「やめろや!」
一見すると、それぞれが無関係な他者の書き込みに見える。しかし、その語彙の貧しさ、句読点の欠落、常に“w”で終わる語尾、短絡的な短文、そして何よりも、滲み出るような感情の希薄さ。浅野は、その異様な共通項に背筋が凍るような感覚を覚えた。
「……同じ人物が、別人を装って書いているような均一さだ。まるで、たった一人の人間が複数の顔を使い分け、狂気の戯れを演じているかのように……」
それは、掲示板という匿名の世界に潜む、人間性の欠如を露呈しているかのようだった。嘲笑と冷淡さだけが、その短い言葉の行間から滲み出てくる。浅野の眉間の皺は、一層深く刻まれていた。この書き込みの向こう側には、きっと人間らしい感情を嘲笑う、冷たい視線がある。
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■ 2. “家で”という誤記
# 29 2021/02/15 23:48
親は子の気持ちを全然わかってない
自殺にせよ家でにせよ
だからこんなことになる
浅野は、#29 の書き込みを開いた。
「自殺にせよ家でにせよ」
画面に映し出されたその言葉を見た瞬間、浅野は呼吸を止めた。心臓が不規則に脈打つのを感じる。脳裏には、美咲が最後に友人に送ったLINEのメッセージがフラッシュバックした。
「……“家で”?」
文脈からすれば、間違いなく「家出」だ。しかし、投稿者は音の響くままに「家で」と書き記している。その瞬間、浅野の頭の中で何かがカチリと音を立てて繋がった。
「語彙が少ない……文章に慣れていない人物の特徴だ。」
美咲のLINEの文体が脳裏をよぎる。
2/13 17:26 ・ ねぇ
2/13 17:26 ・ きめた
2/13 17:26 ・ 今日死のうと思う
2/13 17:28 ・ 今まで怖くてさ
2/13 17:28 ・ 何も出来なかった
2/13 17:28 ・ ごめんね
2/13 17:34 ・ 既読つけてくれてありがとう
短い。説明がない。語彙が少ない。
浅野は、掲示板の書き込みと美咲のLINEを、まるで異なる世界の断片であるかのように並べてみた。
「……似ている。驚くほどに、この文体は……」
もちろん、同一人物だと断定はできない。だが、“文章を書く習慣のない若者”という点で、奇妙なほどに一致していた。稚拙で未熟な言葉の選び方。それは、悪意を持った人物が、幼い思考でキーボードを叩いているような、ぞっとするような感覚を浅野に与えた。ひょっとしたら、美咲と同じくらい、あるいはそれよりも未熟な精神の持ち主が、この掲示板の向こう側で、他人を弄んでいるのではないか。
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■ 3. 情報を早く知りすぎている
浅野は、2月15日の書き込みを開いた。美咲が行方不明になった直後の投稿だ。
# 13 2021/02/15 19:26
年間3万人も自殺してるし
日に80人は自殺してる
- #13「年間3万人も自殺してるし」
- #29「自殺にせよ家でにせよ」
この時点では、警察も“事故・事件・家出”の区別をつけかねていた。情報が錯綜し、捜査の方向性すら定まらない状況だったはずだ。なのに、“自殺”という言葉が、あまりにも早すぎる。まるで、最初から彼女の運命を知っていたかのように、平然と「自殺」という可能性を口にしている。
さらに、2月20日。行方不明からまだわずか数日のことだ。
# 141 2021/02/20 19:37
とっくに死んでる!ネタ古いだろ
# 142 2021/02/20 20:58
もう死んでるwww
# 143 2021/02/20 22:36
ご臨終チーン
# 145 2021/02/20 23:02
ナンミョホウレェゲーキョウチン
浅野は、画面を見つめたまま動かなかった。冷や汗が背筋を伝う。胸騒ぎが、彼の平静を乱した。
「……この時点で“死亡”を断言できる理由は、どこにもないはずだ。確固たる証拠も、ましてや遺体すら見つかっていない状況で……」
まるで、“知っていた”かのような書き込み。それは不気味であると同時に、美咲の命を軽んじ、嘲笑うような悪意に満ちていた。無責任な匿名投稿で済まされるレベルではない。この言葉の裏には、美咲の失踪に深く関わっている者がいるのではないか。あるいは、その情報を知る者が、闇の中から状況を愉しんでいるのではないか。その冷酷な推測に、浅野は激しい怒りを覚えた。
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■ 4. “冷蔵庫”という言葉に反応した怒り
# 105 2021/02/17 22:01
>>75
よう言うた!
浅野は、#105 の書き込みを開いた。それは、他の短文投稿とは一線を画す、異様な熱量を帯びていた。
「よう言うた!」
短い。だが、その短さの中に、ドロドロとした黒い感情が凝縮されているかのようだった。浅野は、#75 の内容を読み返した。
「自分の親がタヒんでも冷凍庫に放置しそうだもんw」
「“冷凍庫”。」
その言葉に触れた瞬間、浅野の指が画面上で止まった。心臓がドクリと大きく鳴る。美咲の遺体は、季節や環境から考えても不自然なほど腐敗が進んでいなかった。まるで、どこか冷たい場所に置かれていたかのような状態だったと、司法解剖を担当した医師が述べていた。それは、まだ捜査本部のごく一部の人間しか知り得ない、公表されていない極秘の情報だったはずだ。
浅野は、#105 の「よう言うた!」を、食い入るように見つめた。その短い言葉は、賛同や同意の言葉ではない。
「……これは、賛同じゃない。怒りだ。しかも、“触れられたくない部分に触れられた時の、尋常ではない怒り”だ。」
図星を突かれた者の、痛烈な反応。まるで、核心を突き破られたかのような激しい動揺と、それを押し隠すかのような逆上。そんな気配が、短い言葉の奥に、ぞっとするほど生々しく潜んでいた。匿名性のベールが、この瞬間だけ剥がれ落ち、書き込みの向こう側に潜む犯人の焦燥と動揺、そして彼らが犯した罪の片鱗が、浅野の目の前に姿を現したかのようだった。浅野の心臓は、警鐘のように激しく鳴り響いていた。
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■ 5. 追えない IP、止められた捜査
浅野は、深い呼吸と共にモニターを閉じた。カチリ、と画面が暗闇に沈む。まるで、目の前の真実が、再び深い闇の奥底へと隠されたかのようだった。
掲示板の投稿者を特定するには、IP アドレスや通信ログが必要だ。一刻も早くそれを照会し、書き込みの主を特定すべきだ。しかし、現実は浅野の情熱とは裏腹に、冷酷な壁として立ちはだかっていた。上層部からはすでに“捜査の縮小”が指示されている。
「IP の照会は不要だ。ネットの書き込みに振り回されるな。」
浅野は、固く拳を握った。骨がきしむ音が聞こえるかのようだった。唇を噛み締め、怒りと無力感が同時に込み上げてくる。
「……犯人の書き込みの可能性もあるのに。この異常な書き込みを無視しろというのか……!」
だが、それを証明する手段は、理不尽な命令によって奪われている。正義感と職務の板挟みになり、浅野の心は激しく軋んだ。この不気味な書き込みを深追いすることなく、本当に美咲の事件は解決に向かうのだろうか。このまま放置すれば、闇の中で嘲笑っているであろう犯人を野放しにするだけではないか。
浅野は、机の上の資料を握りしめた。上層部の判断が、真実への道を閉ざそうとしているように感じられた。しかし、浅野の心は決して折れなかった。
“書き込みの向こう側にいる人物”を直接追うことはできない。だが、文章の癖は消えない。”
この匿名投稿の裏に潜む悪意は、必ずどこかに痕跡を残しているはずだ。浅野は、その“癖”を手がかりに、別の道から真相に近づく決意を固めた。それは孤独で険しい道程になるだろう。しかし、美咲の死の真実を、そして彼女を弄んだ悪意を、決して見逃すわけにはいかない。浅野の目は、暗い資料室の奥で、確かな決意の光を宿していた。
3話 終わり