第13節 影の一族
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
同タイトルのあいぺん版です。どう変えるかは未定。
本文
音無家には、表に出ない使用人がいる。
執事。
メイド。
運転手。
そういう、誰の目にも入る役職とは別。
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音無家には、代々、戸籍にも残らぬ系統がある。
主の幼少期から傍につき。
食事を覚えさせ。
言葉を覚えさせ。
眠りを見守り。
必要なら。
教育を施し。
依存を誘導し。
初恋を潰し。
そして。
主を傷つけるものを、消す。
────
忠誠の相手は当主。
だが実際には異なる。
生涯にわたり主の子を育て、護る。
泣き顔も。
熱を出した夜も。
親に隠れた癖も。
全部、知る。
────
長く仕えた者ほど。
命令へ従うのではない。
主そのものを、正しさとして信じ始める。
それは護衛ではない。
親心、いや。宗教だった。
だから命令で動かない。
愛情でもない。
義務でもない。
主が壊れた時。
自分の人生まで壊れるから。
────
この2人も、その系譜。
まだ高校生。
けれど同年代の少女が試験勉強をする頃。
薬剤の量。
監視記録の読み方。
人間心理と人格与える影響。
そして。
人が、自分から壊れる条件。
────
停止。
巻き戻し。
再生。
停止。
巻き戻し。
────
暗い部屋のモニターの中で、長髪の男が机の上に立って叫んでいた。
『音楽とは、凶器、そして狂気だ!』
いつかのワイドショー映像。
『現代のサリエリ』
『子供の夢を壊す、狂気の審査員』
派手なテロップ。
司会者の苦い顔。
炎上した男。
映像は、また最初から流れる。
────
「……47回ですぅ」
柔らかな声が、静かな部屋に落ちた。
「確認できた範囲で、お嬢様がこの映像を巻き戻した回数」
糸目の少女が笑った。
楓かえで。
栗色の髪。
柔らかな声。
年頃の少女らしい丸みを残した頬。
でも、その目だけは、妙に冷えている。
「半年で47回。多いですねぇ」
────
黒髪の少女は答えなかった。
菖あやめ。
背が高い。
制服の上に羽織った黒いジャケット。
無駄な言葉を嫌う顔。
楓と同じく、音無家の『影』。
主の周囲を見張り、
必要なら手を入れる。
まだ大人ではない。
けれど、
もう普通の学生でもなかった。
────
「止めますぅ?」
楓が椅子を揺らした。
「道隆様お父様に報告して、根っこから切っちゃいます?」
「録画データ消すくらいなら、私できますしぃ」
くるくる。
鍵が指先で回る。
「八歳の執着なんて、癖になる前に抜いた方が楽ですもん」
くるくる。
「初恋ざっそうって、放置すると面倒なんですよぉ」
「あとから抜こうとすると──」
楓は嗤った。
「土壌じんかくごと処理しないとですし」
────
菖は画面を見つめる。
机の上で叫ぶ男。
破れたデニム。
逆立てた黒髪。
初見の印象は単純。
──変な人。
お嬢様が目を向ける価値など、ない。
普通なら。
────
ただ。
『未来のリトル・マエストロ』
──あの演奏会が終わった夜。
お嬢様は珍しく、道隆様へおねだりをなさった。
欲しいものが、あるのだと。
────
それは高価な宝石でも。
限定の楽譜でも。
海外のピアニストの演奏会でも、なかった。
────
あの騒動の日。
放送事故の穴埋めに、
審査員席へ置かれた──くまのぬいぐるみ。
────
『あれが、欲しいの。おなじものではだめ、あのくまさん』
審査員席を指差し、お嬢様は、そう仰った。
珍しく。泣きそうな顔で。
────
数日後。
その「くま」は当然のように屋敷へ届いた。
音無家では、届かないものの方が少ない。
────
お嬢様は。
眠る時も。
勉強中も。
ピアノのあとも。
そのくまを、手放さなくなった。
自分の中に生まれた何かが、また消えてしまわぬように。
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あれは。
長く仕えてきた中で、
一度も見たことのない顔だった。
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「……すこし、様子を見る」
菖が言った。
楓が瞬きをする。
「見る?」
「排除は、そのあと」
短い沈黙。
楓はふわりと笑った。
「じゃあ、その方が面白そうですねぇ」
────
楓が報告書をめくった。
「そういえば、この方」
画面の男を指差す。
「汐恩ちゃん、
ヴァイオリンの先生にしたいそうですよぉ」
菖の視線が止まった。
「……お嬢様が、この方を?」
楓は、にこ、と笑った。
「机の上に乗って叫ぶ作法ですかねぇ」
「それとも」
停止。巻き戻し。
画面の中で男が吠える。
『音楽とは、凶器、そして狂気だ!』
楓は小さく首を傾げた。
「──神様の作り方、とか?」
────
歪んだ時計の針が、
ゆっくりと、
深夜へ向かって進んでいく。
────
音無家には、代々、戸籍にも残らぬ系統がある。
墓はあっても姓は残らない。
主の願いのためなら、境界を越える者。
古参は、嘯うそぶく。
──『影』と。