第15節 密やかな儀式
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
同タイトルのあいぺん版です。どう変えるかは未定。
本文
ふたたび、わたくしの手記より。
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あの夜から半年が経ちました。
世間は、彼のことをもう忘れかけているようです。
ワイドショーで彼に侮辱を投げつけた人々は、次の週には別の話題に夢中になり、また次の週には別の誰かを糾弾しておりました。
人の関心とは、薄い紙のようなもの。
焚き付けに使えば一瞬で燃え尽きてしまいますもの。
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けれどわたくしは忘れておりません。
忘れるということが、どうしてもできないのです。
わたくしのお部屋には、お父様には内緒の小さなノートパソコンがございます。
菖が買ってきてくださった、桜色の可愛らしい一台。
そこにわたくしは、あの晩の映像を保存しております。
机の上に上がった彼がマイクを掴み、こちらに向かって吠える、あの十数秒。
『音楽とは凶器、そして狂気だ』
『魂を支配』
『殺すことすらできるのが音楽の本質だ』
その短い叫びを、わたくしは毎晩のように巻き戻して聴いておりますの。
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お屋敷の使用人たちは、わたくしを人形のように扱いますわ。
朝には淑女としての所作を仕込まれ、昼にはピアノとヴァイオリンの教師が訪れ、夕方には礼儀作法のお勉強、夜にはお父様への一日のご報告。
その合間合間に、わたくしの心はいつも、あの十数秒の中におりました。
「魂を支配」
ええ。
わたくしの魂はすでに、彼に支配されておりますわ。
ご本人はまだご存知ないようですけれど。
でも、いいの。
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ある夜、わたくしはベッドに腰掛けてノートパソコンを開きました。
画面の中の彼は、相変わらず机の上で吠えております。
わたくしは画面のすぐ前まで顔を近づけて、彼の唇の動きをなぞりました。
『お、ん、が、く、と、は』
声には出しません。
唇だけで、彼の唇と同じ形を作ります。
『きょ、う、き、そして、きょ、う、き、だ』
それはわたくしだけの、密やかな儀式ですわ。
世界中の誰にも見せられない、いちばん子供っぽい、いちばん本物のわたくし。
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ふと、鏡台の前を見ました。
そこには薄紅色のドレスの、人形のような女の子が映っております。
金色の髪。
透き通った白い肌。
わたくしはその鏡の中の女の子に、にっこりと微笑みかけました。
そして口の中で、そっと呟きました。
「鑑さま」
そうお呼びすると、胸の奥がふわり、と温かくなります。
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世間はあの方を、消費し、罵り、やがて忘れていきました。
世間がお呼びした名は、どれも本物ではございません。
あの方の本当のお名前は、鑑。
漢字の、たった一文字。
世間が拾わなかった、たったひとつの本物の御名みなを。わたくしだけが、お呼びしますの。
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ノートパソコンの中の彼の表情を、よく観察いたします。
吠える瞬間の彼の目。
そこには確かに、怒りや軽蔑や優越が混じっております。
けれどその奥に、もうひとつ別の色が見えるのです。
それは──寂しさ。
怒っているのに。
笑っているのに。
なぜか、寒そうだった。
冬の日の迷子みたいに。
わたくしはその色を、見つけてしまった。
見つけてしまった以上、もう、知らないふりはできませんの。
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時計の針が、ゆっくりと、深夜に向かって進んでいきます。
わたくしはノートパソコンを、まだ閉じませんでした。
画面の中で、彼が、何度も、机の上に上がって、吠え続けておりました。
その十数秒のループを、わたくしは、今夜も、追いかけてしまうのでしょう。
ええ、追いかけてしまうのですわ。
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──おーゔぉ♡