幼馴染との約束の再確認
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
誰もが魔法を使える世界で、セレンだけは生まれつきマナを持たなかった。 「欠陥品」と笑われ、魔法社会の中で不便と孤独を抱えながらも、彼女は幼馴染のケルヒャ・ガロンに支えられ、必死に日々を生きていた。 だが、世界を揺るがす異変をきっかけに、セレンは自分だけの道を見つける。 マナがないなら、理で組めばいい。魔力が足りないなら、仕組みを読み解けばいい。 これは、ゼロマナの少女が物理と理論で魔法を再発明し、やがて賢者と呼ばれるまでの成り上がり譚。
本文
崩れ落ちた瓦礫の山から舞い上がる土煙が、肺を刺すような感触を持って空気を汚している。鼻をつくのは焦げ付いた魔力の残り香と、むせ返るような石灰の匂いだ。
(……はぁ、絶景なんて言葉、この状況で使うのは皮肉にも程があるわね)
セレンは顔を覆う手元に意識を集中した。指先がわずかに震えているのを自覚しながらも、彼女はその感覚を無視する。いまこの場において、体調への配慮や情緒的な嘆きなど、何の役にも立たないことが分かっているからだ。
視界の端では、ガロンが眼鏡の位置を微調整していた。その動作は彼なりの「準備」であり、同時に外部からのノイズを遮断し、思考を整理するための防壁でもある。彼は数秒の間、ただ静かに、迫り来る何かの気配を見つめていた。
それに対し、背後ではガロンが地響きのような重厚な圧を放っていた。彼は何も語らない。しかし、盾を握る拳の節々が白く浮き上がり、腰の低さが彼の決意――妹を守るという執念――を雄弁に物語っている。
土煙の向こう側、異形の影が蠢いている。
それは魔法による理屈を超えた脅威としてそこに存在しており、マナを持たぬ者が対峙するにはあまりにも過酷な条件だった。だが、セレンの心にはもう、かつてあったような怯えは残っていない。
(いいわよ、馬鹿にされるなら、さっきより倍の努力で跳ね返せばいいだけの話だもの)
彼女は剣の柄を強く握った。革の感触と硬い芯の感覚が手のひらに伝わり、それが今の自分にとって唯一信じられる現実となる。
「……ガロン」
掠れた声を出した。言葉を発するだけで、喉の奥が焼けるように痛む。しかし、その一言を紡ぎ出すために、彼女は自分の震えを必死にかき消した。
ガロンは視線を動かさず、平坦な口調で応える
「……指示を。次の一手を、あなたが決めるのなら」
ガロンの声は静かだったが、その響きには微かな揺らぎが含まれていた。彼は眼鏡の奥にある瞳をわずかに細め、目前に迫る異形の影に向けた魔力の奔流を制御しながら、セレンへ言葉を投げかけた。それは単なる命令への問いではなく、彼女の意志を確認する確認の儀式のようなものだった。
セレンは答える代わりに剣を構え直した。いや、正確には「守ってもらうための準備」として構えていた姿勢から、「共に戦うための予備動作」へと意識を切り替えたのだ。
(わかったわ。私が一歩踏み出す。あなたはそれを支えて。――いいえ、そうじゃない。私たちは肩を並べて進むのよ)
地鳴りのような咆哮と共に、異形が距離を詰めた。空気が歪み、周囲の瓦礫が跳ね上がる。
セレンは叫んだのではなく、命を乗せた一閃を放った。これまでであれば、ガロンの魔法による防御壁の中に身を隠し、彼が決めたタイミングで攻撃を繰り出していたはずだ。しかし今、彼女は彼の術式の隙間を突き、自らの体幹を晒して最前線へと躍り出た。
その瞬間、二人の間に通い合う感覚が変わったのが分かった。
ガロンの魔力が、ただセレンを守るために展開されるのではなく、彼女の動きを加速させ、敵の注意を逸らすための「共鳴」へと変質していく。重なり合う意志。それは数多の困難を乗り越えてきた者同士だけが共有できる、確かな同期だった。
崩れ落ちる構造物や迫り来る死の気配。それらすべてを置き去りにするような鋭い衝撃波が走り、土煙の中では火花が散った。ヴォルクの盾が巨大な衝撃を受け流し、威圧的な防衛線を形成しながらも、主役としての役割を預けたのはこの二人であった。
激しい衝突ののち、一時的に静寂が訪れた。異形の一部が弾け飛び、後退したことで生じた空間に、ひどく熱を帯びた空気だけが残る。
「……っ、はぁ……!」
セレンは膝を突き、荒い息を吐き出した。肺が焼けるような感触があるが、不思議と心は澄んでいた。隣でガロンも同様に呼吸を整えている。彼もまた、剣を握り締めた手に力を込めたまま動かない。
一刻の猶予も許されない状況であれば、すぐに次へ動くべきだ。しかし、今の二人の間には、言葉にする必要のない合図以上の何かが流れていた。それはこれまでの長い年月、共に歩んできたからこそ成立する、決意の共有だった。
「ねえ、ガロン」
セレンの声は震えていたが、そこにはかつてのような縋るような響きはなかった。彼女は顔を上げ、真正面から彼を見据えた。
「もう、あなたが私を守ってくれることばかりを期待して、後ろに隠れていないわ。これから先、道はもっと険しくなるでしょう? 私だって分かってる」
ガロンは視線を落とした。眼鏡の奥にある瞳が、微かに揺れながら重なり合う運命を映し出している。彼はゆっくりと頷き、低く、だが確かな意志を込めて応えた。
「……ああ。君がそう決めたのなら、私はあなたの盾になるのではなく、横に並ぶ者として歩む」
「約束よ。一人で背負わせたりしない。一緒に戦うの。この地獄の果てまで、二人で。」
セレンは剣を杖のように突き、立ち上がった。その表情には、守られる側としての怯えではなく、共に行く者の覚悟が刻まれている。
ガロンもまた、武器を手に取り直した。彼の佇まいからは、過度な保護欲求による焦燥が消え、代わりに冷徹なまでの信頼が宿っている。
「いいわ。次は、私たちの足で進む場所へ行くの。たとえ何が待ち構えていようとも。私たちは共に立つ。そして――必ず、元の場所に帰るための道を切り開くのよ」
二人の言葉が空気に溶ける。それは単なる誓約ではなく、積み重ねた時間の結晶だった。
遠方から再び響く異形の咆哮。崩壊する世界の中で、彼らは互いの存在を確かめ合うように一度だけ視線を交わした。
「行くわよ。あなたが導いてくれる道なら、どこまでもついていく。……いや、一緒に歩くわね」
セレンの宣言に、ガロンはわずかに口角を上げ、短く肯定の返事をした。
「ああ。準備はできている」
土煙の中、二人は一歩を踏み出した。背後の瓦礫がさらに崩れ落ちる音が響き、地平線の先にある未知の脅威へと向かう影が伸びてゆく。
次の瞬間、大地を揺らす新たな振動が近づいてくるのを予感しながら、彼らの踏みしめる地面には強い意志が刻まれていた。